あいつに初めてあったのは私が当時中学2年生の頃。当時、親の転勤で引っ越してきた家のお隣さん、それが河野だった。
当時の私は眼鏡をかけており、全く人とは関わりを持たない人種だった
。
...というかそうなってしまったの方が正しいかもしれない。
親が転勤族ということもあり、幼稚園から今まですでに4回は転園、転校を繰り返している。
もちろん1回目や2回目の時こそ、転校した先でも友達を作ろうと奔走していた。
だが、どーせすぐに離れ離れになってしまう、そのことがだんだんと嫌になり、その後の転校先では周りと関わるのをやめた。
その頃からだろうか、私は本の世界に没頭するようになった。
学校に行くまでの通学路も、学校のお昼休みも、そして帰りも...。
私は片時も本を手放すことがなくなった。
当時の私にとって、本だけが唯一絶対に離れない友達だったのだ。
そんないつもどおりで5回目の転校初日、私は本を読みながら学校に向かっていた。
その日の私は朝から最悪の気分だった。
(ちっ...なんだよこれ、SFかと思って買ったのにただの恋愛小説じゃないか。表紙に騙されたな...)
ただでさえ憂鬱な転校初日。
気を紛らわせようと買った本は私が最も苦手とする恋愛小説だった。
(くっそ...キャッチコピーでミステリーだと思って買ったのに...詐欺だろこれ...まぁでもこれしか持ってきてないしなぁ...)
「ねえ、何読んでるの?」ヒョコッ
「っ...!? 」バサッ
突然現れた男の顔。ただでさえ人見知りの激しい私は思わず驚いて持っていた本を落とす。
申し訳なさそうに少し笑ったそいつは私の本を拾い上げ、表紙をマジマジと見つめて嬉しそうに私に話しかける。
「これ!乙女の戦車道シリーズだよね!面白いよね!...あ、ごめん! 勝手に見ちゃって」
「...別にいいですけど...。というかあなた誰ですか? 私あなたのこと全然知らないんですけど...」
「あー!ごめんごめん!自己紹介まだだったね! 俺隣に引っ越してきた河野っていうんだ!よろしく!...君の名前は?」
(あー...母親がなんか言ってたな...先日挨拶してきたお隣さんが同い年だとか何とか...こんな奴だったのか...)
「...安齋千代美。...中学2年。これでいい? じゃあ私行くから」
「あ、ちょ、ちょっと!」
スッとそいつを通り去って、すぐに本を開き直して歩き出す。
このジャンルの本読むのは苦手だが、こいつの相手をするよりかは何千倍にも楽に感じた。
だが、本を読んで歩いている私の横にくっついて、河野はお構いなしに私に話しかけてきた。
(しつこいなこいつ...まあいいや、適当にあしらっていればそのうち興味もなくなるだろう...)
だが私のその予測とは裏腹に、次の日も、また次の日も、河野は私に話しかけてきた。
「本は結構読むのー?」
「....人並みには」
「俺こう見えて俺も結構読むの好きでさー」
「....そう」
適当に塩対応をしながらでも本を読めるくらい慣れてきた頃、河野の口から少し気になる話題が飛んできた。
「俺本好きになったきっかけが引っ越しなんだよね。母親が転勤ばっかで移動中退屈だったから暇つぶし程度に読み始めたら面白くてさー」
読んでいた本のページをめくる手が一瞬止まる。
(この男も転勤族だったのか...となると自分と同じ境遇なんだよな...じゃあどうしてこんなに積極的に...)
