隊員の一人:近藤
※逸見エリカについて:現在海外留学中。もうじき帰国予定。
今後の話で重要人物として出す予定です。
翌週の練習。
「...篠田副隊長」
「はい、隊長」
「第三陣の配置なんだが」
私は少し躊躇した。
篠田が、私の様子に気づいて首を傾げる。
「...一人では判断しかねる。お前はどう思う」
篠田が、固まった。
「...た、隊長」
「聞こえていたか」
「聞こえましたが」
篠田が目を瞬かせる。
「もう一度、お願いできますか」
「...どう思うか、と聞いている」
「...」
篠田の目が、じわりと赤くなった。
「し、篠田?」
「な、何でもありません!」
篠田が勢いよく地図を広げた。
「第三陣ですね!意見を言わせていただきます!」
声が、少し上ずっていた。
練習後。
他のメンバーが走り寄ってきた。
「まほさん!さっき篠田が泣いてましたよ!」
「...えっ...そ、そうか」
「何があったんですか?」
「何って...少し、頼み事をした、だけなんだが...」
「え、それだけで?」
「...それだけだ」
隊員が首を傾げながら去っていく。
私は少し考えた。
(...私から頼むのはそんなに珍しいのか...?)
ー数日後の作戦会議
「意見を聞かせてくれ」と言い始めてから、チームの空気が変わった。
みんなが、発言するようになった。
それはいいことだった。
ただ──
「まほさん」
練習終わりに、監督が私を呼び止めた。
「...少し、いいか」
「はい」
監督が、少し深刻な顔をしていた。
「みんなにも割り振ろうと、おまえのデータを改めて見直していたんだが...」
「...はい」
「一日の練習量と、指示出しの量と、それとおまえ...大学院でも研究しているな。...全部足したら」
監督が、数字を見せてきた。
「...これは、おかしい」
「何がですか」
「普通に考えたら、人間がこなせる量じゃない」
「...」
「おまえ...ちゃんと寝ていたか?」
「...まあ、それなりには」
「食事は?」
「...練習に支障が出ない程度には」
監督が、深くため息をついた。
「そうか...」
「...それだけでしょう...では」
「すまなかった...」
「え?」
私が立ち去ろうとすると、監督は深々と頭を下げた。
真剣な目で私を見た。
「おまえが全部やってくれるから」
「おまえが全部できるから」
「任せ続けた...ようやく間違いに気が付いた」
「...」
監督が続ける。
「全部やっていたんじゃない...全部やらざるを得なかったんだ。我々はそれに甘んじていた」
「監督...」
「改めて、すまなかった...。私は指導者としても、年長者としても失格だ」
監督が、頭を下げた。
「それに気づくのが...遅すぎた」
私は驚きで何も言えなかった。
ーその翌日
作戦室に入ると──
副隊長が待っていた。
後ろに、チームメイト全員が並んでいた。
「...何だこれは」
「隊長!」
篠田が、真剣な顔で一歩前に出た。
「私たちにも、言わせてください」
「...」
「今まで、隊長に頼りすぎていました」
篠田が頭を下げた。
後ろのメンバーも、全員頭を下げた。
「作戦も、判断も、全部隊長任せで」
「私たちが自分で考えることを、怠っていました」
「ごめんなさい、隊長」
篠田の声が、わずかに震えた。
「隊長が無理しているのに、気づかないふりをしていました」
「...そ、そんなことは」
「していました」
篠田が顔を上げた。
目が赤かった。
「薄々わかっていて、でも頼る方が楽だから、見ないようにしていました」
「...」
「だから...これからは」
篠田が、きっぱりと言った。
「私たちも、考えます」
「隊長一人に背負わせません!」
チームメイトが、一斉に頷いた。
私は──
しばらく、黙っていた。
(...みんな)
「...顔を上げろ」
私は言った。
「お前たちが謝ることじゃない」
「でも...」
「私が、言わなかっただけだ」
私は一度目を閉じた。
「...これからは、私も言う」
「困ったら言う」
「わからなければ聞く」
「だから」
私はチームを見渡した。
「お前たちも、ついてきてくれるか」
篠田が、鼻をすすった。
「...当然です」
全員が、頷いた。
数日後、恒例の練習試合があった。
相手は格上のチーム
ー過去に一度も勝てていない。
「...隊長、どうしますか」
篠田が聞いてきた。
以前の私なら、一人で考えて、一人で決めていた。
でも今は──
「お前たちはどう思う」
私は聞いた。
「第一陣をあえて囮に使う...というのはどうでしょう」
篠田が言う。
「相手の射線を私たちの部隊で塞いで、隊長が側面から」
別のメンバーが続ける。
「補給ルートをここで断てば、長期戦に持ち込める」
また別のメンバーが地図を指す。
意見が、次々と出てきた。
私は聞きながら、考えた。
(...一人で考えるより、ずっと速い)
(...そして精度が高い)
「よし」
私は決断した。
「篠田、第一陣を頼む」
「任せてください」
「近藤、補給ルートの封鎖を」
「了解です!」
「篠田の部隊は篠田の指示に従え、失敗しても構わん。自由に動いてみろ」
私は言った。
「迷ったら聞け。私もそうする」
「...はい!」
全員の声が揃った。
試合が始まった。
相手は強かった。
序盤、押される場面もあった。
「隊長、第二陣が...!」
「わかった、下がれ。篠田、そちらに回れるか」
「行けます!」
「隊長! 左からも来ています!こちらで対処するのがいいかと!」
「...ああ、そうだな」
指示が、双方向になった。
私が出すだけでなく、メンバーから情報が上がってくる。
私はそれを判断して、返す。
チームが、生き物のように動いた。
終盤。
相手の本陣が見えた。
「...隊長!」
篠田が通信してきた。
