あべこべ道! 乙女が強き世界にて   作:マロンex

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第38話 独占欲

ー数日後 研究室

 

「失礼します」

 

いつもの笑顔で河野が入ってきた。

 

「今日もよろしくお願いします」

 

「ああ」

 

私は資料を渡す。

でも、手が少し震えていた。

 

(...何だ、この感覚)

 

最近、河野が来ると胸がざわつく。

落ち着かない気持ちになる。

でも、同時に──

 

(...少しだけ、楽になる)

 

河野がいると、重荷が少し軽くなる気がした。

 

「まほさん、少し痩せました?」

 

河野が心配そうに言う。

 

「...いや、気のせいだ」

 

「でも、顔色も悪いですよ」

 

河野が私の顔を覗き込む。

その距離の近さに心臓が跳ねた。

 

「ちゃんと食事、取ってますか?」

 

「...取っている」

 

嘘だった。

最近食欲がない。

睡眠も浅い気がする。

でも、それを認めるわけにはいかない。

 

「本当ですか?」

 

河野が疑わしそうに見る。

 

「...ほ、本当だ」

 

私は視線を逸らした。

河野は、しばらく私を見ていたがやがてため息をついた。

 

「わかりました。でも、無理だけはしないでくださいね」

 

そう言って、河野は作業を始めた。

私は河野の横顔を見つめていた。

 

(...この子は)

(なぜ、こんなに私を心配してくれるのだろう)

 

ほかの人からは期待はされど心配はされることは少ない。

心配する必要がないと思われているのかもしれない。

でも、河野は違う。

河野だけが私の変化に気がついている。

 

(...それが、嬉しい)

 

そして同時に怖い。

弱さを見せてしまいそうで。

 

ー作業中

 

「あ、ちーちゃんから連絡...」

 

河野が携帯を見ながら言った。

 

「ちーちゃん?」

 

「あ、幼馴染の千代美です」

 

河野が少し照れくさそうに言う。

 

「昔からずっと一緒で...今も時々遊びに誘われるんです」

 

(幼馴染...)

 

その言葉に、胸がざわついた。

 

(...何だ、この感情)

 

嫉妬?

まさか。

私が、そんな...

 

「あ、そうそう!みほさんからも連絡が来てて」

 

「そうか、みほも知り合いなんだな」

 

河野がスマホを操作する。

 

「ええ、今度の大会ちょっと手伝ってほしいらしくて...」

 

「...そうか」

 

(みほも、河野を頼っているのか)

 

当然だ。

河野は優しくて、誠実で頼りになる。

誰でも頼りたくなる。

 

(...私も)

 

私も、河野に頼りたいと思っている。

 

でも──西住まほが人に頼るなど許されないことだ。

 

「まほさん?」

 

河野が不思議そうに私を見ている。

 

「...何でもない」

 

私は首を振った。

でも、胸のざわつきは消えなかった。

 

 

ー翌週 大会前日

 

「西住、明日は頼むぞ」

 

監督が肩を叩く。

 

「優勝、期待してるからな」

 

「...はい」

 

また期待。

また重圧。

 

(...もう)

 

心の奥で、何かが軋む音がした。

 

(...もう限界かもしれない)

 

でも、認めるわけにはいかない。

私は西住まほだから。

 

その日の夜は眠れなかった。

ベッドに横になっても明日の作戦を考えてしまう。

完璧な作戦。

勝つための作戦。

でも──

 

(...疲れた)

 

心の奥底から、声が聞こえる。

 

(少しだけ楽になりたい)

 

いままでならそんなこと思いもしなかった。

だが、河野という存在が、この異常さを際立たせた。

 

携帯を見ると河野からメッセージが届いていた。

 

「明日の大会、頑張ってください。応援してます!」

 

その言葉に、なぜか涙が出そうになった。

こんなねぎらいの言葉、いつ以来だろうか。

 

(...河野)

 

この人だけが私を一人の人間として見てくれている気がする。

西住流の看板ではなく。

ただの、西住まほとして。

 

(...会いたい)

 

そう思った瞬間、私は驚いた。

 

(私が...誰かに会いたいと思うなんて)

 

でも、否定できなかった。

河野に会いたい。

河野といると楽になれる。

河野の優しさに触れたい。

 

(助けて)

 

小さな声が、心の奥から聞こえた。

でも、その声は誰にも届かない。

西住まほは、一人で戦い続けなければならないのだから。

 

ー大会翌日 研究室

 

大会は、予想通り優勝だった。

完封勝利。

 

「流石だな、西住」

 

監督の言葉も、もう心に響かなかった。

 

研究室に戻ると、河野が待っていた。

 

「まほさん、優勝おめでとうございます!」

 

河野が嬉しそうに笑顔を見せる。

 

「...ああ」

 

「映像で見ましたよ。すごかったです」

 

河野が興奮気味に話す。

その笑顔を見ていると少しだけ心が温かくなった。

 

「良かったら、お祝いに一緒に食事でも...あ」

 

河野が言いかけて慌てて口を押さえた。

 

