「……なんか騒がしいな」
起床して準備を整え、A班のメンバーで風見亭から出ると大市の方が騒がしくなっている事に気づく。
賑やか、ではなく騒がしいのだ。
嫌な予感を携えつつもA班は大市に向かう。
大市の真ん中で言い争う2人組を発見する。それは昨日言い争いをしていた商人2人だ。一度は矛を収めた両人だったが、今回は元締めオットーがいるにも関わらず収集がつかないほどヒートアップしている。
どうやら2人とも自分の屋台を壊され、商品も盗まれたという事で激怒しているらしい。
とうとう殴り合いに発展しようか、という段になるとまるで見計らったように領邦軍がやってきた。「こんな早朝から何の騒ぎだ」と。
青と白を基調とした軍服に身を包むクロイツェン州の領邦軍……有り体に言えばユーシスの実家であるアルバレア家の私兵だ。
商人たちが事情を説明すると、領邦軍の指揮官らしき人物が商人2人ともをひったてるように指示した。
場所を順番で使う事に腹を立てた商人が、同時に事を起こしたと考えれば説明はつくだろう、と言って。
「んなアホな話があるか」
と、そこで思わず呆れ声を出したのはナギトだった。本人は「おっと口がダダ滑りしたぁ!」とわざとらしく咳き込んだ。
しかし領邦軍の指揮官は見逃してくれず、観衆をかき分けるとナギトの面前に迫る。
「なんだね?たかが学生ごときが我々に意見するつもりか?」
ナギトは待ってましたと言わんばかりに口角を吊り上げると「いえいえ滅相もない」と優雅に一礼する。絵に描いたような慇懃無礼というやつだ。
「ただひとつ、推理をするなら」
と続ける。
横にいたリィンはやれやれと頭を抱え、他のメンバーは“なにやってんだコイツ”というように目を見開いていた。
「あなたがたの推測では、まず手前の屋台の人物が奥の屋台を破壊し商品を盗み、次に奥の屋台の人物が屋台の破壊と商品の盗みに入る…という筋書きしか成り立ちませんよね?」
屋台の破壊と商品の盗み、その順番の話だ。
はじめに手前の屋台が破壊されていれば、その主人が奥の屋台を破壊する際に気づくからだ。
「それがどうした?」
言ってから領邦軍指揮官の表情がわずかに歪む。まるで続きを促すセリフが、真実に到達する可能性を恐れているように。
「まあその可能性はほとんどないですよね。だとしたらあまりに女神の悪戯が過ぎる。……仮定をいちいち話してもつまらないですから結論を言いますが」
仮に商人が犯人だとして、の仮説は色々と無理が多い。それを一つ一つ検証するのもひとつの道ではあったが、ナギトは警察ではない。
「十中八九、複数犯。盗まれた商品の数や屋台の破壊の程度。……一介の商人に一晩でできる事じゃない。商品が盗まれるだけならまだしも、屋台まで壊されてるんですから、人通りの少ない夜なら音も相当のはずでしょうからね」
まるで政治家が演説するように語るナギト。すでに民衆は聞きいっていて、領邦軍は厳しい表情をより険しくしている。
「しかし多少以上の無理があるにせよ、そちらの話も筋は通る。……だってこの商人の2人の仲は険悪だった。だから、お互いが犯行に及んだという筋書きが通るわけです。お互いが犯人だと指摘し合うわけです。つまり、2人の関係が最悪だと知っている人物が犯行に関わっているという事です」
喧嘩していた商人2人がまったくの他人なら、屋台が破壊され商品が盗まれたとしても“被害者同士”となる。しかしそうならないのは“お互いの仲が悪かった”から。“お互いに営業妨害をしてもおかしくない関係”だったからだ。
