「K様、本日もよろしくお願いいたします」
「ええ。お願いね」
マネージャーを初めてしばらくたち、河野もだいぶ仕事に慣れてきたようだった。
カチューシャは後部座席に乗り込んだ。
続いて乗った河野に、ドライバーがミラー越しに小さく会釈した。
「河野さんも、お疲れ様です」
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします」
車が走り出し、仕切りのガラスが上がった。
静かになった。
(...二人きりだわ)
河野は、隣でノートを確認していた。
しばらく、沈黙が続いた。
「...ねえ、河野」
「はい?」
「今日のスケジュール、言ってみなさい」
「午前が取材、午後が撮影、夜がイベントです。取材は雑誌の編集の方が3名で、お名前は」
河野が、すらすらと名前を挙げていった。
カチューシャは、少しだけ目を見開いた。
「...全員、覚えたの」
「えっ..あ、はい。K様が、スタッフの名前を全部覚えていらっしゃるのを見て、俺もちゃんとしなきゃって」
「...そう」
「まだ、K様の足元にも及びませんけど」
「当然よ」
「はい」
(...この男)
カチューシャは、窓の外に視線を戻した。
胸の奥が、ほんの少しだけ、くすぐったかった。
「...あなたは、移動中は何してるの」
「特にやることないですね。K様は、移動中も仕事ですか」
「当然よ」
無意識に原稿を手元に置いていただけだったのだが、
河野の手前、少し強がってしまった。
「休まないんですか」
「...休む必要がないわよ」
「そうですか」
河野が、窓の外を見た。
「...景色、きれいですね」
「そう?」
「はい。こういう道、好きで...懐かしくて」
「...どんな道が好きなの」
「うーん、考えたことなかったですが...なんでもない住宅街とかでどんな人がどんな生活をしてるか想像するのは少し好きですね」
「...ふーん」
窓の外に、川が見えた。
光を反射して、きらきらと揺れていた。
「...海は嫌い?」
「え、うーん、まあ好き...ですかね。落ち着きますよね」
「...まあ、そうね」
「どんな海が好きですか」
「...夕方の海。人が少なくて、静かな」
「いいですね。K様らしいです」
「...どういう意味よ」
「普段から人に囲まれてるからこそ...みたいな孤高さがありますね」
「...それ、褒めてるの?」
「褒めてますよ」
「孤独って言いたいの?」
「違います。凛としてるって感じで」
カチューシャは、少し黙っていた。
(...この男)
現場で「K様」と呼ばれてきた。
尊敬も、畏怖も、山ほど向けられてきた。
でも、凛としている、などと言われたのは、いつぶりだろう。
「...あなた、たまにいいことを言うわね」
「たまに、ですか」
「たまによ」
「...精進します」
河野が、また窓の外を見た。
その横顔を、カチューシャはちらりと見た。
(...なんで、こんなにすらすら言えるのかしら)
(言われた私が、動揺してるのに)
ーーーー
移動時間が長い、外はトンネルで真っ暗。
少し暇だな、そう感じたくらい車内、河野のスマホが鳴った。
「あ、先輩から...」
「先輩?」
「はい。ヘアメイクの」
河野が、画面を開いた。
覗くつもりはなかった。
けれど、河野が画面を少し傾けたまま読んでいて、カチューシャの視界に入ってしまった。
『新人くん、おつかれ〜! 今日も現場だね』
『今夜イベントの後って空いてる? おいしいお店知ってるから、ご飯行かない?』
『遅くなるし、帰りは送るよ〜』
(...)
