太陽と月のハイタッチ   作:黒樹

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教会に行くとみせかけてぇ……。


それは一種の修羅場

 

 

 

何もないまま一週間が経過した。一応、グレイフィアに相談してから教会に向かおうと思ったのだ。思ったのだが切り出すのが怖くて一週間何もなし。相手から接触してくることもなかったので問題はない、いやなかったのだが……。

 

「ふふ、来ちゃった」

 

–––僕の目の前に堕天使が舞い降りた。

 

学校の帰路に待ち伏せるように現れた堕天使は優雅に翼を広げると翼を折り畳み消す。舞う濡羽色の黒羽根が幻想的で思わず魅入ってしまったが、問題はそこじゃない。何故か堕天使の方から遊びに来てしまったことだ。

妖艶に、されどあどけない可愛さというものを称えて微笑む彼女を見るにかなり上機嫌なのだろう。

「ふふ、来ちゃった」とか恋人のじゃれあいみたいなことを言っているが、要約すると暇だから遊びに来たとかそういうのだろう。ボンテージ姿なために周囲の視線が気になるが、人の気配すらない。

 

「お久しぶりです……名前を教えて貰ってもいいですか?訊いてないんで」

「あら、私ったら言ってなかったわね。レイナーレ。呼び捨てにしてくれると嬉しいわ」

 

堕天使レイナーレ。堕天使さんの名前はレイナーレというらしい。

 

「ところで今日はどうして?」

「人を探してたんだけどあなたが見えたから思わず降りて来たのよ」

 

探していたのは別の人らしい。

 

「金髪のシスターなんだけど見てないかしら?」

「僕は見てないよ」

 

そんなに目立つのなら、覚えているだろう。

そういえば兵藤がここ最近様子が変だが……。

 

「まぁいいわ。此処で会ったのも何かの縁だし、カナタ君とデートしましょう」

「えっ」

「都合が悪いのかしら?」

「デート、と言われても……僕には一応、恋人がいまして」

「……いえ、そうよね。あなたにそういう存在がいないはずがないものね。ならいっそ殺してそのポジションを……」

「ちょっと待とうか!?」

 

物騒なことを言い始めたレイナーレを置いて携帯電話で連絡を取る。相手はもちろんただ一人、グレイフィアである。コール音が数回鳴り終わらないうちに通話状態になる。

 

「あの、グレイフィア……?」

『今、堕天使と一緒にいるでしょう』

「はい。それでデート……いえ、一緒に出掛けることになってしまったのですが」

『この私がいながら、堕天使とデートをすると?』

「じゃなきゃグレイフィアを殺す、と言ってまして……」

『わかりました。そんな下級堕天使如き塵にしてあげましょう』

 

レイナーレも物騒だったが、グレイフィアも違わず物騒なことを言い始めた。

 

「出来れば穏便に済ませたいんだけど」

『……つまり、私に我慢しろと?私の大切な人が他の女とデートするのを黙って見ていろと?では、もし私が他の男とデートしたならば叶多は我慢できますか?』

「天上天下唯我独尊を持って叩きのめしてやります」

『ええ、そうですね。まったくもって同感です』

 

クスクスと小さく笑う音が訊こえ、しかしそれもすぐに溜息に変わった。

 

『……叶多が堕天使や天使に好かれやすいというのはわかっていましたが。今回だけですよ』

 

漸くお許しを貰えて、愛してると囁けばぷつっと通話が終了した。大丈夫だよね?怒ってないよね?出来れば、電話越しに身悶えして顔を真っ赤にしていてほしい。

 

取り敢えず、増えた懸念と片付いた問題を抱えてレイナーレに向き直る。ボンテージ姿で住宅街をうろちょろする女性というのはやはり通報案件ではないだろうか?

