太陽と月のハイタッチ 作:黒樹
期日までもう二十四時間もない。山荘で過ごす最後の朝、私は朝早くに目覚めたベッドの上で焦燥感に苛まれながら、今までの行動を振り返っていた。
あの方へアプローチを試みようと参加したこの合宿、どうも成果は著しくない。
まず初めにカナタ様の事を深く理解するべく観察や情報収集を行ってみたが、特に好きなものや、嫌いなもの、欲しいものはないらしい。それどころかオカルト研究部の面々はそれほど彼を知らないらしくまともな情報さえ持っていなかった。
その結果、弱点を攻めることはやめて私自身をアピールしていく計画に変更したのだが、これもまた不発だ。
なにせ彼の周りにはグレイフィア・ルキフグスというグラマーな美女悪魔とレイナーレという魅惑の堕天使がいるのだ。とてもではないが勝てるような戰とは思えない。全てが彼女達の前では霞むばかりだ。
というかそもそもの話、カナタ様はオカルト研究部の面々の修行に付きっ切りで二人きりになるようなシチュエーションを作ること自体困難だったのだ。私の涙ぐましい努力は徒労に終わっている。
「私ってこんなダメでしたのね……」
話し掛ける機会を窺ったり、心を掴むにはまず胃袋からを実践したり、タオルや水を渡したり、色々とやってみたがそのどれもが“良い後輩”程度の活躍で“異性”として意識させるには不十分だったように思う。
最初に下着やら何やらを見られたアクシデントがあったが、もはや遠い過去のようだ。
しかし、私からのアプローチだけではなく、カナタ様は時間がない中でも私の事を気にかけてくれたりしているのが判る。料理だって一緒にしたし、話し掛けられたりもした、その程度で喜ぶ私の乙女心ってなんて易いものか。
「……って、私が惚れ直してどうするんです」
–––私の目的はカナタ様と恋仲になる事だ。決して“良い後輩”で満足してはいけない。
「取り敢えず、時間は早いですが起きないと……」
誰よりも早く挨拶をするべく、私はベッドから立ち上がった。
「……しかし、早過ぎましたね」
部屋から早く出たは良いもののまだ朝の六時。早い人はもう既に起きているみたいだが、オカルト研究部の面々はまだ誰も起きていない。静かな山荘の中を一人歩いてみれば、誰とも会う事なくカナタ様の部屋の前に辿り着いてしまった。
「ですが、この時間はなんとも焦ったくて甘美な……」
何時間でも待つつもりだが、物には限度というものがある。
流石に部屋の前で何時間も待つというのは変かもしれない。
そう、自己嫌悪していた時だった。
「–––あ」
背後で小さく驚いたような声がして振り向くと、そこにはジャージ姿の小猫さんがいた。朝早くから彼女も起きていたようで偶然偶々此処を通りかかったらしい。道を譲ろうと廊下の隅に移動するも、一向に去る気配がない。
「……焼き鳥娘、先輩に何か用ですか?」
「いえ、別に何も。私は此処を通り掛かっただけです」
「そうですか。ならさっさと行ったらどうです?」
「道をお譲りしますのでお先にどうぞ」
バチッ、と二人の交わった視線に火花が散る。
どうやら考えていることは一緒らしい。
この山荘での活動で判ったことだが、この小猫は私と同種だ。
つまりは、恋敵ということになる。
「いえ、私は先輩に用がありますので」
「なぁっ!?」
牽制しあっていたら小猫さんの方がまるで“先約”でもあるかのように堂々と宣言してきた。しかも、無表情なのに心なしかドヤ顔に見えるのが妙に腹立たしい。雰囲気から勝ち誇っているのが判る。
「こ、こんな朝早くからなんですの?」
「一緒に朝のランニングです」
道理でおしゃれの一つもせずに朝から男の部屋に行くわけだ。
しかし、それがどうも悔しい。
私もご一緒したいが、カナタ様のペースに合わせられるとは思えず、足手纏いになるのは目に見えている。
そこでマイナス点を出すのなら、行かない方が吉だろう。
私は瞬時に計算して、悔しいながらも我慢することにした。
「おはよう小猫ちゃん。あれ?レイヴェルも随分早起きなんだ」
そんな一幕の攻防を行なっていると扉が開き、カナタ様が顔を出した。私の姿にも気づくと挨拶をしてくれる。
「お、おはようございます。カナタ様も朝早いのですね」
「うん。朝運動してからのご飯は美味しいし、朝風呂にも入るからやっぱり良い汗流してからのほうが気持ちいいしね」
「そうなんですか。では、お気をつけて行ってきてください」
「あ、うん。ありがとう」
カナタ様と小猫さんの二人が山荘を出て行くのを黙って見ているしか出来ない私は、それでもただでは転ばない。
◇
二人が帰って来たのは朝の七時頃、既に太陽は顔を出していた。並んで走ってくる二人は山荘の前にいる私の姿に気づくと意外そうな顔をして固まった。特に小猫さんの表情は見ものだった。
「お疲れ様ですカナタ様」
「レイヴェル?どうして此処に?」
「タオルとプロテインの用意をお待ちしました」
「え、うん、ありがと」
「……」
戸惑うカナタ様にタオルとプロテインのセットを渡し、ついでに小猫さんにもセットを渡す。もちろん、小猫さんの分だけ用意しないという意地悪はしない。逆に訝しんでいるようだが知ったことか。
「朝食の用意も出来ていますが、どちらを先になさいますか?」
