あべこべ道! 乙女が強き世界にて   作:マロンex

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ゆかりさん葛藤の日々と合わせ、周りとのその後の関係性が知れる回となります。


第31話 遭遇(vs西住みほ 前編)

事の始まりは、河野くんが入部して一週間ほど経った頃だった。

 

「秋山さん、今日も遅くまでお疲れ様です」

 

「あ、河野くん。お疲れ様です!」

 

河野くんが部室に入ってくる。その柔らかな笑顔を見るたびに、私の心臓は変なリズムを刻む。

 

(今日も...かわいい)

 

河野くんは今日も、少し大きめのパーカーを着ていた。袖が手の甲まで隠れていて、時々困ったように袖をまくり上げる仕草が...私はこの短期間ですっかり河野さんの虜になっていた。

 

(...だめだめ!集中!)

 

私は慌てて、机の上に広げていた資料を片付けた。

ちなみにその資料の端には「河野くんの好きな戦車ランキング」というメモが...

セーフ。見られてない。

 

「あの、秋山さん?」

 

「は、はい!?」

 

「顔、赤いですけど大丈夫ですか?」

 

河野くんが心配そうに覗き込んでくる。

 

距離が近い。近すぎる。この人距離感バグってるんだよな。

 

「だ、大丈夫です!ちょっと寒くて...暖房いれますね!」

 

「そうですか?無理しないでくださいね」

 

河野くんが優しく微笑む。

 

(ああ...この笑顔...毎日見ていたい...)

 

いや、実際毎日見てるんだけど。

でも、もっと近くで。もっと長く。できれば二人きりで。

 

「じゃあ、今日の資料整理、始めましょうか」

「はい!」

河野くんが椅子に座る。その時、袖口から覗く細い手首。

 

(...華奢だなあ)

 

守ってあげたい、と思うのと同時に、守られたい、とも思ってしまう矛盾。

部室を出ようとした時、廊下から賑やかな声が聞こえてきた。

 

「みぽりん、今日もいい動きだったよ!」

 

「ありがとう、沙織ちゃん」

 

「あっ!」

 

みほが河野くんに気づいて、足を止めた。

その瞬間、私の中で警報が鳴った。

 

(え?なんで?なんで河野くんを見てるの?)

 

「もしかして...河野くん?」

 

(!?)

 

名前。

名前を知ってる。

いつ。いつの間に。どこで。

 

「あっ、みほさん! こんにちは! お久しぶりです」

 

河野くんが、少し驚いたように目を丸くする。

 

(ああああ、その表情...!小動物みたいで可愛い...!)

 

いや、今はそれどころじゃない!

 

「わぁ、こんなとこで会えるなんて嬉しいな! この前のけがはもう大丈夫?」

 

みほが嬉しそうに駆け寄ってくる。

私の脳内で、レーダーが赤く点滅し始めた。

何かあった、過去のイベント。私の知らない。二人だけの。

 

「ああ、もう大丈夫ですよ...思い出させないでください...恥ずかしいんですから」

 

河野くんが照れくさそうに笑う。

その笑顔。

その、いつもより10%...いや、15%増しの笑顔。

頬がほんのり赤くなって、視線を逸らす河野くん。

 

(...かわいい)

 

(...って、違う!今はそうじゃなくて!)

 

私の心は混乱していた。

河野くんの可愛さに悶絶したい気持ちと、みほさんへの警戒心がぐちゃぐちゃに混ざって。

 

「私、あれから頑張ってるよ。君が救ってくれた飲み会の日から、間違いなく私変われてるよ」

 

「そ、そんな大げさですよ...」

 

「ううん、あの夜が間違いなく私のターニングポイントだったよ」

 

「そ、そうですか...ははっ、ならよかったです...」

 

私の想像力が、勝手に二人の距離を補完する。

河野くんが謙遜する。その時、袖から覗く手を、もう片方の手で握って。

 

困った時は、手を握る。

嬉しい時は、目を細める。

照れた時は、耳が赤くなる。

そして今、河野くんの耳は、ほんのり赤かった。

 

(照れてる...!みほ殿との会話で...!)

 

心臓が、嫌な音を立てる。

 

「お礼、ちゃんと言いたかったんだ」

 

みほの笑顔が、夕日に照らされて輝いて見えた。

 

(綺麗...)

 

認めたくないけど、認めざるを得ない。

みほさんは恋している。

 

耳だけじゃなく、首まで赤くなって。

視線をあちこちに泳がせて。

 

(...可愛すぎる)

 

(...って、違う!今はそうじゃなくて!!)

