デイジィとアベル(二)カザーブの休息   作:江崎栄一

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〇八 長老からの依頼

 ここのところ町を歩いていると、すれ違う人たちから好奇の視線を向けられる。初めの頃はイラついて、つい睨み返してしまったりしたが、どうも連中の表情には悪意がない。あたしほどの美人が珍しいのかとも思ったが、ある日屋台のオヤジに言われて合点がいった。どうやら、この間の荒くれ者どもとのひと悶着で、有名になってしまったようだ。

 このカザーブは元々平和な町で、善良な町民ばかりが生活しているが、ときどき外から不届き者が流れ込んでくることがあるという。そんな奴らに暴れられて、迷惑していたところに、あたしが登場したというわけだ。颯爽と現れた美女が、小汚くて卑劣な暴漢を一瞬で撃退する。さぞかし痛快な光景だったことだろう。

「有名人だな」

 アベルが歯を見せながら茶化した。あたしも満更でもなかった。しかし群衆も、あたしには既に男がいるということを知ったら、さぞかし残念がることだろう。

「……目立ちたくはないんだけどな」

 アベルに向かって笑いかけた。今日も剣の修行をするべく山に向かって歩いていた。背中のリュックには食料と水が詰め込んである。昨夜は思い出話に花が咲き、つい夜更かししてしまったが、昨日と同じ時間に修行を始める。

 空は快晴で、温かい。

「もし……。旅の方」

 後ろから声がした。

 振り返ると、白髪交じりの年老いた男が立っていた。

 身なりがいい。優しそうな顔が、あたしをじっと見ていた。

「あたしたちに、何か用か?」

 訝るように尋ねた。

「突然声をかけてしまい、失礼しました。私はこの町の長老でございます」

 老人は恭しく答えた。

 長老……? そんな奴が、いったいあたしたちに何の用だ?

 あたしが黙っていると、長老と名乗った老人は続けた。

「あなたがたの力を見込んで、ぜひお願いしたいことがあります」

 アベルを見上げると、話がつかめないといった困った顔をしている。しかし、この言い方からすると、何かトラブルがあって、それをあたしたちの力で抑え込んで欲しいということだろう。

 あたしは一歩前に出て、まず最初に明確にしておかなければならないことを告げた。

「いいけどねぇ……。お願いか」

 敢えて考え込むような顔を見せてから、大事なことを言った。

「あたしは金にならない仕事はしない主義なんだ」

 挑むような笑みを向けたが、長老の表情に変化は起こらなかった。

「もちろんです。それ相応の報酬は準備しております」

「へぇ……」

 そういうことであれば話は早い。あたしは依頼内容の詳細を聞くことにした。単刀直入に尋ねてみたが、あまり大声で話せる内容ではないようだ。長老はあたしたちを町役場へ案内した。アベルも興味があるのだろう。文句は言わなかった。もっとも、この男なら人が困っていると聞いてはじっとしてはいられやしないだろう。

 老人の足取りに合わせて、ゆっくりと町の中央広場に向かった。

 町役場は、広場に面したところにある。石造りの頑丈そうな建物だった。この辺りには何度も来ているので、建物にも見覚えがある。

「お入りください」

 巨大な門をくぐると、思った以上に広い。装飾品はあまりないが、大理石の壁と床からは、金がかかっていそうな印象を受けた。

 入口の近くにある小さな部屋に通された。中には小さなテーブルと、それを挟むように高そうなソファが置かれていた。応接間のようだ。

 お茶を準備すると言って、長老は席を外した。

「結構いい部屋じゃないか」

 期待を込めて周囲を見渡したが、とくに目ぼしいものは見当たらなかった。調度品を置かないのは長老の趣味なのかもしれない。慎ましい生活を続けるこの町の風土には合っているのだろう。しばらくすると給仕の女が来て、目の前に置かれたティーカップに紅茶が注がれた。

「ありがとう」

 アベルはお礼を言うと、早速紅茶に口を付けた。以前ならいきなりこんなところに通されたら緊張してしまうような田舎者だったが、今では堂々としたものだ。それもそうだろう、世界で三本の指に入るほど栄えているドランの都では、国王から直々に接待を受けるなんてこともあった。今更、小さな町の長老と接見しても動じる理由はない。

 給仕の女が部屋の扉を開けると、長老が現れた。テーブルの反対側に周り、ゆっくりとソファへ腰を降ろした。穏やかな眼であたしとアベルの顔を順に見て、もう一度あたしに顔を向けた。

「旅人さん方、只者ではありませんね。お二人とも、瞳の奥に恐ろしい力を感じる。住民から色々と噂は聞いておりましたが、それ以上だ……。随分長いこと生きてきましたが、ここまでの人には会ったことがありません」

 なかなか人を見る眼がある。この間のゴロツキどもとは訳が違う。あたしは口元だけ歪めて笑った。

「さぁて……。そこまでのものだろうかね」

 長老はあたしの瞳をじっと見た。

 依頼を出すにあたって、引き受けるかどうかの決定権を持っているのはあたしだということを瞬時に見抜いた眼だ。

「あなたたちは、随分長く旅を続けておられるようだ。良いものも悪いものも、さぞかし世界中で色々と見てきたことでしょう。お若く、夢と希望に満ちているのに、その奥底には深い悲しみを宿している。多くのものを得るのと同時に、失ってもいたのでしょう」

