「そう! ちょっとみほさんのこと知りたくて...協力してくれると嬉しいなって」
「ぶっ!....けほっけほっ..」
「ちょっ!? 大丈夫!? どうしたの急にコーヒー吹き出して!」
唐突に河野さんの口から出た衝撃ワードに思わずむせる。
困惑した河野さんにハンカチを差し出されつつ、必死に冷静さを取り戻す。
「すっ...すみません。ちょっとむせちゃって...。....えっとそれで...なんでしたっけ」
(どうか聞き間違いであってくれ)
「いやだからね、みほさんのこと気になってるんだ。実は今度プレゼント渡そうかと思ってるから、出来たらよく知ってる君に一緒に選んで欲しいなって...」
聞き間違いじゃなかったし、聞きたくもないことが追加されていた。
しかし私は諦めない。こういうことを聞いてくるんだ。好意はあれど、きっとまだ知り合って間もないはず...。
まだ十二分に私にも勝機はある!ここはひとつ、鎌をかけるか。
「へ、へえ...河野さんってみほさんと仲よろしかったんですか?」
「うーん...1ヶ月くらい前に初めて会ったくらいで、まだそこまで...」
よし! ビンゴ!!
これなら逆に私に有利まであるぞ!がんばれ私!
「あー!そうなんですね! じゃあ無難なものでいいんじゃないですかね! コップとか、タオルとか」
「うーん、俺もそれは考えたんだけど...。実は、みほさんの実家に泊まらせてもらう機会あってね。めちゃくちゃ立派な家住んでたんだよねー...。だから、ただのプレゼントじゃきっと満足しないんじゃないかなって...」
「あー、確かに。みほさんの実家西住流ですもんねぇ...。じゃあもうすこ...えっ!? 泊まりに行った!?」
思わず大声をあげてしまった私に、河野さんの方も最初はキョトンとしていたが、自分の発言に語弊があると察したのか、慌てて弁明をし出した。
「いやいや! 違うよ!? 飲み会の後にちょっといろいろあって泊まることになっただけで...全然変なこととかはしてないよ!」
「....色々...ですか...」
「そっ、そうそう! 色々だよ、色々...あはは」
前言撤回。多分この勝負、絶望的な負け戦のようだ。
右に左に目が泳ぐ河野さん。これは明らかに『へんなこと』があった様子だった。
(くっ...みほさん...見かけによらず、すごいアグレッシブだったんですね...)
正直敗色濃厚の気配。だが、そんなに簡単に諦めきれない私は泥沼へと突き進んでいった。
「えっと...そう言えばどうして急にプレゼントなんか...」
「あー...長くなるから省くけど紆余曲折あって、お姉さんからみほさんの入学祝い頼まれてさ。『お前が選ぶのならなんでも喜ぶ』っとか言ってめちゃくちゃハードル上げてくるんだよね...。だからせめて趣味くらいはしりたいなーって...巻き込んじゃってごめんね」
「あー、家族公認かぁ...。こりゃダメだなぁ...」
「えっ? 何? なんか言った?」
完全なる敗北。私の素晴らしき青春の始まりかと思っていた初恋は、戦う前からすで終わりを迎えるのであった。
(せっかくの初恋だ。せめて最後まで見届けよう...この人の幸せな姿、拝ませてもらおう)
「...わかりました。協力します。絶対にみほさんが喜ぶようなプレゼント買いましょう!」
「ほんと!? ありがとう!! よかったぁ」
(あっダメだ、かわいい。既に揺らぎそう)
こうして、私はラブストーリーの主人公から、恋のキューピッド(?)にジョブチェンジすることを決意するのだった。
ー翌日
(どうしてこうなった...)
