千代美さんは最強です
「K様、お水の補充お願いできる?」
「あ、K様、前の試合のデータの件ありがとね! すごい助かった!」
「...K様、今日のドリンクは何がいいですか? 私がご所望のものを買ってきますよ」
「...普通にみんなと同じでいいですよ。あとちょっと近いです、日傘もいりません」
河野さんが彼氏役兼マネージャーとして来てから1週間がたった。
相変わらずよくわからない彼専用の係は健在だが、みんな慣れてきたのか普通にマネージャーとして彼を頼る人も増えてきたように感じる。
「...にしても今日も暑いわね...おや? あれは...」
恐らく空になったであろう、ジャグを裏まで運んでいく彼が目に留まる。よいしょよいしょと少し細身の体を献身的に動かしている彼はまるで餌を巣穴まで小動物のようだった。
(ふふっ...ほんとに頑張り屋さんね、ちょっとからかってみようかしら)
「...ふう、とりあえずこれくらいで...ってひゃあっ」
ジャグを倉庫に置いたタイミングで、私はキンキンに冷えたジュースを彼のほっぺにつけた。相当驚いたのかビクっとしてしりもちをついてしまった。
「よっ! 頑張ってるわね」
「ちょ、ケイさん急になんですかもう!」
「あっはは! ごめんごめん! ちょっとからかいたくなっちゃって。 はいこれ君に差し入れのジュース、今日も暑いからね!」
「...もう。まあ、ありがとうございます。...このジュースに免じて許してあげます」
「おお、ありがたき幸せ」
(...なんか、カップルみたいな会話ね、まあそうっちゃそうなんだけど)
ここ数日で彼について少しわかってきた部分がある。
彼は人との距離の詰め方が非常にうまい。仲良くなればなるほど、不快になりすぎず、しかし他人行儀にならない、心地よい遠慮のなさがにじみ出てくる。
天性のものなのかはわからないが、恋愛感情の薄い私でも千代美が彼に惹かれる気持ちが少しわかる気がした。
ー食堂
「...で、どうだマネージャーの方は、大変か?」ズズッ
疑似生活が始まってからしばらくたった頃、まるで上京した娘を心配しに見に来る父ような態度の千代美がちょこちょこ顔を出すようになった。
「いや、みんないい人だしすっごくやりやすいよ。ケイさんにもいろいろ手助けしてもらってるし」
「...そうか、ならよかった」
「あ、そうだ。ここのフライドチキンめっちゃおいしいんだよ! ちょっと買ってくるね!」
「あ、おい、なら私が...ってもういないし」
注文席にぱたぱたと走っていった姿に手を伸ばしてあきれているが、なんだか心底嬉しそうに見えた。
「...ま、とりあえず元気そうでよかった。正直慣れないことだろうし、あいつ天然だから馴染めてるか心配だったんだ。...ちょっと安心した」
「...彼、健気でいい子だね。うちの校風ではちょっと押され気味だけど、悪く思ってる人はいないと思うわ」
「ま、そうだろうな。良くも悪くも周りに敵を作らない。お人よしすぎるのがちょっと見てて不安だがな」
「ふふっ...確かに、お、来た来た」
「おまたせー! ちょっと並んじゃった。 はい! これが名物の...」
そういってフライドチキンを置こうとした河野さんの手を、後ろから何者かがつかんだ。
その拍子で皿が傾き、床に散乱した。
「へー、こいつか。噂にたがわず上物じゃん。なあ、ケイ?」
「え? だ、誰?」
「おっと、ごめんよ。私はデイビットっていうんだ。以後よろしく。早速で悪いがちょっとあそぼーぜ、k様だっけか?」
「よ、よくわかりませんが嫌です! 放してください!」
「おいおい、そんな冷たいこと言うなよ。この私から誘ってやってんのに、なあ?」
「い、痛い! 引っ張らないで!」
「デ、デイビット先輩...その子はうちの...離してください」
騒然とする食堂内だが、私を含め誰一人として河野さんを助けようとしない。それもそのはず。
彼女は3年のアメフト部のエース兼キャプテン。タトゥーの入った顔と大きなピアスが特徴だ。
悪童で知られ、男関係でよく騒ぎは起こすものの、スポーツでの類まれな才能と統率力、そして親の莫大な支援金を盾に大学側でも大半のことは見逃されている。いわゆるスクールカースト上位のエリートだ。