カチューシャの眉間に、ぐっと力が入った。
「...ご飯かぁ」
河野が、少し複雑な顔をしていた。
チラリと私の方を見て、少し気まずそうだった。
「うーん」
「...」
「...えっと、でもまぁ...関係性を保つのも大事だし...」
河野が、指を動かし始めた。
『お誘いありがとうございます、是非...』
そこまで打ったところで。
すっと、河野の手からスマホが消えた。
「え?」
私は気が付いたらスマホを持っていた。
「K様?」
「勤務中よ」
「あ、はい...え?」
「移動中も勤務中よ」
「...まあ、そうですね」
「私が見るわ。あなたは景色でも見てなさい」
「え、でも」
「見てなさい」
「...はい」
河野が、素直に窓の外を向いた。
カチューシャは、画面の『是非』を一文字ずつ消した。
(...何て返せばいいのよ)
少し考えてから、河野の口調を真似て打ち始める。
『お誘いありがとうございます。今夜はイベントでK様のお供があるので』
読み返して、首を傾げた。
(...硬いわね、これだと)
(あいつなら、もう少し)
語尾に、ひとつだけ「!」をつけた。
『お誘いありがとうございます! 今夜はイベントでK様のお供があるので、すみません』
(...これでいいわ)
送信。
すぐに、既読がついた。
『あ、そっか! お仕事だもんね』
『了解〜! また今度ね』
『K様にもよろしくお伝えください笑』
(...それは、伝えないわよ)
カチューシャは、画面を伏せた。
胸の奥が、まだざわざわしていた。
(...なんで私、こんなことしてるのかしら)
(連絡先を交換したのは、私も許可したのに)
(ただの、先輩と後輩の連絡でしょ)
理由が、わからなかった。
「K様」
「なによ」
「先輩、なんて返してきました?」
「...『また今度ね』って」
「あ、そうなんですね。まあ、K様から断ってくれるなら、よかったです」
河野が、スマホを受け取って画面を見た。
「管理よ」
「...はい」
河野が、少し考えてから、ふわっと笑った。
「ありがとうございます、K様」
「お礼を言われることはしてないわよ」
「いえ、俺、こういうの断るの、あんまり得意じゃなくて」
「...私が断らなかったら行ってたの」
「え? ええ、まあ、先輩の誘い理由もなく断るのも気が引けますし...」
「人数もわからないのに? 二人きりだったらどうするの」
「えっ...ああ、あんまり考えてなかったです。まあ確かに少し緊張しますね、二人きりは」
河野が、素直に頷いた。
カチューシャは、ため息をついた。
「...やっぱりそんな感じなのね。もういいわ、今後は私が対応するから、困ったら言いなさい」
「はい。わかりました」
「素直すぎるのよ、あなたは」
「そうですか?」
「そうよ」
「いいの? プライベートの部分まで管理するって言ってるのよ」
河野が、少し首を傾げた。
「でも、K様がそう言うなら、そのほうがいいんだろうなって」
カチューシャは、何も言えなくなった。
(...なんで、この男は)
(こんなに、まっすぐに)
窓の外に視線を逃がした。
朝の光が、川面を照らしていた。
ーーーー
カチューシャのスマホが震えた。
差出人は、ノンナだった。
『代わりに返信しましたね』
「...見てたの!?」
『どこから見てるのよ!!』
『北欧は寒いですから、室内で』
「旅行中のくせに細かいところまで見てんじゃないわよ!!」
河野が、くすっと笑った。
「...何を笑ってるのよ」
「いえ、K様とノンナさんって、仲いいんだなって」
「...うるさいわね」
隣で、河野がノートに何かを書いていた。
そっと覗くと、こう書かれていた。
『K様は、海が好き』
『業務外のLINEは、K様に見せる(注意される)』
(...注意、って)
カチューシャは、ため息をついた。
けれど、その口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
(...素直に守るのよね、この男は)
(それが、また、心配なのよ)
そこまで考えて、はっと首を振った。
(心配じゃないわよ!!)
(マネージャーとしての管理よ!!)
(それだけよ!!)
その先は、心の中にしまっておいた。
感想、ご意見気軽にください。励みにします。
〇〇出して欲しい、〇〇はこう言う設定がいい等も嬉しいです。
参考にさせていただきます。
基本的にガルパンのキャラは全部okです。