太陽と月のハイタッチ 作:黒樹
行ってきます。そう誰かに言える幸せをあなたは知っているだろうか?何の変哲も無い幸福は、持ってない者にしかわからないだろう。当たり前という言葉が些細な幸福を阻害する。だから、僕は毎日、グレイフィアに感謝することを忘れなかった。まだ愛しているという言葉を口にするのは気恥ずかしいが、それくらいは言ってやりたい。
帰りを待つ人がいる幸せをあなたは知っているだろうか?それを忘れるのは簡単だが、思い出すのはいつも後悔してからだ。そうならないために僕は一つ、約束をした。
『悪魔や堕天使の事に首を突っ込まない』
そう、グレイフィアと約束したのだ。
約束をした朝、僕はいつものように学校へ登校した。死んだクラスメイトのことは残念だがそれはそれ、俄然せずに無難に普通の幸福な生活を送るべく、いつも通りを演じてみせる。
席へ鞄を置くと花瓶を一つ取り出し、今朝道端で取った彼岸花を一輪差して兵藤の机に置く。せめて弔うことが出来なかった代わりに花を添えてやろうと僕は黙祷した。
–––次の瞬間だった。
「何してんだ大空、嫌がらせか」
「社会的にも肉体的にも魂魄的にも死んだクラスメイトの魂よ安らかにと願うのはいけないことかな?」
「いや、死んでねーよ。朝から縁起でもないこと言うなよ。夢のこと思い出しちまったじゃねぇか」
「……あれ?何で生きてんの?」
振り返れば、兵藤一誠が何食わぬ顔で立っていた。
僕は確かに見たはずだ。兵藤一誠が堕天使に殺される姿を。思わず自分のシャツを捲って首筋を確認すると、昨夜グレイフィアに付けられた甘噛みの跡がくっきりと残っていた。……夢じゃない。
でも、いや、だって……じゃあ、兵藤は何故生きているんだ?
「……じゃあまさか幽霊!?」
「人をどうしても殺したいみたいだな。……や、待てよ。どうしてお前が俺の夢の内容を知ってるんだよ」
「兵藤が美少女に殺される夢でも見たんじゃない?」
何が起こっているのか分からず適当に答える。だけど、兵藤が生きているという事実が気になる。あの時確かに死んだはずだ。
「じゃあ、俺が死ぬ時見たのは……」
「天使様がお迎えに来たんだよきっと」
迎えに来たのは堕天使だけど。そう思っていたのに兵藤はまた訳のわからないことを言う。
「あぁ、確かに天使というか……おっぱいに抱かれて死ねたのは最高だったかもしれない」
「ソウ。ヨカッタネ」
「リアス先輩に抱かれて……夢なら覚めなければよかったのに!」
「もうそのまま死んでればよかったんじゃないかな」
おっぱいかどうかはともかく、グレイフィアの腕に抱かれて死ねるなら共感するが、なるほど憧れの存在に抱かれて死ねるなら僕もそう思わないことはない。ただ兵藤の考えとは少し違うだけで。
しかしまぁ、夢じゃなきゃ兵藤は死んでるんだが、そういうツッコミは要らないのだろうか。いやそもそも夢ではないのかもしれない。
「なぁ、突然で悪いんだが昨日の事覚えてるか?」
「昨日の事って?」
「俺に彼女が出来たって話」
「最初は耳を疑ったね。まさか兵藤に彼女ができるなんて」
「……やっぱりお前は覚えてるんだな」
あれだけ自慢するように触れ回っていたら嫌でも話を訊いてしまうというものだろう。昨日、彼女が出来たと散々自慢して変態三人組の残り二人を煽りまくった挙句、裏切り者と囁かれていたのを忘れるわけがない。
「じゃあ、やっぱりあれは夢じゃなかったのか……」
兵藤が生きていて、夢だと錯覚してしまったのは当然の摂理だと思う。兵藤はブツブツと呟きながら仲間達のところへいつものように戯れに行った。
「……なるほど。死んだと思ったクラスメイトが生きていた、と」
お昼休みにいつものベンチへ行くと小猫が待っていた。可愛い後輩はもそもそとドーナツを食べながら僕の話を訊いてくれる。本当ならグレイフィアに相談したいところだが、此処は学校彼女はいない。
「……先輩も中々特殊な人ですよね」
どうしてそんな結論に至ったのか小猫に言われて首を傾げる。そんな僕の様子に気づいて後輩は補足してくれた。
「普通は覚えていなくて当然なんです。証拠となる記憶を消されてるんですから」
「小猫ちゃんは僕の話を信じるの?」
荒唐無稽な話を持ち込んだのは僕だがいつもの無表情を崩さず、真面目な顔をして小猫は僕を見上げてきた。世間一般的には上目遣いと言われるであろうその視線は何処か別のところを見ているようにも感じる。
「そもそも叶多先輩はどうして私にその話を持ちかけたのですか?」
「小猫ちゃんがオカルト研究部なんて顔に似合わない部活に所属してるからでしょ」
「…そうですね。そんな話をした気がします」
安堵したように瞳が細められる。どうして小猫がそんな顔をしたのか僕にはわからなかった。
以前、雑談をした際にだが『何の部活をしてるの?』という質問をしたことがある。意外にもオカルトとか非科学的な名前が出てきた上に学園で話題の美少女らしからぬ所属先に覚えていて、彼女に相談を持ちかけたのだ。
