デイジィとアベル(二)カザーブの休息   作:江崎栄一

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一三 襲撃

 町役場を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。町の中央広場は今日の仕事を終えた人々で賑わっている。夕暮れ時よりも人が増えた。まさに今が一番ごった返している時間なのだ。街灯で仄かに照らされた道を、人にぶつかりながら歩いた。

 あたしたちはシバと一緒に夕食を取ることにした。足手まといになったとはいえ、あたしたちの仕事を直に見たものとして証人になってくれたのだから、飯くらいご馳走してもいいだろう。

「今日は店番しなくていいのか?」

「ああ。今日は非番なんだ」

 漸く見つけたテーブルに着き、アベルに注文を任せて二人で待った。どうせあいつが一番食べるんだから、自分の気の済むようにさせよう。

「それにしても二人とも本当に強いんだな。あの巨大なモンスターが全く相手にならなかった。とても人間業とは思えないよ。どうして臆することもなく闘えるんだ?」

 シバの眼は輝いていた。あたしと話せることが嬉しいようだった。

「まあな……。あたしたちも、それなりに修行をして、修羅場をくぐって来たんだ。あんな暴れ猿程度じゃない、もっと強いモンスターと何度も闘ってきた」

「ねぇ、知ってるだろう? この世界は魔王バラモスに侵略されてるって……。バラモスは倒れたなんて噂もあるけど、現にモンスターは残っているし、まだ苦しんでる人たちはたくさんいるんだ。姉ちゃんたちなら、世界を救える勇者になれるんじゃないか?」

 耳が痛かった。バラモスはもうこの世にはいないということを、シバはまだ知らない。そのせいでこれからの生活に恐怖や不安を感じていることだろう。教えてやろうかとも思ったが、寸でのところで踏みとどまった。それをすると、あたしとアベルの旅を阻害することになる。もう静かに過ごすことはできなくなるだろう。

 遠くにひと際大きな街灯がある。

 炎が揺らめいていた。

「よしてくれ。そんな危険な闘いは御免だよ。あたしたちは気楽に世界中を旅したいんだ」

 シバは残念そうな顔をした。バラモスを倒してやると、あたしがそう言えば、少しは安心させてやれただろうか。

「何度も言うけどさ、オレのこと弟子にしてくれないかな? しばらくこの町に残れないのかい?」

 またこの話が始まった。

「ダメだって言っただろう? あたしは弟子は取らない。それに旅を続けなくちゃならないんだ」

「旅って……。そんなに大事なのかい。何が目的なんだ?」

「それは、これから探すんだよ」

 そう。今の時点では、旅をすること自体が目的なんだ。この先何をしていくかは、旅の中で見つけていくことになる。何も見つけられずに、ダラダラとした時間を過ごすだけかもしれないし、またトラブルに巻き込まれて闘いの日々を送ることになってしまうかもしれない。それとも、アベルと二人で幸せを見つけられるかもしれない。

 そのとき、遠くから男の叫び声がした。

 周囲の雑音に掻き消されて、何を言っているかは聞き取れなかった。

 しかし叫び声は何度も聞こえる。周囲もその異様さに気づいたのか、徐々に静かになっていった。

 ただ事ではないようだ。

「なんだ? どうしたんだろう」

 シバが不安そうな顔をした。

 アベルはまだ戻らない。

「まったく……。静かな町だと思ってたのに」

 あたしはため息交じりに立ち上がった。

 そして、声のした方に走り出した。騒然とした群衆の間を縫うように駆け抜けた。中には悲鳴をあげる者、呆然と立ち尽くす者、何かから逃げるように走っている者、逆に声のした方に向かって走る者がいる。

 人込みが捌けたところに、一人の男が倒れていた。決して怪我をしているわけではないようだ。酸欠でも起こしたのか、荒々しい声をあげている。

「大丈夫か? 何があったんだ?」

 あたしが聞くと、男は地面に顔を向けたまま、絞り出すように言った。

「で、でかいモンスターが町に出たんだ……。巨大な猿……。あ、あっちの、町の西門を破って入ってきた」

 暴れ猿の残党か?

「おい! どんな奴だ?」

「数は、一匹だけだ。紫色の毛に覆われた、巨大な猿……」

 そこまで言って、自分の後ろの方を指さして男は倒れた。気を失ったようだ。

 紫色? 今日闘った暴れ猿の毛は茶色だった。違う種類のモンスターが現れたのか?

