「助けられたのはあたしの方さ……」
ありがとう、という言葉が人前では出てこなかった。
やっぱりアベルはいつでもあたしを窮地から救ってくれる。今までの冒険の中でも何度もあったが、感謝を伝える機会はなかった。かつては、あくまでも冒険の仲間としての距離を保っていたから遠慮したが、今はその必要がない。宿に戻ったら、今夜はたっぷりとこの喜びを共有して感謝を伝えたかった。
「無事で良かったよ」
アベルが強く抱きしめて、続けた。
「あの坊やも大丈夫かな……?」
そこで思い出した。開放感のせいで忘れていたが、シバが付いてきていたんだ。
あたしは素早くアベルから離れ、咳ばらいをした。本当はもっと抱きしめてもらいたかったが、今夜のお楽しみにしなければならない。
「あ、ああ……。問題ないよ。モンスターの攻撃は喰らっていないはずだ」
振り返ると、シバは呆然とした顔であたしたちを見つめていた。顔が熱くなるのを感じた。子供には刺激の強いシーンを見せてしまったのかもしれない。
「おい……。大丈夫だろ?」
声をかけると、はっとした表情をして、シバは返事をした。
「……姉ちゃんに守ってもらったから、平気だよ」
「あたしじゃない。アベルに言うんだ」
そう言うと、シバは照れ臭そうにアベルに礼を言った。
あたしはシバをアベルに預けて、宝石の回収に向かった。予想外にモンスターの数が多かったので、大量の収穫になった。低級モンスターだから大して高価な宝石ではないが、この方が換金しやすい。
宝石の取引が盛んな街に行ったら、そこで換金しよう。つい顔がほころんだ。
全部で二十四個あった。そのすべてを道具袋にしまった。
こんなに宝石をためてどうするのかとも思う。既に一生暮らしていけるだけの金はある。ただ、染み付いた癖は直らない。それに今後の人生がどうなるか判らないから、所持金は多いに越したことはないだろう。これから遠くへ出かけるかもしれないし、大きな買い物をすることもあるかもしれない。
「アベル! もう大丈夫だ。一度周りを探索して、町に戻ろうか」
あたしたちは湖の周辺をくまなく見て回った。まだ暴れ猿の残党がいるかもしれないと思ったからだが、あの程度の低級モンスターであれば知能が低いから、相手の強さなどお構いなしに襲い掛かって来る。たぶん、この周辺にいた奴らは全員始末してしまっただろう。
シバを連れて、小一時間ほど歩き回った。想像した通りモンスターの気配は感じなかった。もう町へ帰ることにした。
「まずは長老に報告しよう」
カザーブに戻った頃には、既に夕方になっていた。町の中央広場はいつも通り人でごった返している。屋台からは肉の焼けるいい香りがする。考えてみれば、今日は昼前に軽く食事を取っただけで、その後はほとんど何も食べていない。腹がすいていた。たぶん、アベルはもっと辛いだろう。
あたしたちが町役場の門を叩くと、長老が直々に出迎えた
「もしや……。もう片付いたというのですか?」
長老は怪訝な表情で尋ねた。
「決まってるじゃないか。約束したモンスターは退治したから、その報告に来たんだよ」
そして報酬をもらうのが本当の目的なのだが、シバの手前、黙っていた。
「これは……。昨日の今日だというのに……」
容易くは信じられないのだろう。驚愕の眼だった。
あたしは得意になった。確かに、普通の人間ではとても敵わないモンスターを、今日の朝討伐に向かい、夕方に無傷で帰って来たのでは、信じられないのも当然だ。
何か証拠となるものが必要だ。シバに仕事をしてもらうことにした。
「数えたら、暴れ猿は全部で二十四匹だった。そのほとんどをアベルに始末してもらったんだ……。なぁ、そうだろ?」
そう言って、シバを振り返った。
「シバ、どういうことだ……?」
長老がシバに聞いた。
「ああ、本当さ。実はオレ、内緒で姉ちゃんたちに付いて行ったんだ。湖の近くでデカくて恐ろしい猿たちに襲われたんだ……。でもこの人たちの相手じゃなかったよ。あっという間に剣で切り伏せちまったんだ」
シバが説明した。長老は顎に手をやり、首をかしげている。
「疑うわけではありません。シバも嘘をついているとは思えない。ですが、我々も証拠を見て判断しなければならない。死体は確認できますか?」
長老が痛いところを突いた。
「それが……。暴れ猿たちは、切り伏せられると、身体が光り出して、消えてなくなっちまったんだ。だから死体はなかった。普通の動物とは違うようだった」
不意に、長老がシバに尋ねた。
「シバ……。古代エスターク人は宝石に魔力を吹き込むことによって邪悪なモンスターを生み出したという。奴らは宝石モンスターと呼ばれ、絶命すると身体は消滅し、あとには宝石が残る。ワシも若い頃にこの目で見たことがある」
さすがにこの町を収める者だというだけのことはある。そういうことも知った上で、余所者にこんな依頼をしたのだろう。
あたしはため息をついて、渋々道具袋を机の上に出し、今日の収穫である宝石を机の上に並べた。
「これさ……。同じような赤い宝石が二十四個入ってるよ」
シバが驚愕の眼で見ている。
失礼、と前置きして、長老は宝石をいくつか手に取って眺めた。
「これは……」
長老は宝石の一つを手に取って眺め、驚きの声をあげた。
低級だとはいえ、小さな村くらいなら単体で壊滅できるほどの力を持ったモンスターだ。それなりの宝石でなければ暴れ猿は作り出せない。一つでもある程度の金額にはなる。
「本当のようですね。同じ種類の宝石がこんなにたくさん……」
あたしは長老に笑いかけた。
「それでは、明日もう一度この役場にいらっしゃってください」
長老はあえて報酬のことを言わなかった。
あたしはニッコリと笑い、席を立った。