太陽と月のハイタッチ   作:黒樹

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二日連続投稿。


不死鳥の少女との再会

 

 

 

「まさか、人間界で特訓とはね……」

 

某県某所の山奥の登山口で僕は感心したように呟いた。此処に来るまで電車で二時間近く要し、更に一時間程歩いてやっと着いたのだ。しかし、それは始まりに過ぎず、山登りという過酷なイベントが待っている。

グレモリー眷属達が一人を除いて勢揃いしており、それぞれ身の丈以上の荷物を持っているが、あれで一週間の物資なのだろう。荷物にしては多い方なのかもしれないが、多過ぎて困ることはないだろう。

 

「合宿地は山の中腹にある山荘よ。さぁ、もう一踏ん張り頑張りましょう」

 

グレモリー先輩の激励に応えるかのようにグレモリー眷属達が山を登り始める。その姿を見上げながら、僕は少し懐かしい気持ちになっていた。

 

「山籠りなんて何年振りかな」

「え、カナタ君山籠りしたことあるの?」

「グレイフィアと出逢う前にね」

「ええ、確かあの時はもっと人里離れた山の奥でしたが」

 

感慨に耽りながら、僕はレイナーレの方を見た。ピクニックに行くというのにレイナーレはお嬢様っぽい白のワンピースを着ていて、靴なんて生足が美しく見えるミュールだ。その姿に少し見惚れながらも、網膜に焼き付けてから思い直す。

 

「登れる?その靴で?」

 

家を出る前に確認しておいたのだが、頑なに可愛い格好をしたがったのだ。

そんなレイナーレとは正反対に、何故かメイド服にブーツというグレイフィアを連れて電車に乗った時の視線といったら、奇異なものを見るようであった。

しかし、レイナーレのその美しさと格好もあって、何処かの社長令嬢とその従者と勘違いしてくれたおかげで風評被害は免れているのだから僕の面子は保たれたわけである。

 

そんな二人を連れて、僕も山登りを開始した。僕の背中には三人分の荷物が入ったリュック、手には英国風の旅行鞄が二つ提げられている。僕が女性には重いものを持たせられないと言い張った結果である。総重量は優に僕の体重並だ。

 

それでもズンズンと傾斜の酷い峠に足を踏み出し、すぐに兵藤に追いついた。

 

「邪魔だよ兵藤」

「…ぜぇ…はぁ…おまえ本当に人間かよ」

「これでも鍛えてるから」

「つか、俺より荷物多くね?」

「細かいことは気にするなよ兵藤」

 

そんなやりとりをして兵藤を追い抜く。

先を歩いているのは、木場だった。

どうやら小猫はまだ先にいるらしい。

グレモリー先輩と朱乃先輩の姿もないことから、二番目は彼だということがわかる。

 

「あれ、もう追いついたのかい?」

「本当は後輩と楽しいピクニックの予定だったんだけど、残念ながら小猫ちゃんが先に行っちゃったから」

「……なるほど、あくまでピクニックというわけだ」

「主役はグレモリーだろう」

 

強さはどれだけあっても困らないが、今回ばかりはグレモリーが主役だ。裏方に徹する僕達の努力が報われるのは、彼ら自身が強くなってライザーを打倒する事にある。

もちろん、報酬の話が十割で善意なんてあったもんじゃない。

そういう意味では気楽な仕事だ。

 

寝惚けたことを言っている木場を置いて、更に前に進む。

すると急に泣きそうな声が僕を引き止めた。

 

「カナタくーん。ぐすっ」

「どうしたのレイナーレ?」

「足痛い」

 

だから言わんこっちゃない。と、グレイフィアが呆れた溜息を吐いた。それに追い討ちをかけられたようにレイナーレの顔色も少し変わる。後悔だけはしているようだった。

 

「此処で靴を出すのは面倒だしなぁ……」

 

山登りの傾斜が酷いこの場所で荷物を広げることは憚れ、代案として浮かんだのは妙案だ。

 

「じゃあ、リュックの上に乗る?」

 

人の体重一つ増える程度だ。

それに相手は女性、それほど重くない。

 

「い、いいの?」

「平気平気。大丈夫だから」

「あ、ありがと。カナタ君!」

 

