蜘蛛の対魔忍は働きたくない   作:小狗丸

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 東京キングダム。

 

 そこは人間、魔族問わず様々な場所のならず者が集まる混沌とした都市である。その為、東京キングダムには金酒女といった欲望を叶える店が数多く存在し、仲でも一番多いのが娼館で、次に多いのが酒場と宿屋であった。

 

 東京キングダムの路地裏の奥にある一軒の三階建てのビル。そこは東京キングダムにいくつもある宿屋の一つで、宿泊費は非常に安いのだが食事などのサービスは一切無い完全に寝るだけの宿屋だ。そんな宿屋に一組の男女がやって来た。

 

「部屋は空いているか?」

 

 一回の受付で退屈そうにテレビを見ていた宿屋の店主である魔族に声をかけたのは、フード付きのコートを着て顔を隠している男で、その後ろにはガスマスクで顔を隠した女性が続いていた。二人はくたびれた服装をしていて銃器を担いで武装していたが、この東京キングダムでは見慣れた光景なので、店主の魔族は特に動じることなく男女に顔を向けた。

 

「ああ、空いているぜ。日本の金だったら一泊……で、米連の金だったら……だ。それで何泊だ?」

 

「一泊だ。それと……」

 

 店主の魔族から宿泊費を聞いたフードの男は、米連の通貨を店主の魔族に渡すと顔を近づけて小声で話しかける。

 

「ここの部屋は大きな音を出しても外には聞かれないのか?」

 

 フードの男の言葉をどう理解したのか、店主の魔族はいやらしい顔を浮かべると、同じく小声で答えた。

 

「安心しな。ここの壁は厚いからな。どれだけ激しく遊んでも聞かれることはねぇよ」

 

 店主の魔族の言う通り、このビルは設備などは古いが防音機能だけは確かで、男女による「行為」を楽しみたかったり、周りには知られたくない取り引きをしたい者達の間ではちょっとした穴場とされていた。

 

「そうか。それは丁度よかった」

 

「ねぇ〜? まだ~? 早く休もうよー!」

 

 フードの男と店主の魔族がそんな話をしていると、待ちくたびれたのかガスマスクをつけた女性が階段の近くでフードの男を呼ぶ。それを見て店主の魔族は苦笑しながらフードの男に部屋の鍵を渡した。

 

「ほらよ。部屋は三階だ。……上手くやりなよ」

 

「ああ。ありがとうな」

 

 店主の魔族の言葉に、フードの男も苦笑して鍵を受け取るのだった。

 

 

 

「約束の品だ」

 

「……確かに。これは約束の金だ」

 

 東京キングダムにあるとある酒場のカウンター席で、一人の人間の男が隣にいる魔族の男に書類を渡すと、魔族の男も自分が持っていた封筒を人間に渡す。

 

 人間の男は日本の政府関係者であり、魔族の男は東京キングダムで活動をしている闇組織の幹部であった。彼らがやっている事はいわゆる裏取引であり、人間の男はこれまでにも何度も、今日のように日本の機密情報を売り渡して大金を得ていた。

 

 人間の男と魔族の男はこれが初めての取引というわけではなく、お互いが騙したりしないという一種の信頼関係が築かれており、機密情報と金が入った封筒の交換をするとそれで取引は終わり、二人はそれぞれ注文した酒を飲み始めた。そして魔族の男は自分の酒を飲み終えると、人間の男に次の取引を持ちかけた。

 

「なぁ……。次はある人物、対魔忍の情報を買いたいのだが……」

 

「対魔忍の? それは物騒な情報だな?」

 

 魔族の男の言葉に人間の男は僅かに肩をすくめる。対魔忍とは魔族に対する日本の最大の戦力であり、その情報はトップクラスの機密情報であるからだ。

 

 しかし幸か不幸か、人間の男は政府の情報部にいくつかのコネを持っており、対魔忍の情報も調べようと思えば調べることができた。

 

「それで? 一体誰について調べたらいいんだ?」

 

「この最近活動している対魔忍だ。『蜘蛛の対魔忍』。この名前に聞き覚えはないか?」

 

 魔族の男が口にしたのはこの二、三年の間に名が知れるようになった対魔忍で、最近では彼を生かして捕まえたら一億の懸賞金を出すという手配書までが東京キングダムのいたるところで配られている。

 

「蜘蛛の対魔忍……! そいつは……っ!?」

 

「おい? どうした?」

 

 人間の男が何かを言おうとした時、彼は突然糸の切れた人形のように床に倒れてしまった。魔族の男は急に倒れた人間を助け起こそうとしたが、人間の男はすでに死んでいて、額にある小さな穴から血が流れていた。

 

「これは……!? 一体誰が……?」

 

「……」

 

「っ!?」

 

 先程まで会話をしていた取引相手が何者かによって殺された事に驚く魔族の男は、誰かからの視線に気づいてそちらを見ると、五センチくらいの大きさの蜘蛛と目が合った。そして魔族の男は考えるよりも先に直感で、人間の男を殺したのはこの小さな蜘蛛であることを理解した。

 

「ま、まさか……! お前が蜘蛛の……」

 

 魔族の男がそこまで言ったところで、蜘蛛は胴体に生えていた角を魔族の男へ向けて飛ばし、それが魔族の男が最後に見た光景となった。

 

 

 

「……任務終了。対象の二人の死亡を確認」

 

 路地裏の奥にある小さなホテルの一室。簡素なベッドの上で目を閉じて横になっていたフードの男、頼人は急に上半身を起こすと、ベッドのすぐ側で椅子に座っていたガスマスクをつけた女性に伝えた。

 

「はい、お疲れ様です。頼人先輩」

 

 頼人の言葉を聞いてガスマスクをつけた女性、銀華が頷く。

 

 頼人と銀華が東京キングダムにやって来たのは、以前より日本の機密情報を売り渡している政府関係者とその取引相手を暗殺する任務を受けた為であった。そしてその二人は今頃、どこかの酒場で「超小型の銃みたいなもので額を撃ち抜かれ」仲良く死体となっている事だろう。

 

「事後処理は他の部隊がやってくれるから、俺達はこのままこの部屋で時間を過ごす。それで明日に東京キングダムを出るぞ。それまでは念の為、三時間交代で休憩と警戒をしよう」

 

「分かりました。……あの、それで頼人先輩? その前にシャワーだけでも浴びていいですか?」

 

「ああ、いいぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 頼人からの許しを得た銀華は部屋にあるシャワーを浴びようとするのだが、その途中で足を止め、僅かに頬を赤くして頼人の方を見る。

 

「あ、あの……その……。の、覗かないでくださいね?」

 

「何を言っているんだ? 大丈夫だ。覗かないから安心しろ」

 

「………」

 

 頼人がそう即答すると、銀華は不機嫌そうな表情となり、それを見て頼人は首を傾げた。

 

「どうした?」

 

「何でもありません!」

 

 銀華はそれだけを言うとシャワー室へと入っていった。

 

「何なんだ、銀華の奴? ……それにしても予想以上に俺の情報を探ろうとする魔族の動きが早い。それでいて中々に的確だ。ウチ(対魔忍)も見習ってほしいよ……」

 

 一人になった頼人は、先程の電磁蜘蛛を通じて見聞きした裏取引を思い出し、危機感を覚えるより先に素直に感心してしまうのであった。




いきなりですが、次話くらいから別の作品とクロスオーバーするかもしれません。

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