太陽と月のハイタッチ 作:黒樹
山荘には石造りの立派な露天風呂がある。月夜の下、星々が煌めく空の下、景観を楽しめるように造られたそんなお風呂が。春は何処からか桜の花弁が湯船に浮き、秋は紅葉が楽しめ、冬には雪景色を見ながら熱いお風呂に入れるらしい。
湯煙が濛々と立ち込める中、足の裏に組まれた岩の感触を踏み締めて、私はゆっくりと洗い場に進む。温泉の冬のイメージというと日本猿が入浴しているイメージがあるが。
「……いえ、エテ公は冬だけじゃなく年中無休ね」
どうもこの季節にも現れるらしい。男風呂の壁に氷の棘を張り巡らせ、お仕置きの氷槌を落とす。
「ぎゃあぁぁぁぁああああ!!!?」
覗き魔を未遂で終わらせたところで、兵藤の悲鳴に反応したアーシアが驚く。
「どうしたんですかイッセーさん!?」
「……」
「あっちにボノボが現れたらしいわ」
「ボノボさん……?」
「お猿さんのことよ」
もちろん、私やグレイフィア、レイナーレ、後輩達の裸を見ようとした罪は重い。
明日からの鍛錬を倍にすることを決定した私は、何食わぬ顔で椅子に座り、お湯を被る。その背中にふにゅんと抱きついてくる柔らかな感触があった。
「カナタ君、背中流すよ」
「いいわよ別に。自分で洗えるし」
「女の子の身体のケアは慣れてないでしょ。ほら、私に任せて」
レイナーレが否応なく、シャンプーに手を伸ばす。
そしたらすぐに髪に嫋やかな指の感触が頭皮に触れた。
手つきが優しく、気持ちいいのでされるがまま身を委ねる。
「ふふっ、カナタ君の髪、いつ触っても綺麗ね」
「レイナーレの方が綺麗だと思うけど」
個人的には、レイナーレの翼と同じ鴉の濡羽色の髪は、とても綺麗だ。そこには世辞も打算もない素直な気持ちだ。本当に彼女が私のもので良かったと思う。
「カナタ君に褒められると嬉しいなー。はい、終了。ちょっと待ってね」
コンディショナー、トリートメント、と訳の分からない単語が続く。何か美容について説明されているが、それを必要としない私には何がなんだか判らない。乳液に化粧水、レイナーレは次から次へと美容品を出す。
「ちょっ、レイナーレ、あ、あははっ……!」
「こら動かないでカナタ君」
「擽った……!」
それが済むと今度は身体だ。全身隈なく洗われた。擽ったくて身を捩るとジッとしてと叱られる。
その合間に身体が擦れ合うものだから、男の私ならどうなっていたことか。想像に難くない。
今にもレイナーレを押し倒してしまっていただろう。
お湯を掛けて、泡が流れると私はスッと立ち上がって、
「次はレイナーレの番ね」
攻守交代、とばかりに椅子に座らせる。さっきの擽ったかったお返しとして、ボディーソープを手に大量につけると胸を鷲掴みにして揉みしだく。
「ちょっ、カナタ君!?やんっ、もぉ〜!」
そして、身体中泡だらけにさせると、身体が密着して……また私まで泡だらけになる。さっき流したのに、また真っ白になった。まるでアニメや漫画によくある健全な描写のように際どいところが隠れている。
「……お風呂場で何やってるんですか、先輩」
二人でもこもこになっていると小猫が脱衣所から出て来た。どうやら最後の一人のようで、他のメンバーは身体を清めると既に湯船に浸かっている姿がある。
「お風呂場でしかできない女同士の戯れ」
男の姿で出来ないことを私は今、満喫しているのだから、それを止められるのは誰もいない。たとえ後輩に冷たい視線で見られようと、元の姿に戻った私の人格が後悔しようと知ったことではないのだ。私のことだし。
「でも、小猫ちゃん。あなたどうして遅かったのかしら」
「……先輩にはわからない悩みです」
小猫が胸を押さえる。–––否、隠しているようにも見える。身長が小さいことではなく、胸が小さいことがコンプレックスなのか実に可愛い悩みを持つ後輩だ。
「そう?私は小さくてもいいと思うけど」
私の周りは胸が大きい女性が多いから興味があるのは間違いない。膨らみ掛けのおっぱいとか、小猫のだとなおさら触ってみたいと思うあたり、嘘でもない。
「ほ、本当ですか?」
「小猫ちゃんは小さいのが可愛いんじゃない」
膝の上に乗せて、抱き締めるのがベストなサイズ。
愛でるのに適していると言っていい。
ロリ巨乳っていうのも見たかったかもしれないが、それでは小猫の可愛さが半減してしまう気がする。
