その男性に初めて会ったのは、大雨がさった後の土手の前だった。
「うーん...やっぱないよー...。ここら辺で落としたと思ったんだけどなぁ...」
私は仲間たちと共に高校最後の思い出作りにその土手でバーベキューをしていたのだが、不運にもその最中、土砂降りが降り、逃げるように解散。
その後みほさんにもらった大切なキーホルダーを落としてしまっていたことに気がつき、現在、必死にベシャベシャの土手を駆け回っているところだ。
「うわー...どーしよう...全然見つかんないよ...。でもみんなに協力してもらうのも悪いし...」
「だ、大丈夫?...何か探してるみたいだけど」
大学生...だろうか。小さめのリュックサックを背負った黒髪の男性が私に声をかけてきた。
「...実はキーホルダーここら辺に落としちゃって...ボコっていうクマのやつで...」
「そりゃ大変だ! 俺も探すよ!」
「あ、でも! ほんとただの小さいおもちゃですし...助けていただくほどでも...」
「でも、君にとって大切なものなんだろ?...俺もほら、昔から大切にしてるのあるからさ、気持ちはよくわかるよ。...これだって君から見たらただのおもちゃだろ?」
そう言って、男性が首元からジャラリと取り出したのは駄菓子屋でよくあるおもちゃのブレスレットだった。
相当大切にしてるのか、所々修繕した跡が見受けられるが、確かに私から見たらただの年季の入ったおもちゃだった。
「じゃ、手分けしてさがそ! どこらへんで落としたかとかわかる?」
「えっと...じゃあ...お願いします」
結局、親切なその男性を断りきれず、手分けして探すことになった。しかし必死の捜索も虚しく、時間ばかりが過ぎていった。
夕方頃になり、あきらめかけていた最中、男性から歓声が上がった。
「あったかも! もしかしてこれ?」
「これです! ありがとうございます!!...よかったぁ」
そう言って男性の手に握られていたのは確かにみほさんからもらったボコのキーホルダーだった。土砂降りの影響でかなり遠くまで流されていたようで、バーベキューをしていた河原からはだいぶ離れた場所で発見された。
嬉しさのあまり、受け取った瞬間しばらくキーホルダーを握りしめていた。
「...うん、よかったよかった! そこまで喜んでもらえたならこっちも捜し甲斐があったよ」
「本当にありがとうございます。きっとあなたがいなかったら見つかってませんでした... 。なんとお礼を...クシュン」
「ちょっ大丈夫?...あーよく見たら体濡れてるじゃん...ちょっとまってね...確か...あったあった、これ使いなよ」
「すみません...何から何まで...」
どうやら捜してる途中、草むらの水滴でずぶ濡れになってしまったらしい。渡してもらったタオルで頭をふく。
なんと情けないことか....。
「ほんとにありがとうございました。このタオルは洗って...ってあれ? あの人どこに...」
「ごめーん! ちょっと急用出来ちゃったからもういくねー!」
先ほどまで隣ににいたはずの男性が気がつくと土手の上まで登って走り出していた。よほどの急用なのか
「ええ!? あっ...ありがとうございましたー!」
「いいってことよー! じゃねー!」
「あっタオル...ってもういないや...」
嵐のようにすぎていったその男性は名前すら聞けないまま、置き土産を残してさっていってしまった。
ほのかに香るラベンダーの匂いがするタオルに顔を埋める。
「素敵な人だったなぁ... 連絡先聞いとけばよかった...」
私完全に恋に落ちてしまった。
それから早1週間が経ったが、私は名前もわからない彼に完全に心を奪われていた。
「うわぁ、このお肉めちゃうまだねぇ! 流石叙●苑!」
「ほんとほんと! じゃんじゃん頼んじゃおう!...梓、次のお肉何がいい?...梓? 聞いてる?」
「へ? あ、ごめん!...聞いてなかった...えっと...飲み物は...」
「違うよ!お肉だよー! 飲み物はさっきオレンジジュースでいいって言ってたじゃん!」
