あべこべ道! 乙女が強き世界にて   作:マロンex

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第42話 西住姉妹の攻防 前編

「河野、少しいいか」

 

「はい、どうぞ」

 

河野が資料から顔を上げた。

私は研究室の椅子に座り、データの確認を始めた。

 

いつも通りの午後だった。

いつも通りの...はずだった。

 

コンコン

 

ノックの音。

 

「河野さん、いますか?」

 

その声に──

私の手が、止まった。

 

(...みほ)

 

「あれ? みほさん!」

 

河野が普通に返事をする。

扉が開いて、みほが入ってきた。

 

「お邪魔します! あ、お姉ちゃん、やっぱりここにいた」

 

「...ああ」

 

みほが私を見て、不敵にほほ笑んだ。

それからすぐに、河野に向き直った。

河野は私の手伝いをしている傍ら、自身の大学でもみほや秋山が所属している戦車道チームの手伝いもしているようだった。

 

「河野さん、昨日言ってた戦術データの件なんですけど」

 

「え? ああ、その件ですか! わざわざここまで来なくても...」

 

河野が立ち上がって、みほの隣に並んだ。

二人で、パソコンの画面を覗き込む。

 

「ここのところが気になって」

 

みほが画面を指差す。

 

距離が...近くないか。

 

 

私はデータに目を戻した。

集中しろ。

仕事だ。

 

「なるほど、ここですね」

 

河野が頷く。

 

「やっぱりみほさんの分析力はすごいです! 実は僕も同じところが気になっていて」

 

「ほんとに!? やっぱり私たち気が合うね!」

 

みほが嬉しそうに声を上げた。

 

「さすがみほさん、目のつけどころが──」

 

「河野」

 

私は呼んだ。

 

「え? あ、はい! なんでしょうか!」

 

「このデータの三ページ目、確認してくれ」

 

「あ、でも...今みほさんの──」

 

「すまんが急ぎだ。頼む」

 

「わ、わかりました!」

 

河野がみほから離れて、私のそばに来た。

とっさに焦燥感が沸き、突飛な行動をとってしまった。

 

(急ぎではなかったが...悪いことをした)

 

私はデータを指差しながら、内心で自問した。

 

(別に、いい。みほが河野と話すのは普通のことだ)

 

(何もおかしくない...なのになぜこんなにも)

 

「ここですか?」

 

「ああ」

 

「あー確かに少し数値がずれてますね、修正しますので、少々お待ちを...」

 

「すまんな、いつも」

 

「いえ! 気にしないでください! えっと...これはたしか...」

 

河野が私の隣に座った。

みほが少し離れた場所で、おとなしく待っている。

ちらりとみほを見た。

視線が合うと、少し嬉しそうにほほ笑んでいた。

その顔が──

 

私はすぐに目を逸らした。

 

(みほ...何のつもりだ)

 

ーみほ視点

 

(...お姉ちゃんやっぱり)

 

河野さんと話していたら、お姉ちゃんが呼んだ。

急ぎだと言っていたけど、本当に急ぎだったのかな。

 

(うーん、でも考えすぎかな)

 

私は二人の様子を遠目に見ながら、椅子に座った。

河野さんがお姉ちゃんの隣でデータを確認している。

 

二人の距離...近くない?

 

お姉ちゃんが何か言う。

河野さんが頷く。

お姉ちゃんが、ごく自然に河野さんの腕に手を置いた。

 

(...くっ、これが数々の男性を落としてきた天然炸裂ボディタッチ...)

 

ここを見て、と言いながら。

何気ない仕草だった。

たぶん、お姉ちゃんは無意識だと思う。

 

でも──

 

(...まずい)

 

(お姉ちゃん...やはり強いな)

 

私は立ち上がった。

 

「か、河野さん!」

 

「はい?」

 

「さっきの続き、教えてもらえますか」

 

「あ、でもまほさんの...」

 

「急ぎだから!」

 

「えぇ...?」

 

「ふっ...構わん」

 

お姉ちゃんが、ほんの少し眉を動かした。

気のせいかもしれない。

でも、見えた。

 

「私はいつでも会えるしな」

 

(なっ...)

 

河野さんが私のそばに来たが、敗北感はすごかった。

 

「はいはい...えっと? どのあたりが気になりましたか」

 

「あ、えーっと! こ、ここ! ここなんだけど!」

 

私は画面を指差した。

河野さんが覗き込む。

近い。

 

「ああ、ここは確かに応用できそうですよね!」

 

河野さんが嬉しそうに言う。

 

「みほさん、戦術センスありますよ」

 

「そ、そうかな? えへへ」

 

「まほさんとは違うアプローチで、でも同じくらい鋭くて」

 

「ほんとに! 嬉しいな!」

 

(わ、私も負けない!)

 

そういって手をぎゅっと握って満面の笑みをこぼす。

 

(これは自然! ...というか手やわらかぁ...)

