ー大会当日 午前9時 戦車道部室
「河野さん、準備できた?」
私が声をかけると、河野さんは少し反応が遅れて顔を上げた。
「あ、はい。今日はよろしくお願いします」
いつもの柔らかい笑顔だったが、どこか元気がない。
「体調大丈夫? なんだか疲れてるみたいだけど」
「大丈夫です。昨日ちょっと寝不足で」
河野さんは軽く笑ってごまかした。
でも、その目にはうっすらとクマができている。
(...昨日遅くまで歌詞の確認してたものね)
実は数日前から異変はあった。場慣れしている私に比べ、人前に出る経験の少ない河野さんはおそらく、私の想像ができないくらい緊張している様子で、会場の下見に行ったり、緊張しないしゃべりの動画を見ていたりと、私から見てもわかるくらい、あからさまにプレッシャーを感じていたようだった。
私は心配だったが、河野さんが「大丈夫」と言うなら信じるしかなかった。
ー午前11時 音楽室での練習
「じゃあ、サビの部分からもう一度」
ピアノの音に合わせて歌い始めると、河野さんの声がいつもより小さく聞こえた。
「河野さん、音程がちょっとずれてるかも?」
「すみません...喉の調子が少し...」
河野さんが首に手を当てる。
「水、飲む? 休憩する?」
「いえ、大丈夫です。続けましょう」
河野さんは首を振ったが、立ち上がる時に少しふらついた。
「ちょっと! 本当に大丈夫なの?」
「だ、大丈夫です! ただ立ちくらみしただけで...」
でも、その額には汗が浮いている。ほほも若干赤く感じた。熱があるのではないか。
(明らかに様子がおかしい...)
そう思ったが、必死に練習する河野さんに私は何も言えず罪悪感という錘だけがズシリとのしかかるのだった。
ー午後2時 食堂
「河野さん、ちゃんと食べて。夜まで体力もたないわよ」
私はトレイに料理を乗せながら言った。
「...あまり食欲がなくて、ごめんなさい」
河野さんのトレイには、サラダとスープだけ。
「ダメよ、もっと食べなきゃ...」
「はい...でも本当にお腹が受け付けなくて...ごめんなさい」
「ほんとうに...大丈夫なの? ほら顔だって赤くて...もしかしたら熱が...」
「も、問題ありませんよ! 大丈夫ですって!」
明らかな空元気でおでこに触れようとした私の腕をつかんで笑った河野さんはごまかすように
スープを一口すすった。その様子を見て、胸が痛んだ。
(無理してるのは一目瞭然なのに...)
だが、そこまでして私に協力してもらっているのにという思いと、これまでの努力が無駄になってしまうかもしれないという恐怖が、わたしから棄権という選択肢を伝えることを拒ませるのだった。
ー午後4時 最終リハーサル
「よし、これが最後の通し練習。本番と同じ気持ちでやりましょう」
私たちはステージに立った。
でも、河野さんの足元がおぼつかない。
「河野さん?」
「...大丈夫です。始めましょう」
イントロが流れ始める。
河野さんが歌い始めようとした時、顔色が急に悪くなった。
「ケイさん...すみません、ちょっと...視界が...」
河野さんの体が大きく揺れる。
「河野さん!」
私は慌てて駆け寄ったが、河野さんの膝から崩れ落ち、床に倒れ込んだ。
「河野さん! しっかりして!」
周りにいた部員たちも駆け寄ってくる。
「救急車! 誰か救急車呼んで!」
私の叫び声が部室に響いた。
河野さんは意識はあるようだったが、体が全く動かせない様子だった。
「ごめんなさい...ケイさん...」
「謝らなくていいから! 今、救急車来るから!」
私は河野さんの手を握った。
その手は冷たくて、震えていた。
明らかに異常な体温だった。
ー救急車の中
「意識はありますね。でも顔色が悪い。体温を測りますね」
救急隊員が体温計を当てる。
「38度3分。発熱していますね、何か心当たりは?」
「...実は昨日の夜から少し...体調がよくなくて」
河野さんが弱々しく答える。
「なんでそんな無理を...」
