デイジィとアベル(二)カザーブの休息   作:江崎栄一

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一六 次の町へ

 あれから、あたしも加わってシバに剣術の指導をした。わかっていたことだがシバには熱意こそあるものの体力がない。基礎的な反復練習をやらせてもすぐにへばってしまう。この一週間でできることと言ったら、一通りの型だけ教えて、今後は一人でも練習できるようにしてやることだった。

 思えば、あたしがアベルに剣術の指導をしてやったとき、あいつは体力だけはあたしよりもあったから遠慮などする必要がなかった。教え易い相手だったというわけだ。

 一週間という時間は十分ではなかったが、あたしたちが教えてやった基礎練習を繰り返せば、少なくとも剣士として必要な体力だけはつく。実戦の技術を磨くのはそれからだ。

 昨日の練習を終えて、あたしたちはシバに別れを告げた。シバは寂しそうな顔をして引き留めたが、仕方がない。最後にはあたしたちの意志が固いことを理解して引き下がった。

 今日、あたしたちはカザーブの町を去る。

 ここでの生活は悪くなかった。いや、今までの人生で最高に幸せな時間だっただろう。いくつかトラブルはあったが、今までの冒険で直面してきた危険に比べれば大したことではない。二人で力を合わせ、無傷で解決した。

 毎日が充実していた。目を覚ませば隣には愛する男がいる。穏やかな朝を過ごし、昼からは自然あふれる山や森を散策する。高台からの景色や、綺麗な川の流れを鑑賞した。自然の美しさに心を奪われながら、二人で寄り添って佇んだ。夜は美味い物を食べ、ゆっくりと風呂に浸かり、ベッドの上で愛を確かめ合った。

 何かに追われるように走り続けたあの日々の時間を取り戻そうとするように、穏やかに過ごした。

 当初はすぐに次の町へ向かう予定だったが、ここでの生活があまりにも快適だったのだろう、結局二十日間の滞在になった。この期間は、初めて掴んだ幸せを実感するには十分だった。

 ここを出る決心がついたのは、場所を変えないとかつての仲間に見つかってしまうかもしれないし、そろそろ生活が退屈になってきたからだ。もうカザーブという町のことは大体わかったから、当初の計画通り他の町も見て回りたい。世界中を巡って見て、同じようにそれぞれの町の空気を味わう。それでもカザーブが好きだと思うのだったら、また来ることになるだろう。だから予定通り、次へ行ってみる。

 二日前のことだった。

「明日、あの山を登ってみようよ」

 カザーブの西にそびえ立つ高い山を指さして、アベルが言った。この周辺では一番高い山だ。面白そうだから、あたしは二言返事で同意した。

 翌日、二人で登山をした。荷物はアベルが持ってくれた。久々の険しい山道。三時間ほど歩き続け、頂上にたどり着いた。見下ろすと、一面が緑の森に覆われている。その中にカザーブの町が小さく見えた。遥か東に高い山脈が見える。

「凄い景色だな、アベル」

 アベルに腕を絡めて言った。

「あの麓にアッサラームがあるんだな」

 アベルが手に持った地図の一点を指さした。

「ここはもういいのかい?」

「ああ、次へ行こう」

 腕を組んで、二人でその景色を眺め続けた。アベルはあたしを抱き寄せた。

「お前と一緒に世界を見て回れるなんて、楽しみなんだ。一人だったら寂しくてできないかもしれない。でも、お前がいてくれたらどこへだって行ける気がする」

 あたしは頭をアベルの胸に預けた。

「あたしもさ……」

 すぐに出発の準備を始めた。

 そして今日、カザーブを発つ。荷物をまとめたあたしたちは町中を歩いていた。平日の昼間は、やはり人が少ない。落ち着いて買い物ができる。アッサラームへは徒歩で三日間。その移動に十分なだけの、干し肉やパンを買い込んだ。水はその旅路で調達すればいい。

 カザーブでの滞在期間中に今までの冒険の疲れは取れた。今度は少しくらい賑やかなところに行って、都会の空気を楽しんでみるのも悪くないだろう。今まではそういう余暇を満喫することもできなかった。

「アベル、これで一通りの荷物は揃った。他に買っておいた方がいいものはあるか?」

「……いや、もう十分じゃないかな」

 アベルの顔はあきれ気味だった。

「何か言いたいことがあるなら言いな」

 声を低くして返した。

「大丈夫だよ、デイジィ……」

 アベルの背負う道具袋は既にいっぱいになっていた。中には食料だけではなく、ここで買ったあたしたちの服なんかも入っている。そんなに重い物じゃないから、アベル一人に持たせても問題ないだろう。

「じゃあ、行こうか」

 とうとうカザーブを出ることになる。バラモス討伐という辛い冒険を終えて、休息のために訪れた町。多少のトラブルはあったが、アベルと甘いひと時を過ごすことができた。初めて味わったこの安らいだ時間を、あたしは忘れることはないだろう。

 町の東門を潜ろうとしたとき、後ろから足音がした。誰かが走って来る。

「姉ちゃん!」

 シバだった。あたしのすぐ手前で立ち止まり、両膝に手を置いて息を切らせている。

「本当に、行ってしまうのか?」

「ああ、昨日の晩にお別れを言っただろ?」

「やっぱりこの町には、いられないのか?」

「あたしたちは旅を続けなくちゃならないんだ」

 あたしの顔を見上げるシバの顔は寂し気だった。

「あんたも、強くなったじゃないか。これからは覚えたことを繰り返し練習すればいい。少しずつ身体もできてくる」

 そう言って、あたしはシバの頭を撫でてやった。

「オレ、姉ちゃんたちが普通の人だとは思えないんだ……」

 シバは言い辛そうに、一度言葉を切った。

「本当は、魔王バラモスだって倒せるくらい強いんじゃないか?」

 しばらく沈黙が続いた。

「普通の人間さ。ただ、少し腕が立つだけのね」

 あたしはシバを一度強く抱きしめたあと、アッサラームに向かって歩き出した。

 

 

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