太陽と月のハイタッチ   作:黒樹

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レイナーレ視点。


夜更け

 

 

数分前まで和気藹々としていた訓練場は、瞬く間に地獄絵図と化していた。

青々と生えていた草は抉れ地面が現れ、木々はその身を手折られ上から半分、或いは根っこから取り除かれている。どっしりと構えるものはその身に裂傷を受け、それでも生命の輝きを失うまいとしている。

破壊地の中心にいるのはカナタ君で、今し方、新たに刻まれた地形の変化の先には無造作に殴られて木々に激突して倒れた兵藤一誠の姿があった。

 

「おやおや、手加減して打ったのにこれも対処できないとは……」

 

威風堂々たるその身体には一つも傷がなく、立派な筋肉が太陽の光を浴びて輝いて見えた。

 

「くっ、これほどまでとは……」

「……全く歯が立ちませんね」

 

辛うじて生き残っている木場と小猫の両名が警戒を保ちながら、必死に相手の様子を窺う。その視線の先にいるカナタ君は二人の警戒した様子にはまるで興味がなく、枝に止まって囀っている小鳥を見ている。

 

それでも思考停止していられないのが今の状況だ。

 

今はとにかく、カナタ君をどうにか倒す策を思いつかなければならない。手札の全てを使い切り、それでも敵わなかった相手にどんな作戦で立ち向かうかが重要になってくる。と、思考を巡らせた時だった。

 

「おやおや、それではまるで攻撃してくれと言っているようなものですよ」

 

一足踏み込めば距離が縮み、接敵した時には拳を振り上げている。スピード随一の木場が小猫を庇うように前に出たが、頑強そうな剣はただの一撃で貫かれる。

 

「聖槍エスカノール」

 

人差し指一本を突き立てると剣に穴が開き、まるでボールのように持っていた騎士も吹き飛ぶ。瞬時の出来事に呆気に取られていた小猫の身体を拳が撃ち抜く。その時間、僅か二秒ほど。これでも手加減している方だ。

 

「けふっ……!?」

 

身体の芯を捉えた打撃は彼女を吹き飛ばし、地面を転がってようやく止まった。あれを本気で撃てば山を砕いて止まっていたところだ。随分とお優しいことである。

 

それでもなお立ち上がるグレモリー眷属達。

きっとこれが見世物ならば拍手喝采は間違いなし。

かれこれもう既に二時間ぶっ通しだ。

そろそろ限界がきていた。

 

「うっ、くぅ……っ!」

 

立ち上がるのがやっと、直後に膝をついて荒く息を吐き出す。

その姿を見ながら、カナタ君は首をコキコキと鳴らしてストレッチをしている。

 

「凄まじいですわね」

 

いつの間にやらレイヴェルも此方に来ていたらしく、途轍もない実力差に感嘆の息を吐いていた。木の枝の上で観戦していた私は地面へと降りて、暇そうな彼女に声を掛ける。

 

「凄いでしょ。カナタ君は」

「凄いなんてものではありませんわ。圧倒的過ぎます」

 

文字通り“必死”なグレモリー眷属と比べて、まるで“児戯”でもしているかのように軽くあしらっているのだ。もしカナタ君が本気を出したなら、攻撃の隙なぞ見当たらないし、防戦一方になってしまうだろう。彼らが攻撃に転じられているのは、カナタ君が本気を出していないからだ。

 

「これでもまだ全力ではないんだけど」

「更に強くなるんですか?」

「うん、もうすぐかな」

 

腕時計に視線を移す。あと数分で正午だ。

 

「……そろそろお昼の時間か」

 

空を見上げたカナタ君が一言告げると、さっきまで生き絶えていたグレモリー眷属達の顔色に希望の色が見え始める。まさかそれが死刑宣告とも知らないで……。

 

「ご飯の時間ですか?休憩です?休憩ですよね?」

「やっと終わった……」

「ふふっ、まだやっていたいようなやりたくないような……複雑な気持ちだよ」

 

そんなグレモリー眷属をカナタ君は晴れやかな笑顔で地獄に叩き落とすのだ。

 

「–––残り一分、死ぬ気で我にかかってこい」

 

この最後の一分間が何よりも辛いことを彼らはまだしらない。

 

 

 

 

 

 

机を覆い尽くさんばかりの料理をカナタ君は美味しそうに食べている。作ったグレイフィアはその食べっぷりを見て嬉しそうに微笑み、自分もまた匙を料理へと運んでいた。

 

「運動した後のグレイフィアの料理は特別に美味しいよね」

「ふふっ、喜んでいただけて何よりです」

 

そんな幸せそうな光景の傍で机に突っ伏する三人の戦士達は、匙を握る力も残っていないのか大量の中華料理を前にどんよりとした空気を発しながら譫言を口にしていた。

 

