あべこべ道! 乙女が強き世界にて   作:マロンex

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第56話 ノンナとカチューシャ

「動かないで」

 

「動いてない」

 

「まぶた閉じないで」

 

「難しいこと言うな」

 

朝六時半。

 

洗面所の鏡の前で、河野は弟の龍弥に髪をいじられていた。

 

「はい、完成」

 

龍弥が、満足そうに一歩下がった。

 

鏡には、いつもより少し大人びた自分が映っていた。

 

「...おー、別人みたい」

 

「お兄ちゃんは素材がいいんだから、最初からこうしてればいいのに」

 

「朝そんな時間ないんだよ」

 

「起きればいいじゃん」

 

「返す言葉もない」

 

龍弥が、腕を組んでうなずいた。

 

「服もこれで正解。派手すぎず、でも清潔感はある。K様の隣に立っても恥ずかしくない」

 

「...別にただの仕事だぞ」

 

「わかってるよ」

 

そう言いながら、龍弥は少しだけ目を逸らした。

 

「...お兄ちゃん」

 

「ん?」

 

「ほんとに、気をつけてね」

 

「わかってるって」

 

「K様によろしく」

 

「結局そこか」

 

「サインは諦めたから! せめてよろしくだけ!」

 

「はいはい」

 

リビングから、母の声がした。

 

「ひろ、朝ごはんできてるわよ。あら、髪きれいにしてもらったの?」

 

「龍弥がやってくれた」

 

「ふふ、いい弟ね。いってらっしゃい、ひろ」

 

「うん。いってきます」

 

玄関を出ると、朝の空気がひんやりしていた。

河野は、鞄の内ポケットに手を入れた。

麻子のカイロを開きそっとまた戻した。

 

(...よし)

 

ーーーー

 

電車の中で、スマホが震えた。

 

『沙織:がんばってね!!! 絶対無理しないこと!! 変な人についていかないこと!! あと写真送って!!!』

 

『華:お気をつけて。お昼はきちんと召し上がってくださいね』

 

続けて、もう一件。

 

『みほ:いってらっしゃい。二週間、応援してるからね』

 

その下に、小さなボコのスタンプがひとつ。

 

(みほさん...)

 

河野は、少し笑ってスタンプを返した。

 

そのとき、また通知が鳴った。

 

『まほ:無理はするな。何かあったら連絡しろ』

 

短い文面だった。

 

けれど、既読をつけてから、河野はしばらく画面を見つめていた。

 

(...心配してくれてるんだな)

 

『ありがとうございます。行ってきます』

 

送信して、スマホをしまった。

 

電車が、目的の駅に近づいていた。

 

車内では、何人かの女性が河野をちらちらと見ていた。

いつもなら気づかないふりをする視線だ。

けれど今日は、背筋を少し伸ばした。

 

(大丈夫。今日から仕事だ)

 

ーーーー

 

その頃。

 

指定された集合場所の前で、カチューシャは腕を組んで立っていた。

 

「カチューシャ様?」

 

「なによ...今眠くてイライラしてるんだけど」

 

「いえ、その...集合時間は8時ですよね」

 

「知ってるわよ」

 

「現在は7時20分です」

 

「...」

 

「30分以上、早く着いておられますが」

 

「たまたまよ。今日は道が空いてたの」

 

「昨夜は、5時に起きていらっしゃったと伺っています」

 

「誰から!?」

 

「メイドの方から」

 

「なんでそんな細かいことまで報告されてるのよ!!」

 

ノンナは、いつもの落ち着いた顔で紅茶を差し出した。

 

「どうぞ。冷めないうちに」

 

「...ありがと」

 

カチューシャは、カップを受け取って一口飲んだ。

温かかった。

 

(...別に、緊張してるわけじゃないわよ)

 

(あいつが遅れてきたら、注意しないといけないから、先に来て待ってるだけよ)

 

(それだけよ)

 

「カチューシャ様」

 

「なに」

 

「柄じゃないですね」

 

「...何がよ」

 

「ふふっ...いえ」

 

「...なんなのよ」

 

「いえ、そういうところは変わりませんね」

 

「...だから何の話よ!」

 

カチューシャは、ふいと顔を背けた。

そのまま、通りの向こうを睨むように見つめていた。

 

(...遅いわね)

 

(まだ時間前だけど)

 

(別に待ってるわけじゃないけど)

 

「カチューシャ様、爪を噛むのはおやめください」

 

「噛んでないわよ!!」

 

 

信号が青に変わって、通りの向こうから、誰かが歩いてくるのが見えた。

背筋を伸ばして。

手には、小さなノートとペン。

朝の光の中を、まっすぐこちらへ。

カチューシャは、思わず息を止めた。

 

「...時間通りですね」

 

「...うるさいわよ」

 