「ふん、ならば事情を知る大市の誰かが徒党を組んで屋台の破壊と盗みをやったと言うのかね」
指揮官はナギトの推理の示す犯人象を言い当てる。すると大市の商人たちはざわめき出すが。
残念、それはミスリードだ。
「いいえ。昨日の騒動を見ていた人たちが一夜のうちに盗人になって徒党を組むなんて可能性の馬鹿らしさは論外として。あるじゃないですか、この2人の仲が険悪であろうという客観的な証拠が」
さらっと指揮官を小馬鹿にして「元締め」とオットーに視線を向ける。商人2人が険悪だという客観的な証拠。それは聞き齧っただけのナギトより元締めであるオットーの方が精通している事情だ。
「領主の手違いによる、商売場所と期間の重複……」
「そう、それです!“領主の手違い”で場所を争う事になった商人2人の関係は最悪に決まってる!……しかしそれを知るのは昨日の騒動があった時間に大市にいた者と………“手違い”をやった側でしょうなあ」
適当に歩きながら喋っていたナギトはそこでピタリと足を止め、ジロリと領邦軍を睨んだ。明確に誰が犯人と言ったわけではないが、その意図は場の全員に伝わっている。
すなわち、この屋台の破壊と商品の盗難は領邦軍の仕業、ないしはその手引きした者による犯行だと。
「貴様、無礼だぞ!」
領邦軍の兵士の1人がナギトに向けて銃を構える。ナギトはそこで再び優雅に一礼すると申し訳無さそうな体面で、
「申し訳ございません。……しかし所詮はたかが学生の即興推理。本気になられる事もないでしょう。私はあくまでーーー」
可能性の1つに過ぎませんので、とノリノリで言い切ろうとした所でリィンがナギトの頭を掴んで低頭させた。
「すみません!こいつ、調子に乗ると饒舌になるやつでして!決して本心から言ってるわけじゃないんです、勘弁してください!」
確かに調子に乗ってたなと感じたナギトはリィンの手の押さえるままに頭を下げておく。
「すみません、調子に乗りました」
わずかな緊張感と共に十呼吸ほどしただろうか、かちゃりと銃口を下げる音が聞こえた。
「ふん、まあいい。所詮は学生の当て推量だ。我々もいちいち相手にするのは馬鹿らしいからな。これ以上騒ぎ立てるようなら連行せざるを得ないが」
指揮官はナギトを睨みつけ、反意がない事を確かめると商人2人に視線を移す。
商人2人もさすがに牢屋行きは勘弁らしく、頭をぶんぶんと振る。
そうして領邦軍は引き上げていった。
「ふぅ……、まったくどうなる事かと思ったぞ」
「はは、すまんな。ちょいと興が乗っちまって」
リィンの安堵に悪びれもせず謝罪するナギトに拳骨が落ちる。それを甘んじて受けたナギトを見たラウラが口を開く。
「しかし…ナギトの推測も筋は通っているように思えるな」
「うーん、確かに。きっといくつも穴があるんでしょうけど……昨日まで大市なんて気にかけてもいなかった領邦軍が今日いきなり出張ってきたのは少し引っかかるわね」
それにアリサが賛同して「まあ半分はハッタリだけどな」と当のナギトがぶち壊しにする。
絶句するA班一同だが、それを尻目にナギトは言葉を続けた。
「全ての不可能を除外して最後に残ったものが如何に奇妙なことであってもそれが真実となる……ってわけでもねぇし。すべての可能性を不可能だと断じるだけの材料もないしな」
ナギトは警察でなければ探偵でもない。領邦軍のやつらが言う通りたかが学生だ。
だから、現実的に考えてありえそうな可能性を提示したのだ。その提示の仕方に悪意がなかったとは言わないが。
5択問題の答えがわからないから、これだ!と思った選択肢にまるをつけるようなもの。
