あべこべ道! 乙女が強き世界にて   作:マロンex

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第33話 遭遇(vs西住まほ 前編)

まほ殿との出会いは、突然だった。

というか、本当に突然すぎて、心の準備が全くできていなかった。

 

「失礼する」

 

その日、私は一人で部室にいた。

河野くんは授業が延びているとのことで、まだ来ていなかった。

 

(河野くん、遅いな...)

 

時計を見る。

もう、約束の時間から15分も過ぎている。

携帯を確認するけど、メッセージはない。

 

(大丈夫かな...)

 

心配になって、もう一度携帯を見た時。

コンコンとノックする音が聞こえる。

私は急いで扉を開き叫ぶ。

 

「河野くん!」

 

開けた瞬間、その場で固まった。

 

「あ...」

 

そこにいたのは、河野くんじゃなかった。

 

長い黒髪。

鋭い眼光。

そして、部屋に入っただけで空気が変わるような、圧倒的な存在感。

 

(この人は...!)

 

まるでティーガーⅡ...いや、マウス級...!

いや、それ以上...!

キングタイガーに匹敵する威圧感...!

 

「あ...あの...」

 

声が震えた。

 

私が何か言う前に、彼女は部室内を一瞥した。

その視線だけで、部室の温度が確実に3度は下がった。

背筋が、自然と伸びる。

まるで、上官に見られているような緊張感。

 

「すまんな突然...その...河野はいないのか。この同好会に入ったとみほから聞いたのだが」

 

(!?)

 

その声。

低く、凛としていて。

 

「か、河野くんなら...まだ授業中かと...」

 

「そうか、すまん、彼が来るまで少し邪魔してもいいか」

 

「ど、どうぞ!」

 

ありがとう、と軽く会釈をすると、彼女は特に気にした様子もなく、部室に入ってきた。

そして、壁に貼られた戦車のポスターを見る。

 

「ほう...Ⅳ号戦車F2型か」

 

(わかるんだ...!)

(しかも一瞬で...!)

 

「あ、はい。私が...」

 

「詳しいな。砲身の長さまで正確に描かれている」

 

まほが、模型を手に取った。

その仕草が、プロのそれだった。

手つきが違う。

 

明らかに、戦車を知り尽くしている人の手つき。

 

「これも君が作ったのか?」

 

「は、はい...」

 

「技術がある。塗装も丁寧だ」

 

(褒められた...!)

(西住流の次期後継者に...!)

 

内心、小躍りしそうになった。

いや、本当は今すぐジャンプしたい。

でも、まほ殿の前では、それができない。

この威圧感、そして存在感。

わたしは動けなかった。

 

「君はたしか...」

 

「秋山優花里です。戦車道同好会の...」

 

「ああ、思い出したぞ...みほのチームメイトだったな、名前は...」

 

まほが、私を見る。

その目が、鋭い。

まるで、全てを見透かすような。

 

「あ、秋山優花里です!」

 

みほ殿の姉。

西住流の次期後継者。

全国大会三連覇の隊長。

戦車道界の生きる伝説。

 

(なんで...!?なんでここに...!?)

 

頭が真っ白になる。

そんな私の様子を悟ったのか、まほが話し始める。

 

「安心しろ、敵情視察とか野暮なものじゃない。私用で河野に用があって来た。彼の能力を見込んで少し頼みたいことがあってな」

 

(か、河野...!?)

 

書類を出され詳しく説明しているまほ殿だったが、

そんな説明一切頭に入ってこなかった。

 

呼び捨て。

くん、つけない。

さん、も、つけない。

完全に対等か、もしくはそれ以上の関係。

 

(え...?え...?どういうこと...?)

 

「そ、そうだったんですね...」

 

声が裏返った。

思考が追いつかない。

みほ殿だけでも大変なのに。

まほ殿まで...!?

しかも、明らかに河野くんと知り合い...!

 

会話が途切れ、ふとまほ殿が外の景色を見つめる。

凛とした姿は神々しさすら感じるが、その面影にはたしかにみほ殿のような優しさも感じた。

 

「あ、すみません遅れ...ってええ!? まほさん!?」

 

河野くんが現れた。

 

(まほ...さん...!?)