「...あ? なんだてめえ、戦車道なんざ気の弱いカスしかやらないマイナースポーツやってるくせに。天下の俺に逆らうのか!? ああ!?」
「ちょっと!! 何も知らないくせに戦車道を侮辱しないでください! こ、この勘違い女!」
「ちょっ...河野さん!?」
腕をつかまれていた河野さんが唐突に先輩に向かって吠えた。食堂全体の空気が一気に凍り付く。
私に気を取られていた先輩も心底驚いたようで、腕をぐいと寄せて河野さんに顔を近づける。
「...あ? なんつった? もしかして私に言ったのかな??」
怒りをあらわにする先輩に流石にひるんだ様子の河野さんだったが、震えた声を出しながらもさらに追撃する
「ふ、ふん! 何で天下とってるか知りませんが、ほかのスポーツに敬意を示せない時点であなたは二流、いや三流以下ですよ! うぬぼれてないで少しでも人間性を磨いたらいかがですか!?」
「...顔がいいからって調子乗りやがって。男だから殴らねえと思ったら大間違いだぞごらぁ!」
その瞬間だった。大きな音とともに先輩の巨体が宙を舞い、端にある自販機まで吹き飛んだ。
ものが散乱して、倒れている先輩と対比して、河野を抱きかかえているのは千代美だった。
「大丈夫か? 怪我してないか?」
「う、うん。大丈夫」
「けほっ...けほっ。 て、てめえ! 急に何すんだごらぁ!」
「...ケイ、少し頼む」
頭を抱えうずくまりながら、明らかに動揺している先輩が起き上がると、河野さんをパッと私の方に誘導すると鬼の形相でゆっくりと先輩の方に近づいて行く。
「...それはこっちのセリフだバカ女。お前私が止めてなきゃ河野に手出してただろうが」
「...てめえ!」
あまりに一方的。ガタイのいい先輩は力に任せた大ぶりなパンチを繰り出すが、千代美は余裕そうにひらりひらりとよけていく。
「...なんだ、もう終わりか? じゃあ、こっちから行くぞ」
まったく攻撃してこなかった千代美は少し残念そうにため息をつくと
疲弊して、息が上がった先輩に対し渾身の一撃が顎にクリーンヒットする。
「て、てめえ、お...おぼえとけ...」
おそらく気を失う直前にはいた捨て台詞とともに、ゆっくりと先輩は地面へ崩れていった。
静寂の中、一人の学生が「...すげえ」とこぼすと、次第にあちこちで歓声が聞こえた。
やがて食堂中が歓声で包まれる頃、騒ぎを聞きつけた職員が何人かやってきて事態は収束した。
ー職員室
「...まあ、話を聞く限り、今回は彼女が悪いし、今後似たような騒ぎをしないという条件で今回の件はおとがめなしにするよ、ほら帰った帰った。まったくほんとあいつはトラブルのもとだな...」
大学のメンツ上、部外者の騒ぎを収めるため、千代美、そして関係者の私が職員室に呼び出された。幸い日頃の行いも相まって、簡単な事情聴取で終わり、すぐに解放された。
ぐちぐちとぼやきながら職員がドアを閉めるまで、千代美はすみませんでしたと深く頭を下げていた。
「いやぁ、驚いたよ! 千代美ってあんなに強いんだね! 全然知らなかった!...って千代美? 聞いてる?」
一連の騒動が終わり、食堂に戻る最中、千代美はなぜか苛立った様子でうつむいていた。
「...どうして助けなかったんだ」
「え? 何?」
バンッ
「どうしてあの時助けなかったんだよ! いまは仮にもお前が彼女なんだろ!?」
興奮していた熱気からが一気に目が覚めるの感じた。私を壁に押し当てた千代美は胸元を強く握り私に怒鳴る。
「あっ...えっ...?」
強く押し当てられたはずだが、痛みすら感じない。本気で怒っている彼女に焦っていた。
何かを言語化しようにも口が動かないほど焦りで血の気が引いてゆく。
「何かあってからじゃ遅いんだよ! 偽物の関係だったとしても、女として、友人の大切な人を守れ! お前はそんなこともわからないやつだったのかよ!」
「...ごめん」
しばらく、沈黙した後、小さくため息をついた千代美はつかんでいた胸倉をそっと離した。
「...すまん、私も言い過ぎた。 私があいつのなんだってだって話だよな、ははっ」
「千代美...」
ーもう、あいつの悲しむ顔見たくないんだ
少し自嘲気味に笑う千代美だったが、かみしめるようにそうつぶやくと、いつものテンションに戻り、私の手を引くのだった。
この一連の事件をきっかけに、千代美の河野に対する思いが伝わった気がする。