「今日が大会だから...中止にしたくなくて...ミスサンダース取るって...約束しましたから...」
河野さんの言葉に、私は言葉を失った。
ほぼ初対面だった私の身勝手なお願いにどうしてここまで尽くせるのか私にはわからなかった。
わからなかったからこそ、どうしようもなく罪悪感が生まれるのだった。
私は河野さんの手を強く握りしめた。
「馬鹿...」
涙がこぼれそうになるのを必死に堪えた。
ー病院 診察後
「風邪ですね。過労と寝不足で免疫が落ちていたんでしょう、若干の栄養失調もありますね」
医師がカルテを見ながら説明する。
「幸い、深刻な状態ではありません。点滴を打って安静にすれば、数日で回復するでしょう」
「よかった...」
私は心底ホッとした。
病院に運ばれ、処置を受けた河野さんは一気に疲労から解放されたのか、熟睡している。
その横顔を見ながら医師は私に念押しする。
「...今日は絶対安静です。何か予定があるようですが、それは無理でしょうね」
「...もちろんです。わかっています。本当にありがとうございました」
私は深く頭を下げた。
ー病室
点滴を受けている河野さんの横で、千代美が椅子に座ってまじまじと彼を眺めていた。
やさしくおでこを触れると自分のおでこと比べて安堵したように私に目線を向ける。
「薬が効いてきたみたいだな、熱もだいぶ下がってる」
「...風邪だって、でも医者は数日すれば回復するっていってたわ」
「そうか、ひとまず安心した。大会前にありがとうな」
「...怒らないの?」
「ふっ、お前のそんなしおらしい様子みて、追い打ちかけるほど私は鬼畜じゃない。...それとも怒ってもらった方が少しは罪悪感が薄れるか?泣き虫さん」
「泣き虫って...何を...」
私がそういうと千代美はスッとスマホの反射で私の顔を映す。自分でも気が付かないほど私は泣きじゃくっていたようだ。その自覚が出ると急に恥ずかしくなり、速足でトイレに行き顔を洗った。
(私...このままじゃだめだ)
決意をした私はトイレから戻り、千代美に話しかける。
「千代美、お願いがあるの」
「ん? なんだ?」
「河野さんのこと、見ててあげて」
「え? お前は?」
「私、大会に行く」
千代美が驚いた表情を見せる。
「まてまて、あれは一人じゃどうすることも...」
「分かってる。でも、行かなきゃいけないの」
私は千代美を見つめた。
「これは私がけじめをつけるため。そして、河野さんのためでもあるの」
千代美はしばらく私を見つめていたが、最終的に頷いた。
「分かった。河野は私が見てる」
「ありがとう」
私は病院を後にした。
夜に向かって走り出す夕日の中、私の心には迷いはなかった。
すべてを告白する。
そして、河野さんへの本当の気持ちを、歌に込めて伝える。
それが、私にできる最後のけじめだった。
ーラブソングコンテスト当日 サンダース大学ホール
「それでは、エントリーナンバー7番、ケイさんの発表です」
司会者が私の名前だけを呼ぶ。会場がざわめいた。
「パートナーの河野さんは体調不良のため欠席となっております」
私は一人でステージに上がった。
客席を見渡すと、チームメイト、そして母が心配そうな表情で見つめているのが見えた。
マイクを握ると、手が震えていた。
「皆さん、申し訳ありません」
私の声が会場に響く。
「今日、私はパートナーの河野さんなしで、一人でこのステージに立っています」
会場が静まり返る。
「実は...私たちは本当の恋人ではありません」
どよめきが起こる。
「私がミスサンダースの称号が欲しくて、河野さんにお願いして偽の恋人になってもらったんです」
私は深く頭を下げた。
「...河野さんは何も悪くありません。私の身勝手な都合に付き合ってくれただけです。...大切な大会でこんな姑息なことをしてしまい申し訳ありませんでした」
顔を上げると、客席の人々が様々な表情で私を見つめていた。。
「河野さんは優しくて、真面目で、いつも誰かのことを一番に考えてくれる人です」