 

敬称はつけてる。

でも、その呼び方の親しげなこと。

 

「河野、久しぶりだな。妹が世話になっている。すまんなお邪魔してるぞ」

 

「い、いえあの日も言いましたが俺は何も...」

 

「ふっ...そうか」

 

「っていうかなんでここに...」

 

(な、なんで? まほ殿が...河野くんを...!?)

 

私の思考回路が、完全にショート寸前だった。

火花が散っている。

脳がオーバーヒートしている。

 

「え?俺に用ですか?」

 

河野くんが、少し驚いたように目を丸くする。

 

(ああああ、その表情...!)

 

きょとんとした顔。

子鹿みたいな、純粋な目。

 

(可愛い...!)

(...って、今はそれどころじゃない!!)

 

「ああ。少し話がある。外に来てくれ。...秋山、すまないが河野を少し借りるぞ」

 

有無を言わさぬ口調。

でも、河野くんは特に驚いた様子もなく。

 

「は、はい...秋山さん、すぐ戻ります」

 

私に、申し訳なさそうに笑いかける。

その笑顔。

 

(...ずるい)

 

そんな顔されたら、行ってらっしゃいって言うしかない。

 

「あ...はい...」

 

河野くんが、まほについて行く。

二人の後ろ姿を見送って。

扉が閉まった瞬間。

 

「なにこれ!どういう状況!?」

 

机に突っ伏す。

 

「みほ殿だけじゃなく、まほ殿まで...!?」

 

頭を抱える。

 

「しかも呼び捨て!わざわざ河野さんを待ってた!明らかに知り合い!親しい!」

 

立ち上がって、部屋の中をぐるぐる歩き回る。

冷静になれ秋山優花里。

情報を整理するんだ。

 

私は深呼吸して、ホワイトボードに向かった。

マーカーを取り出して、書き始める。

 

『西住まほ情報』

 

河野くんを知っている(呼び捨て)

わざわざ会いに来た(重要度:高)

河野くんも普通に対応(日常的な関係?)

 

「これは...」

 

マーカーを握る手が震える。

 

「まずい...!」

 

「まずすぎる...!」

 

窓から、外を見る。

中庭のベンチに、二人の姿が見えた。

 

「...」

 

私は、窓に張り付いていた。

中庭のベンチで、まほ殿と河野くんが向かい合って座っている。

テーブルを挟んで、でも親密な距離。

 

(何話してるんだろう...)

 

まほ殿が、何か書類を見せている。

河野くんが、真剣な表情で見ている。

その横顔。

 

(...集中してる時の顔だ)

 

眉を少し寄せて。

目を細めて。

真剣に、何かを読んでいる。

 

(可愛い...)

 

(...って、違う!今はそれどころじゃない!)

 

でも、どうしても見てしまう。

河野くんの表情の変化。

まほ殿が何か説明する。

河野くんが頷く。

時々、河野くんが質問する。

まほ殿が答える。

その時、河野くんの目が輝く。

 

(ああ...その表情...)

 

戦車の話をしている時の、あの表情。

 

「秋山...何してるんだ?」

 

「うわあ!?」

 

カエサル殿に声をかけられて、飛び上がった。

 

「な、なんですか!?」

 

「いや...窓に張り付いて、じっと外見てるから...私たちはちょうど今来たところだ」

 

「なんだ、またあの河野とかいうやつのことか...ってあれ! 一緒にいるのは西住まほではないか?」

 

「ふむ、生きる伝説と密会か...」

 

「なんだかきな臭いぜよ」

 

「ま、まさか敵情視察か!」

 

西住まほの存在により騒ぎ出すチームメイトたちを横目に、私はより焦りを募らせていた。

 

(もっと近くで見たい...)

(何を話してるのか聞きたい...)