「いや、でもまほさん疲れてますよね。すみません、余計なこと...」

 

河野が申し訳なさそうに頭を下げる。

 

(...まったく)

 

相手のことを優先して、自分のことは後回しにする。

そんな彼と今は少しでも長く居たくなった。

 

「いや、構わない。研究もひと段落したところだしな、いい機会だ」

 

私は珍しく、即答していた。

 

「え?」

 

「食事、付き合おう。私も...少し、気分転換が必要だ」

 

河野が驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った。

 

「本当ですか? それじゃあ、近くのレストランに...」

 

「いや」

 

私は少し考えた。

 

「私の知っている店がある。そこに行こう」

 

「はい! えーなんだろー! 楽しみです」

 

河野が嬉しそうに頷く。

その無防備な笑顔を見て私は少し心配になった。

 

ー街中

レストランへ向かう途中、河野の歩き方を見ていて気づいた。

 

(...ガードが甘い)

 

いや、甘いなどというレベルではない。

人混みの中を、まるで休日の散歩でもするかのように歩いている。

周りへの警戒など微塵もない。

 

キョロキョロと店のディスプレイを見て「わあ」と小さく声を上げる姿は──

まるで、無防備な子供のようだった。

 

この繁華街は女性も多く、ナンパや付きまといは日常茶飯事だ。

ましてやこの時間帯だ。ピークといってもいいだろう。

現に──周りの女性たちの視線が、河野に集中しているのが見えた。

 

「河野」

 

私は、できるだけ冷静な声で呼んだ。

 

「はい?」

 

河野が無邪気に振り返る。

その屈託のない笑顔に、私の心臓が跳ねた。

 

(落ち着け)

 

「もう少し...その、周りに気を配れ。心配になる」

 

私の声が少しだけ柔らかくなっていたことに気づいた。

 

「え? 大丈夫ですよ、まほさんが一緒ですし」

 

河野がにこっと笑う。

 

その信頼しきった表情に──

胸が、苦しくなった。

 

(...この人は)

(私を信頼して、完全に無防備になっている)

 

それが嬉しくて、でも同時に心配で。

 

「自衛しろ。特に、お前のような...」

 

言葉が詰まる。

可愛い、と言いそうになった。

 

(何を言おうとしている、私は)

 

「俺のような...?」

 

河野が首を傾げる。

 

その仕草が──あまりにも無防備で、愛らしくて。

 

「...容姿の整った男性は、狙われやすい」

 

私は顔を背けて言った。

表情は完璧に平静を保っているが、心臓は激しく鳴っていた。

 

「え? そうなんですか? 別に普通だと思うんですけど...」

 

河野が本当に知らないという顔で自分の顔を両手で触る。

その仕草がまた──

 

(...わかっていない)

 

(本当に、何もわかっていない)

 

自分がどれだけ魅力的か。

どれだけ女性たちの視線を集めているか。

 

「ああ。だから、人混みでは私の近くを歩け」

 

「はい...? でも、大丈夫ですよ。まほさんに迷惑かけたくないですし」

 

河野が遠慮がちに言う。

その気遣いが──

 

(...この人は)

 

私の忍耐が、限界に近づいていた。

なぜこんなに無防備なのだ。

なぜ自分を守ろうとしないのだ。

 

その時、前から若い女性のグループが歩いてきた。

河野を見て、明らかに目を輝かせている。

 

「ねえ、あの人超可愛くない?」

 

「マジで。あんな可愛い子、久しぶりに見た」

 

「声かけてみよっか。絶対いける」

 

「待って、LINE聞いちゃおうよ」

 

女性たちが、明らかに河野を狙って近づいてくる。

河野は──まだ気づいていない。

 

店のディスプレイを見ながら「まほさん、このケーキ美味しそうですね、帰りまでやってるかな」などと呑気に話している。

胸の奥で、何かが弾けた。

 

(...守る)

 

私は河野の腕を掴んで躊躇なく自分の方に引き寄せた。

 

「え? まほさ──わっ!」

 

河野が小さく声を上げる。

私は河野を自分の体に密着させて女性たちとの間に立ち塞がった。

 

「いいから、黙って歩け」

 

低く有無を言わさぬ声で言う。

女性たちが私の姿を見て明らかに怯んだ。

西住まほの名前はこの大学では知られている。

戦車道の全国大会三連覇。

西住流次期後継者。

そして──近寄りがたい、冷徹な指揮官。

 

「あ...あれ、西住まほじゃない...?」

 

「マジで? あの人、西住まほの彼氏なの...?」

 

「うへえ、なんだよぉ」

 

女性たちが、諦めたように立ち去っていく。

 

「え、彼女いるの?」

 

「しかも西住まほとか、レベル高すぎ...」

 

その言葉が聞こえたが、私は気にしなかった。

私は河野を自分の隣に密着させたまま歩き続けた。

 

「あの...まほさん?」

 

河野が困惑した声を出す。

 

「何だ」

 

「手、繋いでます...」

 

