ほむら「美樹さやーー「私がガンダムだ」はぁ?」 作:わんたんめん
全面がガラスのようなもので外観が建てられている学校の渡り廊下を歩くまどかとほむら。
時間的に授業中なのも相まって周囲には人は彼女ら以外に一人もおらず、静謐な空間が形成される。
聞こえる音は二人が鳴らす足音のみ、しかしまどかはほむらから感じる張り詰めた雰囲気に気まずさを隠しきれないでいた。
(…………あの美樹さやか、今までの時間軸とは全然違う。佇まいや雰囲気、何もかもが違う。さながら美樹さやかという器に何か全く別のものが入ってしまったような、そんな感覚ね。)
(………イレギュラーなのは確実。まどかの障害になりそうだったら早めに処理することも考えるべきね。)
ほむらの脳内ではさやかに対しての対応を考えていた。彼女がこれまで渡り歩いていた時間軸において、美樹さやかという人間は明るく、正義感が強く、いつも前を向いていた活発な少女であった。
しかし、その正義感ゆえに思い込みも激しく、あまり多くを語らないほむら自身とは幾度となくすれ違い、衝突を繰り広げてきた。
だが、対して今回のさやかは明らかに異常だ。若干いつもより髪を長く伸ばしているのはさておき、顔つきや言葉遣いなど、何もかもがこれまでの美樹さやかとは一線を画していた。
そのことがどうしようもなくほむらに不安の影を落とす。性格が違うということはこれまでの美樹さやかがとってきた行動とは全く別の行動をするということだ。
つまり今のさやかはほむらにとっては不確定要素に他ならない危険な存在と化していた。
(………でも、いくらか確かめておく必要はありそうね。彼女自身、自分は美樹さやかと言っていたけど、それが本当なのかどうかを。)
「ねぇ、鹿目さん、少し聞いてもいいかしら?」
「うぇっ!?い、いい、けど?」
ほむらに突然振り向かれたと同時に声をかけられたことにまどかは驚きをあらわにしながらとりあえず頷いた。
「美樹さやかさんのことなのだけど。彼女、昔からあんな感じだったの?」
「え………?そ、そうだけど………。で、でも、面白いところもあるんだよ?とっても面白い一発芸とかも持っているし、みんなはなんでかそんなに笑ってくれないけど。何より優しい上にカッコいいんだよ、さやかちゃんは。」
「………別にそこまでは聞くつもりはなかったのだけど。」
「あ………ご、ごめんなさい。」
ほむらの言葉にまどかは彼女の気を悪くしたと思ったのか、申し訳なさげに表情を俯かせる。
そんなまどかにほむらは今まで背を向けていた状態から、まどかの方に顔を向け、彼女と向き合う形で対面する。
そのほむらの表情はどことなく決意に満ち溢れたような、それでいて感じるものがいればどこか危うさも含め合わせていた。
「鹿目まどか。貴女は自分の人生が尊いと思う?自分の家族や友達を大切にしてる?」
「え………?」
「どうなの?」
突然のほむらの自身の家族、そして友達を大事にしているかという質問。まどかはそれに困惑した様子を見せる。
まず、少なくともまどか自身の中ではほむらとは初対面の筈だ。しかし、彼女には別の光景が脳裏に先ほどからよぎっていた。
それは少女が巨大なナニかとたった一人で戦っている夢。何もないはずの虚空からはさながら魔法のように炎が現れ、少女を焼払わんと意思を有しているが如く、少女に襲い掛かる。
少女がそれを空中に身を晒している状態でありながらその炎から逃げ果せると今度はビルが超自然的な力により上下に引き裂かれ、その上部が少女がちょうど降り立った建物に叩きつけられる。何も知らないまどかでもわかる無謀な戦いであった。
その夢で見た少女が今、目の前にいることがまどかにさらなる混乱を引き起こす。夢でみたはずの少女がこうして自身の目の前にいるのだ。大なり小なりの混乱は必然であろう。
「………もちろん。大切だと思ってるよ?家族や友達もみんな大好きだから。」
「………本当に?」
「本当だよ!」
ほむらの確認とも取れる発言にまどかは先ほどまでの戸惑っていた様子から一転して笑顔を浮かべながら答える。それだけ家族と友達を大事にしているという彼女の優しい心の現れであろう。
