「えっと...確かこの角を曲がったところに...あったあった。あれが練習場かな」
ミカのアドバイスをしっかりと頭に叩き込んだ俺は早速だが愛里寿との接触機会を増やすべく、彼女がいつもいると言う練習場に足を運んだ。
最年少のプロ候補で島田家の当主。そんなメンバーがいるチームともあってその練習場は豪華絢爛な設備だった。
(...屋内プールに、トレーニングルーム、会議室....ってグラウンドも複数あるじゃん...どこだよ...)
彼女の母親から、彼女は本拠地のグラウンドによくいる、と言う情報をもらったのだが...。
豪華なこともさることながら、複雑で広大な設備に完全に途方に暮れていた。
(参ったな...。この広さじゃ歩いて探すのも...)
「あのー、何かお困りでしょうか?」
「えっ...あ、えっとちょっと諸事情で、愛里寿さんがよくいるグラウンドを探していて...」
「あー!! もしかして! 君が噂の河野くんかな? 話は聞いてるよー!」
「(噂...?)は、はい! 河野ヒロって言います!」
「やっぱりー! ふーん、こんな美人さんだったんだぁ...へえ...」
おっとりとした口調で、赤みを帯びた茶色の髪型をした女性が、自分の周りをグルグルと吟味するように眺める。
そしてしばらく考え込んだ後、再び口を開いた。
「うん! 合格! どんな子が来るのか心配だったけど、あなたなら大丈夫そうね!」
「あ、え、えっとすみませんがどちら様でしょうか...?」
「あー! あっはは! ごめんね! 私メグミって言います!愛里寿隊長のいるチームの副官やってるものです! これからよろしくね!」
「よ、よろしくお願いします...」ギュッ
サッと出された手を掴むと、彼女は先ほどよりもっと嬉しそうに、力強く握手をした。
現在、愛里寿さんは練習場で舞台別練習の真っ只中ということで、その場所まで案内してくれた。
「B! 周りをよく見なさい!! 後ろがガラ空きだよ!」
「D! カバーに入るタイミングが甘い! そんなんじゃあっという間に走行不能だよ!」
「「はい! すみません!!」」
練習場の近くまで来ると、彼女のチームだろうか、激しい叱咤と砲弾のけたたましい音が鳴り響く。
よほど厳しいコーチなのか、戦々恐々としながらキビキビと選手たちは動いている様子だった。
(うわぁ...練習キツそうだなぁ...それに名門チームだけあってコーチも...って..ん?)
練習場の中央、メガホンを片手に先ほどから叱咤を飛ばしていたのは、紛れも無い俺が探していた愛里寿さん本人だった。
「えっ...!? 指導してるのって愛里寿さんなの!?」
「そうよー! どう? 隊長、情熱的でかっこいいでしょ? あの歳でも十分な実力が認められて、チームではどちらかと言うと指導する側に回ることが多いのよー。優秀で頼り甲斐があって...本当、素敵だわ...」
フェンス越しに愛里寿さんをガン見している彼女の目はまるで獲物を見つめるライオンのようにギラギラしていた。
しかしその一方で顔の下半分は柔らかく綻び、口角がゆっくりと下がって行くのがわかった。
「え、ええ、まあ...」
「...はっ。いけない、いけない! 隊長のあまりの魅力に作戦を忘れるところだったわ!」
「作戦?」
「いや! こっちの話! ごめんね! ちょっと電話するからちょっと待ってね!」
サッと真面目な表情に切り替わったかと思うと、彼女は慌ただしく携帯を取り出し、何やら何処かに連絡をとっている様子だった。
彼女の連絡中、暇なので練習を眺めようと、目線を戻すと、休憩しているチームメイト達がこちらをチラチラと見ていることに気がついた。
(男が珍しいのかな? まあ、隊長の愛里寿さんが男性恐怖症だもんな...そりゃ不審がるわ)
「はーい! 皆さーん! ここで一旦休憩です! 所定の場所で各自お昼を取ってください!」
「「「はーい」」」
時刻はちょうど12時を回ろうかと言うところで、先ほどまで電話をしていたメグミさんが戻ってきて、全体に号令をかける。
その声に呼応し、チームメイト達がキビキビと奥の建物へと向かっていった。
「さて! 河野くんもついてきて! ちょうどお昼ご飯みんなで食べるところだから、是非一緒に!」
「えっ、あー、でも俺お弁当とか持ってきてないし...」
「大丈夫! とにかくついてきて! 隊長にも会いたいでしょ!」
強引にグイグイと手をひかれ、彼女たちが休憩していると言う建物に連れていかれた。
メグミさんがドアを開けると、学校の食堂のような部屋が広がっており、先に入っていたメンバーは持ってきたであろう、お弁当を広げ、歓談していた。
「さっ! 隊長はこの奥のミーティングルームで食事してるから!」ガチャ
中に入ると、ボコの人形をテーブルに置いた愛里寿さんが、ぽつんと座っていた。なぜか顔を赤くして俯いている彼女以外には人がいなかった。
「あ、ありがとうございます。あれ、他の方は...」
「あ...えーと、あー! ごめんね! 偶然! ほんっと偶然!今日は他のメンバーで昼の会議しないといけなくて! 悪いけど、隊長と二人で食べて! お願い!」
「え、ええ。残念ですがわかりました...」
(会議...? ここがその会議室じゃ...)