大洗女子高校3年、澤は困惑でいっぱいの思いを胸に秘めながら駅前の噴水で待ち合わせ時間を待つ。
昨日まで思い人だった人が別の人と結ばれる協力をする。
ああ、私はきっと今この場ならどんな聖人君主でもなれる気がする。
そんなことを考えていると、息を切らせた河野さんが待ち合わせ場所に来る。
集合時間に少し遅れてきた河野さんは赤いパーカーにジーンズとかなりラフな格好だったが、それでも髪や身嗜みはしっかりと綺麗に整っており、隠しきれない美人オーラが溢れ出ていた。
「いやぁ、ちょっと走っちゃったから汗だくだよー...。まだ春先だけどもうちょい薄着でくればよかったなー」
そう言って河野さんがパタパタとパーカーを引っ張るとほのかに香る香水の匂い。側から見たらデート前のカップルといったところか。
(きっと昨日までなら飛んで喜んだ状況なんだけどなぁ)
複雑な心境を抱えたまま、ショッピングモールへ向かい、みほさんのプレゼント選びが始まった。
私のアドバイスを元に、2人でみほさんの好きそうなものをチョイスして候補を作っていく。服、家電、小物などなど。念のため色々な選択肢を考え、一番喜びそうなものを熟考し合った。
(ダメ、この人はみほさんのことを...応援するって決めたんだから....)
キラキラと眩しい彼の姿に心奪われそうになる時夜の心を必死に抑え、私達は本命の場所へと向かった。
「ボコショップ? こんなキャラクターいるんだ」
「はい、今までは好きそうって感じのチョイスでしたが、ここは本命です。正直ここらへんはみほさんのドストライクゾーンだと思いますよ」
「へー! そうなんだ! 確かに可愛いねぇ。みほさんにこんな趣味あったなんて意外だなぁ」
「いやぁ、好きというかもうボコマニアって感じなんで....あっ、もしかしたらもうほとんど持ってるか...」
「....これなら、みほさんも喜んでくれるかな...喜んで欲しいな」
彼にあってから初めて見た心底嬉しそうな優しい笑顔に思わずドキッとする。私に向けてのものではないのはわかっていても、胸の高鳴りはしばらく止まらなかった。
結局、ボコショップのぬいぐるみをプレゼントに決め購入した。
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「今日はありがとね。ほんとに助かったよ」
「い、いえ! お役に立てて何よりです! では私はこの辺で!」
これ以上この人のそばにいたらダメだ。そう感じた私が逃げるようにその場を離れようとすると、腕をぎゅっと掴まれた。
「あっ、ちょっと待って! 今日付き合ってくれたお礼に実はね....」
そう言って河野さんがバックから取り出したのはボコの小さなストラップだった。
「もしよかったらこれ、受け取ってくれないかな? 君もボコ好きって聞いたから」
「あ、ありがとうございます...大事にしますね」
「うんうん! そうしてくれたまえ! それにほら! 私とおそろにしたんだ! 当日も君が見守ってるって思うと気が楽だし!」
「あっ...そ、そうですね...それはいい考えです...」
この人は悪くない。きっと何の悪気もなく、感謝のつもりでこれを渡しているのだろう。
だが、私にとってこのプレゼントは残酷以外の何物でもなかった。
「本当にありがとうね! 当日絶対成功したって連絡するから! 待っててね!」
「はい! 頑張ってくださいね!」
嬉しそうに手を振る彼に笑顔を向けながらその場を離れる。
家につき、部屋のベットに横になり、小さくため息をついた私は気がついたら泣いていた。
意識していなかった、意識したくなかった初恋の終わりにようやく向き合えた気がした。
------当日 夕方
泣き疲れて寝てしまった私は、休日を半分以上も無駄にした状態で目を覚ました。
「はっ! か、河野さんからは...!?」
さっと携帯を開くが河野さんからの連絡はなかった。
まあ、まだ夕方だ。きっとうまく行ってデートを楽しんでいる最中に違いない。そう心では思いながらもぬぐいきれない不安を抱えた私はフラフラと一人でショッピングモールに向かうのだった。
ーショッピングモール
「はぁ...何やってるんだろ私...。相変わらず未練がましいよなぁ...」
一人でショッピングモールをブラブラし、河野さんと回った店をボーッと眺める。幻覚のように映る、河野さんの嬉しそうな表情やしぐさを思い出しながら、気がつくと、終着点、ボコショップに足を運んでいた。