「嘘だ……剣が……溶けて……」

「あれ?俺死んでないよな?腕も肋も折られたはずなんだけど……」

「デコピン怖いデコピン怖いデコピン怖いッ!」

 

繰り返し何事かぶつぶつ呟くグレモリー眷属達の様子を見て、主人であるリアス・グレモリーが怪訝な顔をした。

 

「いったいどんな特訓をしたのよ……」

「では、お昼からはそちらに参加なさいますか?」

「いえ、結構よ。私にはやるべきこともあるし」

 

詳細が気になったリアスだけど、自分が受けるとなるやあっさりと掌を返して眷属達を売った。心なしかグレイフィアが残念そうな顔をしているようにも見える。カナタ君の勇姿を見学したかったのだろう。実を言うとカナタ君は知らない事だが、時々家事が一段落しては授業中の様子を覗きに行っているくらいなのだ。

 

炒飯、餃子、青椒肉絲、回鍋肉、と平らげていくカナタ君だが、不意に立ち上がって手を伸ばす。その行動に三人はびくりと震えて、椅子を蹴飛ばして戦闘態勢に入る。

 

息もできないほど張り詰めた空気の中、カナタ君が首を傾げる。

 

「なにしてるの?」

「せ、先輩、いま、デコピンしようとしませんでした!?」

「いや、肉団子の皿を取ろうとしたんだけど。みんな食べないの?」

 

その言葉に一番大食いの筈の小猫が、ほっとした様子で答えた。

 

「いえ、お腹は減ったんですが食欲がないというか……むしろ詰め込んだら吐き出させられそうというか」

 

しかし、元気のない後輩の様子にカナタ君も微妙な顔をする。

 

「なら、食後二時間ほど経つまで自主練にする?」

「ほ、本当ですか?」

 

やり過ぎた自覚はあるのだろう。カナタ君がそう提案すると安堵した小猫達は各々匙を手に美味しい料理に舌鼓を打ち、グレイフィアの手料理を平らげていった。

 

 

 

そんな真夜中、死屍累々の地獄を見たグレモリー眷属達は早めの休息を取るために部屋へ帰って行った。一方で、同じく戦闘訓練を施していたとは思えないほどに元気なカナタ君と私達は皿洗いを終えて、各々好きな時間を過ごすことにした。

露天風呂で疲れを癒やし、さぁ寝ようというところで……私は仕掛けることにした。こっちに来てからグレモリー眷属に構ってばかりのカナタ君と何かしたかった。

 

「ねぇねぇカナタ君、少し外を散歩しない?」

「散歩?……まぁ、いいけど」

 

山荘の外に出る。夜風もなく静かな暗闇と森の中、風呂上がりの暑さも負けるようなカナタ君の隣、私はそっと腕に抱き着いて隣を歩く。随分と慣れているのかカナタ君は歩き辛さも表に出さない。

 

「風呂上がりには気持ちいいね」

「……そうだね」

 

ふぁぁ、と欠伸を一つ漏らして眠たげにカナタ君は目を擦る。

悪いことしちゃったかな?なんて罪悪感が芽生えた。

 

「疲れてるよね。眠いなら帰る?」

「んー、大丈夫……。レイナーレとこうしてるのも楽しいから」

 

嬉しいことを言ってくれる。

 

「もう〜、カナタ君ったら〜」

 

頬がくっつくほど身体を寄せて甘えるように頭を擦り付けた。

 

そんな幸せな時を過ごしている最中、不意に何処からか音が聞こえて来る。

何かが裂けるような音。応援する声。誰かの叫び声。

よく聞けば知っている声だ。男性と女性、二人分のそれ。

一つはなんとなく嫌な声、もう一つは……知人と言ってもいいのか、あのぽわぽわした能天気な娘のもの。

 

「なんだろうね?行ってみる?」

 

カナタ君は一度立ち止まり、進路を問う。

このまま進むか、もと来た道を戻るか。

本人は興味はあるものの、特に重要性を感じてはいないようだ。

私に一任したのは、私の意見が聞きたかったから。

私の返事次第でどうするか決まるらしい。

 

「面白そうだから覗いてみましょう」

 

木々の合間を抜けて、声のする方に向かう。

すると何の変哲もない場所に二人の人影があった。

 

「弾けろぉ!」

「頑張ってくださいイッセーさん!」

 

森の中に案山子が一つ。その前にいるのは兵藤一誠とアーシア・アルジェントの二人。逢引きとかそういう雰囲気でもなく、何やら特訓の時のような必死な様子がわかる。ただ釈然としない。

その案山子というのが女物の服を着ていて、それに向かって「弾けろ」だなんて命じているものだから、何事かと思ったのだがあれは私でもわかってしまった。兵藤一誠の行動理念は「エロ」一直線だ。あれもその一つに違いない。

