あべこべ道! 乙女が強き世界にて   作:マロンex

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第40話 似た者同士

「では、まほのことを少し教えてもらおうか」

 

母が静かに言った。

 

「は、はい」

 

河野が緊張した声で答える。

 

「率直に聞かせてほしい、まほについてどう思う?」

 

「え?」

 

河野が困惑した声。

 

「まあ、なんだ。親しいものから見るまほの印象を教えてほしい。長所でも欠点でもいい」

 

「ええっ...っと」

 

河野が少し考える沈黙。

障子の向こうで──

 

私は思わず身を固くした。

 

(母上...何を)

 

「そうですね...」

 

河野がゆっくり口を開いた。

 

「まず、素直じゃないです」

 

「ほう」

 

母が頷く気配。

 

「あと...抱え込みすぎます」

 

「一人でなんとかしようとして、限界まで言わなくて」

 

「そうだな」

 

「それと...」

 

河野が少し笑った気配がした。

 

「甘いものを食べてる時だけ、表情が全然違います」

 

「ほう、よく見ているな...」

 

(か、河野め...!)

 

私は障子の向こうで顔を押さえた。

 

「あとは……」

 

河野がまだ続けようとしている。

 

(まだあるのか)

 

「昔、戦車の模型を抱えて寝ていたとか」

 

「よく知っているな」

 

「みほさんから...聞いちゃって」

 

(みほ...あいつ河野に何を...)

 

障子の向こうで私は頭を抱えた。

 

「ふふっ...緊張すると、右手だけ少し震えます」

 

「それは初耳だ...よく見ているな」

 

母の声に、感心の色が滲んだ。

 

「研究の発表前とか、大事な場面の前とか。まほさんも緊張するんだって驚いちゃって」

 

河野が静かに言う。

 

「そういう時、まほさんはいつも一人で深呼吸してるんです。誰にも見せないように、廊下の端で」

 

「...」

 

「僕はそれを、何度か見ていました」

 

「...そうか」

 

母の声が、少し沈んだ。

河野が続ける。

 

「僕はそれを見るたびに...支えてくれる人が必要だなって思っていました」

 

沈黙。

 

障子の向こうで──

私は、息が止まった。

 

(...河野)

 

「....そうか」

 

母がゆっくり言った。

 

「まほはな、完璧に見えるだけで、人間らしい一面もあるんだ」

 

「...そうですね」

 

「河野さんの言ったことは全部当たっているが」

 

母が少し間を置いた。

 

「私から見ると、まだまだある」

 

(...まだあるのか)

 

「頑固だ」

 

「はい」

 

「意地っ張りだ」

 

「はい」

 

「心配をかけまいとして、平気なふりをする」

 

「...本当にそうですね」

 

「泣き顔を絶対に見せない」

 

「...はい」

 

「甘え方を知らない」

 

「...」

 

「そして」

 

母が少し苦笑する気配。

 

「助けてほしい時ほど、『大丈夫だ』しか言わない」

 

「昔からそんな感じなんですね...」

 

河野が苦笑いする声がした。

 

「...そうだな。いつからだろうな」

 

母が静かに続ける。

 

「転んでも泣かない子だった」

 

「そうなんですか」

 

「他の子が泣くような場面でも、まほは唇を噛んで立ち上がって」

 

「...」

 

「『大丈夫です』とだけ言う」

 

「...まほさんらしいですね」

 

「そうだな」

 

短い沈黙。

 

「あとは...ふふっ」

 

母がさらに続けようとした。

 

(ま、まだあるのか...!)

 

「料理が壊滅的だ」

 

「え!?、そうなんですか!? 意外ですね」

 

「一度だけ作ろうとしてな。台所がひどいことになった」

 

「へえ...!」

 

(母上...!! 話の流れ的にそれはおかしくないですか!)

 

「みほの方が、よほど上手い」

 

「そうなんですね...面白いからメモしとこう」

 

(するな)

 

「あと、負けず嫌いが過ぎて、将棋で負けそうになると急に眠くなる」

 

「そうなんですね」

 

「...それがまたかわいかった」

 

母がふっと笑う気配がした。

 

「ゲームで負けそうになると欠伸を始めてな。わかりやすい子だった」

 

「かわいいですね」

 

「そうだろう」

 

(か、かわいいとはなんだ!!)

 

障子の向こうで私は限界に近づいていた。

 

「まほさんにそれを言ったら、怒りますよ」

 

「ほう、よくわかったな。あの子は『かわいい』と言われるのが一番苦手だ」

 

「なんで知ってるんですか」

 

「言ったことがあるからだ」

 

「どうなりましたか」

 

「三日間口を利いてもらえなかった」

 

「...流石ですね」

 

(流石ですね...?)