 

 

 

 

 

ボンテージ衣装を清楚な女の子という感じのワンピースに着替えたレイナーレと街を歩く。突発的に始まったデート故に何の準備もなく、機嫌を損ねないか心配する僕の手を握り楽しそうに歌を口ずさむ彼女は本当に上機嫌だった。

 

「ねぇ見てカナタ君、クレープ屋があるわ」

「じゃあ、食べる?」

「カナタ君は甘い物は好き?」

「そりゃあ人並み以上には」

 

最近はオカルト研究部後輩のせいで甘い物は毎日のように食べている。そうでなくとも、グレイフィアがお菓子を作ってくれるので市販品は殆ど食べないが、手作りなら何度も口にしている。

屋台に並びクレープを二つ買うとレイナーレに一つ渡す。暫く歩きながら二口ほど食べるとレイナーレが自分の持っていたクレープを差し出してきた。

 

「カナタ君、はいあーん」

 

レイナーレが選んだのはチョコバナナクレープだ。躊躇したものの甘い物には抗えず、一口貰うことにして食べさせてもらうとチョコバナナの安心するベストマッチ感が口内に広がる。

 

「カナタ君、そっち私にもちょうだい」

 

対して僕が選んだのはストロベリーとラズベリーのミックス。ほのかな甘みと酸味がクリームの重みを帳消しにしてくれる素晴らしい一品だが、僕も言われてレイナーレに食べさせると彼女は髪を手で抑えて甘噛みするようにクレープに噛み付いた。そういう姿を見ていると何故だか学校の後輩、小猫を思い出してしまう。

 

「うん、美味しい」

 

御満悦の表情にクリームが付いている。僕はポケットからハンカチを取り出し鼻についたクリームを拭ってあげる。すると顔を真っ赤にして俯いてしまうレイナーレ。

 

「あ、ありがと……」

 

羞恥心からかそれから先は喋らなくなってしまった。お互いに無言で歩きながらクレープを食べる。ようやく食べ終えてレイナーレ姫が次に目移りしたのは女子らしいアクセサリーを扱っている店だ。

 

流されるまま店内に連れ込まれ、レイナーレは僕の首を見て首を傾げる。

 

「そういえばカナタ君って出会った頃からそのチョーカーしてるけど、他のはないの?」

「別に好きでしてるわけじゃないよ。ただ必要だからしてるだけで」

「じゃあさ、その三日月のエンブレム変えてみたら?」

「んー。三日月のエンブレムにも意味があってね。これは月の女神様の呪いの証なんだ」

 

そもそも三日月のエンブレムは後付けでチョーカーに付け足した物であるが、それはもう一人の僕の感性によるものなので勝手に変えると僕が機嫌を損ねる結果になる。僕も割と気に入っているので変える気はない。

 

「月の女神様ねぇ……。まぁ、そういうことにしておきましょう」

 

今度はレイナーレに似合うアクセサリーを探す。どうやら彼女は僕とお揃いのものが欲しいようで似たようなチョーカーばかりを探し出すと試着してみる。

 

「どう?私、カナタ君のペットみたいじゃない」

「そこは普通に似合ってるか聞こうよ」

「リードを付けて散歩というのもいいわね」

「絶対にやらないからね」

 

妄想が爆発しかけているレイナーレが隣のペットショップに駆け込もうとしたのを止めて嘆息する。本当に出会った当初のテンションがおかしな方向に変化していてついていけない。

 

次に彼女が目をつけたのが洋服店だった。これなら少しはおとなしくしてくれるだろう。そう思っていた時期が僕にもありました。

 

「ねぇ、カナタ君こっちに来て」

 

レイナーレに呼ばれて試着室の前に行く。すると試着室のカーテンの隙間から腕が伸びて僕の腕を掴み、そのまま試着室の中へと引っ張り込まれてしまった。

倒れ込むように試着室の中へと入ると彼女に抱き止められたお陰で転ぶことはなかったものの、人の肌とは思えない柔らかくて温かい感触に顔を包まれ、咄嗟に伸ばした手が彼女の腰に回される。

なんとなく何が起きたか予想でき、顔を離すとやはりレイナーレの腕の中にいた。どうやらさっきまで顔を埋めていた場所はレイナーレのたわわに実った果実らしく、その果実は黒い布に覆われている。

 

……下着姿のレイナーレがそこにいた。

 

上下ワンセットの黒下着を身につけ、妖艶に微笑む様はまるで誘惑するかのようで……思わず見惚れてしまうのは仕方ないことだろう。

 

「どう、興奮する?」

「……それは、まぁ」

「じゃあ、買おうかしら」

 

仮にも堕天使、誘惑ならお手の物なのだろう。その後も普通の服などを物色して気に入った服(主に僕の判断)を購入して、何処からか現れた堕天使の少女に袋を持たせる。運んでおいてと命令すると堕天使の少女はすぐに荷物を持って消えた。