 気が付けば、目の前にはもう人影はなかった。

「どうしたんだ。デイジィ!」

 アベルが駆け寄ってきて、立ち上がったあたしの肩に手を置いた。

「行くぞ、アベル。またモンスターが現れたらしい。今度は紫色の巨大猿だ!」

 眼で合図をして、西門へ向けてあたしたちは走り出した。

 ここは大きな町ではない。すぐに町の端へ着くだろう。

 後ろを振り返った。アベルはぴったりとあたしに付いてくる。その遠く後ろにはシバの姿があった。危険な目にあったばかりだというのに、懲りていないようだ。

 勝手にしろ。あたしは心の中でつぶやいた。

 前方から、何か大きなものが崩れる音が轟いた。

 門の前に建てられている見張り台が、こちらに向かって倒れてくる。

「あそこか?」

 アベルの言葉を聞いて、あたしは脚を止めた。

 見張り台が地面に崩れ落ちた。その衝撃で大地が揺れ、前方に粉塵が立ち込めた。

 あたしたちは剣を抜き、塵が晴れるのを待った。例のモンスターの仕業に違いなかった。

 凄まじい殺気を感じた。何かがこちらに向かって突進してくる。

「アベル! 来るぞ!」

 あたしとアベルはそれぞれ別方向に飛び退いた。

 粉塵の中から巨大な影が飛び出し、二人の間にできた隙間を突き抜けた。

 紫色の毛。

 思いのほかでかい。

 猿。

 その影は立ち止まってあたしたちを振り返り、赤く光る凶暴な眼を向けると、耳をつんざくような雄叫びをあげた。あたしたちを敵だと認識しているようだ。

 暴れ猿よりも遥かにでかい。頭の高さは六メートルくらいだろうか。この特徴からすると、こいつはキラーエイプだ。暴れ猿とは桁違いに強力なモンスターだ。あたしの口角が自然と釣り上がっていた。

 相手が強ければ強いほど燃えるんだ。なぜなら、その方が高価な宝石が手に入るんだから。

「やるか、デイジィ!」

 アベルの掛け声と共に、あたしたちは走り出した。こういう巨大な相手との闘いには慣れている。アベルも手はずは心得ているはずだ。二人で左右からかく乱し、隙を突いて攻撃を加える。徐々に弱らせ、動きが鈍ったところで急所を突く。これが最も安全で確実に仕留めるやり方だ。

 あたしの方が少し早く間合いを詰めていた。それに合わせてキラーエイプは左の拳を振り下ろしてきた。

 狙い通りだ。あたしはステップを踏んで走る軌道を変えた。あたしの背丈ほどもある巨大な拳は、地面に叩きつけられた。

 その拳の威力は想定していたよりも凄まじいものだった。踏み固められた土が砕け、深々と拳が埋まった。六メートルもある巨体が持つ質量を考えれば当然だが、ただ拳を振り下ろすだけでも驚異的な攻撃になる。

 砕けた地面から石や砂が飛んだ。

 キラーエイプの意識があたしに向いた隙を突いて、アベルが右から斬撃を加えた。右腕に裂傷を負わせると、キラーエイプは悲鳴をあげて視線をアベルに向けた。

 今度はあたしの番だ。まだ地面に付いたままの巨大な左腕に十文字の切り傷を付けた。

 キラーエイプは再び雄たけびを上げた。敵が怯んだのを確認して、あたしたちは合流した。

「アベル。こいつは中々の強敵だ。多少の傷じゃ仕留められない。あんたのイナヅマの剣で急所を突くんだ」

「わかった」

 キラーエイプは慎重になった。後ろ脚だけで立ち上がり、拳を握りしめて構えた。直立するとさらに巨大に感じる。頭の位置は八メートルを超えているだろう。いくら深い森の中とはいえ、ここまで巨大なモンスターが長いこと潜んでいられるものなのだろうか。何者かが意図を持って、この場に出現させたのではないかと勘繰ってしまう。

 そんな思案をしている間に、アベルは臆することなくキラーエイプの正面に向かって突進した。あたしも後を追う。打ち降ろされた拳を交わし、脛に深々と剣を突き立てる。

 あたしも同じようにもう一方の脚に切りつけた。

 敵は標的を捕らえる方法が見つからず、混乱しているようだ。

 あたしたちのどちらへ標的を絞るかも決まらないようで、眼を泳がせている。もはや相手はあたしたちの術中にある。あたしたちは次々にキラーエイプの四肢に斬撃を加えて行った。


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