その似合わない後輩といえばドーナツをぱくついていて、一つ食べ終えるとペロリと指を舐めた。そして、ジィッとこちらを見て慌てたようにハンカチで手を拭き直した。そういうところが可愛いのだこの後輩女子は。
「それで覚えている理由ですけど。三種類あります。意図的に消されなかったか、それとも消す必要がなかったか、そもそも効かなかったかの三つです」
「兵藤が記憶を失っていなかったの理由としては二番目の回答かな。僕は一番」
「……どうしてそんな結論に至ったのか心当たりがあるんですか」
「兵藤は死んだと思われて当然だよね。僕の場合は気に入られちゃったから殺されずに済んだって理由があるし」
僕がそう答えると小猫の視線は不機嫌そうに歪む。
「その兵藤一誠という男の人はともかく、先輩は堕天使に気に入られちゃったんですか。……はぁ」
「そうじゃなきゃ殺されてたよ。そこで残念がらないでくれないかな?」
そう思っていないとは信じたいけど、まさか死んでくれとか言わないよね?と小猫に目で訴えると彼女はまたドーナツを取り出して咥える。困った先輩です、と雰囲気だけで語られた。
「先輩もおひとつどうぞ」
「あ、ありがと」
スタンダートなオールドファッションドーナツを貰うとその穴を見つめて、問題点に戻る。まるであの時の兵藤のように穴を開けられたドーナツを見ていると不思議な気分になった。
「でも、確かに見たんだよ。兵藤が死んだのは」
「……どうあっても殺したいんですね」
「いや、嫌いとかそういうのじゃないよ?僕は兵藤に興味ないし、興味のない人間を嫌いになんてならないだろ?」
ドーナツの穴を残して食べるくらいに難しい問題だ。思い当たる節がないわけではないのだが、それを言うと全てが非科学的に解決してしまう。
超常現象と言ってしまえばそれまでだが、僕自身それを宿しているから一概には否定できない。
「問題はどうして生き返ったのか、誰が生き返らせたのか。その辺りかな」
あの堕天使の言葉が本当なら、悪魔があの後現れたことになる。これ以上グレイフィアを怒らせるような要因を作りたくなかったが為に退散したが、一眼くらい見ておけばよかったか。
「流石にオカルト研究部にもそんな黒魔術とかないよね?」
「…………いえ、まさか」
何かを隠すように小猫はドーナツに夢中だと言わんばかりに貪り始めた。
「本当に誰かを生き返らせる術があるとして、先輩は誰かを生き返らせたいですか?」
ふと思い出したように小猫がそんな事を訊いてくる。
「……いや、今は幸せだからいいよ。別に」
小猫にもしもの話をされて、僕はふと思い出す。
「そういえば兵藤が死際にグレモリー先輩の腕に抱かれて死ぬ夢を見たんだって」
「……そうですか。その人は幸せですね」
長い付き合いで気づいたことだけど、小猫は濁したい話がある時は食べ物に夢中な振りをするのだ。今もほら、ドーナツを頬張って会話を区切ろうとしている。
あの後現れたのがリアス・グレモリーというこの学園の二大美女の一人だとすれば、彼女が悪魔ということになる。グレイフィアは学園にも人ならざる者がいるから気をつけろと言っていたし、積極的に関わるのはやめたほうがいいのかもしれない。怒らせて夕食が粗末になったり、一緒にお風呂とか添い寝とかエッチなこととかお預けくらって実家に帰らせてもらいますなんてなったら死活問題だ。
堕天使に関しては「遊びに来なさい」という命令形だったし、一度くらいは顔を見せないとまずいような気がする。そういう理由であればグレイフィアは赦してくれる…かなぁ。
「まぁ、そのうち遊びにでも行ってみるよ」
「……先輩。やめておいた方がいいですよ」
「どうして?」
「機嫌を損ねて殺されたりしたらどうするんですか」
「行かないって選択の方が機嫌を損ねる気がするけど」
「ダメです」
「大丈夫だって。もしそうなったら奥の手使って逃げるから」
「先輩の足じゃ逃げ切れないと思います……」
不安そうな後輩の頭を撫でる。すぐに不安そうな顔が恍惚とした表情に変わり次第に撫でられる感覚に身を任せる小猫の髪を梳いてから、僕は自分の首にある首輪に触れた。
「これを外せば僕の真の実力が解放されるのさ」
「そういう厨二発言は身を滅ぼしますよ」
首輪、と言っても人間用のチョーカーだ。見た目は黒い皮にアクセントとして月の形のアクセサリーが付いている男がつけるには不相応の可愛らしい品で、これには魔力封印の効果があるらしく大切にしている。もしこれをしていなければ、今頃学校ではぶっ倒れたり死んだりする人間が後を絶たなくなるだろう。これがないと大切な人の側にもいられない。
世間一般的に訊けば厨二発言と思われるので、小猫もあまり信じていない様子だ。
「……そういえば部室に呼び出されているのを忘れてました。今日はこれで失礼します、叶多先輩」
旧校舎へ歩いていく小さな背中をなんとなしに眺めていた。
※グレイフィアが悪魔だとは知っていますが、学園内の悪魔については誰が悪魔かは主人公は知りません。