他のお店同様、なんの気もなしにストラップを眺めていると何故か店員から声をかけられた。
「あ、あのぉ...もしかしてこの前もこのお店来てませんでした? 可愛い男の子連れて...」
「へっ?...え、ええまぁ...それがどうかしましたか?」
「あー! よかった! 実は君のお連れさん、今日も来てたんだけどさぁ、店に落としものしててさ! よかったら届けてくれないかな?」
そう言って河野さんの落とし物を店員から渡された瞬間、携帯の通知がなる。
河野『ごめん』
そう一言だけ書かれたメッセージにいやな予感がした私はある場所に走り出した。
ーー(河野視点)
二人と別れた河野。本日の彼はまさに最悪だった。
買い物の途中でブレスレットをなくす。
みほさん用のプレゼントを本人の前で出してしまい、慌てて自分のだと言ってしまう。
挙げ句の果てに帰りに連絡しようと携帯で澤さんに連絡した瞬間、充電が切れて、意味不明な文を送ってしまった。
「はぁ...今日は散々だったな...。まほさん...笑ってたけど絶対あれ気付いてたよなぁ...恥ずかしい...。せっかく選んでくれたのに...プレゼント選び直しかなぁ...へっへっクシュン!」
泣きっ面に蜂。この最悪の状況に追い討ちをかけるように、本日は花粉が絶好調だった。
「あー...ダメだ...涙止まらん...。こりゃ朝の薬切れたかな...この時期は涙腺が緩くて敵わんなぁ」
途方に暮れながら河野は一人、土手から見える川の流れをボーッと眺めるのだった。
ーーーー
「はぁ...はぁ...河野さん! もしかして...」
杞憂であってくれと願いながら、澤は初めて彼にあった土手に走っていた。
何故かはわからない。だが、彼はきっとそこにいる、そんな気がした。
「あっ...あれって...」
予感は的中。河野さんは一人。土手で座っていた。
私は斜面を急いで駆け下り、河野さんに近づく。
「もー! なんでこんなとこいるんですかー! 約束はどう...」
「へっ? 澤さん...? なんでここに...」
精一杯明るく振る舞おう。そう思って近づいた私だったが、彼の顔を見てとっさに言葉を失う。
腫れぼった目蓋、充血した目。彼の様子を見て、失敗したことを悟った。
「あー...いやぁ...へんなとこ見られちゃったな...。ごめんね! 俺ひどい花粉症で...」
慌てて立ち上がったかと思うと、手で涙をぬぐいながら必死に強がる河野さん。
普段の朗らかな彼とは対照的に、必死に明るく振る舞おうとする彼の姿に私はかける言葉が見つからなかった。
「...失敗しちゃった。選んでくれたのに...本当ごめん」
しばらくの静寂の後、河野さんから声が出る。
喉の奥から必死に絞り出したようなか弱い声だった。
「そんなこと....河野さんの方こそ大丈夫ですか?」
「...大丈夫。俺こう見えて打たれ強いから!また1から始めることにするよ。....あーでもブレスレット落としちゃったのはショックだな...」
(また1から...か。きっとこの人には諦めるって選択肢はないんだろうな...だったら...)
「...そうですか。じゃあそんな河野さんに元気出るものみせてあげますよ!」
「へっ? 元気出るもの...?」
ひょいと、河野さんの前に例のブレスレットを取り出す。
それをみた瞬間、表情が変わる。
「えっ...うそ!? これ..俺の...?」
駆け寄って受け取る彼の瞳は初めは困惑の色をしていたが、まじまじと見つめ自分のものだと分かるとギュッと大切そうに握りしめていた。
「まったく、河野さんのおっちょこちょいです。お店に落ちてたらしいですよ? 大切なものならもっと...」
「ありがとうっ!!」
彼の腕が私の背中に回り、ほのやかな石鹸の香りが私を包む。
相当嬉しかったのかかなり強い力でしばらくは抱きしめられていた。
色々と言いたいこともあったが今はそんなことどうでも良くなった。
この人はみほさんのことが好き。
そしてきっとこれからも、その気持ちは変わらないかもしれない。
でも、私は諦めが悪い女だ。この人と同じように。
(負けませんよ。みほさん...)
澤梓は恋のキューピットから再び、恋のライバルへとジョブチェンジするのだった。
長くなってしまった...申し訳ない