「そう。もしそれが本当なら、今とは違う自分になろうだなんて思わないことね。さもなければ全てを失うことになる。」
「え………?」
ほむらの言葉にまどかは再度困惑気味な表情を浮かべ、彼女の言葉があまり理解できていない様子を見せる。
「貴女は鹿目まどかのままでいればいい。今まで通りこれからも。」
それだけいうとほむらは困惑しているまどかを置いて歩を進める。思わずまどかがほむらの名前を呼ぶが、彼女がその声に振り向くことはなく、そのまま歩き去って行った。
残されたまどかはほむらの後ろ姿をただ見つめるしかできなかった。
「ーーーってことがあったんだけど、二人はどう思う?」
ほむらとの会話が終わったのち、特に何事もなく時間は過ぎ去り、放課後の時間となった。
まどかはさやかと仁美を連れてショッピングモールのフードコートにて自身が見た夢の中の少女がほむらに似ていたことを二人に相談した。
およそ現実離れした内容に仁美は冗談と思ったのか口元を隠すように静かに笑い、さやかはどこか難しい表情をしながら無言で手元のドリンクに口をつけていた。
「仁美ちゃんっ!?酷いよ、笑うなんて!!」
「ふふふっ、ごめんなさい。」
まどかはクスクスと笑う仁美にショックを受けた顔をしながら見つめる。
(夢で見た少女によく似た人物か……………。)
さやかはまどかの仁美の喧騒を見つめながらまどかの言う夢でみた少女、暁美ほむらのことを考える。
正直言って笑い話で済ませても差し支えはないことであった。
夢で見た少女と似ている?そんなのはただの見間違いだ。
普通の人間であれば、仁美のように笑い飛ばしてしまうのがせいぜいだ。
(だが、暁美ほむらが教室に入ってきた時、彼女の視線はまどかに向かっていた。たまたま目に付いたと言ってしまえばそれまでだが………)
ドリンクを飲みながらさやかの脳裏に目があった時にわずかに見せたほむらの驚いたような表情のブレがさやかに嫌でも色濃く残っていた。
(あの後私を見たときの表情はなんだ?一瞬だったが、あれはまるで想定外のことが起きたかのような驚き方に見えたが………。)
「美樹さん?聞いているんですの?」
そこまで思案に耽っていたところに仁美から声がかけられる。突然のことに一瞬だけ目を見開き、顔を上げるとカバンを肩に掛け、帰ろうとしている彼女の姿が映り込んだ。
「すまない。少し考えごとをしていた。」
「…………もしかして美樹さんも暁美さんとよく似た女性を夢で見たんですの?」
「少なくとも、見てはいないはずだ。私は彼女にどこか既視感を抱いてるみたいではないらしいからな。」
「そうですの?まぁ、それはさておき私はこれから茶道の稽古がありますのでお先に失礼しますわ。」
先に失礼するという仁美にさやかは軽く手を振り、彼女を送り出す。仁美もさやかに答えるように手を振り返すと席を後にして立ち去って行った。
さやかはこれからどうするかと考えているとふと、あることを思い出した。
(…………そういえば、アイツへの見舞いの品を買っていなかったな。せっかくショッピングモールに来ているのだからついでに仕入れておくか。)
さやかのいう『アイツ』というのは彼女の幼なじみであり、弱冠中学生ながらバイオリニストである
しかし、今現在の彼は見滝原市内の病院のベッドの上で療養中の身になっている。
不慮の事故により腕に大怪我を負ってしまったのだ。
曲がりなりにもその恭介と親交があったさやかは毎日とは言わないが頻繁に彼への見舞いに行っていた。
「まどか。これから私は恭介への見舞いの品を買おうと思っているんだが、どうする?」
「上条君の?うん!!わたしも付き合うよ!!」
「わかった。なら行こうか。」
まどかの笑顔につられるように表情を緩ませるさやかは彼女を伴ってショッピングモールの中を歩き始める。
モールの中は様々な物品や洋服、食べ物の店で彩られており、既に何度か足を運んでいるさやかでも来るたびに心が躍っているのがわかるほどの品揃えであった。
「そういえば、さやかちゃんは上条君へのお見舞いはいつもどんなのを持っていてあげてるの?」
