学食から研究室に戻る途中。
河野さんが「先に戻ってます」と言って少し早足で行ってしまった。
残された私とお姉ちゃん。
廊下を並んで歩く。
しばらく、沈黙が続いた。
「...お姉ちゃん」
「なんだ」
「河野さんって、鈍いですよね」
「...そうだな」
「全然気づかないですよね」
「...まあ」
「私たちが両方、同じ人を...」
「みほ」
「はい」
「その先は言うな」
「...はい」
また沈黙。
二人で歩く。
歩幅が、なんとなく揃っていた。
「...お姉ちゃん」
「なんだ」
「お姉ちゃんは、河野さんのこと」
「みほ」
「聞いてもいいですか」
「...」
お姉ちゃんが、少し歩みを緩めた。
止まった。
私も止まった。
「お前は...河野のことが...その」
「...お姉ちゃんは?」
「私が先に聞いた」
「私が後に聞きました」
「...」
「...」
廊下に、二人の沈黙が広がった。
通りかかった他の学生が、なんとなく二人を避けて歩いていった。
お姉ちゃんが、少し目を逸らした。
「...わからない」
「わからない?」
「...こんな経験なくてな、整理がついていない」
お姉ちゃんが静かに言った。
「でも、お前が河野と話していると...何か、落ち着かない」
「...お姉ちゃん」
「それが何なのかは、まだわからない」
(お姉ちゃん...それ、かなりわかってる人の言い方だよ)
でも、言えなかった。
「私は」
「...ああ」
「好きです、たぶん」
お姉ちゃんが、少し黙った。
「...そうか」
「お姉ちゃんが嫌なら」
「嫌ではない」
お姉ちゃんがきっぱり言った。
間髪入れずに。
(...即答だった)
「...ただ」
「ただ?」
「...なんでもない」
お姉ちゃんが歩き始めた。
(お姉ちゃん)
(それ、絶対なんでもなくないよ)
(目が泳いでたよ)
でも、言えなかった。
言えなかったけど──
(...お姉ちゃんも、なんだ)
胸の中が、複雑だった。
嬉しいような、困ったような。
自分が魅力的だと思った相手が、お姉ちゃんにも認められた気がした。
(同じ人を好きになるなんて)
(西住家って、ほんとに)
「みほ」
「あ、今行きます!」
私は慌てて駆け寄った。
お姉ちゃんが、前を向いたまま言った。
「...一つだけ言っておく」
「はい」
「お前とは争いたくない」
「...私も」
「だが」
お姉ちゃんが少し間を置いた。
「...譲る気もない」
「...それは私も」
二人で、顔を見合わせた。
それから同時に、小さく笑った。
(...変な姉妹だな、私たち)
研究室に戻ると、河野さんが資料を広げていた。
「お帰りなさい! さて、続きやりましょうか」
「ああ」
「はい!」
私とお姉ちゃんが同時に言った。
河野さんが、きょとんとした。
「...お二人とも、今日は仲がいいですね」
「「そんなことはない」」
また、同時だった。
河野さんが笑った。
「なんか、いいですね」
「何がだ」
「お二人が並んでると、なんか...いいなって」
河野さんが、にこにこしながら資料に向かった。
「西住家って、素敵な家族ですよね」
(...家族)
私とお姉ちゃんが、またちらりと顔を見合わせた。
お姉ちゃんの眉が、わずかに動いた。
私の口元も、わずかに引きつった。
(それだけ?)