荷物の上に飛び乗るレイナーレ。その翼で飛べば……とか、無粋なことは言わない。そんな姿を近隣住民に目撃されたら大事件だ。敢えて、僕は黙っている事にした。

 

–––しかし、女性は天使の羽のように軽いとは言うが……この時の僕は調子に乗ったことを後悔した。既に荷物だけで僕の体重と同じくらいあるのだ。いくらレイナーレが天使の羽のように軽いとはいえ、重量オーバーだ。

 

「ほ、本当に大丈夫、カナタ君?」

「うん。大丈夫。ダイジョーブ」

「トランクだけでも持ちましょうか?」

「ありがとうグレイフィア。でも、気持ちだけ受け取っておくよ」

 

此処まできたら、意地でもやり通すのが男ォッ!!

 

 

 

–––とか、言っていた数十分前の自分をぶん殴りたい。

 

結局、汗だくになりながら山荘まで登り詰め、直後には土の上で大の字に寝転がってしまう無様な姿を晒してしまった。格好がつかない格好とは滑稽なだけだったのだ。

 

反省もした。後悔もした。でも、またやる。

いや、後悔すべきは荷物があったことだろうか。

もし荷物さえなければ、レイナーレをおんぶできたのに。

何故か物凄く損をした気分だ。これじゃあ兵藤を笑えない。

 

山荘に辿り着くなり、僕はレイナーレに膝枕をしてもらっていて、それはそれで役得ではあるのだけれど、なんとなく釈然としない気持ちで見下ろす彼女の顔を眺めていた。

 

「カナタ君、どう気分は?」

「ん。控えめに言って最高」

 

レイナーレの太股の柔らかさといったら、それはもう高級品の枕なんか目じゃないくらい柔らかい。そんな桃源郷に突っ伏している僕をグレイフィアが団扇で仰ぐ。

終わり良ければすべて良し、と僕は考える。

髪を梳くように頭を撫でられて、心地良さは倍増した。

 

「それでグレイフィア、グレモリー先輩達の様子はどう?」

「特訓に向かったみたいです。ご覧になられますか?」

「そうだね。悪魔達がどんな特訓をするのかは気になるかな」

 

鍛えるにしても、グレモリー先輩達がどう訓練をするのか初日は様子見を敢行するつもりで着いて来たのだ。

グレイフィアがトランクから水晶のようなものを取り出す。

 

「それは?」

「遠い場所を観ることができる魔水晶です。水晶の中に映像が映ります」

 

便利な魔法の道具もあったもんだと感心していると、水晶にはテレビが切り替わるように映像がすぐに映し出された。どうやら最初は兵藤の戦闘能力を計測するようで、小猫や木場相手に模擬戦を始めたところだった。当然のことながら、兵藤は木場にも小猫にも軽くあしらわれるばかりで勝つ様子はない。最近、戦うことを知ったから当然かもしれないが、動きは素人のそれだ。

兵藤が赤龍帝の籠手なんて神滅具を持っているからこれから先強くなる可能性は高いのだろうが、神器は素人に扱えるほど柔なものではないことは僕が一番知っている。今の僕の状態では、持つのも一苦労だ。使えないわけではないけれど。

 

「技術云々の前にまず体作りかな」

 

基礎能力が低過ぎる。あれでは伝説の神滅具と呼ばれた赤龍帝の籠手でも真価を発揮できないだろう。せめて、この問題が浮上するのがもっと後ならば、兵藤一人でも勝てたとは思うが……。

 

「取り敢えず、お腹減ったし昼ご飯の準備でもしよう」

 

あくまで僕らの仕事はグレモリー眷属の修行のサポートだ。

名残惜しくもレイナーレの膝枕から頭を上げて、昼食の準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

山荘の厨房ではなく、僕達が向かったのは野外の川だ。そのすぐ側で乾いた枯れ木を掻き集めて焚火の用意をしていた。他にもBBQ用のセットを設置して、準備はいざ完了、あとは火を着けるだけだ。それが思いの外難しく、悪戦苦闘しながらなんとか枯れ木に火をつけようとしていたのだが、着いたと思ったらすぐに消える。

 

「昔はどうやってたっけ……?」

「太陽の魔力を使ったのでは?」

 

