太陽と月のハイタッチ   作:黒樹

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天国と地獄

 

 

 

「おや……?」

 

急ぐ必要もなく、小猫と散歩をして帰れば山荘の前にはレイヴェルの姿が見えた。どうしたのかと思いながら近づくと、帰って来た僕達に気づいてレイヴェルがこちらを見て、パッと華やいだ表情を見せる。

 

「どうしたのレイヴェル?」

「あ、その、これを……!」

 

すぐに駆け寄って来たレイヴェルの手には水筒とタオルがある。普段はレイナーレとグレイフィアが用意してくれており、二人の姿が見えないことから代役としてレイヴェルが派遣されたらしい。

タオルと水筒を受け取って、僕は礼を述べる。

 

「ありがとうレイヴェル」

「は、はい」

「それで二人は?」

「朝食の準備をしています」

 

あの人数の朝食を用意するのは大変だ。道理でレイヴェルが一人で派遣されるわけである。

庭では黙々と筋トレと素振りをしている二人がいて、僕が帰って来たところで兵藤は崩れ落ちるように地面に倒れた。

流石は木場か、剣先がぴたりと空中で停止する。

その動作には、一寸のブレもなく見事なものだった。

 

「おまえおっせぇよ!」

「いやー、ごめん。小猫ちゃんとちょっと散歩してた」

 

少し寝て回復した小猫は途中で目を覚まし歩いて来たので、時間的には一時間ほど遅れている。朝食の時間を考えれば丁度良い時間に帰ってきた事になるが、罰ゲームとして適当に科した筋トレは僕が帰るまでだ。つまり、僕が帰らなければ一日でも二日でも鍛錬をやめることは許されないのだ。

 

「まさかいかがわしいことをしてたんじゃないだろうな!」

「イッセー先輩と一緒にしないでください。……まぁ、私も叶多先輩が求めてくるなら吝かではありませんが」

 

ぽっと頬を赤く染める小猫を見て、兵藤がハンカチがあれば噛みちぎりそうなほど悔しそうな顔をする。そこに僕の意思は介在していない。

 

「そんなことより朝食を食べたら、また鍛錬だよ」

「ご飯……!」

 

朝食、という言葉に小猫が元気になった。

 

 

 

 

 

 

朝食を食べた後、四人が集まる。兵藤、木場、小猫、アーシアの四人が並ぶ中、兵藤がアーシアを心配して声を上げた。

 

「お、おい……アーシアにも戦闘訓練をさせるのか?」

「本当ならそれが一番なんだけど、残念ながらアーシアにそっち方面は無理かな。付け焼き刃にもならないし」

 

アーシアがこっち側に来た理由は別にある、と言うと兵藤は安堵した。

果たして、それは安堵して良い内容かは別だが。

ちょこんと手を上げて、アーシアは疑問を口にする。

 

「あの……グレイフィアさんに言われて此方に来たのですが、私は何をしたら……?」

 

不安に思うのも当然のことだろう。

此方にくる理由については、一切の説明がされていない。

ただ、行け、と言われただけで。

説明は丸投げだ。

 

「簡単だよ。怪我をした人を治せばいいだけだよ」

 

簡潔に説明すれば、そういうことだ。

しかし、兵藤が首を傾げる。

 

「怪我って何する気だよ?」

「兵藤には実戦経験が足りないから、模擬戦をしてもらおうかと思って」

 

そこまで説明したところで、風を切る音と共に黒い羽が舞い落ちて、レイナーレが空から降りて来た。

 

「カナタ君お待たせ。待った?」

「ううん。まだ始まってもないよ」

 

これで全員揃った。

予定通り、地獄の特訓とやらを始める準備は整った。

 

「僕とレイナーレvs木場、小猫、兵藤。全員纏めてかかってきな」

「私とカナタ君の愛の力を見せてあげる」

 

 

 

模擬戦といえど使うのは本物の武器だ。刺せば怪我をするし、骨折もする。そんな中で対峙する木場と小猫だけは僕を心配そうに見ていた。

 

「本当にいいのかい?そのままで」

「叶多先輩……」

 

僕が魔力を解放しないこと状態で戦う事を、不満に思ったのだろうか。二人は否定的な考えだった。小猫は僕がこの程度でどうにかなると考えているのか、不安そうな声だ。

 

「よっしゃあ先手必勝!」

『BOOST』

 

