デイジィとアベル(二)カザーブの休息   作:江崎栄一

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一四 二人の剣士

 目の前の光景が信じられなかった。人間の五倍の背丈はあろうかという巨大な大猿が、二人の剣士に翻弄され、叫び声をあげながら血まみれになっていく。二人の名前はデイジィとアベル。美貌の女剣士とその相棒、青年剣士。何日か前からこのカザーブに滞在している旅人だ。

 二人の動きは俊敏で、その剣はおろか、足捌きですらオレの眼では捉えることができなかった。二人はまるで一心同体であるかのように、交互に大猿へ剣を浴びせ、反撃の隙を与えない。ときどき目くばせをする二人には余裕の笑みが浮かんでいた。その表情から、二人の強いきずなが窺えた。

「す、すごい……」

 姉ちゃんの剣が大猿モンスターの背中を捕らえた。大猿は背を仰け反らせ咆哮をあげた。

 何かを見て、ここまで心を動かされたことはなかった。人外の力を持つ巨大モンスターがなすすべなく崩れ落ちていく。魔王の脅威に怯えて暮らすオレたち人間にとっては痛快な光景だった。剣士たちは恐ろしく強く、そして美しかった。

 目の前の闘いに見とれていると、誰かがオレの肩に手を乗せた。

「よく見ておくんだ……。あれが勇者の力だ」

 長老だった。息を弾ませ、興奮気味にしゃべった。

「勇者……? でもあの人たちは、ただの旅人だって……」

「彼らの瞳の力が、ただの旅人ではないことを物語っておる。お前もいまにわかる。彼らの秘めた力と、どうしてそれを隠しているのかが……。その瞳に焼き付けておくんだ」

 隠している? じゃあ、あの人たちが魔王を倒すという、伝説の勇者? そんなばかな、と思う。でも、もしそうだったらこの人たちの強さの説明もつく。

 長老と会話を交わした一瞬の間にも、事態は進展していた。斬撃を受け続けた巨大な紫色の猿がバランスを崩し、遂に膝を付いた。膝が地面にぶつかると、地が割れ、轟音が轟いた。

「アベル! 一気に決めろ!」

 姉ちゃんが叫んだ。

 大猿の頭が下がった瞬間だった。大猿の正面からアベルさんが跳び上がり、剣を振りかぶった。大猿の頭よりもかなり高いところまで上昇し、顔面に向かって下降していった。

「でやあああ!」

 アベルさんは大きな声をあげて、それを見上げる大猿の顔面に向かって剣を振り下ろした。

 大猿の顔面を、額から顎にかけて斬り裂いた。そして大猿の足元に着地した。

 大猿はしばらくの間微動だにしなかったが、顔面の切り傷から発行し出すと、咆哮をあげて身悶えし始めた。

「アベル!」

 姉ちゃんがアベルさんの後ろに駆け寄って肩に手を置き、二人で敵の様子を眺めた。

 大猿の傷口から出ていた光は徐々に大きくなり、唸りながら全身から発光した。そして耳をつんざくような爆発音を轟かせ、消滅した。

 跡には、長老が言った通り、巨大な宝石が残った。

 姉ちゃんはさっきまでの険しい顔を緩め、満面の笑みでその宝石に向かって駆け出し、地面に落ちる前に掴み取った。そして、片手でやっと掴めるほどの大きさの青い宝石を拾い、恍惚とした表情で眺めた。

「ね、姉ちゃん!」

 オレは走り出していた。ここまで心躍らせたことはなかった。どうしてもこの人に剣を教えもらいたかった。この想いはどんどん強くなっていた。こんなすごい光景を見せつけられたら、そう思うのは当然じゃないか。

 オレは強くなりたかった。自分を守るためだけじゃない。家族を守るためだけでもない。できることなら、魔王によって荒らされたこの世界を、オレの手で救ってやれるような力が欲しかった。