「………食べ物類が中心だな。別段、恭介の身体になんらかの異常があるわけではないからな。」
「へぇー、そうなんだ。でも、上条君ってバイオリニストなんだよね?CDとか買ってあげないの?ちょうどそこにCDショップがあるけど………。」
まどかが指をさした先にさやかが視線を向けると、確かにCDショップがあった。
しかし、さやかはその店を一瞥しただけで入っていくような様子は微塵も見せずに通り過ぎていった。
「まどか。確かに恭介はバイオリニストであり音楽家だ。だからアイツ自身の音楽に対する情熱や音楽が好きであるという気持ちは相当なものだろう。」
「だったらーー「だが」え?」
まどかがCDを買ってあげた方がいいのではないか、と言う前に遮るようにさやかが言葉を紡ぐ。
突然、発言を遮られたことにまどかは怪訝な表情を浮かべるが、さやかは気にとめることすらせずに言葉を紡ぎ続ける。
「好きだからと言って、それを与えることが恭介自身にとって慰めや安らぎになるとは限らない。」
「そう、なの?」
「…………あくまで持論だがな。まどかは好きなものが目の前にあるのにどうやってもそれを手にすることができない時、どう思う?」
「えっと、ちょっと、もどかしく感じるかな…………。」
「何故だ?」
「だって、目の前にあるのに手にすることができないなんて、なんだか、悔しいって言うか…………あ。」
「つまりはそう言うことだ。今の恭介に音楽関係の見舞いを送ることはむしろアイツ自身を貶すことに近いものだ。」
まどかが納得した様子を見せるとさやかは再び見舞いの品を探すために歩き始める。さやかが再び歩き始めたことにまどかはハッとした表情を浮かべるとパタパタと小走りをしながらさやかの隣に並び立った。
「あ、あの、ごめんね。上条君の気持ち、考えてなくて………。」
「まどかが謝ることはないと思うが………。独り善がりの思いほど他者とのすれ違いを起こす。自分では良かれと思ったことでもそれがその者にとっての最悪を引き起こすこともある。それだけだな、私が言いたいのは。」
「う、うん。わかった。」
さやかの言葉にまどかは気を張り詰めたような表情を浮かべ、重々しく頷いた。
そのことにさやかはそこまで気を張ることはないとまどかに声をかけながらも苦笑いをするしかなかった。
(…………やはりレパートリーがなくなってきた。このショッピングモールにも底が見えてきたか………!!ここは一度隣町の風見野市に赴くのも一つのプランか………!!)
中々恭介への見舞いの品を買いあぐねているさやか。難しい表情をしながら商品棚とにらめっこを繰り広げているとーーー
「………!?」
突然、さやかの身におぞましいほどの寒気が走った。一瞬風邪をひいたかと思ったが、直感的にそれは違うと脳内で否定する。
言うなれば底知れぬドス黒い、一寸先さえ見ることの叶わない闇に見つめられたような鳥肌が立つほどの悪寒。
思わずさやかは青い顔をしながら、抱きしめるように両腕を抱え、カタカタと震える身体を押さえつける。
しかし、身体の震えは治まる気配がなく、さやかの頭は困惑の一色に染め上げられていた。
(なん……だ………この寒気は………!!?)
さやかは震える身体を抑えながらも視線だけを動かしながら周囲に異常がないかを探す。
その明らかな異質なものはなかったが、異質な動きをとっているものがいた。
特徴的なピンク色のツインテールを揺らしながら、何かを探しているかのような様子を見せると突然、どこかへ走り去っていった。
(なっ………!!まどか、待てッ!!)
そう心の中で叫ぶが、震える身体のせいでうまく声として出すことができず、まどかはそのまま一般人立ち入り禁止の場所へと向かってしまう。
「クッ…………まどか………待てッ…………!!!」
明らかにまどかの様子がおかしいと判断したさやかは震える身体を無理やり抑えつけながらまどかの後を追って、自身も立ち入り禁止の扉を開け放った。
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