デイジィとアベル(二)カザーブの休息   作:江崎栄一

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一五 深夜の睦み合い

 薄暗い宿の部屋の中、あたしはアベルと並んで暖炉の前に置いたソファに腰かけ、火に当たっていた。ベッドへ行く前に、部屋が暖かくなるのを待たなければならない。それまではこうやって暖炉の近くで暖を取る。火の光が素肌に直接あたり、暖かかった。あたしはブラジャーとパンティだけ、アベルはトランクスだけの姿だった。

 今日は長い一日だった。元々は山に現れた暴れ猿を討伐するだけのはずが、町を襲撃したキラーエイプを迎え撃たなければならなくなった。それに加えて、シバへの剣術指導だ。おかげで宿に着いて風呂を終えた頃には、もう深夜になっていた。

 グラス三倍のぶどう酒が身体に回ると、漸く開放的な気持ちになってきた。

「アベル、今日も助かったよ……。ありがとう」

 昼間言えなかった感謝の言葉が出た。暴れ猿との闘いでは、シバという足手まといのせいであたしはアベルから分断され、窮地に陥ってしまった。それに気づいたアベルはとっとと暴れ猿の群れを始末して、あたしを救出してくれたのだ。

 照れ隠しに、あたしはアベルの胸に顔を押し当てて、表情を隠した。

 アベルは太い右腕をあたしの肩に回し、抱き寄せた。

「助かったって……?」

「森の中でさ……。うかつだったよ、あんたから離れちまってさ。まさか暴れ猿が近くに来てるなんて思ってなかったんだ」

 不思議なことに二人きりになると気が弱くなる。他人に弱みなんて見せないあたしが素直になれた。それともあたしは本当は弱い人間で、酒がその弱さを露呈させているのだろうか。眼を瞑って、アベルの抱擁に身を任せた。

「ああ……。大群に囲まれてしまったときのことか。いいんだよ。あの程度のモンスター、いくら出てきたって問題ない。お前もシバを守ってて大変だっただろ。間に合ってよかったよ」

「あのときは本当に危なかった。あんたのおかげだ……」

 あたしは身を乗り出し、アベルの頬に口づけをした。元の位置に戻って舌から覗き込むと、アベルは照れたように頬を赤らめた。

「お前を守るのは当たり前のことだよ」

 あたしを抱きしめる腕の力が増した。

「んっ……」

 背中を圧迫され、息が漏れた。顔を押し付けたアベルの胸板から、大きな鼓動が伝わってくる。頭上から、喉の鳴る大きな音がした。

「アベル……。あんたは最高の男だよ。あたしが頼れるのはあんただけだ。危ないときは、いつでも助けてくれる……」

「お前にそう言ってもらえるなんて嬉しいよ。でも、オイラはまだまだ頑張らなくちゃならない。どんなときでもお前を守れる男にならないと」

 あたしたちは、しばらく無言で見つめ合った。

 肩を掴んでいた右腕が背中を伝って徐々に下がり、パンティの上で止まった。敏感な尻に手を当てられて、思わず甘い吐息が漏れる。それを見て取ったアベルの眼には熱がこもった。

 こんな格好で二人きりで夜を過ごせば、当然こういう雰囲気になる。アベルは尻を撫で始めた。優しい愛撫に、うっとりするような感覚が走った。このあたしが、男に触られて悦ぶようになるなんて、未だに信じ難かった。

「それはそうと……。人前では触るなって言ったのに、最近忘れてないか? 今日もいきなり抱きしめてさ……」

 急にイラついて、アベルの胸を強めにつねった。

「痛っ! すまない。どうしても衝動的に……。オイラもお前が心配だったんだよ。暴れ猿に囲まれて、足手まといもいる状態だったから。無事だとわかって、嬉しくてつい抱きしめてしまったんだ」

 余程痛かったのか、アベルは顔を歪めながら言った。

 守られる立場というのも悪くない気がした。今までは誰かの庇護下に置かれることを嫌っていたというのに、不思議なことにアベルになら頼ってみたい。愛する男に護ってもらいたいと思うのは、女なら当然の感覚なのだろうか。

 アベルの言葉に満足したあたしは、笑顔でアベルに抱き着いた。アベルの熱い掌が再びあたしの尻の上に置かれた。

「くだらないこと言って悪かった。助けてくれて、ありがとう……」

「デイジィはやっぱり、小さい男の子に弱いんだな」

「シバのことか? ああ、こればっかりはどうしようもない。ああいう子供を見ると、どうしてもむかしを思い出してしまうんだ……」

 これはあたしの一番弱い部分かもしれない。優しそうな少年が、誰かを守るために強くなりたいというなら、何とかしてやりたくなる。どうしても自分の弟と重ね合わせて考えてしまうからだ。