マイクを握る手に力を込める。
「そんな河野さんを、私は自分の夢のために利用しました。最低です」
会場が完全に静寂に包まれる。
「だから今日は...私の本当の気持ちを歌わせてください」
私は楽譜を置き、アカペラで歌い始めた。
『あなたに出会えて よかった 偽りの関係だったけれど
あなたが見せてくれた優しさは
本物だった』
『ごめんなさい ありがとう この二つの言葉だけじゃ
伝えきれない気持ちが 胸の奥で叫んでる』
『あなたを愛してしまった それは間違いだったかもしれない
でも この気持ちだけは偽りじゃない』
『いつかあなたが 本当の愛を見つけた時少しでも思い出してくれるかな
あなたを想う人が ここにいたことを』
歌い終わった時、会場は静寂に包まれていた。
私は深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
数秒の沈黙の後、一人の観客が拍手を始めた。
やがてその拍手は会場全体に広がり、スタンディングオベーションになった。
涙を流している人もいた。
ー結果発表
「今年のラブソングコンテスト、ミスサンダース賞は...」
司会者が封筒を開ける。
「ケイさんです!」
会場が再び拍手に包まれる。
私は信じられなかった。過去に例のない、恋人なしでの優勝だった。
「ケイさん、一言お願いします」
マイクを渡される。
「えっ...そんなこれは私なんかが受け取っていいものでは...」
私は客席を見渡した。困惑する私に、出場選手含め誰一人、批判的な視線を向けるものはいなかった。
そんなやさしさに告白した罪悪感からの解放も相まって私のほほには涙が自然と流れていた。
「...みなさんっ...本当に...ありがとうございました。一生のっ...光栄です...」
トロフィーを胸に抱きながら、私は心の中で河野さんに語りかけた。
(...ありがとう、河野さん。あなたを愛せて、本当によかった)
嗚咽交じりでうまく話せない私をそれをかき消すように大きな拍手で会場が包まれたのだった。
ー病院 夜
「河野さん、見て!」
私は病室に駆け込み、トロフィーを見せた。
「ケイさん! 優勝したんですね!」
「おめでとう、ケイ」
千代美と河野さんが嬉しそうに微笑む。
「でも、どうして一人で...」
「全部話したの。私たちが偽の恋人だったことも、私があなたを利用したことも」
河野さんの表情が驚きに変わる。
「やっぱりこんなの良くないしね! 戦車道も人生も、道を外れたら終わりって気が付いたのよ」
「ケイさん...」
「ふっ...やっぱりそっちの方がお前らしいな。馬鹿正直で私は好きだぞ」
「ふふっ、ありがとう。...でも、偽りだったとしても、この優勝は、間違いなくあなたのおかげよ。あなたがいてくれたから、私は本当の自分になれた」
ーーーー
トロフィーを河野さんの手に置いた。
ゆっくりと深呼吸をしたのち、じっと河野さんの瞳を見つめる。
「改めて、ありがとう、河野さん。愛してるわ」
「えっ?」
キョトンとした表情の河野さんをみて、私はふふっと笑って話し始める。
「...なんてね! これはまだだめね」
「えっと...どういう...」
空気を察した千代美と打って変わって、状況を飲み込めず慌てている河野さんを尻目に、千代美にこう宣言する。
「...千代美、私、もう逃げない、正々堂々勝負するわ。...ミスサンダースになった私は手ごわいわよ」
「ふっそうか、望むところだ」
「ちーちゃ...ケイさん...えっ、なにこれ! ねえ! 何これ!!」
病室ではわたわたとする河野さんと、二人の笑い声がずっと響いているのだった。
長すぎる、短すぎるなどがあればご要望お願いします!
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〇〇出して欲しい、〇〇はこう言う設定がいい等も嬉しいです。
参考にさせていただきます。
基本的にガルパンのキャラは全部okです。