その後、少し話し合って領邦軍の詰所を訪ねてみる事になる。当然ながらナギトは別行動だ。
ケルディックの町を歩きながら考える。
嫌な流れだと。大市で推論をかましたりはしたものの、この揉め事は特別実習の範囲外だろう。表面だけを見ればたかが器物破損と窃盗だ。しかしナギトの推理が当たっていると仮定して、大きな視点で見れば革新派と貴族派の争いにまで規模は拡大する。
大市からの税収は差し詰め領邦軍の軍拡のためといったところか。
そんな問題に学生が関与するべきではない。大人の問題に子供が首を突っ込めば痛い目を見るに決まっている。
しかし、どこかでそういう問題に巻き込まれていくのだという確信があった。大きな流れからは逃れられないと。激動の時代は世界そのものに伝播するのだと。
「……あら」
そんな思考の狭間から脱したのは、既視感………というよりは昨日の景色のまんまの光景を目にしたからだ。
人通りの多いケルディック大市において景色が変わらないのはほとんどありえない。屋台に並ぶ商品も変われば買う人も変わる。
しかし、町の外れ。街道の入口近くに昨日と変わらぬ光景があった。酔っ払いだ。どうやらその場で一夜を明かしたようで、何やら目撃していそうだったため話を聞いてみる。
その頃ちょうどリィンらも領邦軍から話を聞いていたようで合流して情報を統合する。
どうやら事件にはやはり領邦軍が関与しているようで、実行犯はルナリア自然公園に逃げ込んだらしいと思われた。
ルナリア自然公園は西ケルディック街道の先にある公園で、今は管理上の問題で封鎖しているらしい。
A班が自然公園に向かうと、その入口の門は南京錠で閉じられていた。
しかし、その門の近くに盗んできたと見られる商品が転がっていたため、ここを拠点としているのはほぼ確定だ。
「本気で行く気かよ?」
今にも突入しそうなA班の雰囲気にナギトが水を差す。
「今回の件は領邦軍が関わってるのがもう確定だろ? 最悪、事実隠蔽のために消されるんじゃないか?」
「いや…さすがにそんな小説みたいな事ないだろ……」
そんなナギトをリィンが諌めて、結局はルナリア自然公園に突入する事になった。
今回の事件は領邦軍が絡んでる。実行犯じゃないにしろ、かなり深いところで。しかも、大本を辿れば商人2人が争う事になった大市正面の場所は領主が裁可したもの。……つまりクロイツェン州を統括するアルバレア公爵家の謀略の一端だ。
どうして学生風情が始末されないと安易に判断できよう。
まあそんな事を口にするわけもないのだが。
☆★
自然公園の奥では清掃業者に扮した野盗が「今回のは良い稼ぎになった」なんて話をしていた。A班総員で乗り込んで制圧する。
拘束まで終えたところでエリオットがきょろきょろと周囲を見渡した。
「どうした?」
「なんだか笛の音が聞こえた気がして」
リィンの問いに不思議そうにしながらエリオットは答える。
「笛の音…?」
ありえない、と断じる。施錠されていた自然公園の奥地で笛の音が聞こえるなんて、何かの作為があっての事だ。
しかしナギトがそれを伝える前に解はやってきた。雄叫びをあげて地響きを鳴らしながら、それは姿を現す。
「きょ、巨大なヒヒ……!?」
「この自然公園のヌシと言ったところか」
猿型の魔獣だ。ゴリラと言った方がしっくりくるが。その登場に表情を強張らせる。
「リィン、どうする? とんずらかますのが最善だと思うけども」
そこでナギトはリィンに判断を仰ぐ。ナギトの意思は伝えた通りだが、甘ちゃんであるリィンは「それはダメだろ」と正論で返してきた。