はっとして見ると、私は河野の手をしっかりと握っていた。

 

温かくて、柔らかくて──

小さい。

 

(...守らなければ)

 

その想いが、私の中で確信に変わった。

 

「...離すべきだろうか」

 

私は一瞬、そう考えた。

でも──

 

「このままでいい」

 

私は、そう答えていた。

 

「え? で、でも...」

 

河野が顔を赤らめている。

その反応が──愛おしい。

 

「お前を守るためだ。男性は女性に守られるべき存在だ」

 

「で、でも、まほさんに迷惑じゃ...」

 

「迷惑ではない」

 

私は即答した。

表情は完璧に冷静に保っているが、心の中では──

 

(迷惑なわけがない)

(むしろ、私がそうしたいのだ)

 

「いいか、河野」

 

私は歩きながら静かに、でも確固とした声で言った。

 

「お前は、自分がどれだけ無防備か理解していない」

 

「え...」

 

「周りを見てみろ。お前を見ている女性が、どれだけいると思う」

 

河野がきょろきょろと周りを見る。

その仕草がまた──無防備で、可愛らしくて。

そして、周りの女性たちが、明らかに河野を見ていることに気づいた。

 

「あ...本当だ...」

 

河野が驚いた顔をする。

 

「今、気づいたのか」

 

私は呆れたようなため息をついた。

でも、それがまた──河野らしい。

 

「ご、ごめんなさい。全然気づかなくて...」

 

河野が申し訳なさそうに小さくなる。

その姿が─

 

「謝る必要はない」

 

私は河野の手を、少し強く握った。

 

「お前のような無防備な男性を守るのが女性の役目だ」

 

私は前を見据えたまま続けた。

「そして、私は西住流当主だ。そういったこともまた責務だ」

 

その言葉は、半分本当で半分嘘だった。

 

本当は──

お前を守りたい。

お前を、誰にも渡したくない。

お前を、私だけのものにしたい。

その想いが、私を動かしていた。

 

「いいから、黙って私についてこい」

 

私は有無を言わさぬ口調で言った。

河野は、戸惑いながらも頷いた。

 

「はい...ありがとうございます、まほさん」

 

その素直な返事に──

私の心臓が、激しく鳴った。

 

(...この人を)

(絶対に、守る)

 

私は河野の手を握ったまま人混みの中を歩いた。

周りの女性たちの視線が、羨望と諦めに変わっていくのを感じながら。

 

ーレストラン

落ち着いた雰囲気の店に入った。

私の行きつけの店で、個室を用意してくれる。

 

「すごい...高級そうな店ですね」

 

河野が少し緊張している。

 

「構わない。座れ」

 

私は河野を席に座らせた。

メニューを見ている河野を観察する。

 

(...今までどうやって生きてきたんだこの子は...)

 

自分がどれだけ狙われやすい立場にいるかわかっていない。

容姿が良く、優しく、断れない性格。

そんな男性をこの世界がほっておくわけがない。

 

「あの、まほさん」

 

「何だ」

 

「さっき、手を繋いでくれたのって...」

 

河野が顔を赤らめながら聞いてくる。

 

「言っただろう。お前を守るためだ」

 

「守る...」

 

「ああ。お前は、自分の立場をわかっていない」

 

私は真剣な目で河野を見た。

 

「何度でもいう。男性は女性に守られるべき存在だ。特に、お前のような容姿と性格の男性は」

 

「ええ...?」

 

河野がますます赤くなる。

 

「整った顔立ちで、優しく、断れない。狙われて当然だ」

 

「そ、そんな...」

 

「自覚がないのか?」

 

私は少しイライラしてきた。

 

「お前の周りに、どれだけ女性がいると思っている」

 

「え?」

「秋山、みほ、千代美、そして...」

 

私は言葉を詰まらせた。

 

「そして、私もだ」

 

「え?」

 

河野が驚いた顔をする。

 

「いや、まほさんは違いますよ。俺を助けてくれてるだけで...」

 

「違わない」

 

私は強く言った。

 

「...え?」

 

河野が固まった。

 

(...何を言っている、私は)

 

でも、もう止まらなかった。

 

「いいか、河野。お前はもっと警戒心を持て」

 

「は、はい...」

 

「そして、信頼できる女性以外には安易に近づくな」

 

「はい...」

 

「わかったな、まったく...」

 

「はい...あの、まほさん?」

 

「何だ」

 

「まほさんは...信頼できる女性に入りますか?」

 

河野が恐る恐る聞いてくる。

その質問に、私は一瞬言葉を失った。

 

「...当然だ」

 

「よかった...」

 

河野がホッとした表情を見せる。

その無防備な笑顔を見て、私の胸が苦しくなった。

 

(...この人を守らなければ)

 

いつからこんな感情を持つようになったのだろう。

西住まほが、誰かを守りたいと思うなど。

でも、否定できなかった。

河野を守りたい。

この無防備な人を、狙う女性たちから守りたい。

そして──

心の奥底では確かに感じていた。

河野を他の誰にも渡したくない。そんな新しい感情を。

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