 

「み、皆さん!私はちょっと偵察に行ってくるであります!偵察!」

 

「偵察...? 事情はわからんがあまり邪魔をしてはまずいのでは」

 

「いえ!邪魔はしません! あくまで遠目から...声が聞こえる程度まで近づくだけであります! 戦車道部の動向を把握するのは、同好会としても重要ですから!」

 

「お、おい! グデーリアン! ちょっと!!」

 

衝動に駆られて、私は部室を出て中庭に向かう。

でも、直接行くわけにはいかない。

見つかったら、不自然すぎる。

だから、茂みに隠れた。

 

「...」

 

茂みの中から、二人を観察する。

我ながら、完全に不審者だ。

でも、やめられない。

 

「多分、こっちの方がいいのかもしれないです...」

 

河野くんの声が聞こえた。

 

「そうか、確かに、その発想はなかったな、だがここは実はな...」

 

まほの声。

二人は、何か書類を見ながら議論している。

 

「なるほど...!そういうことですか!」

 

河野くんが、目を輝かせる。

その表情はまるで、新しいおもちゃをもらった子供みたい。

純粋に、嬉しそうで、そして楽しそうだった。

 

(...その顔、好きだな)

 

河野くんの、この表情が一番好きだ。

でも、それを引き出しているのは。

今、私じゃない。まほ殿だ。

 

「河野は理解が早くて助かる、流石みほが見込んだ男だ」

 

まほが、珍しく口角を上げた。

 

(!?)

 

笑った。

まほ殿が、笑った。

無表情で有名な、あのまほ殿が。

 

「さすがだな」

 

(さすが...!?)

 

まほ殿が、『さすが』って...!

 

「いえ、まほさんの説明が分かりやすいので」

 

河野くんが、照れたように笑う。

その時、耳が少し赤くなった。

 

(...可愛い)

 

照れてる河野くん。

耳まで赤くなって視線を逸らして。

 

(ああ...守りたい...)

(...って、違う!今はそうじゃなくて!)

 

私は、茂みの中で頭を抱えた。

河野くんの可愛さに悶絶したい気持ちと。

まほへの危機感と。

それらが、ぐちゃぐちゃに混ざって訳が分からなくなっていた。

 

「君はいつもそうだな」

 

まほが言った。

 

「謙遜しすぎだ」

 

「そんなこと...」

 

「いや、そうだ。もっと自信を持て」

 

まほが、河野くんの頭に手を伸ばした。

そしてぽん、と頭を撫でた。

 

(!?!?!?)

 

茂みの中で、私は口を手で押さえた。

叫びそうになるのを、必死でこらえる。

 

(頭...!撫でた...!)

 

まほ殿が。

あの、厳しいことで有名な、まほ殿が。

河野くんの頭を撫でた。

 

「あ...」

 

河野くんが、驚いたように目を丸くする。

 

「ま、まほさん...?」

 

「?」

 

「あ、いや...あはは...すごいなこの人は」

 

茂みの中で、私は悶絶していた。

声を出さないように。

困ったような笑顔。

全部、全部、可愛すぎる。

でも、それを引き出したのはまほ殿だ。

私じゃない。

 

(...悔しい)

 

「ありがとう、有益な話ができた。それじゃあ、来週から頼むぞ。お前の予定に合わせるから連絡してくれ」

 

「はい。こちらこそ貴重な資料ありがとうございました」

 

 

二人が立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。

 

(やばい見つかる!)

 

私は慌てて、茂みの奥に潜り込んだ。

枝が、顔に当たる。

でも、気にしてられない。

二人が、茂みの前を通り過ぎる。

 

「河野」

 

「はい?」

 

「その...無理はするなよ。何かあったら私が...いや、みほが悲しむ」

 

声が、優しい。

優しい口調で諭すように話す。そこには西住流の姿でも、戦車道の隊長の姿でもなく、間違いなく素の西住まほが

顔をのぞかせている。きっとみほ殿にもこういう接し方なんだろう。

そんな柔らかさを感じる声だった。

 

「大丈夫ですよ」

 

「...そうか」

 

二人の声が、遠ざかっていく。

私は、茂みの中で、じっとしていた...というか動けなかった。

いろんな感情が、渦巻いて。

整理がつかなくて。

 

「...はぁ」

 

ため息をついて、茂みから出る。

服に、葉っぱがたくさんついていた。

手で払いながら、考える。

明らかに、親しい信頼関係にある。

そして、まほ殿は河野くんに特別な感情を...

 

(これは...)

 

「グデーリアン!」

 

「うわあ!?」

 

「な、何ですか!?」

 

「茂みから出てきて...何してるんだ」

 

「あ、これは...落とし物を...」

 

「茂みの中に?」

 

「...はい」

 

完全に不審者だった。

 

-30分後

 

河野くんが部室に戻ってきた。

私は、何食わぬ顔で椅子に座っていた。

服についた葉っぱは、全て取り除いた。

 

「お待たせしました」

 

河野くんが、笑顔で入ってくる。

その笑顔を見ると、さっきまでの悶々とした気持ちが。

少しだけ、和らぐ。

 

「あの...何の話だったんですか?」

 

声が、少し上ずった。

でも、どうしても気になって。

河野くんが、少し困ったような、でも嬉しそうな表情をしている。

 

(その顔...!)