自分たちは被害に遭わないし、悪事を働いた野盗たちは懲らしめられる、と。そんな目論見は打ち砕かれたわけだ。
「じゃあやるとすっかあ!」
気合を入れて意識を切り替える。太刀を握り直してヌシとその取り巻きである2匹の中型猿魔獣を睨みつけーーーー
「ーーーぬっは!?」
すっ転んだ。
「ナギト、なにやってーーー」
足元の注意不足を咎めようとしてリィンは視線をナギトに向けたが、そのナギトはずるずると林の奥に引きずられていくところだった。
ナギトはただ転んだわけではない。ツタのようなものに脚を取られ……文字通り絡みつかれて転ばされたのだ。
そして驚くべき事にそのツタは動き出してナギトを自然公園のさらに奥に引きずり込もうとしている。
大型の猿魔獣に気を取られていたA班のメンバーも異変に気づくが、
「俺はいい!お前らは猿どもを相手にしろ!」
ヌシの脅威度は先程の野盗とは比較にならない。一瞬の気の緩みが死に繋がりかねない相手だ。それをはっきりと理解していたリィンとラウラは意識を切り替えてヌシと対峙する。アリサとエリオットは狼狽えていたものの、ナギトを思って戦力を分散するよりヌシを早く斃してナギトを救助した方が良いのは理解できたのか、それぞれ得物を構えるのだった。
それを見届ける前にナギトは藪に突っ込む。
「いてててて、いたいいたいいたあ!ちょ、痛いんですけどぉ!?」
木の枝やら根っこやらに激突しながら引きずられ続け、少し開けた原っぱに出る。するとナギトをここまで強制連行したツタは煙のように消え、この自然公園にはふさわしくない格好の人物がナギトの前に現れた。
「久しぶりだね《剣鬼》殿。……とは言っても私の事を覚えてはいないかもしれないが」
白い貴族風の衣装に羽をあしらった白銀の仮面。忘れたくとも忘れられない風貌だろう。
と言う事はつまり、先のセリフは。
「俺が記憶喪失なのを知ってんな?」
端的に、その事実のみを確認する。
それを聞くと相手はニヤリと笑ってから高笑いを始めた。
頭が痛い。
「やはりそうか!魔女殿の仮説は正しかったようだな。よもやあの《剣鬼》が己の罪業すらも忘れ学生になり果てているとは! これほど破滅的な結末が見えた物語があるとは……」
《剣鬼》
剣の鬼。どうやらそれが記憶を失う前のナギトの異名らしい。察するにあまり善い行いをやっていなかったのだろう。
「………気に食わねえな。俺の過去の何を知っていて、今の俺を定義してんのか知らねえが。俺の行く末をお前が決めてんじゃねぇよ」
だが、それで自分の未来を破滅的だと予言されるのは容認できない。自身でも意味がわからないほど嫌悪する感覚だった。
頭が痛い。
「……面白いではないか。此度は挨拶だけのつもりだったが………どれ、味見でもしてみようか」
「まったく趣味の悪いワードチョイスだな…」
太刀を構える。いったい何が相手の琴線に触れたかはわからないが、どうやら戦闘は避けられない流れらしい。
頭が痛い。
「改めて名乗らせてもらおう! 結社《身喰らう蛇》執行者No.Ⅹ 《怪盗紳士》ブルブラン! どうか覚えて帰ってくれたまえ」
ブルブランがステッキを一振りするとその背後に機械兵器が出現した。ルナリア自然公園に出現する猿型の魔獣ほどの大きさではないが、備え付けられた銃口は現実的な脅威を思わせる。
それに加えて《怪盗紳士》が相手だ。言動こそはただの不審者だが、立居振る舞いからそれなり以上の使い手と察される。
「ったく、とんだハードモード……」
これなら自然公園のヌシをリィンたちと一緒に討伐する方が遥かに楽そうだ。
そんな感慨を抱いてーーーーーー