しかし、そんな二人を差し置いて物分かりのいいのか悪いのか、兵藤は神器を発動すると一人踊りかかる。不意をついたつもりなのだろうが僕に殴りかかって来たその速度は、対応できないものではない。

 

「不意を打つなら攻撃を悟らせるな。常識だよ」

「うおっ!?」

 

一歩横にずれて避けると同時に足を置き去りにすると、まんまと兵藤は引っかかってすっ転んで顔面を強打した。

 

「あと足元が疎か過ぎる。体全体を意識するように」

「……あい」

 

地面に突っ伏したままの兵藤は置いておいて、残りの二人に目を向ける。

 

「確かに僕は魔力がないと弱いよ。けど、僕の戦闘経験は間違いなく僕が持っているんだ。ただ弱いだけだと思わない方がいいよ」

「そうみたいだね。これは全力で行った方が良さそうだ」

「手加減無用ですか」

 

ようやくやる気を出したのか、二人がファイティングポーズを取った。木場は魔剣を創造し、小猫は型に沿って拳を握る。その手にはグローブが付けられており、拳の保護がされていた。

 

「–––フッ!」

 

次の瞬間には空気を切り裂き鋼の刃が軌跡を描く。

自慢の速度で接近した木場が、剣を振るったのだ。

 

「おっとっと、ほっ!」

「先輩、覚悟」

 

肌を掠めるように過ぎていく刃を避ける、その間にも小猫が拳を握り締め振りかぶっていた。

–––避ける時間はない。

 

「っと、危ない」

 

その身からは考えられないほど重い一撃を叩いて逸らす。

それに驚いた小猫が一瞬、硬直した。

 

「隙あり」

 

一瞬だけ硬直した隙を逃さずに、彼女の勢いを利用して投げる。しかし、小猫は空中で身を翻すと猫のようにすたっと着地を決めて距離を取る。間髪入れずに木場が剣を振るった。

 

「レイナーレ」

「カナタ君から離れなさい!」

 

僕を狙っていた木場に光の槍が降り注ぐ。攻撃を中断して光の槍を迎撃しようと剣を一閃させたが、直後にガラスの割れるような音を響かせて木場の剣だけが砕けた。

 

「なっ!?」

「驚いている暇があったら次の行動だよ」

 

木場が身体を捻って反射的に避けた槍を僕は掴み、無防備な木場の身体に容赦なく叩き込む。

 

「がぁっ!?」

 

もろに一撃食らった木場は、地面に膝をついた。

堕天使の光が身体を焼いて、動けないようだ。

 

「まだです先輩」

 

木場に気を取られている隙に、死角から潜り込んだ小猫が一撃を見舞おうとする。無論、そんな事を許すはずもなく彼女の攻撃を受け流して対応すると、今度は連撃が叩き込まれた。

 

「む、中々、すばしっこいですね」

「だって当たったら痛そうだもん」

「避けないでください」

「嫌だよ死にたくないし、痛いのも嫌だし」

「ならなんで戦うんですか」

「一方的に殴るのを戦うとは言わないんじゃないかな」

 

軽口を叩き合いながら、拳を交わしていく。

しかし、僕は防戦一方だ。

 

「避けるばかりでどうしましたか先輩」

「女の子相手に本気で殴りかかるのはちょっと……」

 

いくら僕でも女の子を傷つける行為は躊躇するため、そんな軽口を叩いている間にもみしみしと腕が悲鳴をあげる。受け流しているとはいえ力の方向性を変えるには相応の力が必要であり、後輩のパンチは本当にやばかった。

 

「恨まないでよ小猫ちゃん」

「な、何を!?」

 

受け流す攻撃にも強弱をつけて、相手のリズムを崩す。

すると小猫はバランスを崩して、大きな隙を作った。

突き出した拳を捻り上げ、地面に押し倒す。

いくら馬鹿力といえども、土につけられ関節も極めれば身動きが取れないだろう。

後輩女子にのしかかるような形で、第一試合が終わった。

 

「くっ。……むぅ、私の負けです」

 

一度、もがいていたが拘束が解けないことを確認すると、観念したように敗北が宣言される。その宣言を持って、僕も小猫の上から退いた。

 

「はい、アーシアさん木場を治療してやって」

「わ、わかりました!」

 