おお、そうだ。だけど、それは必要だったからだ。生きる為に不必要なものを削っていった結果、作業が面倒臭くて魔力を使用したのだったか。今回はアウトドア。目的が違う。遊びに来たのだ。

 

「それはダメだよ。今日はグレイフィアとレイナーレに楽しんでもらわなきゃいけないんだから」

 

グレイフィアと旅行したことは一度きり、その一回だけでレイナーレとは大きなイベントを一緒に過ごしたことはない。なんとなく非日常から離れて、人間なりの日常とかレジャーを楽しんで欲しいのだ。僕は躍起になって着火作業に戻る。

 

グレモリー先輩達の食事はあくまでついで、という事にしておこう。

小猫ちゃんは沢山食べるだろうし、肉は大量に用意してきた。

 

「確かにこういうのもたまにはいいですね」

「カナタ君ありがとう!」

「ちょっ、レイナーレ危ないから、抱き着かないで!」

 

微笑むグレイフィアと首に腕を回して抱き着いてくるレイナーレ、二人の感謝の気持ちに照れながらもその暑さを火種のせいにする。

 

「あ、着いた。あとは火を大きく……」

 

団扇で扇ぎながら、細い枯れ木をさらにくべていく。

炎を大きくしようとした、直後だった。

 

「–––って、おぉ!?」

 

突然、焚き火が大きく燃え上がる。鼻先まで掠めた炎の勢いにびっくりして後退るとそれは人影を作った。それも一瞬のことで、炎が波のように引いていき、黄金に煌めいた。

黄金に煌めいたのは炎ではなく、渦巻くように整えられた金髪。可愛らしくもカジュアルな赤いドレスに身を包んだ、とても可愛らしい少女が一人、閉じていた瞼を開ける。

その姿に見惚れること数秒、炎を消すほどの風が吹いて少女のスカートを膨らませる。–––否、スカートは捲れ上がり少女らしからぬ、黒い下着が姿を現した。

 

「きゃっ!」

 

慌ててスカートを抑える少女が此方を赤い頰で睨め付ける。ただその視線に嫌悪感などなく、羞恥一色に彩られているようで、それが少女の魅力を掻き立てた。

 

「……」

「……見ました?」

 

どう答えたものか返答に困る。

考える間も無く目を逸らしてしまい、その行動が全てを物語っていた。

 

「……なんかごめん」

「あ、謝るくらいなら感想を述べてくださいまし!」

 

謝罪したら罰ゲームを所望された。

顔を真っ赤にしたまま、精一杯顔を逸らしている。

 

「いや、一瞬だったからよく見えてなかったし……」

 

嘘だ。僕の目から伝達させた光景は既に脳という記憶媒体に映像を記録している。少女が履いていた下着は装飾に至るまで細部まで鮮明に記憶したし、そう簡単に忘れることは出来ない。

 

「……まぁ、それならいいんです。あんなところに転移した私にも非はありますし」

「事故とはいえ悪かった。レイヴェル・フェニックス」

 

名前を呼ぶと、少女–––レイヴェルがきょとんと首を傾げた。

 

「私のことを覚えてくださっていたので?」

「君みたいな娘のことを忘れるのは無理があるだろう」

 

金髪縦ロール、世界中を探してもそうはいないだろう。レイヴェルが綺麗なこともあってか、早々に忘れる理由なぞ一つもない。なんというか印象的な子だったのだ。

 

「それで君はなんでこんなところに?」

「私も来週から駒王学園の生徒になるんです。オカルト研究部に在籍することになりますから、合宿に参加するのは不自然なことではないでしょう?」

 

まるで説明口調な理由に頷かされるが、一つ疑問点がある。

 

「ライザーの眷属だったよね」

「もうやめましたわ。今はフリーです」

 

偵察とも思ったが、その必要性すらライザーにはないだろう。今のグレモリー眷属は、いつかは強くなるだろうがまだひよこだ。何よりライザーにとって、グレモリー先輩は格下。偵察なんてやる意味すらない。ましてライザー一人で完封できる相手だ、何を恐れることがある。レイヴェル・フェニックスが偵察兵という線は、すぐに掻き消えた。

 

「じゃあ、僕は君の先輩になるわけだ。よろしく、レイヴェル」

「……はい。よろしくお願いします。カナタ様」

 

僕が差し出した手をレイヴェルは恥ずかしそうに握った。

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