太陽と月のハイタッチ   作:黒樹

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眠いので寝るという誓いは必ず破られるんだよなぁ。


捕まりたい後輩、逃げて欲しい先輩

 

 

 

翌朝から、グレモリー眷属強化計画は本格的に始動した。

手始めに近接戦闘主体の兵藤、木場、小猫を早朝に叩き起こす。

 

「うぅ……先輩、眠いです」

「ごめんね。でも、僕は心を鬼にしないといけないんだ」

「先輩は鬼、です……」

「そんな可愛い顔されても困るんだけど」

 

前日に通達した通り、早朝から特訓を始めることは全員に伝えている。例外があるとすればリアス先輩と朱乃先輩、それからアーシアの魔法戦闘組だが、あちらもグレイフィアによって容赦なく叩き起こされていた。

 

「それで大空、こんな朝早くからどうするんだ?」

 

山荘の外に出たところで、兵藤が口を開いた。これまで一度も文句を言わなかったことは評価するべきだろう。ただ、寝起きだけは悪くて三人には少し手こずることになったが。

 

「別に早起きした意味はないよ。僕はいつもこの時間に起きてるってだけで」

「おい!」

「だけど、本気でリアス先輩とライザーの結婚を阻止したいなら、この程度で弱音を吐いてちゃダメだよ」

「……そうだな。助かる」

「というわけで三人には今から、僕が毎日やってるメニューをこなしてもらいます」

 

ピクン、と三人が反応する。

 

「……先輩がやってる、特訓……」

 

無表情ながらも小猫の瞳がキラキラと輝いて見える。

満を持して、僕はその内容を発表した。

 

「それは……」

「それは……?」

「10kmのランニングと筋トレ」

「「「……え?」」」

 

「それだけ?」と思うのも仕方ないことだろう。他にも色々とあるが、まず基本は体作りだ。山籠り中は他にもやったが最近はそれしかやっていない。

 

「基本だよ基本。昨日、小猫ちゃんの身体を触って確かめた感じだと、その必要はないんだろうけど。兵藤はそんなこと全くしてこなかっただろう」

 

目の端でかぁぁと小猫の顔色が赤くなる。そんな表情もできたんだね。

 

「触って……確かめた、だとッ!?」

 

声だけを聞けば真剣だが、顔面はゆるゆるだ。兵藤は気持ち悪いくらいに鼻の下を伸ばし、口はだらしもなく半開きにして食いついてくる。どんなだったとか、羨ましいだの。

全部、無視した。

小猫の情報は安くない。

 

「君達は悪魔になったことにより、何より悪魔の駒の特性によって強化されている。そして、それは君達の力であって君達の力ではない」

 

僕も魔力『太陽』がなければ無力だ。だから、それに頼り切っていては本当の強さは掴めない。もちろん、後天的な力も自分の力と言っても過言ではないのだが、過信はよくないだろう。

 

「はい。わかったらトレーニングするよ」

「ですが先輩、私達は悪魔です。先輩の言う基本的なトレーニングの量を今更やっても……」

 

人と悪魔では基本性能に差がある。人間にとってはキツくても、悪魔にとってはなんてことない量なのだろう。

 

「そこは考えてるよ。ただ走るのもつまらないからやるのは鬼ごっこ。もし僕に追いつかれたら、罰ゲームを一つ」

「あっはっは、なんだそんなことかよー」

 

バシバシと兵藤が肩を叩いてくる。こういう暑苦しいのは嫌いだ。僕は心の中で兵藤の罰ゲームを確定した。

 

「どんな罰ゲームをするんだい?」

 

今まで黙って聞いていた木場が会話に入ってきた。

特に決めてはいなかったが、僕もやる気になるものがいい。

口に出すのも憚れるが、捕まらなければいい話だ。

逡巡して、ちらりと小猫を見る。

 

「そうだね……小猫ちゃんが捕まったら、一緒にお風呂にでも入ってもらおうかな」

「叶多先輩、昨日と変わってないです」

 

それでは罰ゲームと呼ばないのではないか。と、小猫は自ら申し出たが、この話には続きがあるのだ。

 

「違うよ。男の僕とお風呂に入ってもらいます」

「……お、男の姿の先輩と、お風呂……!」

 

捕まえたらの話だ。本気で小猫が逃げるなら、捕まりはしないだろう。

 

「ふふ、それは僕もかい?」

「木場は素振り千回、兵藤は重りでも持って走ってもらうことにするよ」

 

男同士の付き合いも悪くはないが、僕にそんな趣味はない。

 

「それじゃあ、準備運動は済ませたね。位置について」

 

コースは適当。今からやるのは本気の鬼ごっこ。彼らの勝利条件は僕から逃げ切ることだけ。単純明快なルールだろう。ついでに距離測定の魔導具を腕につけてもらう。指定距離を移動すれば、音が鳴る仕組みだ。

 

「スタート」

 

僕の合図と同時に三人が一斉に走り出す。

その後を追い掛けて、僕も走り出した。

 

 

 

 

 

 

鬼ごっこ開始から十分、流石は騎士と呼ばれるだけあって木場は速かった。ただ走るだけならそれでいい。けれど、今やっているのは森の中での鬼ごっこだ。僕は一番厄介な木場を後回しにして兵藤を追い掛けた。

 

「今の俺なら金メダリストも狙えるぜ!」

 

–––と、兵藤が余裕をぶっこいているが生憎、これはただの鬼ごっこじゃない。

 

「いやー、それはせこくない?」

 

人間の記録に悪魔が参加するのは反則だ。そういう意味で囁けば、兵藤は驚いたように此方を見た。

 

