太陽と月のハイタッチ 作:黒樹
夕方になるとグレモリー先輩と眷属達は帰って来た。夕食は昼の残りの野菜で作ったカレーと牛カツのカツカレー、それと付け合わせのサラダ。食後のデザートにカットフルーツを出したところで、どこからともなくホワイトボードが引っ張り出される。
修行が終わって早々、グレイフィアは容赦なく今回の議題を書き出す。もちろん、この身体を休める時間も有効活用しなくてはならない。今からは座学の時間だ。
「さて、まずは皆さんの特訓とやらを見せてもらいましたが……やる気あるんですか?」
その第一声が罵倒。それにはグレモリー先輩も困惑した。
「当然よ。勝たなきゃいけないわ」
「それにしたって計画が杜撰過ぎますよ」
グレモリー先輩と眷属達がやった特訓といえば、兵藤強化計画で主に兵藤を鍛え上げることだった。木場と戦わせたり、小猫と戦わせたり、魔力操作をしたり。しかし、木場や小猫が一人になると基礎能力アップのための筋トレや素振りばかりで、具体的な目標が見えないものばかりだ。積み重ねは大事だが、今必要なのはそれじゃない。
「強くなりたいなら、倒れるまで魔力を絞り尽くしなさい、拳が握れなくなるまで打ち込みなさい、剣を握れなくなるまで振り続けなさい。これくらいやらないと短期間では、ライザー・フェニックスに勝てるほど強くなるのは不可能でしょう」
それは言われずとも理解しているのか、グレモリー先輩の顔が拗ねたようになる。
「だからこその奇策を練る必要があります。リアスグレモリーにはゲームにおいて戦術の勉強をしてもらいますが、その前に講義を一つするとしましょう」
ホワイトボードをひっくり返すと、『フェニックスの能力』という文字がデカデカと書かれていた。
「まずあなた方がすべきことは、敵を知ることです。攻略法さえ知っていれば随分と楽に試合を行うことができます。本来なら、実力で勝負に臨みたいところですが、今は時間がないため短縮する方向でいきましょう」
「なるほど、弱点を突くわけね。相手のことを知るのがその一歩ということ?」
「ええ、それくらいしないと勝負にはなりませんから」
どうやら自力で突破するのではなく、搦手で相手を翻弄する策に出るようだ。グレモリー先輩達が理解したところで、グレイフィアは頃合いを見計らい言葉を続ける。
「では、フェニックスの能力については知っていますね?」
「あの尋常ならざる回復力でしょう?致命傷すら、無傷でやり過ごすのよね」
もし、そんな能力があるのなら無理ゲーだが、グレモリー先輩の瞳には諦めの一つもない。騒ぎ立てるのは兵藤だ。
「それってやばくないですか!?」
「だから、フェニックスに勝つには聖なる力か一撃で消し飛ばせるほどの高火力しかないのよ」
それほどの力を使えば死亡判定になるらしく、説明するグレモリー先輩の顔色は悪い。実際、姫島先輩かグレモリー先輩の魔力で消しとばさなければ勝機はないと言っているのだ。
グレイフィアの視線がレイヴェルの方へと向く。憐憫にも似た表情、その口からはとんでもない内容が飛び出した。
「しかし、そのフェニックスは不死性故からとんでもないど変態を多く輩出していると聞きます」
「なっ……!」
僕は思わず、レイヴェルを見た。頰を真っ赤にして口を噤んで、僕の視線に気づくとぶんぶんと首を横に振った。
兵藤もど変態という部分に反応している。
はっきりわかるのは、多分、兵藤の考えは絶対に違う。
「フェニックスの多くが、マゾヒストに目覚めるとか」
「少なくとも私はまだ目覚めてませんわ!」
大声で反論するレイヴェルに更に視線が集まる。仮にあの娘がそういう性癖に目覚めたとして、僕には一切の害がないのでどうでもいい話なのだが。
「本当ですのよ!」
何故か、僕に向かって力説する。
「信じてください!」
あまりにも見つめてくるものだから、視線を逸らすとレイヴェルの表情が哀しげなものに変わる。このままでもいいのだが少し可哀想な気もするので、視線を戻した。
「別にいいんじゃない。人の性癖はそれぞれだし」
「ち、違います。本当に私は普通ですから!」
フォローしたつもりだったが、どうやらレイヴェルは納得がいかないらしい。憤りながらも何度も信じてくださいと訴える。その様子が可愛らしくて、いじめたくなってしまうのが僕の悪いところ。さっきまで緊張していたはずのレイヴェルが必死な姿はようやくこの場に打ち解けたようで、安心してしまった。
「ごめんごめん揶揄っただけだよ。なんか他人行儀な態度で楽しくなさそうだったから」
僕に対して何処か遠慮のある態度を取っていたレイヴェルに対して、僕にできることは多くはない。揶揄った理由を話すとレイヴェルは頰を染めてさっと逸らした。
「べ、別にわかってくれたならいいんです……」
そんな雰囲気の中でこほんと咳払いが一つ。
