こんなことになってしまうなんて思わなかった。ただ、姉ちゃんたちがどうやってモンスターを退治するのか見てみたかっただけだった。今日の昼頃、姉ちゃんがいつもとは違い、青い鎧を身に着けて北の森へ向かって行くのを見つけた。そこでオレは直感した。きっと最近噂になっている、森に現れた猿型のモンスターを退治に行くんだ。そう見当を付けたオレは、隠れて後を追うことにしたんだ。
しかしそのせいで、こうやって姉ちゃんを窮地に立たせてしまった。
姉ちゃんはオレを左腕で抱えた状態で、三匹の暴れ猿に囲まれていた。身の丈四メートルはあろうかという巨大で獰猛な猿。人間を見つければ、問答無用で襲い掛かって来るモンスターだ。
姉ちゃんの強さは想像していた以上で、こんな恐ろしいモンスターたちでも太刀打ちできるものではなかった。猿の攻撃を避けながら、姉ちゃんは恐ろしい速さで斬撃を放った。猿は一瞬で絶命し、言い伝え通りに光を放って消滅した。
そんな姉ちゃんの強さを悟ってか、猿たちは慎重になったようだ。しばらくの膠着が続いた。
暴れ猿の輪が狭まって来るのに伴い、オレを抱える姉ちゃんの腕の力も増していった。このままでは、オレもろとも姉ちゃんもやられてしまうかもしれない。
せめてこれ以上足手まといにならないように、姉ちゃんから離れよう。腕から逃れようとしたとき、突然一匹の暴れ猿が雄たけびをあげた。
耳をつんざくような絶叫だった。
遅かった。今から襲い掛かって来るつもりなんだ。
オレは死を覚悟したが、暴れ猿は身体を仰け反らせたまま微動だにしなかった。
驚いたことに、切り殺された他の暴れ猿同様に光を発した。
そして消滅した。
呆然と消えた後を見つめていた。
光の消えたところには、あのアベルと呼ばれた男の人がいた。
「アベル!」
姉ちゃんはオレを抱えたまま、男の人に向かって駆け出し、背中に回り込んだ。
「無事か? デイジィ……」
「ああ、なんとか。他の猿たちはどうしたんだ?」
二匹の暴れ猿が男の人に向かって、同時に飛び掛かった。
「全部片づけたよ」
あれだけたくさんいた暴れ猿を全部、この短時間で? オレは信じられなかった。
男の人は剣を振りかぶって暴れ猿に向かって駆け出した。
「姉ちゃん! 大丈夫なのかい?」
オレの叫び声をあげても、姉ちゃんは動じなかった。
「心配ない。あの人に任せとけばいいんだよ」
姉ちゃんは、両腕でオレを抱きしめながら言った。
男の人は、もう完全に敵の動きを見切っているようだった。暴れ猿の攻撃を待つことなく、一気に懐に飛び込み、肩から脇にかけて袈裟切りにすると、返す刀でもう一匹の胴を切り裂いた。
一瞬で二匹の暴れ猿が消え去った。
「す……凄ぇ」
男の人は辺りを見渡し、剣を鞘に納めた。もう暴れ猿の残党がいないことを確認したようだ。
姉ちゃんの言った通りだった。とてつもなく強そうに見えた暴れ猿も、この男の人の前では無力に等しかった。最後に残った二匹の暴れ猿たちは、一瞬で消滅してしまった。
オレが安堵した瞬間、辺りが一瞬暗くなった。
瞬時にオレは空を見上げた。
男の人の頭上に暴れ猿が現れた。男の人に向かって垂直に落ちてくる。真上は死角になっていて気づかなかったんだ。男の人もまだ気づいていないようだった。
姉ちゃんはオレを抱いていた腕を放すと、自分の持っていた剣を掴み、暴れ猿に向かって投げつけた。
物凄い速さで剣が飛んだ。
そして正確に暴れ猿の喉元に突き刺さった。
猿は絶叫をあげ、地面に落下する前に消滅した。
「さすがだな、アベル!」
姉ちゃんは親指を立てて男の人に笑いかけた。そして、走り出した。男の人は、正面から飛びついてくる姉ちゃんを抱きとめた。
「デイジィ、また助けられてしまったな」
二人はしばらく抱き合っていた。
オレの存在を忘れているようだった。
姉ちゃんの顔からは険が取れ、赤みがさしていた。鋭い眼光は影を潜め、その目元はは弱々しくさえ見えた。男の人の胸に抱かれてその顔を見上げる表情は、今までに見てきた剣士のものではない。女だった。