ほむら「美樹さやーー「私がガンダムだ」はぁ?」 作:わんたんめん
「まどか………!!待てッ………そっちは、
さやかは悪寒に震える身体に鞭打ちながら先を行くまどかを見失わんと必死に彼女の後ろ姿を追いかける。
本来人が立ち入ることを想定していないのか、工事用の鉄骨などが無造作に置かれている空間は電気が通っている様子が見えないことを示しているように照明一つすらなく、薄暗かった。
それでもまどかを見失わないように脂汗が滲んでいる額を拭いながら追いかけているとーーー
ガシャンッ!!!
唐突に進行方向から何かが落ちてきたような音が鳴り響いた。その甲高い音にさやかは鉄板のようなものが落下物の正体だと直感する。
「ッ………!!まどか!!」
彼女の安否が不安になり、思わずさやかはまどかの名前を呼びながら若干覚束ない足取りながらも走るスピードを上げる。
少しするとまどかの特徴的なピンク色のツインテールが視認できるようになり、さやかは一瞬安堵の表情を浮かべるもそれはすぐさま驚きの表情へと変わる。
「なぜだ………なぜお前がここにいる………!?」
さやかは目を見開き、ワナワナとした様子でまどかの後ろ姿ーー正確に言えばまどかが立っている場所より奥の方を見やる。
非常灯からのわずかな光源に照らされ、艶やかな印象を受ける長い黒髪。
そして、相対するものに威圧感を感じさせるような鋭い目つきをした可憐な少女。
「暁美ほむら…………!!!」
まさかの人間の登場にさやかは物陰に隠れて状況の様子見をせざるを得なくなる。
(クッ………一体何者なんだ、彼女はっ!?いささかファンシーな服装のコスプレかと見間違うが、奴の纏っている雰囲気、尋常ではない………!!この立ち入り禁止のエリアに入り込んでいるという状況も相まって暁美ほむらの異常の度合いが格段に上がっている……!!)
さやかは物陰から顔を覗かせながら状況の打開を図る。さやかがいるポジションからはほむらとまどか両名の様子を確認できたのが不幸中の幸いだった。
ほむらの目の前にはまどかが座り込んでおり、わずかにだがまどかの腕に抱かれている白いナマモノのような生物が抱えられているのを確認する。
「ほむらちゃん………!?」
「ソイツから離れて。」
まどか自身もほむらが現れたことに心底から驚いているらしく、若干震えた声で彼女の名前を呼ぶ。その声質にはなぜここにいる、というような意味合いも含まれているような声だった。
しかし、ほむらはそのまどかの声に端的に、それでいて突き放すように答える。
「ッ…………ダメだよ。この子、ケガしているもんッ………!!ひどいこと、しないでッ………!!」
「貴女には関係ないわ。」
まどかの嘆願にほむらは意に介す様子すら見せずにまどかに近づく。おそらく、彼女が抱えている白いナマモノ的ななにかが目的なのだろう。
(ダメだ………!!奴の目的があの白いナマモノなのは確認できたが………!!)
さやかは一度まどか達から視線を外すと再度、両腕を自身の身体に回し、震える自らの身を抑え込もうとする。しかし、その震えも先ほどより酷くなり、もはや両腕でも押さえつけるのができないほどまでなっていた。
(一体………この震えはなんなんだ………!!何に対する恐怖なんだ……!?わからない………わからない………わからない………!!!)
さやかはカタカタと震える身体をなんとか落ち着かせようとしながら頭の中でいくら考えても原因不明という恐怖を振り払うようにしきりに頭を振った。
しかし、そんな状況でも直感的にわかることがあった。
(少なくとも、ここに長く居座ってはいけない!!)
さやかはそう結論づけると現状からの打開を図るために震える身体に鞭打ちながら隠れていた遮蔽物から身を乗り出す。
(まずは暁美ほむらからまどかを引き離す!!そのためには………!!)