「ゲッ、どうやって追いついて!?」

「残念ながら、魔力は解放してないよ」

 

所謂、手加減というやつを僕はしているのだが、兵藤はあっさり捕まりそうだ。事実、接近して足払いをかけてみたら、兵藤はジャンプをして躱す。

 

「へへっ、そう簡単に捕まるかよ」

「いや、まだ兎の方が手強いよ」

「うおっ!?」

 

空中に逃げるのは悪手だ。野生動物より単細胞な逃げ方に呆れながら手を伸ばし、服を掴み茂みに向かってぶん投げると兵藤は間抜けな声を残して頭から突っ込んで行った。

 

まずは一人。

 

「さて、メインディッシュは最後にして……厄介な木場の方を追うかな」

 

次に狙いをつけたのは木場だ。

上手く森に潜んでいるようだが、僕の敵ではない。

さっきから僕の跡をつけて、様子を窺っている気配がある。

おそらく、それが木場。

離れ過ぎて見失う事を恐れたのか、状況判断としては合格。

でも、この場合はもっと遠くに逃げるべきだ。

 

「あっちに行こう」

 

木場とは反対、山荘の方を目指す。だいぶ兵藤に引っ張られて来たからもう一つの気配の小猫を追うふりをして、背後をつけてくる木場を罠に招き入れた。

ちょうど、大岩のようなものがあってそこで姿を一度消す。

角を曲がった瞬間、見えなくなった僕を追って来たところを捕獲しようという作戦だ。

木場は見事に引っ掛かった。

 

「はい、残念」

「なっ、しまった……!」

 

突然、背後に現れた僕を見て木場は驚くと、参った降参と両手を挙げて示した。

 

「最後は小猫ちゃんか。随分と遠くにいるね」

 

魔力の反応を探れば、5km以上も距離が離れていた。

普通に走れば、小猫は完走してしまう。

 

「このまま終わるのも味気ないし、少し本気を出すか……」

 

チョーカーを外す。

 

 

 

「ふう。こんなものか」

 

僅か数秒、魔力を解放しただけで小猫との距離は僅か数百mまで縮まった。再度、チョーカーを付け直して走り出す。あれだけ膨大な魔力を垂れ流しにしたのだから、小猫の方も僕の接近に気付いているだろう。慌てて逃げ出す魔力反応が一つ、僕から離れていっていた。

 

「逃がさないよ」

 

ジグザグと木々の間を縫うように移動する魔力反応を追うこと一分程、白く揺れる髪が見えた。気配を殺して近づいたからか小猫は僕の姿が見えていない様子、平地を走るのをやめて僕は木々の上に移動する。背後を振り返る小猫は頭上の僕には気づいていない様子だ。

 

「こ、此処まで来れば流石に追って来ませんよね?」

「残念ながらもういるよ」

 

後輩の背後に忍び寄り、タッチしようと手を伸ばす。

でも、そのまま捕まえても面白くないので警告代わりに応えた。

声に反応して一瞬で飛び退った小猫は、荒く息を吐き出すと深呼吸をする。

僕を見て、驚愕するように目を見開いた。

 

「どうして、警戒してたのに……」

「僕って影が薄いらしいから、気配を断つのは得意なんだよ」

 

背後を獲った理由を問われれば、そんな悲しい返答を口にする羽目になった。

 

「魔力もこの状態だと抑えられるからね。いきなり現れた僕の膨大な魔力を探していると、小さくなった僕の魔力は霞んで見つけづらくなるし」

 

人の中に人を隠し、森の中に木を隠す、古典的な手で忍び寄ったまでだ。急に現れた僕の膨大な魔力を察知して警戒していれば、小さくなった僕の魔力なんて霞むというものだ。

 

「さて、チェックメイトだ」

 

ゆっくりと前に僕が進むと、小猫は後退りして逃げる。

その距離はどんどん縮まっていき、背後を見ていなかった小猫は木に背をぶつけて止まった。

僕の手がぴたりと止まる。

もう数ミリ手を伸ばせば、君に届いた。

 

「逃げないの?」

「……先輩はいじわるです」

 

逃げ場を失った小猫はぽてんと地面に座り込み、上目遣いに僕を見上げた。

 

「そんな可愛い顔をしてもダメだよ」

 

そっと優しく頰に触れるように手を伸ばして……ピピピピピピッ、という音が僕を阻んだ。設定しておいた魔導具の音だ。小猫は指定距離を逃げ切ったらしい。

 

「……残念、終わりみたいだね」

「あ……」

「帰ろうか小猫ちゃん」

「……」

「どうしたの?」

 

木の前に座り込んだまま、小猫は立ち上がらない。足を開いて地面につけた女の子座りで僕を見上げている。

 

「……いえ、なんでもありません」

「そっか。怪我でもしたのかと思ったよ」

「ん」

 

と、思ったら小猫は両手を広げて起こしてと要求してくる。

 

「違います」

 

手を掴んだら、拒否された。

 

「なんかごめん」

「疲れました。抱っこしてください」

「ああ、なるほど。そういうことか」

 

後輩の広げた腕の下に腕を通して、抱き上げるように立たせる。

どうやらこれが正解だったらしく、ご満悦な表情ですりすりと頭を擦り付けて来た。

 

「……眠いです」

「じゃあ、帰るまで寝ておきなよ」

 

抱き方をお姫様抱っこに変えて、山荘に向かって歩き出す。

その間ずっと、腕の中からは小さな寝息が聞こえていた。




今日こそは十二時までに寝るんだ。
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