 

「あ、えっと...お二人とも、なんでそんなに──」

 

「河野」

 

お姉ちゃんの声。

 

「え、はい」

 

「お茶が切れた」

 

「あー! すみません、この前やろうと思ってたのに...補充してきます!」

 

河野さんがすっと立ち上がった。

部屋を出て行く。

残された私とお姉ちゃん。

沈黙。

 

「みほ」

 

「なあに、お姉ちゃん」

 

「その、久しぶりだな...。今日は何の用だ?」

 

「河野君に会いに...じゃなかった! せ、戦車道チームのデータの確認を...」

 

「そうか」

 

「お姉ちゃんは?」

 

「研究のデータ確認だ、河野には週に1回程度手伝ってもらっていてな」

 

「そ、そっかぁ」

 

また沈黙。

 

二人とも、扉の方を見ていた。

 

(...お姉ちゃんは)

 

(気づいてないのかな、自分の気持ち)

 

ーまほ視点

 

河野がお茶を持って戻ってきた。

 

「お待たせしました」

 

「ありがとう」

 

「ありがとね!」

 

三人で、お茶を飲んだ。

しばらくして、みほが言った。

 

「河野さん、今日お昼まだ?」

 

「あ、まだですね」

 

「な、なら! 一緒に学食でも!」

 

「いいですよ。あ、まほさ...」

 

「私も行く」

 

「あれ、でもいつもはここで適当に...」

 

「私も行く!」

 

食い気味に答えてしまった。

少し驚いた様子の河野だったが、嬉しそうに少し笑うと話し始めた。

 

「ふふっいいですよ、まほさんも行きますか、久々の妹ですもんね。素直でよろしいです」

 

「...もうそれでいい」

 

「じゃあ三人で! 何食べようかな」

 

河野が立ち上がった。

みほが、ちらりと私を見た。

私も、みほを見た。

二人の目が、合った。

どちらも、何も言わなかった。

 

ー学食

 

三人で並んでトレーを持った。真ん中には河野が立っていた。

 

「学食久しぶりですね。みほさんっていつも何食べるんですか」

 

「だいたいB定食とかかな? 安くて量多いんだ!」

 

「あー! いいですよね、自分は結構飽き性なんで日替わりが...」

 

みほと話す河野が笑う。

ほかの大学、慣れない学食、完全にアウェーだった。

 

(普段あまり来ないからわからん...メニューは...これか)

 

トレーの近くにあったメニュー表を見ていると、のぞき込むように河野が話しかけてくれた。だが、混んでいてうるさいこともあり、普段よりなお近かった。

 

「あ、まほさんはあんまり慣れてないですよね。おすすめはですね...」

 

「ひゃっ、あ、ああ、ありがとう...」

 

トレーの近くにあったメニュー表を見ていると、のぞき込むように河野が話しかけてくれた。だが、混んでいてうるさいこともあり、普段よりなお近かった。少し集中していたこともあり、驚いて変な声が出てしまった。

 

(な、なんだ今の声、私か? 私なのか...というか近いな)

 

「まほさんの好み的にはこれとかですかね?」

 

「え、ああ...。確かにこれはうまそうだな。よく私の好みが...」

 

「いや、この前まほさんと行ったおしゃれなお店で似たような...ムグッ」

 

急いで河野の口を押えたが、時すでに遅し、後ろからすごい剣幕を感じた。

 

「へえ、おしゃれなお店...かぁ。...私との食事は断ったのになぁ」

 

「あーみほ...これはだな」

 

「みほさんも行きたいですか? まほさんのおすすめのパスタ、みほさんにも食べてほしいです!」

 

(河野...頼むから空気を読んでくれ...)

 

食事を選び、席に着く。

なんだが、どっと疲れた。

 

「私...隣の席座るから。いいよね。お姉ちゃん?」

 

みほが私に言った。

 

「も、もちろん」

 

「仕方ないから、これでとりあえずチャラでいいよ。お姉ちゃん」

 

「...ああ」

 

席についた。

 

みほが河野の隣に座った。

私はみほの隣に座った。

つまり、河野の斜め向かいだ。

 

「河野さんって、戦術とかすごい詳しいよね、昔から好きなの?」

 

みほが身を乗り出して聞く。

 

「まあ、戦術なんてたいそうなものではないですが...。戦車道自体は昔から大好きだったのですが、具体的な戦術とかは大学入ってからですよ」

 

「なんで興味持ったの?」

 

「きっかけは...」

 

河野が少し考えた。

 

「ある試合の映像を見て、面白いと思って」

 

「どんな試合ですか?」

 

「それが...」

 

河野が少し照れくさそうに言った。

 

「まほさんの試合だったんですよね」

 

「え」

 

みほが固まった。

私も箸が止まった。

 

「大学授業の映像で、たまたま見て。この戦術すごいなって思って、それでちょっと勉強してみてって感じです」

 

「...そうか」

 

私は努めて平静に言った。

みほが、私をちらっと見た。

その顔が、複雑そうだった。

 

(...みほ)

 

私は何も言えなかった。

 

「でも」

 

河野が続けた。

 

「みほさんの試合も、後から見て同じくらい驚きましたよ」

 

「え?」

 

みほが目を丸くした。

 

「全然違う戦い方なのに、同じくらい引き込まれる感じがして」

 

「そ、そんな...」

 

「本当ですよ」

 

河野が真剣な顔で言う。

 

「お二人とも、すごい人です」

 

みほの耳が、じわりと赤くなった。

私の耳も、たぶん赤い。

河野は、定食を食べていた。

全く気づいていない顔で。

 

(……この子は本当に...)

 

胸の奥が少し熱くなったのを感じた。

 

続く

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