太陽と月のハイタッチ   作:黒樹

1 / 21
何をしたいのかわからないほのぼのとする予定の見切り発車。


太陽を持つ者の平穏な日常

 

 

青い空。白い雲。温暖な気候と優しい風に体を預けながら目を閉じ、日向ぼっこをする。とある高校の中庭の一角でベンチに座して勉強の疲れを癒していると足音が訊こえた。風の音、鳥の囀り、生徒達の喧騒から隔離された世界に侵入する野良猫。–––もとい、学園のマスコットと呼ばれる可愛い女の子。その子が僕の隣に腰を下ろす。

 

「おはようございます、叶多先輩」

「おはよう小猫ちゃん。まぁ、といっても昼だけどね」

 

駒王学園一年生、塔城小猫。彼女は学園の人気者にしてその愛らしい容姿から絶大な人気を誇る生徒の一人だ。男女問わず魅了する小さな体躯は年下らしく可愛らしい。

そんな彼女とこうして僕がお昼を共に出来るのも、偶然が重なった結果だ。僕は一般的な生徒だし特異体質を除けば何処にでもいる平凡な男の子なのだ。イケメンでもなければ秀才でもない、天才でもなく、少し変わった男の子。

 

昼食の時間、こうして二人示し合わせたわけでもなく、天気の良い日は外で会う。何か特別な話をするでもなく一緒にご飯を食べてちょっとした雑談をする。本当にそれだけの関係だった。

 

今日も小猫はお弁当と大量のお菓子を片手に僕の隣にいる。もぐもぐと無言で食べ続ける。普段から寡黙なこともあって、食事中はその姿を眺めるだけの生徒が多い。それに対してちょっかいを出す生徒もいるが。

 

「…今日も愛妻弁当ですか」

「グレイフィアが毎日作ってくれるからね」

 

正確には妻ではないのだけど。いやまぁ、毎日家事をしてもらっている上に一緒に住んでいるので通い妻ならぬ事実婚というかとても曖昧な関係で不確定なのでなんとも言えない。付き合っているとも言えるし付き合っていないとも言える。

 

「そういえば兵藤君に彼女ができたんだって」

「あの、変態と名高い人ですか」

「うん。不思議なこともあったもんだよね。僕が女子なら願い下げだよ?兵藤君は今後チャンスがあるとも思えないし、今回を逃したら一生彼女できなさそう」

「辛辣な評価ですね」

 

兵藤一誠という生徒がいる。他の約二名様合わせて変態三人組と呼ばれる忌避される者達だ。平気でエロ本を学校に持ち込むわ、下衆な会話をするわ、覗きはやるわで全女子生徒に嫌われている。一部の男子では勇者と揶揄されている辺り、彼らは彼女を作ることを諦めてしまったのかもしれない。

そんな変態三人組が同じクラスに全員いるので、情報が手に入りやすく聞きたくないのに聞いてしまったわけだが、今年一番のビッグニュースに教室が騒ついたのを覚えている。

 

昼食を食べ終えた小猫が膝の上に乗ってきた。僕を背凭れにしてぽりぽりと持参したクッキーを食べ始める。膝の上に乗った女子特有の柔らかい感触と人とは思えない軽さに最初は困惑したものだが、最近は常日頃というか日常になってしまっている。

最初は本当にただ近くで食事をしているだけだったのに、いつの間にかお姫様は僕の膝の上がお気に入りになってしまった。

 

「…先輩も食べますか?」

「そうだね。一枚貰おうかな」

「…あーん、です」

 

小猫が口元に運んでくれるクッキーを一枚咥える。ぽりぽりと咀嚼しながら僕は小猫のお腹に手を回していた。後ろから抱っこしているような形になり、まるで恋人同士だと思われがちだがそんな事実は一切ない。これも心許してくれた小猫だからこそできることであり、僕もまた恋愛感情といったものは持っていなかった。

 

「これは美味しいね。紅茶が欲しくなる」

「そう言うと思って持ってきました」

 

水筒からコップに中身を注ぐ。すると温かく湯気を保った紅茶がコップを満たした。それを貰って一口飲む。

 

「そろそろ時間だね」

「そうですね。教室に戻りましょう」

 

これが僕と小猫の日常だった。

 

 

 

 

 

 

三種類の人間がいる。学校が終われば、部活に励む者、早々と帰宅する者、寄り道をして学生気分をエンジョイする者。その中で僕は二番目であり、三番目でもある。今日発売の新作ゲームを購入し上機嫌の僕は夕暮れに染まる帰路を急いでいた。早く帰ってプレイしたい。そんな一心で半ば早歩きになってしまう。

信号に止められ逸る気持ちを抑えたり、大通りで人混みを掻い潜り、大きな公園をショートカットする。急がば回れとはよく言うがそれは本当によく言ったものだと思う。

 

「一誠君、お願いがあるの」

「な、なにかな?夕麻ちゃん」

 

偶然近道をしようとした公園で兵藤と黒髪の女の子がデートをしている場面に遭遇してしまったのだ。思わずUターンして茂みに隠れた僕を褒めてやりたい。時刻もさることながらデートは終盤、このままホテルにゴールインすることがなければそろそろお別れだろう。覗くつもりはなかったがこれは不可抗力だ。

出て行くわけにもいかないし……と、適当な言い訳を考えている間にもその女の子は願いを口にした。

 

「……死んでくれないかなぁ?」

 

少女の声音が何処か愉しげに弾んでいる。夕暮れに笑む姿は誰しもが見惚れるもので、言葉そのものはあまりにも残酷だった。

 

悲報。兵藤の彼女は普通ではなくヤンデレだった。

 

思わずそんなタイトルをつけてクラスメイト諸君に送信してやろうと思ったが、その間にも再起動した兵藤が訊き返していた。

 