河野さんは資料を読んでいた。
微塵も気づいていない顔で。
「...河野さん」
「はい?」
「言いたいことってそれだけ?」
「えっと...あれ? 何かありましたっけ」
「私たちが、その...もう! なんでもないです!」
「ええ?」
河野さんが首を傾げた。
お姉ちゃんが静かに資料を手に取った。
その手が、ほんのわずかに震えていた。
(...お姉ちゃんも堪えてる)
私は窓の外を見た。
(...この人は、本当に)
二人でため息をついた。
また、同時だった。
「やっぱり仲いいですね!」
「「ちょっと黙ってて」」
「ええ...?」
河野さんが、また資料に向かった。
(...もう)
まほ視点 ―― 夕方の研究室
夕方になった。
みほが「そろそろ帰ります」と立ち上がった。
「また来るね、お姉ちゃん」
「ああ...いつでもこい」
河野にも見せられた自然な笑顔で言う。
苦手を克服しつつあった。
みほが出て行った。
扉が閉まった。
研究室に、私と河野だけが残された。
しばらく、静かだった。
「まほさん」
「何だ」
「みほさん、よく来るようになりましたね」
「...そうだな」
「嬉しいですよ、賑やかになって」
河野が言う。
「まほさんの妹さんだから、なんか...親しみやすいというか」
「...そうか」
「まほさんに似てるところもありますし」
「...どこが似ている」
「芯が強いところと」
河野が考えながら言う。
「大切な人に一生懸命なところと」
「...」
「あと、素直じゃないところ」
「...それは余計だ」
「すみません」
河野が笑った。
私は窓の外を見た。
夕日が、オレンジ色だった。
(...聞くべきか)
(聞いてどうする)
(でも)
「河野」
「はい」
「お前は...みほのことを、どう思っている」
「どう、というと?」
「...」
(言えない)
(答えが怖い)
「...いや、なんでもない」
「そう...ですか」
「ああ」
私は資料を閉じた。
河野が、静かに私を見ていた。
「まほさん」
「なんだ」
「今日...何かありましたか」
「何もない」
「そうですか」
「...なぜ聞く」
「なんとなく...」
河野が続けた。
「まほさん、今日少し...いつもと違う気がして」
「気のせいだ」
「そうですか」
河野が頷いた。
信じたのか、信じていないのか、わからない顔で。
(...この男は)
(鈍いのか)
(それとも、気づいていて、聞かないのか)
どちらかわからないのが、余計にたちが悪い。
「ふう、じゃあそろそろ自分も帰りますね」
私は立ち上がった。
「お疲れ、今日もありがとうな」
「はい! まほさんは?」
「...私はもう少しだけいる」
「そうですか、無理せず」
河野が扉に手をかけた瞬間、呼び止める。
「河野」
「はい」
「...また来てくれると助かる」
「はい、もちろんです」
一人になった。
だが、孤独感はなかった。
(...なんだろうこの安堵は)
胸が、少し温かかった。
それが何なのか──
まだ、わからなかった。
でも。
(...みほも、同じ気持ちなのか)
(私たちは、本当に)
小さくため息をついた。
似すぎているのか、私たちは。
好きになる人まで、同じとは。
(...河野)
(お前は、本当に鈍いな)
河野が帰ったのち、自販機で飲み物を買おうと研究室をでると
廊下の角を曲がったとこで、みほが立っていた。
「...なぜここにいる」
「...なんとなく」
二人で、しばらく黙って歩いた。
「お姉ちゃん」
「なんだ」
「河野さん、本当に気づいてないと思います?」
「...さあな」
「私は」
みほが少し考えた。
「...わざと気づかないふりをしてる気もしてきました」
「...私もそう思い始めている」
二人で、また沈黙。
「...どっちにしても、たちが悪いですよね」
「ああ」
「どうするの、お姉ちゃん」
「...どうするって」
「私も、わからないです」
また沈黙。
夕日が、二人の影を長く伸ばしていた。
「みほ」
「はい」
「...今日は一緒に帰るか」
この後研究室に戻っても集中できる気がしなった。
私は研究室にとんぼ返りし、帰宅することとした。
二人で、並んで歩いた。
いつもより、少しだけゆっくり。
ー河野視点
帰宅して部屋に戻った。
河野は椅子にもたれて、天井を見た。
(...今日は賑やかだったな)
まほさんが、いつもより少し言葉が多かった気がした。
みほさんが、いつもより少し距離が近かった気がした。
廊下から戻ってきた二人が、なんとなくいつもと違う雰囲気だった気がした。
同時に同じことを言って、同時にため息をついて。
(...二人とも、何かあったのかな)
(でも、聞いたら「なんでもない」って言いそうで)
河野はぼんやり考えた。
(まほさんも、みほさんも、正反対に見えて素直じゃないところは似てるんだよな)
スマホが鳴った。
ちーちゃんからのメッセージだった。
『今日、まほのとこいってただろ』
『え? なんでしってるの』
『西住みほから連絡があったんだよ、河野がいるって聞いてるが、まほの研究室の場所は知らないかって』
『あ。なるほど、それで今日..』
『で? どうだった』
『どうって...別に何もなかったけど、あの二人やっぱり姉妹なんだなって』
しばらくして、返事が来た。
『...河野』
『なに』
『お前はほんとに...』
そこで文章が止まった。
少しして、続きが来た。
『まあいい。でも気をつけろよ』
『何を?』
『...おやすみ』
『え、うん、おやすみ』
河野はスマホを置いた。
ちーちゃんが何を言いたかったのか、よくわからなかった。
(...何をどう気を付ければいいんだろう)
河野は資料を開いた。
開いたが、なぜか集中できなかった。
二人が廊下から戻ってきた時の、あの空気。
(...なんだったんだろう)
河野はしばらく天井を見た。
(...まあ)
(いつかわかるか)
資料を読み始めた。
なんとなく悪くない一日だったと思いながら。
なんとなく、だけど。
次にこのキャラを出してほしいといったリクエストがあればご連絡ください!
ちょっと誰を出そうか悩んでます。