 長老と呼ばれた男は、屈託のない顔であたしたちを観察している。確かにあたしは竜伝説を解く冒険を終え、初めて心を惹かれた男とこうやって幸福に過ごしている。しかしそれまでには、最愛の弟と妹、そして厳しい冒険を共にしてきた仲間を失ってもいた。

「当たり障りのない範囲で、あなた方の旅の目的などお聞かせいただいてもよろしいでしょうか」

 あたしは既にこの老人に呑まれていたのかもしれない。元来自分のことはあまり語らないたちなのに、初対面の相手に色々と話してしまった。プロの剣士であること、世界中を旅してきたこと、そして今も宛のない旅を続けていること。

 細かいことは黙っていたが、一仕事終えた後で身も心も疲れ切っていることも伝えた。たまたま辿り着いたこの町は、喧騒を離れて休息を得るためには最適だと思った。次の行き先については、ここでゆっくりとしながら考えているところだ。

 あたしが一通り語り終えると、長老が口を開いた。

「旅を続けてきたあなたがたならご存知のことと思いますが、世界中の国々は魔王バラモスの侵略により次々に壊滅していっております。軍事力を持つ大国は真っ先に狙われました。バラモスの作り出すモンスターは強大で、並大抵の人間には対抗する術がありません。そんな中でも、このカザーブのような小さな町は幸いにも難を逃れております。バラモスもこんな町を攻めても仕方がないと思ったのでしょう」

「随分謙遜するじゃないか。この町は空気が綺麗で食べ物も美味くて、いいところだよ。おかげで随分ゆったりと過ごさせてもらってる。あたしは好きだけどね」

 長老は満更でもないといった風に笑った。

「もともとここは静かな町で、農産物と工芸品の産出で何とか生活していける程度のものでした。ですが、そんな風土が好きな方々も世界には大勢いたのでしょう。ここ三十年で人口は五倍に跳ね上がりました。それに伴って徐々に農地も拡大し、産業も生まれて、今のような町になったのです。そして皮肉なことに、世界が混とんを極めるに従って、流入者が増え、更に人口が増大しているのです」

 長老はそこで言葉を切り、あたしの眼を真っすぐに見た。

「ところで、昨日からある噂が聞こえてきました。魔王バラモスが、十日ほど前にアリアハンで倒されたと……」

 あたしは長老の視線から眼を逸らさなかった。

「あなた方はこのカザーブに来て一週間になる……。アリアハンはカザーブのすぐ近くだ。二日も歩けば辿り着けるでしょう。もしかしたら、あなたがたは何か知っているのではないかと思いまして」

 あたしは紅茶を一口啜って、不敵に笑って見せた。

「バラモスが倒されたって? すごいことじゃないか。でもあたしたちは何も知らないね。第一、アリアハンから来たわけじゃない」

 嘘を並べてからアベルの顔を覗き込んで、ギョッとした。

 眼を丸くして強張った顔をしている……。

 バラモスを倒したってことは隠しておこうと二人で決めていたが、これでは長老の指摘が図星であったと言っているようなものだ。やっぱりアベルには隠し事をする器用さがない。もうあたしたちが何か関係しているというのは、長老にバレてしまっただろう。

 大きく咳をして、長老に向き直った。

「それで長老様……。お話というのは?」

 この話題が続くとまずい。あたしはため息をついて、本題を促した。動揺があたしにも移ったようで、急に敬語になってしまった。

「これは失礼しました。では、説明いたします」

 今の話で長老はあたしたちの強さを確信したのだろう。依頼する相手に間違いがないと判断したのだ。長老は淡々と話した。

 依頼内容は、簡単に言うとモンスター退治だった。

 この一週間、町の北にある森で猿型のモンスターが目撃されたという証言が急増しているらしい。町の猟師が狩に行った際に、襲撃を受け、命からがら逃げかえってきたこともあったという。その他にも、旅人や農家からも目撃情報が寄せられているそうだ。茶色い体毛に覆われ、身の丈四メートルにも及ぶ巨大猿。その特徴から、暴れ猿ではないかと推定している。

 今までにそんなことはなかったのに、一週間前から急にだという。バラモスが死んだ日とほとんど同じ日だということが気になった。

「どこからやって来たのかわからないのですが、いつ町や人々を襲うか不安なのです。この町にも自警団はいますが、モンスター相手に闘えるようなプロの戦士ではありません。しかしあなたがたであれば……」

「それならオイラが……」

 アベルが安請け合いしそうになったので、即座に脇腹へ肘を叩き込んで制止した。まだ長老が話している途中だというのに、それを遮ってまで返事を急ぎたかったのだろうか。相変わらずの鼻息の荒さに、つい肘打ちに力が入り過ぎてしまった。

 アベルは痛そうに脇腹を抑えている。気にせず話を進めた。

 ターゲットに関する情報と、期待される成果。これを最初に詰めるのが常識だ。アベルには剣術だけでなく、生きていくための処世術も教えてやらなければならない。

 依頼内容を明確にしてから値段交渉を始めた。一五〇〇ゴールドで話がついた。

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