「あー、あの二人寝てるのか……連日朝の仕込みとか色々あったからねぇ」
–––と、予想しているが全くの大外れだ。私が二人に頼み込み食事当番を代わって貰ったのだ。
先手は小猫さんに取られたが、私にも負けられない理由がある。
朝食やサポートで挽回しようという腹積りだ。
二人きりにはなれないけど、かなりの好印象じゃないだろうか。
「取り敢えず、ご飯が出来てるならご飯がいいかな」
カナタ様のリクエストに応えて食堂へ移動する。
メニューはご飯に味噌汁に魚の煮付け、それと卵焼き、サラダ。
全て温めるだけの状態にしてあり、温め直すと配膳した。
こんなチャンス二度とないので自然と隣り合わせるように私の席をカナタ様の隣に確保しておくのも忘れない。
人によっては向かい合わせの方が好きらしいけど、私は此方の方が良いと思う。
「もぐもぐ……もぐもぐ……ところでこれ全部、レイヴェルが作ったの?」
「はい。腕によりをかけて作らせていただきました。お口に合いませんでした?」
「ううん。どれも美味しいよ」
露骨なまでの女子力アピール。料理が上手な女性はモテるという噂を聞き試してみたが、やはり高評価のようで美味しそうに食べてくれる。味は問題なかったようで何より。
食事が終わればカナタ様は自分で食器を片付けに行く。皿洗いまでしてくれるから助かるのだが、そこまでしてもらうわけにはいかない。今日はカナタ様にアピールしてもらうのではなく、私が奉仕するのだから。
「私が洗いますのでカナタ様はお風呂にでも行ってください」
「そう?うーん。……わかった、ありがと」
露天風呂に向かって歩き出した彼を見送り、私も自分の仕事を片付けるべくスポンジを手に取った。
皿洗いを終えた直後、私はキッチンを飛び出す。早歩きで廊下を歩き露天風呂へ。すると女湯の暖簾の前で彷徨く小猫さんを発見してしまった。今日はよく会う日だ。……いや、ほぼ毎日、彼女とはこういう場面で鉢合わせている。その理由は言わずもがな。
「あら、小猫さんどうしましたの?」
「あ、焼き鳥娘……」
出会い頭に毒舌を吐かれたが気にすることなかれ。
「い、いえ、別に……」
私の勘が正しければ女湯に入ろうとしていたように見えるが、どうやら躊躇っているようにも見える。
「焼き鳥娘はどうして此処に?」
「お風呂に入りに来ましたの」
自然に小猫さんの横を素通りして、暖簾をくぐる。
その直後–––。
「ちょっ、中には先輩が–––」
引き止める声が聞こえた気がしたが、私は無視した。
だって、カナタ様と他の二人が混浴しているのは知っているし。
私の後を追って小猫さんも入ってくる。
その手にはお風呂セット、どうやら目的は一緒らしい。
「ほ、本気ですか?」
「ええ、本気です。今日が最後のチャンスかもしれませんから」
“後輩”ではなく“異性”として見てもらうための最終手段が混浴だ。あの時はカナタ様も“同性”で効果が薄かったようにも思う、故のリトライを試みる事を私は決めたのだ。少し緊張や羞恥心で心臓がドキドキと鼓動を早めているけど、それも些末な事。
服に手を掛けて脱ぎ始めた私を見て、小猫さんも決意を固めたのか自らの服に手を掛けて……サッと全部脱ぎ去った。
「ではお先に失礼します」
「–––って、早っ!?」
早脱ぎという奇妙な特技を見せた小猫さんに驚愕している間にも彼女は既に準備万端。
一体どんな技を使えばブラを手早く脱げるのか……。
「まさかノーブラ!?」
「ち、違います!ひ、引っ掛かるところが少ないだけです!」
「そ、それはすみませんでした」
「胸なんてただの脂肪の塊です。ぽんじり娘に謝られる事じゃないです!」
「無い者の僻みなんて全然効きませんわ」
–––と、争っていたのも束の間、ようやく服を脱ぎ終えた私も浴場へと急ぎ出ようとする。
小猫さんと競うように浴場へ出ると、既に湯船に浸かっている彼の姿があった。案の定、グレイフィアさんとレイナーレさんの二人に挟まれて満喫している様子。
すぐに私達に気付いて……。
「二人とも〜、脱衣所で騒ぐのもほどほどにね?」
レイナーレさんがそう注意した。
どうやら全部聞こえていたらしい。
「は、はい……すみません」
露天風呂の熱気なんて気にならないくらい頬が熱くなる。
恥ずかしさに今すぐ消え入りたいが、逃げていられないのが現状だ。
「あはは……さてと、僕はもう上がろうかな。二人の邪魔しちゃ悪いし」
そう、思っていたらおもむろにカナタ様が立ち上がる。
「あ……」
湯船を出ようとしたカナタ様を反射的に引き止めようとして手を伸ばしたが、掴む勇気はなく指先が少し掠めてしまったくらい。だけだったというのに彼は此方の様子に気づいた。
「二人さえ良ければ、まだいるけど」
……本当に意地悪な人だ。私の口から言わせるなんて。
「その……わ、私は別に……」
「ま、まぁ……先輩が一緒に入りたいと言うなら……」
「そっかぁ〜。じゃあ、続きはまた今度という事で」
今度こそ、カナタ様は出て行こうとする。
その腕を掴み止めたのは、揶揄われた私達だ。
「……いや、ごめん。泣くほどショックを受けるとは思ってなかった」
「な、泣いてません。汗です」
「そうです。別に先輩のことなんてなんとも思ってませんから」
この後、無事に混浴した私達だった。