さやかは視界に入った消火器を手にすると素早い手つきで黄色い安全ピンを抜き取り、ホースを掴みとるとレバーを握りしめ、ほむらに向けて中身を発射する。
消火剤を当てられたほむらはその勢いに当てられ、思わず口元を腕で覆い、視界は消火剤の白い煙で覆い潰される。
「まどかッ!!こっちだ!!!」
「ッ!!さやかちゃんッ!!!」
さやかが来てくれたことにまどかは嬉しそうな声を上げながらさやかのそばに駆け寄る。
まどかが来たことを確認したさやかは消火器の中身を使い切るまで噴射を続け、出し切り、中身がなくなった消火器を投げ捨てる。
「暁美ほむら!!ここは危険だ!!ここには………何か良くないものがいる!!」
まだ煙幕の中にいるであろうほむらにさやかはそれだけ伝えると、まどかを連れて走り去っていった。
さやかとまどかが走り去ったのち、立ち込めていた煙は突然起こったほむらを中心とした突風に吹き飛ばされる。
空に掲げていた盾のような円盤がついた左腕を下ろすとほむらはどこか困惑したような表情を浮かべていた。
(美樹さやかが言っていた良くないものって、一体………?そんなのあのインキュベーター以外にはーーー)
ほむらがそこまで考えたところで、急にほむら自身の空間が歪み始める。
「っ!?まさかっ!?」
ほむらが一瞬表情を強張らせ、自身の周囲を見回すと、先ほどまで薄暗かった空間は徐々に姿を変えていき、より暗く、それでいてファンシー。そして満ち溢れる狂気が支配しているかのような空間へと変貌していく。
さながらその世界は、一見和やかに見えて中身は凄惨な童話の世界に迷い込んだようだった。
(魔女の結界………。こんな時に………。まさかとは思うけど、美樹さやかの言っていた『良くないもの』って魔女のこと?)
(おかしい。魔女の反応は魔法少女でなければ感知できないはず。少なくとも現段階で美樹さやかは契約はしてない。)
(なぜ、あの美樹さやかはインキュベーターと契約していないにもかかわらず、魔女を感知できるのッ!?)
考えれば考えるほど、この時間軸のさやかに対するほむらの疑惑の目が強まっていく。
前々から性格や立ち振る舞いなど何かが違うとは思っていた。しかし、魔法少女でもないのに魔女の存在を感知できるなど、もはや別人レベルの所業だ。
(あの美樹さやかはもう彼女であって彼女でないようなものね………!!)
ほむらはどこから取り出したのか右手にいつのまにか握られていたハンドガンを構えると熟れた様子で近場にいた毛玉が集まったコットンのような見た目で蠢いているナニかに向け、さながら苛立ちを隠すかのように発砲した。
「…………銃声………?」
ほむらが起こした、弾丸が発射される時に生ずる乾いた破裂音。それは、まだ正常な空間にいたさやかの耳に反響した状態で行き届く。思わず顔だけを向けるが、暗闇の中に入ってしまったほむらの姿など伺えるはずもなく、すぐさま正面に顔を戻す。
「ほ、ほむらちゃん、大丈夫かな………。ねぇ、さやかちゃん。さやかちゃんが言っていた良くないものって何………!?」
「…………わからない。だが、今はここから離れることが最優先だ。」
不安気に表情を歪めるまどかの問いかけにさやかは顔を横に振りながらも同じように不安気な表情から戻せないでいた。
彼女の中で悪寒が続いている以上、気を張らずにはいられなかったからだ。やがて視界に鉄製の扉が見えて来る。さやかとまどかはそのことにわずかに表情を緩ませるがーー
「ッ…………来るッ!?まどか!!」
突然増大する悪寒にさやかは咄嗟にまどかの名前を叫び、離ればなれにならないように彼女の手を掴みとる。
その直後、さやか達の周囲でも空間の歪みが起こり始める。
「な、なに!?一体なにが起こっているの………!?」
「………まどか。あまり動かない方が賢明かもしれない。」
突如として周りの風景がファンタジーじみた空間へと変わっていく現象を目の当たりにしたまどかは周囲をキョロキョロと見回しながら困惑を隠せずにいた。
そんな状況でさやかは冷や汗のようなものを流しながらもなんとか平静を保つように声を絞り出す。
「扉が消えた………。それに、ここはショッピングモールだったはずだが、明らかにさっきまでとは構造がまるで違う………!!」
「そ、そんな………!!じゃあ、どうしたら………!!」
「現在位置の把握ができない以上、下手に動けば余計な危険に出くわす可能性が高い………。」
「で、でも、ここに居続けるのもなんか、気持ち悪いし、何も変わらないよっ!?何か変なのまで近づいてきているし………!!」
まどかの言う通り二人の周囲にはヒゲをつけたコットンが主体となっているナマモノが取り囲んでおり、何か歌のようなものを喚き散らしながらじわじわと二人を取り囲んでいる円を縮小させていっていた。