先手必勝。まさにその四文字を想起させるに足る爆発だった。
弾かれたような高速移動。すれ違いざまに斬撃を叩き込む二の型疾風。
ブルブランの背後に出現した機械兵器の3体を撃破する。その勢いのまま飛び上がり、太刀を振り抜いた。
「ーーー孤影燎原!」
「むっ!」
孤影斬を幾重にも降らせる、頭上からの攻撃。ブルブランは躱すが機械兵器は余さず切り刻まれて無力化される。
「フフハハハハ! やるではないか! その生き様、今ここで手折ってしまうのも一興か…?」
着地するナギトを見やり、杖をくるくると弄びながらブルブランは下卑た笑みを浮かべる。
余裕、なのだろう。業腹な事に今の自分の腕前ではブルブランを跪かせる事はできないだろう。
「ならまあ、一泡吹かせるくらいかね」
「ん? 今なにか……」
「お前の動きのクセはもう掴んだって言ったんだよ」
ニヤ、と笑ってナギトは告げる。ハッタリだ。
しかし記憶を失う前の《剣鬼》というネームバリューと人形兵器を倒した手並みが真実味を抱かせる。
「何を…バカな事を……」
疾風の歩法でブルブランの懐に入り込む。眼球はその動きを追うが、肉体は追いつかない。
鞘から抜き放たれる斬り上げを上体を逸らして何とか致命傷を避けるブルブラン。
「くっ…」
そのままバックステップで距離を取るが、ナギトの追撃も同時だ。
「おおおお!」
廻り、焔が太刀に纏わりつく。大上段に振り上げるとそれは龍の形を為し、そして放たれる。
螺旋龍炎撃。
回転する事で練り上げられた龍炎は叩きつけられるのでなく宙を駆けてブルブランに突撃する。
「ぐうっ…!?」
ブルブランはステッキで受け切るが、炎が掻き消えたその先にはすでにナギトが迫っている。
今度こそ、致命的な距離。太刀の一振りで首が飛ぶ射程。
しかし。
「な、に……」
ビタリ、とブルブランの首筋でナギトの太刀が止められる。ナギトの意思ではない。
「フフフ……学生にしてはいい動きだと言えるだろう」
余裕の笑みを見せるブルブランは杖で地面を指す。そこにはナギトの影がナイフで地面に縫い付けられていた。
「影縫いだ。……まあ《剣鬼》ならば一瞬で拘束を解けるくらいの子供騙しなんだがね。 さてどうしたものか、ナギト・シュバルツァー」
わざとらしくナギトの名を呼ぶブルブラン。《剣鬼》としての記憶を失い、剣技すら無くした哀れな剣士。それがナギト・シュバルツァーなのだと暗に言っているのだ。
腹が立つ。そんな感情が身を焦がすより早く。
頭が痛い。頭が痛い!頭が痛い!!
視界がぼやける。ブルブランの姿が消える。灰色と金色がやけに眩しい。
「命の危機に力を発揮するなんて可能性があるかもしれないな!」と言いながらうつろな瞳になったナギトの周囲にナイフを展開する。
空中に浮いたナイフは一斉に射出され影縫いで身動きのできないナギトに殺到する。
頭が、痛い。
風に揺れるアッシュブロンドの髪。
長身を覆う灰色のコート。
携えるは金色の魔剣。
「貴様ではこの《剣帝》に勝つ事はできない」
炎が。灯る。
バギン!と音を鳴らしてナギトの影を縫い止めていたナイフが弾けて砕ける。
そして、鬼を斬る炎が解き放たれた。
それはナギトに迫るナイフの悉くを撃ち落とし、安全圏にいたはずのブルブランすら薙ぎ払った。
「むうっ……!? これは…、この戦技は……ッ!」
それはかつて結社《身喰らう蛇》においてブルブランと同じ執行者だった男の奥義。彼の代名詞ともされた剣技だ。
「はあっ……はあっ……」
振り切ったナギトは、倒れそうになるが剣を杖にしてそれを拒否。なんだ今のは、と疑問が頭を埋め尽くす。