 すぐ近くまで行くと、姉ちゃんはオレに気づいた。そして満足気に笑いながら、宝石を突き付けた。

「見てくれよコレ! こんなに大きくて綺麗な宝石は中々手に入らないぞ」

 満面の笑みで宝石を眺める姿は、呆れるほど幸せそうだった。この後何度か声をかけてみたが、姉ちゃんは宝石を撫でたり街灯の光にかざしてみたりに夢中で、オレの声は届いていないようだった。

 これじゃ話にならないと思い始めた頃、アベルさんがオレに向かって歩いてきた。

「君、デイジィに剣を教えてもらいたいんだろう」

 さっきまで闘いの中にいたのが嘘のように、アベルさんは落ち着いて口調だった。

「は、はい。オレ、強くなりたいんだ」

 アベルさんは気だるそうな顔を姉ちゃんに向けた。姉ちゃんはウキウキした顔で、ようやく宝石を道具袋に入れようとするところだった。姉ちゃんがアベルさんの視線に気づき、はっとした表情を浮かべると、急に険しい表情を作った。

「オイラは、このお姉さんの一番弟子なんだ。この人ほどじゃないけど、少しくらいなら剣を教えることはできるよ。なぁ、いいだろ、デイジィ。オイラがこの子に剣を教えても」

 姉ちゃんは一瞬寂しそうな顔でオレを見たあと、アベルさんを睨みつけた。

「アベル……。あたしたちの時間はどうするんだ……」

 ドスの効いた声だった。アベルさんは慌てて姉ちゃんを宥めるように両手を突き出した。

「だ、大丈夫だよ。時間配分は最初に決めるさ。お前に迷惑はかけない。オイラだって、お前との時間が一番大切なんだからさ」

「……そ、それだったらいいけどな」

 姉ちゃんは頬を赤らめて、急にしおらしくなった。

 オレとアベルさんで話して、どのくらい修行を付けてもらえるのか決めた。一日おきに二時間。それが姉ちゃんが納得するギリギリの時間だと言った。

 アベルさんは恐る恐る姉ちゃんから承諾を得た。

「シバ……。今からこのお兄さんに教えてもらいな、あたしも一緒に見てやるからさ」

 オレは姉ちゃんの剣を借りることにした。アベルさんの持っている剣は、重すぎてオレには振り回すことはできない。隼の剣と呼ばれる姉ちゃんの剣は、羽のように軽く、手に持った感覚すらなかった。

 アベルさんは、剣の持ち方、構え方、振り方。どんな反復練習をすればいいのか。基礎的なことを教えてくれた。

「シバはまだ基礎体力がないから、こういうことから練習しなくちゃならない。基礎を身に着けよう。それまでは組手なんて危険だ」

 そこまで言ってから小声になり、オレの耳元で囁くように言った。

「オイラがデイジィに教えてもらったときなんて、酷かったよ。いきなり斬りかかってきて、蹴り飛ばされて、岩に叩きつけられて、喉元に剣も突き付けられてさ……」

「アベル!」

 アベルさんの言葉を掻き消すように、姉ちゃんが怒鳴った。

「……あんたもしかしてあたしに文句を言ってるのか?」

「ちがうよ、デイジィ……。オイラはただ本当のことを……」

「なにぃ……」

 デイジィさんは、アベルさんを睨みつけて黙らせたが、すぐに顔をほころばせた。

「まあ、本当のことだよな」

 姉ちゃんが笑顔になると、アベルさんもほっとしたように顔を綻ばせた。

 アベルさんの指導で練習が始まった。剣術のことなどまるで知らないオレに、剣の持ち方から丁寧に教えてくれた。時折口を出す姉ちゃんの顔は楽しそうだった。

 たったの三十分程剣の修行を続けただけで、オレはへとへとになってしまった。少し甘く見ていたのかもしれない。オレの疲れた様子を見て取った二人は、そこで今日の練習を切り上げた。次の練習は明後日になった。

 

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