デイジィとアベル(二)カザーブの休息   作:江崎栄一

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〇四 夕飯時の喧騒

「デイジィ、今夜は肉料理にしようよ」

 客でごった返す夜の露店街を歩きながら、アベルが提案した。辺りには肉やソースの焼けるいい香りが充満していた。オイルランプの淡い光が通路を照らしていた。こんなところにいると、ますます腹が減ってくる。今日も剣の修行で身体を酷使して疲れている。

「ああ、いいんじゃないか」

 屈託のないアベルの顔を見て、あたしも自然と笑顔になった。

 街の中心にある広場には、至る所に屋台が立ち並び、街灯が点き始めていた。アベルはキョロキョロと屋台を覗いて歩く。日が落ちて一気に温度の下がった風は、ふろ上がりの湿った髪に心地よかった。

「やっぱり肉料理屋はたくさんあるな」

 肉料理を提供する屋台の前で、アベルが足を停めた。店先には、肉料理と併せて食べるパンが大量に並べられている。このカザーブは農業も畜産業も盛んで、食料に困ることがない。特に、きれいな水と広い牧場で育てられた肉料理が美味い。

 あたしたちはレアステーキとパンを買い、広場に並べられた屋台共有のテーブルに着いて食事を始めた。周囲では体格のいい男たちが酒を飲みながら嬌声をあげている。一仕事終えて、くつろいだ時間を楽しんでいるのだろうか。羨ましく思い、こっちも酒を頼もうかと思ったが、やめておいた。あたしたちにとっての夜はこれからだ。

 あたしの頼んだステーキは今までに味わったことのないほど美味かった。塩と胡椒だけで味付けされた簡素なものだったが、肉がいいからなのか味は格別で、肉汁が疲れた身体に染み渡るようだった。

「アベル、これも食べてみろよ。美味いぞ」

 ステーキを一口大に切り分け、フォークでアベルの口に運んだ。アベルはあたしの眼を一瞥すると、肉にかぶりついた。

「美味いな……」

 肉を口に含みながらアベルが笑顔で答えた。

「デイジィも食べるか?」

 そう言って、アベルも肉を切り分け、あたしの前に差し出した。あたしの口には大きすぎたが、何とか頬張って咀嚼した。こちらは濃厚なソースに絡めてあって、ちょっとしつこい味付け。

「ああ、これも美味いよ」

 あたしが笑うと、アベルも笑顔になった。

 人前で男とイチャイチャするような女は嫌いだったが、今ならその気持ちがわかる。アベルとはこうやって、色々なことを一緒に体験して、すぐにでも感想を共有したい。あたしは、再び食事に没頭し始めたアベルをじっと見つめていた。今までは大食漢のモコモコの陰に隠れていたが、アベルも良く食べる。若くて背も高く、これだけ筋肉質な男なのだから当然だとは思うが、次から次へと肉の塊を口に放り込んで、ちゃんと飲み込めるのかと心配になる。

 そんな穏やかなひと時に、異変が起こった。

 あたしが自分の皿に視線を落としたとき、男の罵声と、木の板を叩くような大きな音がした。辺りは一瞬静まり返ったあと、ざわつき始めた。

「なんだ?」

 そう言ったのだと思う。

 アベルが口いっぱいに肉を頬張りながら、鋭い目で周囲を見渡した。

 喧嘩でも始まったのか。音の方を見ると、帯刀した男が少年の胸倉を掴んで恫喝しているところだった。男の後ろには、仲間らしき二人の男が立っている。少年は殴られたのか、ぐったりとしている。

 喧嘩とは違うようだ。それに男たちの風貌からすると、堅気には見えない。どこぞの荒くれ者が弱い住民に絡んでいるのだろう。この町にもときどき変な奴らが紛れ込んでくると聞いた。自警団が取り締まっているとはいえ、すべてを排除することはできないのだろう。

 この喧騒を囲む者たちは、為すすべなくうろたえているだけだ。誰かが自警団を呼びに走り出したが、そんなすぐにはやって来ないだろう。あたしは臨戦態勢に入った。

 アベルが口を抑えながら立ち上がるのと同時に、男が拳を振り上げた。

 その挙動を読んで、あたしはフォークを投げつけた。

 フォークは街灯の光を反射しながら、猛スピードで飛んだ。

 ちょうどその拳が最も高く振り上げられたところで、フォークが手の甲に突き刺さった。

 男が身体を仰け反らせて動きを止めるのを確認して、あたしは駆け出した。

「誰だ!」

 三人組の中の大男が叫んで周囲を睨みつけた。

 面構えからすると、こいつがボスなのかもしれない。

 その間抜け面に向かって、怒鳴った。

「やめな! 大の男が寄ってたかって、そんな坊やに乱暴か?」

 大男の視線があたしを捕らえた。それを真っすぐに見つめ返し、あたしは無造作に歩を進めた。大男の表情に余裕が生まれた。

「なんだ……。女じゃねぇか。お前がやったのか?」

 大男が醜く顔を歪めて笑う。相手が女だと知って甘く見ているのか。それとも、あたしの美貌に欲情しているのかもしれない。

「ああ、そうだよ。お前たちがあんまりにもみっともないんでね」

 観衆が後ずさりし、道の端に逃げた。あたしの目の前には、三人の男と一人の少年が残った。

「ふざけやがって……。痛えじゃねぇか、このアマがぁ!」

 さっきフォークを突き刺してやった男が、手から血を滴らせながら叫んだ。

「そんなに怒ってどうしたんだい。せっかくだから、もっと血を抜いてやった方がいいかもねぇ」

 あたしが挑発してやると、苦痛と怒りに満ちた顔がさらに醜く歪んだ。そしてあたしに向かって歩き出した。よく見ると、男はあたしよりも背の低い小男だった。それに、その足取りのぎこちなさからは格闘術の経験がないことがうかがえる。勘違いも甚だしい。相手が女だからというだけで、もう警戒を解いてしまったようだ。