兵藤のことが心配なのか寄り添っていたアーシアとの二人の仲を引き裂くのは心が引けるものの、悪魔にとってレイナーレの光は効果は絶大なので早急な処置が必要だ。割り切って欲しい。

 

「やれやれ、今の君にも負けるなんてね……」

 

怪我を治療されている木場は悔しげに呟く。

その気持ちがあるだけ、彼には向上心というものがあるのだろう。

騎士としての驕りがあったのか、それが解けたような晴れやかな顔をしている。

失敗を活かすタイプだ。

顔も良くて、性格も良いとは、イケメンってこんなやつばかりなのだろうか。

 

「ちっきしょうー、いけると思ったのにな」

 

地面に胡座をかいている兵藤は、なんていうか太々しい。

 

「取り敢えず、反省会ね。君達は自分の何がいけなかったんだと思う?」

 

このまま適当に相手をしていても意味がないので、議題としてそんなことをあげる。

 

「おまえが強過ぎてわかんねぇよ」

「相手が強い、それを理由に逃げるなよ兵藤。敵は選べる状況じゃないだろう」

「それはわかってるんだけどよ。じゃあ、大空は相手が自分より強かったらどうするんだ?」

「え、逃げるけど?」

「いや、俺ら逃げられないんだけど」

 

あぁ、そういえばリアス先輩が軽はずみにゲームをすると言ったからこんな状況になったのだったか。改めて認識すると酷い状況だ。

 

「僕なら大切なものは何をしても守るよ。たとえ刺し違えてでも」

「……なんていうかおまえ本当にやりそうだよな」

 

閑話休題。

 

「兵藤は神器を上手く使うこと。木場は……」

 

それぞれに指針を与えようとして、彼には要求するものがあった。

 

「魔剣出して。自分が一番使う剣。最高傑作と言えるようなやつ」

「いいけど、どうするんだい?」

 

魔剣創造の神器を使い、木場は一本の魔剣を創り出すと僕に手渡した。魔剣を受け取った僕は手の上で転がし、二回ほど振ってみて、水平に構えた。

 

魔剣に向けて、右手を振り上げる。

 

「聖剣エスカノール」

 

魔力を帯びた手刀を一閃、魔剣は真っ二つに破れた。

 

「せ、先輩?だ、大丈夫ですか?」

「え、何が?」

「その…腕…あれ?」

 

僕の腕を掴んだ小猫が優しく手を包み、傷を見ようとして何もないことに気づく。血も流れていなければ、傷もない。目を白黒とさせている小猫が面白くて、そのまま小猫の頬を動物にするように撫でる。

 

「木場は強いよ。神器も汎用性に長けているし使い勝手も良いと思う。だけど、汎用性がいい分、器用貧乏になりがちで魔剣そのものの完成度はかなり低いよね。だから脆い」

「はは……聖剣とは名ばかりでも、これは厳しいね」

「木場がするべきことは剣技を極めるより、神器面の強化だね」

 

木場の強化方針が決まり、次に弄ばれている小猫に視線を向ける。頬擦りしたくなるほど気持ちのいい頬を撫で回しながら、後輩の悪いところを指摘する。

 

「小猫の怪力は脅威だと思うけど、体術ってのはただ単純な剛の体術だけではなくて、もう少し技術的な面、柔術とか極めてみたらいいんじゃないかな」

 

もし小猫の怪力で関節を極められたらと思うと身震いしてしまう。考えるだけで恐ろしい。いや、単純に関節を極めるだけならもう既にマスターしてそうだけど。僕が言ってるのはそういうやつではない。

 

「ちょっと小猫ちゃん、組み合ってみようか」

「え、あ、はい」

 

小猫の華奢な肩を掴むと抵抗するように相手も身体に力を入れる。小猫の方から懐に飛び込んで腰にタックルをかまそうとしたところで、僕は脇に手を入れてひょいと持ち上げた。

 

「あ……んっ……先輩、脇、ダメですっ」

「ごめんごめん。でも、いくら小猫ちゃんの力が強いと言っても持ち上げられたらどうしようもないでしょ」

「わ、わかりましたから早く下ろしてください」

 

無表情ながら慌てた様子の小猫を下ろして、僕はチョーカーに手を掛けた。

 

「さて、自分のやるべきことも見えて来たようだし。–––今からは死ぬ気でかかって来なさい」

 

三人の顔がさっと青褪めた。

 

 

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