 

しばらくして

母の声が少し変わった。

 

「...だがな、河野さん」

 

「はい」

 

「私はあの子が...誇らしくて仕方がない」

 

障子の向こうで──

私の手が、止まった。

 

「欠点を並べたが」

 

母が静かに続ける。

 

「簡単に思いつく程度しかない...あの子は、よくやっている」

 

「...」

 

「転んでも立ち上がる」

 

「誰かに頼らない」

 

「一人で背負えてしまうから」

 

母の声が、少し震えた。

 

「だから私は...それに甘んじた」

 

「...」

 

「言わなくてもわかっていると思っていた」

 

「でも」

 

母が続ける。

 

「最近、それが間違いだったと気づいた」

 

「...間違い、ですか」

 

「言わなければ、伝わらない」

 

母が静かに言った。

 

「頑張ったな」

 

「よくやっている」

 

「お前のことが誰よりも大切だ、と」

 

障子の向こうで──

私は、唇を噛んだ。

 

(...母上)

 

「しほさん」

 

河野が、静かに言った。

 

「それ...まほさんに、言いましたか」

 

沈黙。

 

「...言っていない」

 

「...言い方がわからなかった」

 

母が珍しく、言葉に詰まった。

 

「まほが...あまりにも完璧にこなすから」

 

「今更、こんなことを言ってもと思ってしまっていた」

 

「しほさん」

 

河野が真剣な声で言った。

 

「伝えるべきです」

 

「...河野さん」

 

「今更じゃないです」

 

河野が続ける。

 

「まほさんはきっと、ずっと待っていると思います」

 

「待っている...?」

 

「誰かに言ってほしかったんだと思います」

 

「頑張ったな、って」

 

「...」

 

「まほさんは強い人です。でも...」

 

河野の声が、少し沈んだ。

 

「強い人ほど、そういう言葉に飢えていることがある気がして」

 

「...そうか」

 

母が、深くため息をついた。

 

「私は...不器用だな」

 

「しほさんだけじゃないですよ」

 

ふふっと笑い声が聞こえる。

 

「まほさんも相当不器用です。似てます、お二人」

 

「...それは褒めているのか」

 

「もちろんです」

 

短い沈黙の後──

母が、小さく笑った。

 

「伝える、か」

 

「はい」

 

「わかった」

 

母が頷いた気配。

 

「ありがとう、河野さん。まほを呼ぼ──」

 

ドン。

 

「...まほ? 盗み聞きとは感心しないな」

 

「...」

 

障子が、盛大に倒れた。

 

その向こうに──

西住まほが、正座していた。

目が赤い。

鼻も赤い。

頬も赤い。

 

完璧に、全部バレていた。

 

「...まほ」

 

母が静かに言った。

 

「...はい」

 

「どのくらい、聞いていた」

 

「その...最初から」

 

「そうか」

 

「料理の話は...余計だったと進言します」

 

「本当のことだ」

 

「...」

 

河野が、そっと目を逸らした。

視線の置き場に困っている。

耳が、赤かった。

 

「まほ」

 

母が、立ち上がった。

 

「はい」

 

「こちらに来なさい」

 

私は立ち上がれなかった。

足が、震えていた。

 

母が、私の前に歩いてきた。

そして──

ゆっくりと、私の隣に座った。

 

「まほ」

 

「はい」

 

「聞こえていたか」

 

「...はい」

 

「なら」

 

母が、少しだけ視線を逸らした。

珍しく──

照れているように見えた。

 

「改めて言うのも、らしくないが」

 

「...はい」

 

「お前が...誇らしい」

 

母の声が、わずかに揺れた。

 

「いつも頑張っているのも、一人で立ち向かっているのも、全部...見ていた」

 

「...」

 

「見ていたのに、何も言わなかった」

 

「それは、私の過ちだ」

 

母が、私を見つめた。

 

「まほ」

 

「...はい」

 

「もっと、頼れ」

 

「え...」

 

「一人で抱えなくていい」

 

母上が続ける。

 

「私でも」

 

「河野さんでも」

 

「みほでも」

 

「誰でも頼っていい」

 

「お前は、ひとりじゃないんだから」

 

「...」

 

「だが、私はお前の今までの生き方を、否定するつもりもない」

 

母の声が、柔らかくなった。

 

「一人で背負って、一人で立って、一人で戦ってきた」

 

「...」

 

「まほ」

 

母が、真っ直ぐに私を見た。

 

「よく、頑張った」

 

その瞬間──

私の中で、何かが崩れた。

 

「...っ」

 

「ずっと、一人でつらいときもあったろう」

 

「本当に...よく、頑張った。まほは私の誇りだ」

 

「...母上」

 

声が、震えた。

 

「...っ...母上!」

 

涙が、止まらなかった。

子どもみたいに泣いた。

母が、黙って私の背中に手を置いた。

何も言わずに、ただそこにいてくれた。

しばらくの間──

茶室に、私の泣き声だけが響いた。

 

河野は──

部屋の隅で、静かに正座していた。

目が少し赤かった。

気づかないふりをした。

 

(...まったく)

 

(この人は、本当に)

 

河野がそっと目を拭うのを、私は涙越しに見ていた。

 

 

(...ありがとう)

 

言葉にはならなかったけれど。

きっと──

届いていると思った。

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