武人な狼奴隷とむっつりな聖女さま 作:エルフスキー三世
ラスクは奴隷市場にきていた。
(本当にここに、私の運命があるのでしょうか?)
ごみごみとした場所である。
行き交う者たちの服装には汚れが目立ち、檻で囲まれた狭い通路には汚物が落ちていた。
もっともそれを気にする者はラスクくらいのものだろう。
歩いていると男たちの不躾な視線を感じる。
長居はしたくはない場所だ。
帰ろうかなっとラスクは思った。
(いえいえ、いけません……望むものは待っているだけでは手に入らないのですから)
とはいえ、ラスクが注目されるのも仕方がないことである。
清らかさをもった美貌。
派手ではないが、仕立ての良いドレスで質素に着飾っている。
彼女は明らかにこの場所では浮いていた。
しかしラスクがここを訪れたのには理由があった。
古くからの友人である未来読みの魔女に、奴隷市場にラスクの運命があると告げられたからだ。
だからこそラスクは、今日この日に、このような場所に、彼女ができる範囲での精いっぱいのおめかしをしてきた。
檻に入れられ、鎖に繋がれている者たちが運ばれている。
すぐそばで叩かれる音と呻き声が聞こえた。
ラスクは思わず顔をしかめた。
そんなラスクに市場から紹介された付き添いの奴隷商人が声をかけてきた。
「ラスクさま、このような場所では、ご気分がすぐれないのではありませんか?」
彼の表情は遠回しの嫌味ではなく、ラスクを心から気遣うものだ。
「大丈夫です。それより騒がしいようですが、これからなにか始まるのですか?」
中央の広場らしきスペースに多くの者が集まってきている。
木で作られた高い台の後ろには奴隷たちが集められていた。
ラスクの問いかけに、奴隷商人はやや言いにくそうな表情で答えた。
「その……今から奴隷の
「そうですか……ふふ、安心してください。私も、この場所での最低限の作法は心得ているつもりですから」
「は、はあ……これは、失礼致しました」
意外なラスクの言葉に頭をかく奴隷商人。
ラスクは王国で聖女と呼ばれている。
奴隷商人は人を家畜のように叩き売りする現場――この国の負の部分を見せるのは、聖女ラスクが不快になるのではないかと考えていたようだ。
ラスクはそんな彼の細やかな心遣いに微笑みで返した。
そして漫然と歩くのにも飽きてきたので、行われる競りを見ていくことに決めた。
人が集まると、やがて奴隷の競りが開始される。
全裸の奴隷が五人ずつ台の上に引き出されて競売されていく。
傷だらけの者、体を欠損している者、顔色が悪く病気にかかっている者。
老若男女を問わず、ほとんどの奴隷が金貨一枚にも満たない捨て値で取引されていた。
「ラスクさま、今回行われている競りは犯罪奴隷……そう呼ばれる最低ランクの者たちです」
「犯罪……奴隷ですか?」
「はい、殺人や強盗……王国法に反した行いをした者たちです。それ故に彼らには一般奴隷のように保護される法がありません。値段は安いのですが……まあ、とてもラスクさまにお勧めできるような者たちではありませんよ」
ラスクは奴隷商人に詳しい事情などを話してはいない。
そのため彼は、ラスクが召使などの一般奴隷を買いにきたと思っているようだ。
二人が会話をしているとワッと歓声があがった。
ラスクはその盛りあがりに釣られるように競売台を見た。
引きだされたのは首輪をつけられた不自由に歩く一人の少女であった。
「さて、皆さま。本日のトリを飾る商品です! このような細い見た目ですが獣人の傭兵、武人と名高い狼獣人! しかも、先の戦いで我が王国と愚かしくも敵対した帝国、その敗戦する軍の殿を務め、勇敢な我らが王国軍兵士を切って切って切りまくり、捕虜となるまでに百以上は切り捨てたという、鬼神のような強さの最強最悪の凄腕剣士にございます!」
長い黒髪と褐色の肌……小柄な狼獣人の少女であった。
「今は見てのとおり片腕が無く、足の健も片方を切られてますので傭兵奴隷としては、まあ使えません? しかし、しかし、こちらのほうの具合でも非常に満足できる商品となっております!」