ノンナが、静かに微笑んだ。

河野が、二人の前で足を止めた。

そして、少しだけ緊張した顔で、深く頭を下げた。

 

「...おはようございます」

 

「カチューシャ様、呼吸をなさってください」

 

「してるわよ!!」

 

してはいた。

ただ、少しだけ、浅かった。

 

(...なんでこんなに)

 

(たかが髪型と服でしょ)

 

(研究室で会ったときは、なんとも思わなかったのに)

 

「カチューシャ様」

 

「なによ」

 

「先ほどから、河野様から目を逸らしておられます」

 

「逸らしてないわよ」

 

「では、なぜ私を見ておられるのですか」

 

「...見てるだけよ」

 

「はい」

 

河野は、少し緊張した顔で、ふたりに向かって頭を下げた。

 

「...あ、あの今日からよろしくお願いします!」

 

その声が思ったより低く聞こえた。

カチューシャは、背筋を伸ばした。

顔に力を入れた。

 

眉をほんの少しだけ持ち上げた。

 

(落ち着きなさい、カチューシャ)

 

(相手はただのマネージャーよ)

 

(動揺なんてしてないわよ)

 

ノンナが、いつもの穏やかな顔で紅茶のカップを受け取った。

その口元が、ほんの少しだけ緩んでいた。

 

車が待つ路肩まで、三人で歩いた。

そこには黒い車がもう一台、少し離れて止まっていた。

トランクにノンナの小さなスーツケースが積まれている。

 

「...これから空港なの」

 

「はい。先に出ますのでお気になさらず。河野様は、カチューシャ様と現場へ」

 

「そうね」

 

ノンナが、河野に向き直った。

 

「河野様」

 

「は、はい!なんでしょうか!」

 

「カチューシャ様を...お願いいたします」

 

深々と、頭を下げた。

河野は、慌てて頭を下げ返した。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。ファイル、ちゃんと読んできました」

 

「はい。...頼りにしております」

 

ノンナが顔を上げた。

 

「北欧は寒いところですので、連絡がつきにくいこともあるかもしれません」

 

「わかりました。でも、何かあればすぐ連絡しますね」

 

「ありがとうございます」

 

それから、ノンナはカチューシャの方を向いた。

 

カチューシャは、腕を組んでそっぽを向いていた。

 

「...カチューシャ様」

 

「...なによ」

 

「朝食は、抜かれませんように」

 

「わかってるわよ」

 

「夜は、日付が変わる前にお休みください」

 

「わかってるわよ..」

 

「あと」

 

「なによ! まだあるの!?」

 

「...無理をなさらず、河野様におっしゃってください」

 

カチューシャの肩が、ぴくりと動いた。

 

「...そんなこと、言われなくても」

 

「はい。存じております」

 

ノンナが、静かに微笑んだ。

そして、一歩近づいた。

 

「...ちょっと」

 

「失礼いたします」

 

ノンナが、そっとカチューシャを抱き寄せた。

 

「ちょっと! 人前よ! 河野が見てるじゃない!」

 

「はい。すぐ済みます」

 

「すぐって、離しなさいよ! もう!」

 

そう言いながら、カチューシャの腕は、ほとんど抵抗していなかった。

ノンナの肩に、額を軽く預けた。

 

ほんの数秒。

 

けれど、河野には、とても長い時間に見えた。

 

「...二週間です」

 

ノンナが、小さな声で言った。

 

「すぐに戻ります」

 

「...当然でしょ。戻ってこなかったら怒るわよ」

 

「はい」

 

ノンナが、ゆっくりと腕を解いた。

カチューシャは、ぷいと顔を背けた。

目元が、少しだけ赤かった。

 

「...行ってきなさい」

 

「はい。行ってまいります」

 

ノンナが、車に乗り込んだ。

ドアが閉まる直前、河野と目が合った。

小さく、ほんの少しだけ、うなずかれた。

 

車が、ゆっくりと走り出した。

 

カチューシャは動かなかった。

 

車が角を曲がって見えなくなるまでじっと立っていた。

河野は何も言わなかった。

何を言えばいいのか、わからなかった。

言わないほうがいい気もした。

 

しばらくして、カチューシャが、ぽつりとつぶやいた。

 

「...別に、寂しくなんかないわよ」

 

「はい」

 

「二週間なんて、すぐだもの」

 

「はい」

 

「でも...あいつの代役は大変よ」

 

「...頑張ります」

 

「当然よ」

 

カチューシャが、くるりと踵を返した。

 

「行くわよ、河野。遅れるわよ」

 

「はい!」

 

歩き出した背中が、いつもより少しだけ小さく見えた。

 

河野は、ノートを握りなおして、その後ろを追いかけた。





このキャラ出して欲しい、この子はこう言う設定がいい等があれば気軽にください。
参考にさせていただきます。
基本的にガルパンのキャラは全部okです!

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