「オイラが教えてても、大丈夫かな?」

「ほどほどにしといてやれよ。あいつには、まだ剣を扱えるほどの体力がない。根を詰めてやらせるとけがしちまうよ」

 シバはまだ子供だ。アベルの持つ稲妻の剣を振るうことすらできなかった。あんな細い腕に何度も素振りをさせたり、組手なんかやらせたら大けがをしてしまう。まずは体力をつけることが先決なんだ。すぐに体力をつけることはできないが、基礎を教えてやれば、あたしたちがいなくても後はあいつ次第でどうにかなる。

「随分優しいんだな……。オイラに剣を教えるときは、いきなり斬りかかってきたり、殴り飛ばしたりして、随分乱暴だったのにさ……」

 アベルが楽しそうに笑った。

「なにぃ……! アベル、またあたしに文句を言ってるのか?」

「ごめんごめん。冗談だよ」

 いたずらっぽく笑うアベルを睨みつけた。でも、当時のことを思い出すと懐かしくて、自然と怒りが消えて行った。

「……乱暴なのは、アベルの方だろ」

 ため息交じりに言った。ベッドのことを非難したつもりだったが、アベルが察したのかどうかわからなかった。

「このカザーブに……。しばらくいてもいいんじゃないかな? ここは過ごし易いし、いいところだ。もちろんお前が一緒にいてくれるからだけど、こんなに安らいで幸せな気持ちになれたのは初めてだよ」

 アベルの声は寂しげに聞こえた。きっとここにいて、シバを助けてやりたいのだろう。困っている人がいたら、放っておけないのがこの男の性格だ。あたしたちが出会った頃から変わらない。

 確かにこのカザーブの町は平和そのもので、涼しくて、食べ物も美味い。アベルと二人でゆったり過ごした時間は、あたしが人生で初めて手に入れた安らぎだった。あたしもこの町での生活が好きになっていた。モンスター退治で滞在費は十分に稼いだし、ここでしばらくの時を過ごしてもいいのかもしれない。

 本音を言えば、あたしだってシバという少年の面倒を少しは見てあげたかった。親や妹のために強くなりたいという気持ちは痛いほどよくわかる。それでもあたしは踏ん切りがつかない。自分のために生きてみたいという欲求に抗えない。

「デイジィ……。ここにしばらくいて、剣を教えてあげたら?」

 その言葉には、心が動かされた。でも言い知れない不安もある。

「あたしたちのことは既に噂になっている。もうあたしたちの名前はバレているんだ。すぐにアリアハンにも伝わってしまう。そうしたら、早速あたしたちの二人旅も終わりだ……」

 あたしは最後まで言わなかった。

 アベルも理解したようだ。しばらく無言であたしの肩を強く抱き続けた。

「そうだな……。あまり長居はしない方がいい……」

 沈黙が続いた。

「明日には出ようか……?」

 寂しそうにアベルが言った。あたしを気遣っている。

「……そこまで急ぐことはない。あと一週間……。シバとの約束もあるだろ?」

「デイジィ……」

 アベルはあたしの肩を強く抱いた。身体が反転し、胸と胸が密着した。あたしはアベルの首の後ろに手を廻して抱き着き、耳元で囁いた。

「アベル……。あんたなら、きっとシバを助けたいと言うだろうと思ってたよ。どれだけ助けになるかわからないけど、あたしたちで少しは鍛えてやろう」

「もしかして、オイラのわがままにお前を付き合わせてしまったかな……?」

「そんなことはない。アベルなら、そう言うと思ってたんだ……。あんたのそういうところも好きさ」

「デイジィ……」

 アベルはあたしを再び抱き寄せてキスをした。まだ、唇が触れるだけの軽いキス。

「オイラも……。お前の、本当は優しいところが好きだ」

「アベルは強いな……。人を気遣ってばかりでさ。自分にだって辛いことはあるだろ?」

「あるさ。冒険の中で失ったものがたくさんある。もしも一人でいたら、辛いことばかり考えてしまったかもしれない……。デイジィが一緒にいてくれるから……そのおかげで何とかなってるよ……」

 声が震えていた。本当はアベルは繊細で、傷つきやすい性格だということをあたしは知っている。それでも強がって、人助けをしないではいられないのだ。

「……あたしが一緒にいるよ。どれだけ癒してあげられるかわからないけど、あたしだってあんたが大切なんだ」

 アベルの抱きしめる強さが増した。あたしの眼には涙が溜まっていた。

「ありがとう、デイジィ……。デイジィ!」

 急に声が大きくなった。首筋に舌を這わされ、脚の間には手が滑り込んだ。その手は脚の付け根に向かい、内腿の柔らかい部分を掴んだ。急に始まった激しい愛撫に、身体が痙攣した。ベッドへ行く前にアベルの気持ちが昂りきってしまったようだ。

「あっ……。アベル……」

 もがくあたしの身体は、腕力で抑え込まれた。相変わらず強引なアベルに身を委ねるほかなかった。


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