軽快な口調の男が狼獣人の太ももをつかむと、傷のついた足を開かせた。
少女はうつむいたまま抵抗をしない。
周囲からは罵倒と嘲りと下品な笑い声があがる。
少女の顔は所々が黒く腫れあがり、体にも無数の打撲と傷あとがあり、右腕が二の腕から無く、尻尾も切断されていた。
ここに来るまでに重度の暴行を受けていたことが、すぐに分かった。
常人ならば自殺を考えてもおかしくないほどの欠損である。
普通の感性を持つ者なら視線をそらしてしまうほどの酷いありさまであった。
「…………」
しかし、ラスクは逆に魅了された。
彼女に加虐趣味があるからではない。
わずかに見えた少女の赤い瞳はぎらぎらと光り……確かな生を望んでいたからだ。
そのある種の尊さを感じさせる、孤高の狼のような気高い姿……ラスクは言葉も無く、ただ獣人の少女だけを見つめた。
「また、この者は狼獣人としては珍しい黒髪です! 非常に希少でございます! 獣人を愛好する方々も、憎き帝国軍に愛するべき者を奪われた方も、この競売に是非是非、参加して頂きたく存じます!!」
商品を検分するという名目で、獣人の少女は台の上で、犬のようにヨタヨタと一回りさせられた。
ドクン――その行為に黒い感情が、ラスクの中で激しい怒りが渦巻いた。
「ふむ、どうやらあれが最後の商品のようです……。ラスクさま、この先は見ていて気分の良いものになるとは思えないので、そろそろ移動をしませんか?」
獣人少女の経歴と損傷している体から、碌な買い主が現れぬことは確かである。
「……あの子が……欲しいです」
「えっ?」
熱にうかされたようなラスクの表情とその言葉。
奴隷商人には予想しないものであった。
「ではこれから狼獣人の競売を開始したいと思います! まずは金貨五枚からスタートです!!」
獣人少女の競売開始の合図がでてると、途端にあたりが騒がしくなる。
獣人の中でも武人と呼ばれる高い戦闘力をもつ狼獣人。
彼らは捕虜になるくらいなら死ぬまで戦い潔く自決する。
そのため少女は愛玩用としては掘りだし物の奴隷だった。
欠損が酷い割にはかなりの高値から始まり、値段はどんどんと上がっていく。
……十 ……十五 ……二十七 ……三十二
あっという間に一般奴隷の値段をこえた。
(このままでは、このままでは、あの子が買われてしまう⁉)
ラスクは焦り、奴隷商人に強い口調で命じた。
「あの子を買うんです! お金ならいくらでもだします! 今すぐ競り落としてきてください!!」
「え!? ……は、はい! 承知致しましたラスクさま!!」
奴隷商人はラスクの剣幕に目を丸くし、慌てて人混みをかき分け、競売台の前を目指して走っていく。
その後ろ姿を見ながら、再びラスクは台上に立つ獣人少女へと目を向けた。
「ああ、早く、早く、売れちゃう、売れちゃう、売れちゃうよ……」
ラスクの口から焦りあまり独り言がもれた。
胸の前で祈るように指を組んで体を忙しなく揺すって、しまいにはその場で小さくぴょんぴょんと飛び跳ねる。
豊かなおっぱいが、ばいんばいいんとめっちゃ揺れた。
そんなラスクの後ろにいた男たちが、顔を見合わせて下卑た笑いを浮かべる。
この者たちは先ほどからラスクを品定めするように眺めており、令嬢のような華奢な見た目の彼女は、護衛らしき奴隷商人がいなくなっていいカモに見えたのだ。
「へへ、お嬢さん、いけないなぁ、こんな危ないところで一人でいちゃぁ?」
「そうそう、親切な俺さまたちが、保護者のいないお嬢さんを外まで案内してやるぜ」
「お礼は、そうだな……有り金と、そのおいしそうな体でいただくぞ、ふへへ」
ニタニタと笑う三人の男たちがラスクを取り囲む。
しかし、ラスクは反応しない。
その視線は獣人少女だけに注がれていた。
「お嬢さん、怖がらせちゃったかな? ほら、俺たちと一緒に行こうぜ?」
大男がラスクの肩をつかみ、彼女の前にでた瞬間だった。
ぱんッ!