「へえ、あたしとやろうってのかい……」

 あたしも小男の眼を真っすぐに見つめ返して、歩を進めた。

「いい女じゃねえか。おい、あんまり乱暴にするんじゃねえぞ」

 大男の薄汚いヤジが飛んだ。

 距離が縮まると、小男は両手を広げて腰を落とした。もう何を狙っているのか見え見えだ。

「とっとと医者にでも見てもらいな」

「があっ!」

 あたしが挑発すると、男が突進した。

 遅い。

 横に飛び退いて簡単に交わした。目標を失った小男の身体は転びそうになった。それを前のめりになりながらも踏みとどめた。

 小男が振り返るのに合わせて、あたしは間合いを詰めた。

「くそっ!」

 男の顎が無造作に差し出された。

 スカートのスリットから右足を跳ね上げ、その顎につま先を叩き込んだ。

 ほとんど手応えはなかったが、小男の頭が揺れた。

 そのまま静かに崩れ落ち、顔面から地面に倒れ込んだ。もう微動だにしない。起き上がる気配はなかった。

「なんだ。威勢ばかりで大したことないじゃないか」

 露わになってしまった右足にスカートを被せ、あたしは大男に余裕の笑みを向けた。

「てめぇ!」

 大男と、その仲間の細い男が、剣の柄に手をかけた。

「危ない……。に、逃げてください」

 倒れていた少年が呻くように囁いた。頬を腫らしているが、重症ではないようだ。

 不意に背後に気配を感じた。聞き慣れた足音。

 目の前の男たちが怪訝な顔をする。

「デイジィ、手を貸すぞ」

 アベルが駆け寄ってきた。口に詰め込んでいた肉を喉に詰まらせることはなかったようだ。

 あたしはアベルの胸に手を当てて、そっと押し返した。

「アベル、心配はいらないよ。この程度の連中、あたし一人で十分だ」

 敢えて男たちに笑いかけながら言った。連中の顔が更に紅潮した。

「ぶっ殺されてぇようだな」

 男たちが剣を抜いた。鉄の剣。切れ味は悪そうだ。ただ重いだけで、相手を叩くことしかできないナマクラだ。

「お前ら、素人だね。悪いことは言わない。とっとと降参しな」

 あたしの挑発に乗り、大男が顔を歪めて一歩踏み出た。ただ身体がでかくて力持ちなだけの素人。こいつの剣があたしを捕らえることはない。大男は剣を振り上げ、じりじりと間合いを詰める。

「クソ女が……。調子に乗るんじゃ……ねえ!」

 大男はもう一度剣を振り上げ、真っすぐに振り下ろした。

 簡単に剣の動きが読める。あたしは小さくステップを踏んで、最初の一太刀を避けた。

 大男は次々に剣を振るうが、どれもこれも素人の動き。少しは闘いの勘を養う練習になるかと思ったが、大男は単調な動きを繰り返すだけ。拍子抜けだ。

「くそぉ! ちょこまかと逃げ回りやがって!」

 もう大男の息が上がっている。

「どうしたんだい。そんなに息を切らして」

 終わりにしよう。

「うがぁ!」

 大男が剣を振りかぶるのに合わせて、あたしは素早く一歩踏み込んだ。身体を開き、がら空きになった男の顎先に向けて、真っすぐに拳を叩き込む。大男の頭が揺れると、さっきまであたしのことを睨みつけていた眼は、あさっての方向を向いた。後ろに剣を落とすと、さっきの小男と同じように、膝を付いて顔面から地面に崩れ落ちた。

 土下座する格好で失神したようだ。こいつも微動だにしない。

「さて……。お前はどうするのかな?」

 最後に残った一人、細長い男を睨みつけた。

「ぐっ……。くそぉ!」

 男は驚愕の表情を浮かべながら後ずさりした。そしてあたしに背中を向けて、駆け出した。

 情けない男だ。こんな奴らだとはいえ、仲間を置いて逃げるなんて。

「逃がすと思うか!」

 走りながら怒鳴った。

 勝ち目がないから逃げるしかなかったのだろうが、逃げることはできない。あたしが一番自信を持っているのは「スピード」なんだ。

 男は振り返ることもなく一心不乱に走り続けているが、距離はみるみる縮んでいった。その背中を捕らえた時、あたしは跳び上がって男の頭を掴み、前に転がした。

 男は無様に地面を転がり、苦悶の声をあげた。そして地面に手を付いて立ち上がろうとしたとき、その手を掴んで背中に向かって捩じり上げた。

「ぐああ! て、てめぇ!」

「さあ、年貢の納め時だ」

 無様に喚く男の動きを封じると、周囲に集まっていた観衆が騒ぎ出した。屈強な三人の荒くれ者が、か細い美女一人に翻弄される様は、見ていて気持ちのいいものだったのだろう。

 自警団に男の身柄を引き渡し、周囲からの賛美の声を受けながらあたしはアベルと一緒にテーブルへ戻った。

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