 

「くっ、やっぱりダメなのか……俺にはイメージが足りないのか!?」

「イメージ……そ、それなら私でもう一度試してみるのは……あ、あの時は成功しましたし」

「……ごめんアーシア。手伝ってくれ」

「はい、イッセーさんのためなら私脱ぎます!」

 

人肌脱ぐ、という意味か僅かに頬を赤らめながらもアーシアはそう言う。

実際に脱ぐわけではない。……私の杞憂だったようだ。

 

「行くぞ!」

「はい、イッセーさん!」

「ドレスブレイクゥゥ!!」

 

その杞憂も束の間、兵藤一誠がアーシアの肩に触れると魔法陣が浮かび上がり、某漫画で筋肉キャラが脱ぐ時のように洋服が弾け飛んでアーシアが全裸になってしまった。

 

私はそっとカナタ君の目を塞ぐ。

 

「カナタ君は見ちゃダメ」

「いや、あっちの姿の時に見たのに今更じゃない?」

「今は私だけを見てくれなきゃダメなの」

 

私達には今の状況を冷静に分析する時間が必要だった。あまりの光景に理解が追いつかず呆けているカナタ君の目を塞ぎ、私は大事なところを隠して蹲るアーシアを遠目に見る。

あれも人間における恋愛的観点の大事なファクターなのだろうか?

少なくともカナタ君にあんな特殊性癖はない。

 

アーシアが服を着直したところで、私達は木の影から出た。

 

「よし、今の感覚だ。何か掴めそうな気がする!」

「むしろ僕は兵藤が捕まりそうな気がするんだけど」

 

こんな夜更けに野外で美少女の服を剥く変態。

なるほど、道理だ。

 

「って、大空?と……ゲッ」

 

カナタ君の姿を目視するや首を傾げ、視線を巡らせ私を見つけると嫌そうな顔。私も嫌な顔をする。私だってこの男は嫌いだ。

 

「ゲッ、て何よ」

「……いや、別に」

 

様子がおかしい兵藤一誠を見て、カナタ君は溜息を吐く。

 

「元カノと兵藤、修羅場再び」

「か、カナタ君、私こいつのことなんとも思ってないからね!」

「は、はぁ?そっちから告って来たんだろうが!」

「まだそれ引っ張る気!?」

 

ぎゃあぎゃあと喚き始めるあいつと私、顔を突き合わせた言い争いが始まる。

 

「言っておくけど、私は年齢=彼女いない歴で死んじゃう貴方が可哀想だから付き合ってあげただけで、私なりの慈悲だから」

「誰が生涯童貞だって!?」

「だ、大丈夫です。イッセーさんの童貞は、わ、私が……」

「いやでも人間としての生は結局、生涯童貞だったわけで間違いないのでは?」

 

妙なことを口走り始めたアーシアを完全にスルーして、否応のない現実を兵藤一誠に突きつけたのはカナタ君だ。殺したのは私だけどなんだか気の毒になってきた。

 

「……なんか、その、ごめん」

「謝んなよ余計に惨めだろうが!」

 

謝るな、というなら仕方ない。

私ももう気にしないことにする。

 

「それで兵藤、いったい何をしていたんだ?逢引き……というわけでもなさそうだし」

「ふっ、聞きたいか?」

「客観的に見れば、野外で美少女の服をひん剥く変態にしか見えないんだけど」

「変態は酷いな。この技は素晴らしい技なんだぜ!」

 

兵藤一誠曰く、流し込んだ魔力を膨張させ服を破壊する魔法らしい。そんな説明を淡々と興奮した様子で誇らしげに語る姿はキモくて、思わず私はカナタ君の背中に隠れた。

 

「きもーい」

「テメェもひん剥いてやろうか!」

「助けてカナタ君!」

「それ以上、レイナーレに近づいたら明日の特訓三倍ね」

 

手をわきわきと動かして襲い掛かろうとしてきていたあいつはカナタ君の警告で接近をぴたりと止める。

 

「まぁ、用途はともかく面白いことを考えるね」

 

まさか、カナタ君もあんな風に女の子の服を剥ぎたいのだろうか?

カナタ君がしたいなら吝かでもないけれど。と、新しい一面に頷きかけた時、彼は不意に木の枝に触れると魔力を流し込む。

 

「弾けろ」

 

たった一言の命令を口にすると、木の枝の先にあった葉が弾けるように散った。あの変態が必死こいて会得しようとしていた技を一発で成功させる。流石はカナタ君だ。

 

「使い方によっては武器も、防具も破壊できる。そう考えたらいい技だね」

「あぁ、うん、そうだな。……そういう使い方もある」

 

あれは全く使い方を考えていなかった顔だ。そんな顔をしていた。

 

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