Lobotomy Corporation~Unbekannt Unterabteilung~   作:御鏡

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ひとりの男

結局、あの男が何者だったのか。それを聞こうとしても、桔梗の後を追って来た宗次郎とルークスに質問攻めにされたり、心配したのだと軽い説教を受けたりして、それを聞く暇はすっかりなくなってしまった。そして桔梗は、一日鎮圧以外の作業をするな。と管理人から命令され、その場で大人しくしていた。

しかし、桔梗にとってはそれが苦であった。寧ろ、何かしらの作業をしていた方が、気が楽であった。と言うのも、その場に留まり続ける事は事情を知らぬ職員達からすれば、好ましい事では無いからだ。

画面の前のあなた方に例えるなら、仕事中や授業中に寝ている人がいても怒られない。そんなところだ。

だが、この会社ではそんな休憩中でさえも恐怖は忍び寄る。例えば、今壁に向かい、目を瞑り耳を強く塞ぐ桔梗の、背後にいる男のように。

 

彼女の首に、冷たく柔らかい何かが触れた。

ああ、哀れな桔梗。哀れな少女。

彼女は、この施設において最も危険な男に目を付けられた。

 

ゆっくりと目を開けた彼女の目に映ったのは、眼前でチロチロと舌を出す、黒い蛇だった。

 

「初めましてお嬢さん、お名前をお伺いしても良いデスか?」

 

後ろから声が聞こえた。本能が逃げろと叫び、桔梗は反射的に横に飛んだ。そのまま支給された……と言うか、累から譲り受けた武器を構える。しかし、そこに居たのはアブノーマリティではなかった。(もっとも、アブノーマリティが脱走していたのならば、警報が鳴るのだが。)

アブノーマリティの代わりに居たのは、2mはあるのではないかと思う程長身の人物。声からして男だろう。しかし、顔には笑顔を浮かべた仮面を被っているため、桔梗は確信を持てないでいた。

 

「クスクス、驚かせちゃいマシたかねぇ?そうデシたら失礼。しかし、見ない顔だったものデスから、思わず声を掛けてしまったんデス。これからは同じ職場の仲間なのデショウ?自己紹介でもしませんか?あ、それから、その子はワタクシの飼ってる子デスよ。」

 

その人は桔梗の首に巻き付いた蛇を指差し、仮面はニコニコと笑っている。しかし、桔梗はどうしても信用しきれなかった。何が、かは分からないが、とにかく嫌な予感がしたのだ。自己紹介のためだろうと、首に蛇を巻き付けて来る辺り、危険と判断出来たし、何より、彼の周りの荘厳且つ不思議な雰囲気は、何処か恐ろしいものだった。

 

「ワタクシ、アテールと申しマス。下〜の方の、設計チームでチーフをさせて頂いておりマス。アナタの所属は何処のチームで?」

 

仮面の隙間から、三日月のように歪んだ口が見える。

桔梗の心臓が、大きく跳ねた。何処かでその笑みを見た気もしたし、以前の職場で似た笑みを浮かべる人物がいたような気もした。しかし、彼女は何も思い出せなかった。

 

「……聞いてマスかー?」

 

アテールが桔梗の肩に触れようとするが、彼女は強くその手を払い、息を荒くしてその場に崩れ、気を失う。同時に、アテールは顔を顰めた。

 

「…つまらないですね。小日向桔梗……面白そうな新人だと思ったのですが、勘違いだったんでしょうか?」

 

ポツリと零し、アテールは踵を返して去って行った。彼が部屋を出て行くと共に、一人の男がやって来て、桔梗を背負う。そうして医務室まで運び、ベッドに寝かせると一つ溜息を吐いた。

 

「やはりあの男、人の皮を被ったアブノーマリティだな。少しでも、奴の被害に遭う人が減れば良いのだが……もう二度と、傷付けさせない。大切な仲間を失わせてなるものか……貴方も気を付けた方が良い。責任は貴方を一人にした教育係達にあるが、あの男は神出鬼没だ。どこからともなく現れては、人の精神を壊して去って行く…そんな非道な男だからな……もっとも、貴方は気を失っているから私の話など聞こえていないだろうが。」

 

男は誰に聞かせるでもなく言い、医務室を去った。

 

結局、その後収容違反が起きる事はなく、桔梗は医務室で一日を終えた。その日起きた事件は、アブノーマリティ一体の収容違反と、彼女の身に起きた非常に非常に不幸な災難だけである。




・アテール=ジェイレイン[アテール] AGE:31 GEN:Man TEAM:Architecture
管理人から指示を受けない限り、決して鎮圧に参加する事も他人を助ける事もない極めて異質なエージェント。人を揶揄ったり、絶望させたりする事を好む。何故彼がそんな事を好むのか、それを知る者は誰もいない。また、顔を隠す仮面の下を見る者がいれば。その人物は、彼の得意な呪いを掛けられ、苦しみながら息絶えるだろう。

・収容違反中のアブノーマリティ
 ・【Nothing】

・職員:今日の一言
 ・アテール「…つまらない。期待外れですね……ええ、本当に、何一つ面白くなかった。」

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