「そうだよ! せっかく打ち上げに高い焼肉屋来たのに全然食べてないし! 私が全部食べちゃうよ!?」
「ごめんごめん! えっと...じゃあ...」
「...梓ちゃん、バーベキュー以降ずっとあんな調子だよ、なんかあったのかな?」
「青春真っ只中の女が考えることと言ったら...ねえ、紗希ちゃん?」
「...間違いなく...恋煩い」
「やっぱりぃ! そうだよねぇ! お相手は誰かなぁ?」
「だから違うって言ってるじゃんー!」
「やばぁ! 聞こえてたぁ」
カランコロンッ イラッシャマセー
「...おいおい、ここランチでも結構高いとこじゃ...」
「いいじゃん、入学祝いたくさんもらったんだろ? パーっと行こうよ」
「人の金なのに本当遠慮ないよなお前、全く誰に似たんだか...」
「えへへっ。そこは兄譲りだねー。すみませーん! 二人なんですけどー」
入って来た男性二人組に目がいく。すると友人たちがいつものように騒ぎ出した。
「うわ! あの二人めっちゃ可愛くない? 特に背の高い方めっちゃタイプなんだけどー!」
「...スタイルいいなぁ、モデルか何かかな?」
「絶対そうだよぉ! あーあんな彼氏欲しいなぁ」
「あいー...大学生かなぁ、大人な感じだねー」
「ちょ、みんな! 知らない人なんだからあんまりじろじろ見ちゃ...ってあー!!」
思わず大声を出してしまい、周りの客がこちらを見る。それはあの二人組も例外ではなかった。
間違いない。こちらを見ている男性は先日助けてもらったあの人だ。周りが騒ぎ立てるのを振り払い、気がつくと私は彼の前に立っていた。
(やった! こんな奇跡があるなんて! ありがとう神様...)
「あ、あの!」
「...誰こいつ。ナンパ?」
話しかけようとすると、氷のように鋭い眼光で弟?であろう男性が睨みつけてくる。相当警戒しているようで明らかに敵意剥き出しだった。
「あ、えっと...私は...」
「あー! 君! もしかしてこの前の土手の子かな? 」
「そ、そうです! あの! この前は本当にありがとうございました! タオルまで貸していただいちゃって...」
「あータオル! すっかり忘れてたよー! 体調は大丈夫?」
「はい! お陰様で風邪も引かずにすみました!」
「うんうん、それは何より」
「あ、あの! それでですね...タオルを返したいので連絡先とかを...」
(うわぁ...弟くんからの視線が痛い...)
「やっぱりナンパじゃねーか!」
「ち、違います!」
「ちょ、やめろって。連絡先ね! LINEでいい?」
「はい! 私のIDがこれで...」
(よっしゃ!)
ムスッとしたままの弟くんを尻目に、私はついに念願の連絡先を交換することができた。追加されたIDには猫のアイコン。その下にはスタンプで「よろしくね」と送信されていた。
交換が終わると矢継ぎ早に弟くんが手を引っ張り彼を連れて行ってしまった。もう少し話したかったが目的は果たせたのでよしとしよう。
「...珍しいね。交換するんだ」
「まあ、ちょっとね。俺も聞きたいことあるし...」
「大体、お兄ちゃんは警戒心がなさすぎるよ。この前だって...」
「はいはい、すみませーん。...あっ」
角を曲がる際には河野さんは手をヒラヒラと私にふってくれた。
これはもしかしたら脈ありでは...と淡い期待を抱いてしまう。
スキップでも踏みたい気持ちを抑え、足早に席に戻る。
「ちょ! あの人とどう言う関係なの!?」
「もしかして! つ、付き合ってたりするの?」
「女子校なのにどこで知り合ったのさ!」
その後の打ち上げはまるで尋問のように質問攻めでまるで食事が進まなかった。だが私の気分はずっと有頂天だった。
「えへへぇ。秘密ー。...早く連絡こないかぁ」
だがこのLINE交換をきっかけに修羅の道を辿ることになることを梓はまだ知る由もなかった。
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