「……え、ごめん。なんて言ったのか訊こえなかったんだけど」

「だから、死んでって言ったの」

 

やっぱり訊き間違いじゃない。ヤンデレ確定したところで事の成り行きを見守ることにして、野次馬根性を全開でワンシーンも見逃さんとその後の展開を見守る。

すると彼女の頭上に光の槍が出現し、それは瞬く間に消えた。……そう錯覚した時には、兵藤の腹に光の槍が生え、その生え際から赤い液体が零れ落ちていた。

 

「なんだ、よこれ……」

「あはは!まだそんなこと言ってるの?あなたを好きになるなんてありえないでしょ。バッカみたい!!」

 

嘲笑う少女の声が夕暮れの公園に響き渡る。

膝から崩れ落ちた兵藤はそのまま倒れてしまった。

 

「さて、用も済んだしさっさと帰ろうかし…ら…?」

 

少女の背中に烏の濡れ羽色の翼が生える。バサリと一振りすると宙に浮かび、物陰に隠れていた僕と目があった。その姿をなんと綺麗なんだろうと見惚れてしまったのもあって見つかったことに気づかなかった。つまりは逃げ遅れてしまったわけである。

 

「あら、見られていたのね」

 

その少女がパサパサと翼をはためかせ僕の前に降り立った。まるでゲームやアニメで見る堕天使のような姿、しかしそれでいて美しい体躯や容姿に気を取られているうちに一言言葉が漏れた。

 

「……綺麗だ」

「ふふ。あはは。あの現場を見てそんなこと言えるなんて中々面白い人間ね、あなた。わかってるじゃない。人払いの結界を張っていたのに入ってくるなんて普通の人間じゃないのかしら?」

「え、まぁ、僕は特異体質でして」

「そう」

 

頰に触れる堕天使の少女の指先、嫋やかな指が頰を撫でた時、少女もまたほろりと涙を流していた。

 

「……あぁ、あったかい。まるで、主に……殺すのは惜しいわね。いいわ、特別に見逃してあげる」

 

僕の頰に両手を添えてうっとりとした表情を見せる堕天使、そして楽しそうに頰を撫で回した後、頰にチュッと唇を押し付けて翼を大きくはためかせ飛び立つ。

 

「そうだ。あなた、名前は?」

「大空叶多、だけど……」

「もうすぐ悪魔が来るわ。残念だけど、此処でお別れ。私、普段は街外れの廃教会に住んでるから遊びに来なさい。今度はもっといいことをしてあげるわ」

 

伝えたいことだけ伝えて堕天使は去って行く。自分の名前すら名乗らず、満足そうに微笑む姿は何か特別な物を見つけたようなそんな幸福に満ちたものだった。

 

しばらく、非現実的な光景に呆然としていると兵藤が倒れた近くの地面が紅く輝き始めた。悪魔、その一言が脳裏に過ぎり僕も慌ててその場を立ち去るために走り出した。

 

 

 

 

 

僕は悪魔を知っている。堕天使を知っている。天使を知っている。それを知ったのは駒王学園に入る少し前、とある山中で倒れていた女性を拾ったのがきっかけだった。

 

「ただいまー、グレイフィア」

「……おかえりなさい、叶多、心配しましたよ」

 

僕を出迎えたのは腰を超えてもなお伸びる銀髪の髪を揺らす美人な女性。すらりとした体躯でありながら、豊満な胸を持ち、スカートが隠すお尻の形まで整ったナイスバディ。裸になれば女神も逃げ出すような艶やかさを内包した、美し過ぎる女性だ。まったくなんでこんな人が僕の家にいるのかと今も本気で疑っている。

 

彼女の名はグレイフィア。我が太陽であり、月であり、生涯を捧げると誓った愛しい女性。彼女のことを多くは知らないが、僕はそれでも満足しているし、命だって懸けられる。

そんな彼女も僕に心を許し、体を許し、生涯を捧げると誓ってくれる。

相思相愛、そう言っても過言ではない間柄。

 

なのに何故だろう。彼女は、悪魔、堕天使、天使、非日常と関わることを良しとしない。だから、僕が何と出会い生き延びて帰って来たのかを知り得ているのかもしれない。彼女の顔は不安と焦燥の入り混じった、とても臆病で泣きそうな顔だった。

 

「……叶多、今日変わったことはありませんでしたか?」

「く、黒い翼の生えたお姉さんに会いました」

「あぁ、やっぱりなのですね。あれほど気をつけるようにと……いえ、過ぎてしまったことは仕方ありませんね」

 

彼女はどうも悪魔や堕天使といった非日常の存在を僕から遠ざけようとする。それも彼女が悪魔に追われ殺されそうになって逃げて来た。という話に関係があるのだろうけど……僕にはまだ、何も教えてくれない。

表情を変えずに僕に説教をするあたり年季が入っているというかなんというか、堂に入ったその様を見ているとまるで忌避することが起きてしまったかのようで、なんとなく申し訳なくなる。

 

「……わかった。僕が悪かった」

「では、ペナルティですね」

 

それは僕らが一緒に生活する上での合言葉。どちらかが相手を不快にさせたりするようであれば、ペナルティと言って互いに罰ゲームをするのだ。早い話が相手にお願いを一つだけ叶えてもらえるというもの。もちろん、それは合意の上で成り立つものであって、強要していいものではない。

 

「……今日は、一緒にお風呂に入ってもらいます。ご飯は全て食べさせあいます。もちろん夜は、寝かせません」

 

それじゃあ願い事は一つではなく、三つだが。

 

「文句があるのですね。なら、言い換えましょう。傷心の私を慰めてください」

 

–––それが僕と彼女の日常だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。