幻覚……と言うよりは、やはり記憶なのだろう。
今の剣技も、きっと本家には及びもつかない劣化版に違いないという確信があった。でなければ負けるものか、という敗北感が共をしている。
「ふ、フフフフフ………実に面白いものを見せてもらったよ。ナギト・シュバルツァー」
立ち上がったブルブランはあまりダメージはないようだった。対するナギトは記憶の剣技を再現した事で疲労困憊だ。
「やはりここで手折るには惜しい…… 《幻焔計画》の幕が上がるまで間も無く………君はそこで一花添えてもらうとしよう!」
ブルブランの足元に魔法陣が広がる。「さらばだ!」と言い残してその姿が消え去った。
転移をしたのだ、という確信があった。やはりこれも過去に体験した事なのだと。
「あー、くそったれ。休憩したいんだけどなー!」
今すぐにも大の字になりたい気持ちを押し殺してナギトは走り出す。リィンたちが心配だ。
☆★
息を潜めて、考える。どうしたものか。
ナギトがA班に合流しようと思ったのも束の間、ヌシが出現した広場ではリィンらを領邦軍が取り囲んでいた。
どうやらヌシは無事に倒せたらしいが、その後事態の隠蔽に来たらしい領邦軍に見つかったようだ。
考える。考える。考える。
思考に埋没する。思考に沈殿する。思考に、靄がかかる。
ここで逮捕されないために、領邦軍を打ちのめして逃げたとすれば、クロイツェン州の領邦軍……ひいては四大名門を相手取る事になりかねない。
それはまずい。学院にも迷惑がかかる。
ベストなのは、自分たちがこの場から逃れられて、且つクロイツェン州の領邦軍と敵対しないようにする事。
ふと“殺す”という選択肢が浮かび上がる。
「そうだ…殺そう……」
今朝の大市の事件……その調査の末に野盗に行き着いた領邦軍だったが、現地協力者だった士官学生を庇い野盗と相討ちになった。
そんな筋書きが頭を支配する。
領邦軍は子供を庇った名誉の殉死。自分たちは助かる。その場合は野盗には死んでもらわないと。
決意なんてものは必要としなかった。それは合理的に論理的に破滅的に、《剣鬼》に根付いた方程式。
パンを食べる時にわざわざ“パンを食べるぞ!”と決意しないのと同じように。ただ当然の如く太刀の柄に手をかけーーーーーー。
「ーーーここからは私たちに任せてください」
藪から広場を覗いていたナギトの肩が掴まれた。ハッと息を飲んで振り返ると、理知的な目がナギトを射抜いていた。
特徴的だったのは水色の髪。整った顔の造形はまるで彫像のようでスタイルもモデル並だ。状況が状況でなければ口笛のひとつでも吹いていたところだ。
しかしその魅力は軍服によって硬く引き締められている。グレーの制服はおそらく
「ふぅ」
その雰囲気から彼女が凄腕である事も読み取れる。この場を任せる事に躊躇いはなく、ナギトは抜きかけた太刀を鞘に納めた。
彼女は部下を率いて広場に突入すると、領邦軍をあっという間に包囲した。領邦軍も第三者が介入した事により野盗を事件の犯人として扱う他なく、また分の悪さも手伝って素直に撤退して行った。
TMPによる制圧が終わった後にナギトも広場に踏み入り、「よ」と手を挙げた。
「ナギト…無事だったんだな」
「おうよ、何とかな。そっちも無事で何より」
どうやら案じていたのはリィンらもナギトと同じようで互いの無事を喜び合う。
話も一段落したところでTMPの面々と共にケルディックの町に戻る事になった。
町に戻る際にTMPの指揮官の女性は「クレア・リーヴェルト」と名乗った。………前述の通り美人だが、何か……違和感と言うか、既視感?