取り敢えず、私は小猫の身体に狙いをつけた。
「あの……先輩?どうして、ジリジリと近寄ってくるんですか?」
「膨らみ掛けのおっぱいって一度触ってみたかったのよね」
声にならない悲鳴が、夜空に響いた。
◇
後輩を散々弄んだ私は冷えた身体を温めるために、湯船にゆっくりと浸かる。そして、弄ばれた後輩は艶っぽい表情をしながらぐったりとした様子で半身浴をしていた。岩場に上半身をだらりと預けてぶつぶつと呟く。
「うぅ……先輩に穢されてしまいました」
文句を言う割に小猫は私の側から離れようとしない。グレモリー先輩やアーシアは離れたところで楽しそうに会話をしているが、そこに混ざる気はないみたいだ。
「あっちのカナタ君もこっちのカナタ君と同じくらい、えっちなことに積極性があればいいのに。性別の壁がある分、遠慮しちゃうところも可愛いんだけど」
その反対側に、レイナーレが座ってぐいっと抱き着いてくる。
「それにしても……」
チラリ、とレイナーレが視線を何処かに移した。
「避けられてるね」
「そうね。避けられてるみたいだわ」
「見られてるのにね」
「そうね。どうしたのかしら?」
その先には、一定の距離を保ったまま近づいてこないレイヴェルが一人、此方の様子を時折チラリと盗み見ながら入浴している姿があった。身体を清めている時も、同じ距離を保っている。
「仲良くなったと思ったんだけど……」
今日一日、グレモリー眷属達と比べたら、レイヴェルと一緒にいた時間が長いのは私だ。それなりに親しくなれたと思ったけれど、実はそうでもなかったようで、遠巻きに見られている感覚がある。
もちろん、男湯の下賤な輩の話ではなくて、レイヴェルからの視線だということは堪忍済みだ。
「私が連れて来てあげよっか」
「お願いするわ」
もしかしたら、お風呂はゆっくりと浸かりたいタイプかもしれないけど、レイナーレにお願いしてレイヴェルを連れて来てもらう。私から離れたレイナーレは二言話して強引に引っ張るようにレイヴェルを連れて来た。なんだか、遠目に見ると少し戸惑っている様子に見えないこともない。
「カナタ君、連れて来たよー」
「ありがとうレイナーレ」
「……」
私達の前に来たレイヴェルは無言で私を見つめる。すると何かを決心した様子で、こう聞いてきた。
「その……カナタ様は女の方だったんですか?」
質問の意図が判らず、首を傾げて質問の意味を考えてみる。
……そういえば、レイヴェルはこの姿を見るのは初めてだったか。
「今は生物学上“女性”だけど、私は本来男性よ」
「……つまり?」
要領を得ない。この説明では不足だったか。
私は自分にかかっている“呪い”について話した。
「反転、ですか……。では、カナタ様は男の方でいいんですね?」
「ええ、そうね」
そう説明すると、レイヴェルがほっと胸を撫で下ろす。
「良かった……私、女性の方を好きになったのかと……」
どんな葛藤があったのか想像もできないが、随分と心労を掛けたようでレイヴェルの表情が綻び、途端に引き締め直す。
「いえ、なんでもありませんわ!」
慌てて言い繕うが、その意味が判らないほど私も鈍感ではない。私の何処がいいのかさっぱりだが。
改めて、レイヴェルを上から下へ、下から上へと眺めてみる。
服の上からでは判らなかったが、胸も大きくスタイルもいい。
実に男に好かれそうな体つきをしていた。
「……あなた、服の下はそんな風になってたのね」
「えっ?」
私が男なら間違いなく求婚していた。
戸惑うレイヴェルの腕を掴み、ぐいっと引き寄せる。
「綺麗ね。あの男の妹とは思えないわ」
「あの……なにを言って……」
「可愛い、って言ったのよ」
「かわっ……!」
褒められて恥ずかしがったのか、お湯による暑さのせいか、頰をほんのりと赤らめるレイヴェルがどうにも可愛らしい。すると横からレイナーレがずいと身体を寄せた。
「カナタ君、私は?」
「もちろん可愛いわよ」
するりと指先をレイヴェルの胸に這わせる。
鎖骨から、ゆっくりと辿って胸の膨らみを撫でるように下って、それから先端に登頂を果たす。
艶かしい声がレイヴェルから漏れても、彼女は抵抗することもなかった。
どうしていいか判らず、戸惑っている初々しさがいい。
–––これってつまりそういうことよね?