「コイツら………一体どこから湧いて出てきた………!!それにこの歌のような鳴き声………長く聴いていると精神がおかしくなりそうだ………!!」
極めて危険な状況にさやかは険しい表情を見ながら周囲にくまなく顔を動かし続けることで警戒を強める。
しかしそれで状況が好転するわけではなく、さやか達はジリジリとバケモノに追い詰められていく。
「さ、さやかちゃん……!!」
さやかのすぐそばでまどかが不安で震えた声を上げる。さやかがまどかの方に視線を移すと目の前の絶体絶命の状況からの恐怖で今にも泣きそうになっているまどかの表情があった。
「…………まどか。足、動かせるか?」
「え………?う、うん。腰が抜けたとか、そう言うのはないから、大丈夫。」
「わかった。もうすこし引きつけたら、奴らの頭上を飛び越える。幸い奴らもそこまでの大きさを持っている訳ではないし、時間稼ぎにはなる筈だ。」
「だ、大丈夫なの………?」
「………助けたいのではないのか?ソイツを。」
さやかはまどかの腕に抱えられている白いナマモノを指差した。パッと見ても犬や猫といった小動物には見えない白い、つるっとした外見を有したソイツは傷ついた体が痛むのか先ほどから浅い息ばかりをしていた。
おそらくほむらに付けられたものと判断しても差し支えはないだろう。
「そ、そうだった!!早くこの子の手当てをしないと………!!」
「なら、答えは一つだ。いち早くこの包囲を突破し、脱出口を探す。もっともそれが存在する確証はどこにもないが………。」
「きゅ、急に怖いこと言うのは止めてよっ!?」
さやかの言葉にまどかが今にも泣きそうな表情を浮かべながら、さやかに詰め寄るが、それを気にかける様子を見せずにさやかはまどかの手を握っていた力をさらに強める。
「っ………さやかちゃん………。」
「………こんな悪趣味な空間からは手早く出て行くに限る。こんな場所に普通の人間の私達が居続けていいはずがない。」
そう言いながらさやかはまどかに柔らかな笑みを向け、微笑んだ。そのさやかの笑顔にまどかは自身の手を握っているさやかの手を強く握り返しながら大きく頷いた。
花から生えたような毛玉がじわじわとさやか達に距離を詰めるなか、二人は脱出のタイミングを今か今かと伺っていた。その表情に恐れはなく、先ほどまでさやかの体を苛ませていた悪寒もいつのまにか消え去っていた。
そして、その毛玉との距離が1メートルを切った瞬間、さやかは足を前へ踏み出そうとしたがーーー
「そこの二人!!勇んでいるところ悪いけど、そこでじっとしてて!!」
「なっ!?」
「ええっ!?」
突然の第三者の声に出鼻を挫かれた二人は心底から驚いた表情をしながらその声がした方角である上を見上げる。
そして二人が上を見上げた瞬間、ジャラジャラと鉄と鉄が触れ合うような音を響かせながら鎖が二人の周囲に散りばめられる。
その鎖はどこか円を描いているかのような法則性を持ちながら二人と毛玉達の間に落とされる。
そして落とされた鎖が円を描き切った瞬間、その鎖の円から暖かなオレンジ色に輝く光が現れ、時折、花が咲き乱れるその光がさやか達を包みこむと同時に毛玉達が消失した。
「こ、この光は、一体………暖かい、それでいてどこか安心感を覚える………!!」
「危なかったわね、でももう大丈夫よ。」
さやかが自身達を包み込んでいる光に暖かさを感じていると、どこか落ち着いた印象を受ける女性の声が響く。
さやかとまどかがその声のした背後を振り向くとそこにはさやか達と同じ見滝原中学の制服に身に纏った女子生徒が気品を感じさせる歩き方でさやか達に近づいてきていた。
その女子生徒の左手にはさやか達を包み込んでいる光と同じものが出ているオレンジ色の宝石に金属製の意匠が施されたアクセサリーのようなものが握られていた。
「あ、貴女は一体………!?」
「私?そうね、私はーーーー」
さやかがその女子生徒に名前を尋ねると彼女は左手の宝石に手をかける。その瞬間、宝石が視界を覆い尽くすほどの爆発的な光が生み出され、二人の視界が一時的に塞がれる。
その光は少し時間が経つと光自体が弱まっていき、数秒しないうちに目を開けられるほどまで弱まった。
さやかとまどかが目を開けると、先ほどまで見滝原中学の制服を着ていた少女の姿はベレー帽を頭に被り、華やかな印象を覚えるブラウスにスカートを身に包んだ姿へと変わっていた。
「私の名前は
「魔法…………少女………!?」
ついぞ生きている間であればおおよそテレビでしか聞くことがないであろう単語にさやかは目を見開き、その単語をおうむ返しをするように呟くしかなかった。
刹那要素が出るまで結構先が長いかもしれないです…………(白目)