 

私は自分の頬を、内側から噛んだ。

痛みで、少しだけ冷静になれる。

 

「あ、もしかして戦車道同好会に入ったの?」

 

みほが、さらに河野くんに近づく。

 

「はい、最近入りまして」

 

河野くんが、少し緊張したように頷く。

その時、河野くんの手が、パーカーの裾をぎゅっと握った。

 

(緊張してる...!)

 

河野くんは、初対面の人と話す時、いつもそうだ。

でも、私との会話では、最近そういう仕草をしなくなった。

 

(私とは...リラックスして話せるようになったってこと...?)

 

その事実に、ほんの少しだけ、優越感を感じる。

 

「そうなんだ! じゃあ、今度うちの練習も見に来ない? 同好会とは違った戦車道が見られると思うよ」

 

みほの誘い。

 

「え、いいんですか?」

 

河野くんの目が、きらきらと輝いた。

 

(ああ...その表情...!)

 

河野くんは、戦車の話になると、子供みたいに目を輝かせる。

その無邪気な表情が、たまらなく愛おしくて。

でも、今はそれが、私の心を締め付ける。

だって、その表情を引き出したのは、私じゃなくて。

みほだから。

 

「うん。河野くんなら大歓迎だよ」

 

「あ、あの...!」

 

私は思わず声を出していた。

二人が、こちらを見る。

河野くんの、不思議そうな表情。

 

(...何言おうとしてたんだろう、私)

 

「あ、そうだ。秋山さんも一緒にどう? それに、いまは無理でもわたし、ゆかりさんとまた戦車道したいな。私、今すごい楽しいんだよね」

 

みほが、優しく微笑む。

 

(...優しい)

 

この人、本当に優しいんだ。

嫌味がない。純粋に、善意で誘ってくれてる。

 

だから、余計に。

勝てる気がしない。

 

「え? あ、えっと...」

 

「も、もちろん、無理にとは言わないよ! とりあえず、同好会と部の交流があってもいいかなって、私たち似たような活動をしてるし!」

 

みほの笑顔。

拒否する理由なんてない。

というか、断ったら。

河野くんとみほが、二人きりで。

 

(それは...絶対に嫌だ)

 

「あ...ありがとうございます...」

 

言葉が、うまく出てこなかった。

河野くんが、私の顔を覗き込む。

 

「秋山さん、本当に大丈夫ですか?顔色悪いですよ」

 

その優しい声に、泣きそうになる。

 

(河野くん...)

 

(私は...私は、あなたのことが...)

 

でも、その先の言葉は、喉の奥で止まった。

その夜、私は布団の中で悶絶していた。

河野くんとみほ殿に接点があった。

しかも、河野くんが助けた。

ヒーロー展開。

王道のフラグ。

 

「ぐう!」

 

布団の中で、ジタバタと手足を動かす。

 

照れた時の、あの表情。

耳まで赤くなって。

視線を逸らして。

パーカーの袖を握って。

 

「...可愛い」

 

呟いてから、ハッとした。

 

(違う!今はそうじゃなくて!)

 

でも、頭の中は、河野くんの可愛さでいっぱいになっていた。

今日、資料整理してる時の河野くん。

真剣な表情で、資料を読んでる横顔。

たまに、わからないことがあると、首を傾げる。

 

「秋山さん、これって...」

 

上目遣いで、私を見る。

 

(...ああ)

 

そんな顔で見つめられたら、どんな質問にも答えたくなる。

 

「河野くん、それはですね...」

 

私が説明すると、河野くんは目を輝かせて聞いてくれる。

 

「へえ...!すごいですね、秋山さん」

 

その言葉が、嬉しくて。

もっと、河野くんに褒められたくて。

もっと、河野くんに頼られたくて。

 

(でも...みほ殿も、同じことができるんだろうな)

 

いや、もしかしたら、私よりもっと上手に。

 

「...負けたくない」

 

布団の中で、小さく呟いた。

河野くんの笑顔。

河野くんの照れた表情。

河野くんの、あの可愛らしい仕草の数々。

全部、私のものにしたい。

 

(...って、何考えてるんだ私!)

 

顔を両手で覆う。

でも、指の隙間から、河野くんの笑顔が浮かんでくる。

 

「...もう、寝よう」

 

そう言いながらも、結局、明け方まで眠れなかった。

 

ー翌日

 

「おはようございます」

 

「あ、河野くん...おはよう...ございます...」

 

声が、かすれた。

 

「秋山さん、大丈夫ですか?声が...」

 

河野くんが、心配そうに顔を近づけてくる。

 

(近い近い近い!)