ケルディックに到着し、TMPとは別れる事になる。屯所に入る憲兵らを見送り、最後に駅に入ろうとしたクレアに声をかけた。
「失礼、綺麗なマドモワゼル。……私たち、どこかでお会いした事はありませんか? よければ連絡先でも……」
ナギトの言葉に目を剥くクレア。その紳士然とした言葉使いではなく、その内容そのものに、だ。
しかし、クレアがそれに反応するより早く、別の声がナギトにかけられる。
「なにナンパみたいな事なんかしてんのよアンタ」
ジト目で現れたのは教官サラ・バレスタインだ。どうやらB班の実習先からケルディックにトンボ帰りして来たらしく、疲労感が目に見える。
「なっ、サラ…! ち、違う!誤解だ!」
「何で浮気がバレた旦那みたいな反応してんのよ!?」
そんな即興コントにA班のメンバーは苦笑い。クレアは呆気に取られつつもクスクスと笑んだ。
「とても仲が良いんですね。そんな女性をほうって他の人に声をかけてはいけませんよ」
そしてそのまま悪ノリして来たが、当のナギトが「いやいや」と話を打ち切った。
確かにさっきの言葉はナンパの常套句だが、そう言ったのは実際に“会ったことがある”と思ったからだ。
どこかの町ですれ違ったか、あるいは挨拶でも交わしたか。あまり印象的ではない出会いだったから覚えてないのだろう。
あるいは、その時と今のイメージが違うのか。
「でも、本当に会ったことないですか? ……例えば、帝都ででも」
「さあ…帝都は広いですからね。きっとすれ違ったくらいじゃありませんか? そうでなくても私のような没個性の女…覚えるのも大変でしょう」
「いえいえそんな。本当にお綺麗です。連絡先を教えていただければ毎日でも声を聞きたいくらいです」
「だから何口説いてんのよ、アンタは」
ナギトの言葉は受け流され、加えてサラに肩パンされる始末。
そんなナギトを見つつ、クレアはメモ帳にさらさらとペンを走らせるとその部分を破ってナギトに手渡した。
「私の連絡先です。こうまで熱烈に求められては悪い気はしませんからね」
「ちょ、アンタも何のって来てんのよ。相手は学生よ」
今度はクレアがサラに睨まれる番だった。ナギトは「ありがとうございます」とメモの切れ端を拝領し、直後「業務用のですけど」というクレアの言葉に打ちのめされる。
そんな一幕がありつつも、Ⅶ組の初めての実習は終わりを告げた。
クレアと別れて列車に乗る。トリスタまでの短い道のりを駆け抜けていく列車の中で会話をする。
特別実習とはなんなのか?
《Ⅶ組》とは?
その1つは、教科書の知識でしか知らない、現地を己が身で体験する。というもの。
それともう1つ、リィンが気づく。
特別実習で俺たちがした事は遊撃士に似ている、という事。
《遊撃士》とは《支える籠手》を紋章として掲げる組織。
レマン自治州に本部を置き、民間人の安全を第一に考える正義の味方。ただし、事に政治が絡むと途端に力を振るえなくなる、そんな弱点も抱えた組織だ。
寝ていたはずのサラ教官は「てへ、バレたか」などと言い、狸寝入りする。
《Ⅶ組》に遊撃士の真似事をさせるのが目的なのか。だとしたら《Ⅶ組》はいったいどんな期待を背負わされているのか。
遊撃士はエレボニア帝国において活動を制限されている。何年か前にあった遊撃士協会への襲撃がその原因だ。遊撃士への攻撃を民衆に及ばせないために遊撃士の活動も制限されたという話だ。
ならⅦ組に求められるのは遊撃士の代わりか?
この推測はかなり近いと思われた。しかし本質的に求められているものは遊撃士の役割ではなく、第三勢力の可能性があった。
革新派と貴族派の対立する帝国において、そのどちらにも属さない第三者。
それはきっと、特別実習で帝国各地を実際に見て回るⅦ組だからこそ出来る芸当だ。
考え過ぎだ、とナギトはかぶりをふった。
理事長オリヴァルト・ライゼ・アルノールはリベールで遊撃士と共に事件を解決したというが、それゆえに遊撃士の在り方に希望をもっているのか。
そんな推測をしてみるものの、答えは得られず列車はトリスタ到着の汽笛を鳴らすのだった。