 

困り顔の河野くん。

でも、嬉しそうな目。

矛盾してるようで、でも、それが可愛い。

 

「実は...まほさんが、大学院で戦車道の戦術研究をしてるんですって」

 

「はい...」

 

(それは知ってます)

(西住流の跡取りですから)

 

「それで、その研究の助手というか...データ整理を手伝ってほしいって」

 

ガァァァン!

脳内に、雷が落ちた。

いや、雷じゃない。

88mm砲が、いや、128mm砲が直撃した。

 

「え...」

 

声が、かすれた。

 

「まほさん曰く、『戦車に詳しく、かつ客観的な視点を持つ人間が必要だ』って」

 

河野くんが、照れくさそうに笑う。

 

「俺なんかでいいのかなって思ったんですけど...」

 

その謙遜。

その、照れた笑顔。

 

(可愛い...)

(...って!)

 

私は河野くんの可愛さに悶絶したいのか。

まほへの危機感で焦りたいのか。

もう、何が何だか分からなくなってきた。

 

「それって...」

 

言葉が、うまく出てこない。

つまり河野くんはまほ殿と定期的に二人きりで会う。

しかも密室(研究室)で。

 

「大学院のセキュリティの観点もあって気軽には行けませんが...2週に一回くらい、まほさんの研究室に行くことになりそうです」

 

その瞬間。

部室が、グルグル回った。

視界が、歪む。

 

(え...?2週に...一回...?)

(定期的に...?)

(二人きりで...?)

 

「秋山さん!?」

 

河野くんが、慌てて私の肩を支えてくれた。

その手の温もり。

 

(...暖かい)

 

「大丈夫ですか!?顔、真っ青ですよ!?」

 

「だ、大丈夫です...!」

 

「嘘でしょ!?全然大丈夫そうじゃないですよ!?」

 

河野くんが、心配そうに顔を覗き込んでくる。

相変わらずすごく近い。河野くんの顔が、目の前にあった。

 

(...綺麗な目)

(...長い睫毛)

(...ちょっと赤い唇)

 

「秋山さん?」

 

「...っ!」

 

ハッとして、顔を背ける。

 

これ以上見てたら、何かおかしくなりそう。

 

「ちょっと...貧血で...」

 

嘘だ。

完全に嘘。

ショックで立ちくらみしただけ。

 

「水、飲みます?」

 

河野くんが、ペットボトルを差し出してくれる。

その優しさが辛かった。

 

「ありがとう...ございます...」

 

水を飲む。

少しだけ、落ち着いた。

でも、頭の中は混乱したまま。

まほと河野くん。

二人きり。

 

(これは...完全に...)

 

「秋山さん、今日はもう帰った方がいいですよ」

 

「え...?」

 

「顔色、本当に悪いです。送りますから」

 

河野くんが、優しく言ってくれる。

 

(...ずるい)

 

こんなに優しくされたら。

好きになっちゃうじゃないですか。

もう、好きだけど。

もっと、好きになっちゃうじゃないですか。

 

「...お願いします」

 

素直に、甘えることにした。

今日は、甘えてもいいよね。

こんなにショック受けたんだから。

 

その夜。

私は布団の中で、天井を見つめていた。

 

「...勝てない」

 

小さく呟いた。

まほ殿の知識、強さ、存在感。

そして、河野くんとの関係性。

全部、私が持ってないもの。

携帯を見る。

 

河野くんから、メッセージが来ていた。

 

『秋山さん、大丈夫ですか?無理しないでくださいね』

 

その文字を見て、涙が溢れた。

 

(優しい...)

(本当に、優しい...)

 

でも、その優しさは。

みほ殿にも向けられて、まほ殿にも向けられて。

私だけのものじゃない。

 

「河野くん...」

 

名前を呟く。

声に出すと、少しだけ楽になる。

だが、そのたびにまほ殿がちらついて胸の奥が、ずっと痛かった。

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