 

「だ、大丈夫です!ちょっと寝不足で...」

 

「また戦車の資料、夜遅くまで読んでたんですか?」

 

河野くんが、困ったように笑う。

その笑顔を見て、昨夜のことを思い出す。

 

(...あなたのことを、考えてたんです)

 

とは、口が裂けても言えない。

 

「そ、そんなところです...ははっ」

 

河野くんが、自分の鞄から何かを取り出した。

 

「それなら...はい、これ」

 

「え...?」

 

それは、小さなペットボトル。

喉に優しいはちみつレモン。

 

「声かすれてるから。これ、飲んでください」

 

「あ...」

 

河野くんの気遣い。

その優しさが、胸に染みる。

 

「ありがとう...ございます...」

 

ペットボトルを受け取る。

その時、河野くんの指が、私の指にほんの少し触れた。

 

(...暖かい)

 

「秋山さん、手、冷たいですね」

 

「え...?」

 

河野くんが、私の手を両手で包んでくれた。

 

「もっと暖かくした方がいいですよ。風邪引いちゃいますから」

 

その温もり。

その優しさ。

涙が出そうになるのを、必死でこらえた。

 

(ああ...この人は...)

(こんなに優しくて)

(こんなに可愛くて)

(こんなに...)

 

「秋山さん?」

 

「...っ、な、なんでもないです!」

 

慌てて手を引っ込める。

このまま手を握られてたら、絶対に泣いてしまう。

嬉しくて。

幸せで。

でも、不安で。

河野くんは、きっと、誰にでも優しい。

 

(私だけ、特別じゃない)

 

その事実が、痛い。

 

でも。

(それでも...側にいたい)

 

河野くんが、不思議そうに私を見ている。

 

「あの、本当に大丈夫ですか?」

 

「大丈夫です!むしろ、元気です!」

 

無理やり笑顔を作る。

河野くんは、まだ心配そうだったけど。

 

「そうですか...。無理しないでくださいね」

 

その言葉に、また胸が締め付けられた。

それから、私は気づいてしまった。

河野くんとみほの接点が、増えていることに。

 

「河野くん、お昼一緒にどう?」

キャンパスで、みほが河野くんに声をかける。

私は、少し離れた場所から、その光景を見ていた。

 

(...偶然?)

 

でも、これで三日連続。

三日連続は、偶然じゃない。

 

「あ、西住さん。いいですよ」

 

河野くんが、嬉しそうに応じる。

その時、河野くんの表情が、ぱあっと明るくなる。

 

(...その笑顔)

 

朝、私に向けてくれた笑顔より、明るい気がする。

 

(気のせい...だよね)

 

でも、どうしても比較してしまう。

みほが何か言う。

河野くんが笑う。

その距離が、近い。

 

(30センチ...いや、25センチ...)

 

自然と、二人の距離を測ってしまっている自分がいた。

 

「グデーリアン、おい、聞いてるのか」

 

「うわあ!?」

 

エルヴィン殿に声をかけられて、飛び上がった。

 

「え? な、なんですか!?」

 

「いや...さっきから、西住さんたちの方ばかり見てるから...」

 

「み、見てません!全然見てません!」

 

完全に見てた。

 

「...もしかして、ゆかり殿、河野くんのこと...好きでござるか?」

 

「違います!」

 

即答。

即答すぎて、逆に怪しまれた。

 

「そ、そうか...」

 

カバさんチームの面面は微妙な表情で、明らかに愛想笑いをしていた。

しかし、そんなこと気にも留まらず、

私は再び、河野くんたちの方を見た。

 

(...だめだ、見ちゃだめだ)

 

でも、見てしまう。

学食で、二人が並んで座っている。

みほが何か話している。

河野くんが、目を輝かせて聞いている。

 

(ああ...その表情...)

 

戦車の話をしている時の、河野くん。

子供みたいに、純粋に、楽しそうな表情。

私が一番好きな、河野くんの表情。

 

それを、みほが引き出している。

 

トレイを持ったまま、私は立ち尽くしていた。

 

「秋山さん、カレー、冷めちゃいますよ?」

 

同じトレイを持った部員が、心配そうに声をかけてくる。

 

「あ...はい...」

 

席に座る。

 

でも、カレーに手をつけられない。

 

(あのテーブル...)

 

河野くんとみほが座っているテーブル。

あれは、先週、私が河野くんと一緒に座ったテーブルだ。

 

「秋山さんの特等席だね」

 

河野くんが、そう言ってくれた。

窓際で、陽当たりが良くて。

外の景色が綺麗で。

 

(私たちの...席だったのに)

 

カレーのルーが、滲んで見えた。

泣いてない。

泣いてないけど。

目頭が、熱い。

 

「...食べよう」

 

スプーンを握る。

でも、味がしなかった。

 

続く

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