「行けますか」
「...ああ」
私は前を見た。
(一人じゃない)
(後ろにみんながいる)
「行く」
西住流の砲撃が──
真っ直ぐに、決まった。
試合終了。
静寂の後、チームが沸いた。
「勝った...!」
「隊長...!!」
篠田が、珍しく声を上げて喜んだ。
私は──
素直に、笑っていた。
初勝利後すぐ、母から連絡が来た。
珍しいことだった。
「試合、見ていた」
「...そうですか」
「変わったな」
母が言った。
「...少し」
「指示の出し方が、変わった」
「...はい」
「一人で抱えなくなった」
「...」
「チームが、生きていた」
母が続ける。
「今日の試合、よかったぞ」
「...母上」
「褒めているんだ、受け取れ」
「...はい」
「まほ」
母の声が、少し柔らかくなった。
「お前が求めていたものは...強さじゃなかっただろう」
「...え」
「認められること、だったんじゃないか」
「...」
「頑張ったことを、見ていてほしかっただけじゃないか」
私は、答えられなかった。
「...そうかもしれません」
しばらくして、私はそう言った。
「そうだろう」
母が静かに言った。
「今日は見ていたぞ、ずっと」
「...」
「いや、違うな...今日も、見ていた...だな」
「...ありがとうございます、母上」
「ああ」
短い沈黙。
「...また、連絡しろ」
「はい」
「試合があれば、教えろ」
「わかりました」
「以上だ」
通話が、切れた。
私はしばらく、スマホを見つめていた。
(...母上も、変わった)
(いや)
(変わろうとしてくれている)
胸が、温かかった。
「はーい! ありがとうございました! 西住さん!ご協力ありがとうございました!」
「...いえ」
試合後のインタビューが終わった。
カメラマンが機材を片付け始め、スタッフが撤収していく。
インタビュアーが去っていく。
周囲がざわざわと動き始めた。
(...終わったか)
私は小さく息をついた。
そこに──
「まほさん、お疲れ様でした」
河野が歩いてきた。
資料を抱えたまま、いつも通りの顔で。
「...お前、来ていたのか」
「試合は全部見てました」
「そうか」
「すごかったです」
河野が言う。
「特に終盤の判断、今までのまほさんとは全然違って」
「...そうか」
「なんというか...チームがまほさんを信頼して、まほさんもチームを信頼してるのが、外から見ててもわかって」
河野が続ける。
「見ていて、気持ちよかったです」
「...お前は相変わらず、そういうことをさらっと言うな」
「そうですか?」
「そうだ」
私は少し目を逸らした。
「...まあ」
「はい」
「...変われた気がする」
「変わりましたよ、まほさん」
河野が穏やかに言った。
「良い方向に」
「...お前のおかげだ」
「え?」
「きっかけをくれたのは、お前だ」
私は河野を見た。
「母上に背中を押してくれたのも、私がこうして周りに助けを求められるようになったのも...みんなお前のおかげだ。」
「そんな、大げさな」
「大げさではない」
私はまっすぐ言った。
「だから...ありがとう」
河野が、少し驚いた顔をした。
「...まほさんに、ちゃんとお礼を言われたのは初めてな気がします」
「うるさい」
「いえ、嬉しくて」
「...」
私は少し躊躇した後、口を開いた。
「笑うのが、昔から苦手だった」
「...はい」
「うまく笑えなくて、笑う必要もないと思っていた」
「...」
「でも、お前といると」
私は、自然に口元が緩むのを感じた。
「...自然と笑える」
それは作ったものじゃなかった。
ただこぼれた、笑顔だった。
「...」
河野が、何も言わずに立っていた。
「どうした」
「いえ」
河野が小さく言った。
「...何でもないです」
耳が、少し赤かった。
その時。
背後から声がした。
「...あの」
振り返ると──
インタビュアーが、申し訳なさそうに立っていた。
「すみません、西住選手」
「...何だ」
「その...カメラ、まだ回っていまして」
「...」
「機材トラブルで切れていなくて」
「...は?」
「今のやり取り、全部...」
私は、ゆっくりカメラを見た。
赤いランプが、しっかり点灯していた。
「...」
「...えっと、西住さん...」
「...カットしてくれないか」
「あの...申し上げにくいのですが...生放送で」
「...」
しばらくの沈黙。
「...河野」
「...は、はい!」
「お前は今すぐ帰っていい」
「...はい...その、が、頑張ってください...」
河野が、足早に去っていった。
スポーツニュースのコメント欄が、埋まっていた。
『西住まほ選手に笑顔があったことに驚いた』
『きれいすぎる』
『後ろにいた男性は何者!?』
『普段のクールな立ち振る舞いからのあの笑顔はずるい』
『西住まほファンクラブ創設しました!入りたい方DM下さい!』
『放送してくれてありがとう運営さん!』
ー研究室
河野がスマホを見て、静かに画面を伏せた。
「...まほさん」
「...見ていない」
「コメント欄が」
「...気にするな」
「SNSにも大量に...」
「...見ていない」
私は資料に目を落とした。
「...まほさん」
「何だ」
「怒ってますか」
「...」
私は少し考えた。
「怒っていない」
「そ、そうですか」
「...ただ」
「はい」
「しばらく、インタビューは断る」
「...ふふっ、それは賢明だと思います」
河野が、こっそり笑うのが見えた。
「...笑うな」
「あっ...すみません」
「...まったく」
私は深くため息をついた。
でも──
口元が、また緩んでいた。
(...お前のせいで)
(妙なことになっている)
それでも不思議と──
悪い気は、しなかった。