「だから何でもいいからさ、何かお勧めの本があれば教えてよ! ジャンルは幅広く読んでたから何でも...」
「...ヘミングウェイの森」
「...えっ!?」
「ヘミングウェイの森って小説。お勧め教えてっていたじゃん...そんな驚かないでよ」
普段ほぼ喋りっぱなしの彼だったが、この時ばかりは口をぽかんとあけ固まっていた。だがしばらくして嬉しそうに笑うと、またいつもの調子に戻っていった。
「いや!ごめんごめん!なんか具体的に返答してくれたの初めてだったから嬉しくて! 読む読む! 絶対読む! ありがとう!」
ちょっとした好奇心だった。
自分と同じ状況でどうしてここまで仲良くなろうとするのか、気になった。そんな些細なきっかけから本仲間として少しずつ心を開いていった。
「...いやあ、よかったねあれ。主人公がまさか最後に犯人になるなんて」
「だろ、大どんでん返しって感じで最後まで飽きが来ない。いい作品だよな」
「ね! 推理ものはあんまり読んでなかったから新鮮だった!」
「...あ、そうだ。この前私が薦めた本読んだか?SFのやつ。私的のはあっちの感想の方が気になるんだけど...」
「あー!読んだよ! 結構難しかったけど面白かった! 特によかったのはねー...」
お勧めの本を教えるとはすぐにしっかりと読み、感想を伝えてくれる河野。そんな不思議な朝の時間は、だんだんと私にとっては待ち遠しい時間になっていった。
そしてそれと同時に「河野」という存在も私の中では大きくなっていった。そのうち朝だけでは物足りず、時間が合えば帰りにも合流するくらい仲良くなり、好きな趣味を語り合った。
「...なあ、河野のお勧めも教えてくれよ。私ばっかりじゃ不公平だろ」
あるいつもの朝の時間。私が不意にそんなことを口に出した。
「あー...でもいいの?俺のお勧めだと恋愛小説になっちゃうし...ちーちゃんそれ系苦手でしょ」
「いいよ、読書家としてたくさんのジャンルを読めるようになりたいしな。...まあでも、初心者なのは変わりない。読みやすいやつで頼むよ」
「読みやすいやつかー...うーん...あ、そうだ!なら、土曜日うちくる? 結構な数の恋愛小説あるからさ、貸してあげるよ」
「おー! いいねえ。そうだな実際に手に取ってみれた方が選びやすいしな」
「決まりね! また連絡するから!」
ーーー土曜日
「いらっしゃーい。まあゆっくりしていってよ。うちに人呼ぶのなんて何年ぶりかなあ」
玄関が開かれ入った家は段ボールが積まれっぱなしになっており、必要な家具や電化製品以外はまだ締まったままの様子だった。
我が家も似たような状況なので妙に親近感が湧く。
「あー、段ボールとかは気にしないで。めんどくさいからそのままにしてるだけだから」
「わかるわかる!私も転勤族だからさ、いつ引っ越すかもわからないしな。いやぁやっばあるあるなんだなぁ...」
「あ、ちーちゃんもそうだったんだ...。...まあいいや、さ!上がって上がって! 俺の部屋は2階の角ね。ジュースとか持ってくるから先行ってて」
「お、おう。ありがとね」
転勤族...という言葉を聞いて一瞬河野の顔が強張る。
初めて見せたその悲しい表情に動揺したが、聞いていいものかもわからなかったのでとりあえず黙って部屋に向かうことにした。
「ここか...お邪魔しまーす」
河野の部屋は他の部屋同様、ダンボールが積まれており、こざっぱりとしていたが、目を見張るような本棚にはびっしりと恋愛小説が詰め込まれていた。
「おいおい...予想以上だなこれは...。あっ...ヘミングウェイの森だ...ふふっ」
恋愛小説棚の下の方には私が薦めた本が丁寧に入れられていた。疑ってはいなかったがこうやって本当に読んでくれているとわかると何だか無性に嬉しくなった。
こんなの薦めたなぁ...と感傷に浸りながら眺めていると、ふとある本棚の横に飾られれている赤い宝石がついたおもちゃのブレスレットが目に止まった。ボロボロで何度も接着した後があり、相当大事にしているみたいだった。
「何だー?これ。ずいぶん汚れているようだな...」ガチャ
「ごめんごめん!お待たせ!...あっそれ...」
「あっすまん!勝手に触るつもりはなかったんだが...つい...」
「いやいいよ。そんなにボロボロだと目に留まるもんね」
「....なあ、嫌なら答えなくてもいいんだが、これはなんだ? ずいぶん大事にしてるみたいだが...」
「それは前の学校の友達にもらったプレゼントだよ。...小学5年生くらいかな。結構仲良くなった子が初めて俺にくれたやつだから忘れられなくって...今でもたまに身につけてるよ」
「前の学校か...。そういえ河野はこれからも転校の可能性はあるんだよな?」
「まあねー。むしろ今回は長いくらいだよ。ここにきてからもう1年半以上は引っ越してないしね。もしかしたら明日急に転勤になるかもしれないしね。神のみぞ知るっていや、親のみぞしるって感じかな...ははっ」
「.....」
忘れていた。こうなるのが嫌で私は人を遠ざけていたのに...。
相手も転勤族なら尚更こうなることはわかっていたのに。
不意に思い出した残酷な真実に私は思わず声が出る。
「あ...ちーちゃん?ごめんつまらなかった?あ、じゃあおすすめを..」
「じゃあどうして...」
ん?と私を見つめる河野。こいつがいなくなるかもしれない。その悲しみは痛みになり胸を締め付け、その痛みは言葉に変わった。
「どうして離れるってわかってて...私と仲良くなろうと思ったの...?」
全ての始まりだった疑問は今、終わりに向かう2人の関係に再び現れたのだった。
つづく
感想、ご意見気軽にください。励みにします。
〇〇出して欲しい、〇〇はこう言う設定がいい等も嬉しいです。
参考にさせていただきます。
基本的にガルパンのキャラは全部okです。
この先出して欲しいキャラ
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元大洗
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元他校