「じゃ、じゃあ! 機材のチェック...じゃなかった、会議の資料の準備するから後はよろしくね! じゃ!」
「あ、ちょっ!」
バタンっと閉められたドア。相変わらず俯いたままの愛里寿さんと二人、沈黙の時間が流れる。
しばらくして、気まずさに耐えきれなくなった俺は話し始める。
「あ、え、えーと、じゃあ俺も座ろうかなー。 隣いいですか?」
「は! ひゃい! 大丈夫!...ど、どどどうぞ!」
「あ、ありがとうございますー...」
椅子をスッと引いてくれた彼女の隣にちょこんと座る。
相変わらず俯いたままの彼女だったが、近くで見ると心なしか少し顔が赤い気がした。
しかし、先ほどと同様、ポジションが変わっただけで、相変わらずの沈黙。
彼女はチラリとこちらを見ては、目が合うと慌てて目線を逸らす。これの繰り返しが延々と続くのだった。
(うーん...大丈夫だと思ったんだけど、やっぱり男性恐怖症は俺も例外じゃないのかな? 明らかに様子おかしいし...お昼中に申し訳ないし今日は撤退するか...)
「え、えっと...愛里寿さん?ごめんなさい、気になりますよね。俺は今日はこの辺で...」
立ち上がり、そう言いかけた最中、袖をギュッと引っ張られ、今にも消え入りそうな声で、声を出した。
「あの!...お弁当。多めに作っちゃったからあなたさえ良ければ...」
「えっ...いいんですか?」
「...ど、どうぞ。あなたさえ良ければ...」
そう言って机にコトリとおいたのは、先ほどからずっと握り締めていたお弁当箱だった。
蓋を開くと真っ赤なチキンライス?と赤みがかったたくさんのおかずが入っていた。
(なんか全体的に赤いのが気になるけど...美味しそうだな)
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて...いただきまーす!」
豪快にチキンライスをスプーンに乗っけて口に運ぶ。
パクリと一口食べた瞬間、口の中に大量のスパイスと香辛料の味が広がり、激痛が走る。
(な...なんじゃこれ!! 辛い!! てか痛い!!)
チキンライスと思っていた部分はよく見ると唐辛子、一味、豆板醤など、とにかく辛けりゃいい、みたいな調味料で真っ赤に染められた白米だった。
「....ど、どうかな? 私が辛党だから普段は辛口なんだけど...口に合わないといけないと思って今回は少し甘めにしたって...」
「へ、へえー...そうなんだぁ...ちょ、ちょっと待ってね水を...」グッ
口の中に走る激痛と、止まらない汗、腹痛...わずか一口食べただけでこのダメージだ。全部食べるには相当の....
(こんなの食べたら体が.......いやでもここで残したら...考えろ、考えるんだ...)
俯いた状態で脳をフル回転させるも、激痛で上手く思考が巡らない。
食べようにも、恐怖から手が全くと言っていいほど動かない。
「...あの、口に合わなかった...ですよね。...ごめんなさい」
「い、いや! そんなことは...」
「ううん、いいんですよ。勝手に作っちゃっただけですから..あ、食堂行きましょうか...」
そう言って、でスッと弁当箱に手を伸ばす愛里寿さんの手には無数の絆創膏が貼ってあった。料理に慣れてない彼女が必死に作ったものなのだろう。
それに気がついた時、俺は自然と口から言葉が出ていた。
「ち、違います! めっちゃ美味しくて味わっていたと言うか...是非残りも食べたいんですが!」
(ってどうすんだよ俺! さっきから手が全く動かないのにそんなこと言っても! もうしかたねえ! こうなりゃ無理やり!)
「え、で、でも全然箸が進んでないし...無理しなくても」
「いえ! 本当です!...ただ...食べる前にひとつお願いがあって!! いいですか!!」
「へ!? は、はい! なんでしょう!!」
「腰が抜けてしまったので、愛里寿さんが口に運んでくれませんか!!」
「....はい?」
ーこの選択肢、神の一手となりうるのか。それとも...
次回は愛里寿の視点からとなります。