レイヴェルはされるがまま。
口では抵抗をみせるものの、逃げる気配はない。
「カナタ君、いじめると可哀想だよ。そのくらいにしてあげないと」
嫉妬しているのか、レイナーレがむぅと頰を膨らませ抗議する。
どうやら彼女も構って欲しいらしい。
「……もうちょっと触っていたかったけど、仕方ないかしら」
あまりいじめすぎるのも可哀想、というレイナーレの意見には同意だ。
「あ……」
指が離れると名残惜しそうな声が聞こえた気がしたけれど、深く追及すると後の私が困りそうなのでスルーする。
「で、ですが不思議ですね。女になれるなんて……」
「やってみると案外面白いわよ。最初は戸惑ったけど」
「でも、雰囲気違いませんか?まるで別人、というか……」
二重人格を疑っているのだろうが、それは違う。
あくまで人格は一つ。それが変質しているだけなのだ。
「根っこの部分は同じ人間よ。ただ、心が身体に引っ張られるというか……それで別人に見えるだけで」
「それってつまり……今の記憶がある、ということですわよね」
「ええ」
肯定するとレイヴェルの顔が赤くなった。
「え、えっと、それじゃあ……カナタ様(女性)が見たり触ったりした記憶は引き継がれると……」
ありていに言えばそういうことになる。
レイヴェルは胸を隠すように自らの腕で身体を抱き締めた。
残念、もう既に記憶には焼き付けている。
今更もう遅い。
「隠す必要ないじゃない。女の子同士なんだし」
「え、でも、記憶が残って……」
困惑して慌てふためくレイヴェルは何処か可愛い。
その様子を眺めて楽しんでいると、グレモリー先輩達がやってきた。
「随分と楽しそうね。私も混ぜてくれないかしら」
「うふふ、そうですね部長?」
歩くたびに豊満な胸が揺れる二人は適当なところに座ると、最も何考えているかわからない姫島先輩の方がすっと近くに寄ってくる。本当に何を考えているんだか。
「あら、私のおっぱいは触らないんですか?」
–––本当に何を考えているんだか自分からそんなことを言い出した。
「巨乳はグレイフィアので見慣れてるもの」
私からすれば、他人の巨乳はグレイフィアの胸の劣化版。
今更、姫島先輩やグレモリー先輩のに触ろうとは思わない。
「……叶多先輩、それは私のが小さいという意味ですか」
怒ったような口調だが、声音はいつも通り静かに抗議する小猫がずいっと詰め寄ってくる。
「わ、私も大きさにはそれなりの自信があったのですが……」
何故かレイヴェルがショックを受けているようだが、彼女ほどの美巨乳はそうそういないだろう。
「というか、それはどうでもいいのよ」
話の流れがおかしくなり始めたのはいつからだったのか、会話をグレモリー先輩がぶった斬る。
「この際だから言わせてもらうけど、小猫とは仲が良いのに私や朱乃だけ呼び方が堅苦しいのどうにかならない?合宿も一緒にしてるんだし裸の付き合いもしたことだし」
そして、主張したのはとてつもなくくだらないことだ。
「なら、リアス先輩でいいかしら」
「リアスでいいわよ」
「私も朱乃と呼び捨てにしてくれてもいいんですよ、叶多君」
グレモリー先輩と姫島先輩–––否、リアス先輩と朱乃先輩がそう主張したが、この線だけは譲れない。
「それは無理ね。だって、男の私が呼び捨てにできないもの」
レイヴェルや小猫はともかく、この二人とは一線を置いておきたいというのが私の本音だ。あと、調子に乗って厄介ごとを持ってきても困るけれど、その場合は今回みたいに対価を要求する。
「わかったわよ。それでいいわ」
納得してくれたようで、二人はすぐに引き下がった。
「さて、それじゃあグレイフィアも上がるみたいだし、もう私も出るわね」
「カナタ君が出るなら、私もでよーっと」
一人露天風呂を堪能していたグレイフィアだが、満足したようで脱衣所の方に消えて行くのが見えた。それを追いかけて私とレイナーレも露天風呂を後にすることにする。
ついでに、まだ諦めないしぶといゴキブリに氷塊を落として、男子風呂に叩き込む。
実刑が四回ほど、この短い入浴時間に行われている。
まったく油断も隙もあったものじゃない。
「先輩が上がるなら、私も」
「そ、そうですね。十分楽しみましたし、私も上がります」
そんな私の後を小猫とレイヴェルの二人はついてきた。