デイジィとアベル(二)カザーブの休息   作:江崎栄一

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一〇 大群

「アベル!」

 あたしが声を張り上げるのとほとんど同時に、二匹の暴れ猿がアベルに飛び掛かった。

 アベルは迷うことなくそのうちの一匹に駆け寄り、胴をなぎ払った。腹に真一文字の切り傷ができ、暴れ猿は悶絶した。間髪入れずに別の一匹に向かい、喉を突き刺した。二匹の暴れ猿は光を放ち、宝石へと姿を変えた。

「す、すげぇ……」

 シバが感嘆の声をあげた。驚くのは当然だ。この田舎育ちの少年にとっては、こんなデカいモンスターも、そしてそいつらを一瞬で片付けてしまう人間を見るのも初めてのことだろう。しかし驚くのはまだ早い。アベルの強さはこんなものじゃないんだ。

 更に多くの暴れ猿が集まりだした。アベルの強さに気づき、加勢に加わったのだろう。その数は二十匹を超えているかもしれない。大木が林立する網の目を縫うように、巨大なモンスターがひしめき合う。アベルは動じた様子も見せず、腰を落として剣を構えた。

 あたしは、シバの頭にそっと手を置いた。

「アベル一人に任せておいても問題ないが、さすがに多勢に無勢だ」

 助太刀に向かおうと足を踏み出した瞬間、背後から木の枝の折れる音がした。

「ん?」

 瞬時に振り返った。

「ね、姉ちゃん!」

 加勢は他にもいたようだ。数匹の暴れ猿が背後からあたしに向かって突進してきていた。

 シバは驚愕の表情で暴れ猿を見つめている。心ここにあらずといった風だ。

「くそっ! こっちにもいたのか」

 あたしは左腕でシバを抱きかかえ、横に飛び退いた。

 巨体があたしのすぐ横を通り抜けた。

 標的を捕らえられなかった暴れ猿は、あたしの後ろにあった大木に激突した。しかしその姿を眺めている暇はなかった。飛び退いたあたしを狙ってもう一匹が拳を打ち降ろしてきていた。猿だけあって、集団行動はお手の物のようだ。あたしの方が強いとはいっても、この巨体から繰り出される打撃をまともに受けたのではひとたまりもない。

 剣を抜きながら、暴れ猿の懐に飛び込んだ。この状況で下がることはできない。攻撃を避けるのと同時に反撃に転じるんだ。暴れ猿の拳が地面に叩きつけられるのと同時に、がら空きになった胸元へ剣を突いた。細身の剣は、あっさりと暴れ猿の胸を突き破った。

 暴れ猿が絶叫をあげ、宝石へと姿を変えるのを見届けたとき、三匹の暴れ猿があたしを取り囲んで唸り声をあげていた。シバを抱える腕に力が入った。

「ね、姉ちゃん……」

 シバの不安そうな声が聞こえた。確かにマズい状況だった。普段であればこの程度の相手など問題にはならないが、今は足手まといのシバを連れている。

 こいつを置いて一人で闘えば何とかなるが、命を失うことになるだろう。

 しかし抱えたままだと、左腕を重い荷物で塞がれた状態で闘うことになる。それでまともに闘えるだろうか。迷いが生まれた。

 アベル……。

 不意にあたしはアベルの助けを求めていることに気が付いた。今までの冒険の中であたしが窮地に立たされたとき、救ってくれたのはいつもアベルだった。キャットフライから不意打ちを受けた時、ダイオウイカに水中へ引きずり込まれたとき、ジキドの魔法に焼かれそうになったとき。

 ずっと一匹狼だったのに、頼れる男に出会って、あたしの心も弱くなってしまったのかもしれない。

 だが今はアベルの助けは望めない。むしろ、アベルも助けてもらいたいくらいだろう。一人で大勢の暴れ猿を相手に闘っているところだ。

 アベルの姿も見えない。

 あたしたちは完全に分断されていた。その原因を作ったのは腕の中で震える小僧だ。忌々しく思ったが、見捨てるわけにはいかない。

 そうやって思案している間にも、あたしを囲む暴れ猿の輪はジリジリと狭まってきている。このままでは連中の射程距離に入ってしまう。同時に攻撃を受けたら避けることはできないだろう。早く活路を見出さなければならない。

 どうする……?

 数瞬のうちには、暴れ猿が襲い掛かって来る。

 緊張で、額から汗が垂れた。

 恐怖に耐えられなくなったのか、シバが腕の中で暴れ出した。

 そのとき、目の前の暴れ猿が身体を仰け反らせて咆哮をあげた。

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