「では、話の続きですが。あなた方が勝つ最低条件はフェニックスの再生能力を上回る攻撃力を持っていることが前提条件です。これ滅びの魔力があれば、或いは女王の全力で達成できるでしょう。もっともそれを温存した上で戦いを制さなければいけませんが」
戦う前から苦戦は必至、かなり分が悪い賭けだ。
グレイフィアの苦言は正しく、グレモリー先輩は静聴している。
「リアスグレモリー。あなたが行うことは精密な魔力制御とレーティングゲームに必要な知識を蓄えることです」
「わかったわ」
「女王も同じく魔力制御の訓練を行います」
「了解しましたわ」
「前衛組、赤龍帝、魔剣使い、白猫は叶多とレイナーレを相手に模擬戦です」
「か、勝てる気がしねぇ……」
「はは……同感だね」
「白猫って私ですか……?」
次々と指示を出していくグレイフィアが僕の方を見る。
「それと叶多、最初はそれを外さないように」
首元をとんとんと叩いて、チョーカーを指し示す。
「えぇ……」
魔力解放していない僕ではほぼ一般人レベルの身体能力しかない。そんな状態で小猫のパンチをまともに受ければ骨折するし、木場の剣に串刺しにされるだろう。
「怪我をしてもアーシア・アルジェントがいます。致命傷も回復するでしょう」
つまり、死ぬほど痛くても大丈夫と。
「先輩、大丈夫なんですか?」
心配してくれているのか小猫が不安げな表情を見せる。
不安げと言っても、相変わらず表情の変化は微弱だ。
「他人の心配をする暇があれば、自分の心配をすることをお勧めしますよ」
「……私も心配されるほど弱くないです」
バチバチと女同士が睨み合う様子に、僕はただならぬ身の危険を感じた。
「も、もう話は終わり?」
明日からの方針も決まった。
「さて、それじゃあ明日に備えてお風呂に入って寝ましょうか」
空気を変えようとグレモリー先輩が立ち上がる。そんな主人の『風呂』宣言に反応したのは、正真正銘の変態。
「風呂っ!?」
–––兵藤だ。
いったいその言葉の何処に反応する要素があったのか。
変態ではなく一般人である僕には想像もつかない。
「あら、イッセー。もしかして一緒に入りたいの?」
グレモリー先輩の頭の中はどうなっているか想像もつかない。
「いいんですか!?」
「ええ、他のみんなさえ良ければ」
普通の感性を持っていれば、正気を疑う言葉だ。さすがは変態を眷属にしただけあって、グレモリー先輩も頭のネジが数本飛んでいる。悪魔ってみんなこうなのかな?
「私はよろしいですよ」
「わ、私もイッセーさんとの裸のお付き合いなら!」
アーシアが兵藤にほの字なのはわかる。だが、承諾一つで妖艶にしてしまう姫島先輩もどうなっているんだか、僕の貞操観念がおかしいのだろうか?混浴って実は当たり前だったりするのだろうか。悪魔の中で。
しかし男にとって夢のような状況は、実現しない儚い夢であるからこそ夢なのだ。
「……私は嫌です」
無慈悲にも小猫の拒否によって、兵藤の夢は儚く散っていく。
「じゃあ、この話はなかったことで。残念ねイッセー」
膝から崩れ落ちた兵藤に掛ける言葉はなく、元よりこうなることは予想していた筈だが、夢は見るものだ否定はしない。故に勝手に夢を見た兵藤が悪いので、同情の余地もない。
「さぁ、行きましょ」
ぞろぞろとグレモリー眷属達が腰を上げて部屋を出て行く。
そんな中、ぐいぐいと袖を引く少女が一人。
「……先輩も一緒に入りませんか?」
「小猫ちゃん?」
ちょこんと握られた服の袖、その指の持ち主である小猫は一向に僕を見ようとしない。一応、恥ずかしさはあるのか顔を見せようとしないので、僕も無理には見ない。勇気を振り絞ったみたいだ。その理由を僕は考えずにいる。兵藤を拒否した辺り、混浴が嫌だと思ったんだけど、どうやら違うみたいだ。
「あら、私はいいわよ」
「ふふっ、叶多君もご一緒しますか?」
とても魅力的な提案だ。一人で入ろうと思っていたけど、心が揺らいでしまう。グレモリー先輩も姫島先輩も美人だし、小猫は可愛いし、レイヴェルも可愛いし、うちの女性達は綺麗だし。
「わ、私も、カナタ様さえよければ……」
レイヴェルまでもが了承してしまう。これで一人くらい拒否してくれたら悩む必要などなかったのだが、どうしたものか否定的な人が一人もいない。
「なんでおまえだけ……!!」
なんでおまえだけ、と言われても条件は同じなのだ。
兵藤は運がなかった……というか、小猫に嫌われていただけで。
了承があるとはいえ、悩む。
このまま女性達とお風呂に入っていいものだろうか。
あんな美人達を相手に冷静でいられる自信がないのだが。
主に身体が正直になりそうで怖い。
–––あ、そうだ。
「女同士なら問題ないわよね♪」
チョーカーを外した僕–––“私”は誰に囁くでもなく、そう呟いた。