肉を叩く、乾いた打撃音が鳴った。
ラスクよりも一回り以上は大きい巨漢が宙を舞う。
水平飛行――放物線すら描かなかった。
そして巨体が後方の檻にぶつかって、激しい音と共に太い鉄格子がぐにゃりと曲がった。
「い、いったいなんだ!?」
「お、おい? なにが起きた!?」
地面にどすんっと倒れ、泡を吹いて気絶する大男。
四角く太いあごには、くっきりとした拳大の凹みがあった。
男たちが信じられない表情でラスクを見る。
ラスクは前を向いたまま、振り払うように片腕を後ろに伸ばしていた。
彼女が放ったのは、ただの裏拳である。
自分の視界を遮ろうとする者をラスクは無意識のうちに払い飛ばしていたのだ。
「こ、このクソアマがっ!!」
仲間をノシた者がラスクだと気がつき、男が激高して殴りかかる。
ごつごつの拳を固めた容赦のない一撃がラスクの後頭部に直撃する。
べちんっとなにかがつぶれる音がした。
「ひっ!? ぎゃあああああああああああああああああぁぁ!?」
だが、悲鳴をあげたのは攻撃したはずの男の方であった。
手を押さえ、地面をはいずり回りながら叫び声をあげている。
恐るべきことに、男の五本の指が全て折れ曲がっていた。
頭部を殴られたはずのラスクは何事もなかったかのように前を向いている。
「や、やりやがったな、この女ぁ!!」
最後に残った男が血走った目で腰の短剣を引き抜いた。
ここまでの騒ぎになると周辺の者たちも気づき、いくつかの悲鳴があがり、奴隷市場の用心棒たちが慌てて駆け寄ってくる。
「おいっ! すかしてないで、こっちを見やがれクソ女!!」
「じゃかしやあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
いらだちのあまり、故郷の方言がでた。
振り返りながら放たれたラスクの前蹴りが、男のもつ鉄製の短剣を木の枝のようにぽっきりとへし折り、そのまま勢いと威力の乗った重たい爪先が男の腹部へと突き刺さる。
「ぐぎゃあぁ!?」
「じゃああああああああっ――!!」
咆えたラスクは短剣を失った短剣男をボールのように蹴りあげた。
短剣男は小石のように何度も地面をはね、巨漢の倒れている場所を通過し、轟音をだしながら檻の鉄格子を粉砕破壊して、最後に石壁に叩きつけられた。
しかしそんな結果を見届けず、邪魔者を排除したラスクは、すぐに狼獣人の少女のほうに向きなおる。
騒ぎを遠巻きに見ていた者や、奴隷市の用心棒たちは、見た目は清楚で華奢なラスクの蛮族のような行動に静まり返っていた。
「あ……あなたは、もしやラスクさま……聖女ラスクさまですか!? こ、これは、大変失礼致しました!!」
用心棒の中にラスクを知っている者がいたようだ。
彼らはラスクにペコペコ謝罪すると事情も聞かず、犯罪行為を犯そうとした男たちだけを引きずっていく。
それらの処理の最中もラスクの意識は狼獣人の少女だけに集中していた。
周りの騒めきも、恐れるような視線も気にならない。
「運命……ああ、私の運命の相手……」
ラスクはうっとりと、囁くように言葉に出しながら手を伸ばす。
邪悪な魔物との戦いともなれば重量級の甲冑を着込み、極太メイス片手に雄たけび声をあげ、様々な攻撃を物ともせず吶喊するラスク。
その桁外れの頭おかしい頑強さから、王国の聖女……そして聖なる重戦車とも呼ばれていた。
そんな彼女も婚姻を考える年になった。
ラスクは希少種族、その最後の生き残りである。
血を受け継ぐ子孫を残す必要があったのだ。
伴侶となる運命の相手――それを追い求めて友人に占いを頼んだ結果がこの場所である。
ラスクの命令を受けた奴隷商人が声を張りあげて、黒髪の狼獣人を競り落とそうとしている。
黒髪の狼獣人の体がふらつく……揺れる乳房とその顔がみえた。
ほんの一瞬、ラスクを魅了した少女の赤い瞳と視線があう。
ラスクは「はうあっ!!」と下腹部を手で押さえて前かがみとなった。
ラスクはうつむいて下唇を噛み、頬を朱に染めて、プルプルと腰を震わせた。
狼獣人の少女をジッと見つめるラスクの潤んだ目は、先ほど彼女に襲いかかってきた男たちと同じ光を……ねばりつくような情欲を宿していた。
「ふふ……ふふふ、初めて反応しちゃいました。……生まれて初めて私の
王国の聖女。
清楚なお姫さまのような美貌をもつラスク。
彼女は希少種族……男も女も両方いけちゃう、