ー戦車道部室
「...で、ラブソングコンテストの準備はどうだ?」
千代美が重い口調で切り出した。私と河野さんは顔を見合わせる。
あれから一週間。大会まで残り6日となったが、私たちの関係はむしろ悪化していた。
(というか私が一方的に避けてしまっている)
「えっと...歌詞の方は...ぼちぼち...」
「はぁ? ぼちぼちってなんだよ」
「まぁまぁ。ちょっと時期的に練習試合が重なってましたし、何人かケガで離脱していたりと、ちょっと今週はバタバタしてましたもんね? ケイさん」
「そ、そうね」
河野さんがいつものように穏やかに答える。特に焦った様子もない。
すっかりスケジュール管理に慣れた様子の河野さんは現状、上の空の私よりチームのことを把握しているようだった。
「まあ、現状はわかったよ。...曲の方は?」
ラブソングコンテストでは歌詞と曲をオリジナルで作成し、発表するルールがあるため、時間を要する。そのため、遅くともこの1週間を切ったタイミングで作成を開始する程度は進める必要があるのだが...
「...それも...まあ、ぼちぼちね」
「...はあ」
千代美が大きくため息をつく。その表情は明らかに苛立ちを含んでいた。
「お前ら、何のために付き合ってることにしたんだ? ミスサンダースの称号を取るためだろう?」
確かにその通りだった。
ラブソングコンテストで優勝すれば「ミスサンダース」という名誉ある称号がもらえる。
それは大洗大学で最も栄誉のあるタイトルの一つだった。
「河野を選んだのは、女にそこまで興味がないから純粋に歌に集中できると思ったからだろう?」
千代美の言葉が胸に刺さる。私の頬が熱くなるのを感じた。
そう、最初はそうだった。河野さんなら変に色恋沙汰にならず、純粋に音楽活動に集中できると思っていた。
なのに、今は...
「このままじゃ本当にダメね...」
私は立ち上がり、決意を固めた。
自分でもびっくりするほど心臓がバクバクしている。
「河野さん」
「はい? どうしました?」
相変わらずかわいい、じゃなかった、冷静な河野さんが何の変哲もない調子で返事をする。
「...最後のこの週だけ一緒に住まない?」
部室に静寂が流れる。河野さんはキョトンとした様子で、少し思考停止している様子だった。
「...えっと、つまり同棲ってことですかね」
「そう! 合宿的な感じよ!残りの数日間、一緒に住んで歌詞を集中して作りましょう」
千代美も驚いたような表情でこちらを見ている。
「ちょっと待てケイ、急にそんなこと...」
「でも、このままじゃ絶対に間に合わない。私たちがこんなにぎくしゃくしてたら、良い作品なんて作れるわけがない」
私は自分の本音を隠しながら、理路整然と説明する。
「私の寮で、朝から晩まで一緒に歌詞を考える。曲も作る。恋人らしく密な時間を過ごして、本当の恋人同士の歌を作るのよ」
(...そう、これはミスサンダースのため。決してよこしまな思いなんて...)
「で、でも...ケイさん迷惑じゃないですか? お風呂とかご飯とかも一緒ですよ?...ってええ!? あの、ケイさん鼻血でてますよ! 急にどうしたんですか!」
想像してドキドキしてしまった。
「迷惑なんかじゃないわ。それに、これは私たちの目標のためでもあるんだから」
「本当に...いいんですか?」
「ええ。もちろん!」
「おぉ...戦車道名門の寮生活...なんだかワクワクしてきました。あーでも大丈夫かなぁ、料理練習しようかな」
河野さんの困ったような、でもどこか嬉しそうな表情を見て、胸がドキドキする。
「...ケイ」
千代美がここ数年で見た中で一番不満そうに声をかけてくる。
「だ、大丈夫よ。変な気は起こさないわよ! それにこれが一番効率的でしょう? せっかく恋人役演じてくれてるんだから成功させないと!」
「まあ...確かに理にかなってるが...なんだかな...まあ、こいつは大丈夫だろうが...」
千代美は聞き取れない程度のぶつぶつと文句を言っているが、それを気にも留めてない様子の河野さんから手が伸びる。
「じゃあ...明日から同棲よろしくお願いします!ケイさん!恋人役頑張りますね!」
河野さんが明るく手を差し出してくる。まるでビジネスパートナーと握手するような、さっぱりとした様子だった。
「こちらこそ。今夜から頑張りましょう」
(...今夜から、私の部屋に河野さんが...)
想像するだけで顔が熱くなってくる。
「え、今夜からですか?」
「時間がないもの。早速今日の夜から始めましょう」
私の積極的な提案に、なぜか自分でも驚いた。
(...私、なんでこんなに前のめりなの?)
「...そういやお前の寮って男子禁制じゃなかったか? 大丈夫なのか?」
「まあ、表向きはね。色恋沙汰には優しい大学だから暗黙の了解でよっぽどじゃなきゃ大体は大丈夫よ」
「...ふーん。よっぽどねぇ...」
そういって母親に連絡している河野を一瞥すると、私を睨みつけた。
「も、目標のためよ! ミスサンダースの称号は絶対に取りたいからほら!」
「...本当にそれだけか?」
千代美の鋭い視線が私を見つめる。
「と、当然でしょう...? 他に何が...」
河野さんと同じ空間で過ごせる。朝起きたら河野さんがいて、夜寝る前まで一緒にいられる。
おいしそうな朝食のにおいとともに嬉しそうに私を迎える河野さんがパタパタと....。
そんな想像をしてるとそれを察知したように千代美がくぎを刺す。
「これは契約ってことを忘れるなよ。手を出したら...」
「もちろんよ!」
「あっ! 僕、何か荷物準備した方がいいですか?」
今にも私に殴り掛かりそうな千代美をよそに河野さんが無邪気に尋ねてくる。
「着替えくらいでいいわよ。あとは私の部屋にあるもので大丈夫」
「わかりました! それじゃあ、今夜からお邪魔させてもらいますね!」
河野さんの屈託のない笑顔を見ていると、胸がドキドキして仕方がない。
千代美の不満そうな表情も、なぜかちょっと嬉しく感じてしまう自分に驚いていた。
(...私の気持ち、本当におかしくなってる)
大会まで残り6日。
自分から提案した同棲生活で、果たして私は自分の気持ちをコントロールできるのだろうか。
そして...もしかしたら、河野さんの気持ちに変化が起こるかもしれない。
淡い期待と大きな不安を抱えながら、私は明日からの生活を想像していた。