 

「楽しいわ。ふふ、こんなに満たされたのはいつ以来かしら」

 

やがて僕の腕に腕を組ませて歩き始めたレイナーレはそう言った。

 

「堕天した時以来ね」

「そういえばレイナーレって元は天使、なんだよね?」

「ええそうよ。昔はこれでも真面目な天使だったのよ?」

 

でも、と続けて……。

 

「天使はくだらないことで堕天する。……本当に天使なんてくだらないわ。神に見放されてもこうして生きてるんだもの、色々と人生損をした気分になるわ。こうしてあなたと出逢えたのも私が堕天したから、って考えると悪いことばかりじゃないし」

 

鼻が付きそうな距離でレイナーレは見つめてきた。彼女の瞳に映る僕はちっぽけな存在に見えて、だがレイナーレにとっては少し大きな存在へとなりつつあるようだ。

 

「正直、もうアザゼル様とかシェムハザ様とかどうでもいいわね。私は私の崇拝し敬愛し恋慕する相手を見つけたことだし、まぁ保険としてあの力を手に入れておくに越したことはないわ」

「ん。何の話?」

「こっちの話だから気にしないで。目的は変われどやることは同じ、そういう話よ」

 

含み微笑むレイナーレが何をしているのかは知らないが、というか知ることさえグレイフィアが許してくれはなさそうなので敢えて訊かない振りをする。

適当に歩いていると公園に辿り着いた。噴水のある綺麗な公園だ。

 

「あら、あれは……みぃ〜つけた」

 

そこには先客がいた。片方はまるでシスター服のようなものを着た女性、もう一人は駒王学園の制服を着た男子生徒。兵藤が金髪の少女とデートしているのだ。

 

「随分と楽しそうね、アーシア」

「っ、レイナーレ様!?」

「なっ、おまえ……!それに大空!?」

「あー……うん。なんていうかごめん」

 

兵藤の彼女と僕がデートして。兵藤は他の女の子とデートしていて。とんでもない修羅場が形成されてる気がして謝ってみたが、兵藤は一度殺されてるし破局しているのかもしれないと考えれば謝る必要はなかったのかもしれない。

レイナーレを見た兵藤の表情が恋人を見るものではないので、僕の早とちりだったのだろう。まるで親の仇でも見るような目でレイナーレを睨んでいた。

 

「そいつから離れろ大空!」

「元カノに酷い態度ねぇ。他の男と歩いているのに嫉妬もしてくれないのかしら」

 

返す言葉と同時に腕を組む力が強くなる。離さないと言わんばかりの締め付けに僕は直立不動で対応する。

 

「大空、そいつは危険だ離れろ!」

「そうかなぁ?そんなに悪い子じゃないよ」

 

僕から見たらレイナーレはちょっとエッチなお姉さんだ。過去に兵藤一誠という人間を殺した経歴があれど、僕に害があったわけでもない。僕は他人の評価は気にしないタイプだ。

兵藤が言っていることは理解出来るのだが、だからそれがどうしたというのだろう。僕からしたら兵藤という人間を殺したことに何かを言うつもりもない。きっとそれが間違ったことであっても。

 

「アーシア、こっちにいらっしゃい。今日の儀式はまだ終わってないのよ」

「……レイナーレ様、私は……」

「今日の儀式さえ終わればあなたは解放される。私は癒しの力を得られる。互いにとって良い関係でしょう?何を拒むのかしら」

「でも、私は……あのようなことをする人達の言うことは信じられません!」

「私だって改心したのよ?困ったわねぇ」

 

何があったのかまるでわからないが、シスターの少女が忌避することなのはわかった。隣でほのぼのと相手に聞こえるように呟くレイナーレはパッと組んでいた腕を解き、その身を転身させる。それは露出強のボンテージへと衣装を変え、翼をはためかせるとアーシアという少女に近寄り……それを兵藤が阻んだ。

 

「悪魔の駒に成り下がった身でよくもまぁ生きてられるわね。その拾った命を大切にしなさいな。今度は見逃してあげる」

 

暗に邪魔するなら消す、と言っているレイナーレを前に兵藤はその手に籠手らしきものを具現化させた。完全な売り言葉に買い言葉、戦闘態勢への発展である。

 

「誰がアーシアを渡すか!」

「何かと思えばただの【龍の手】じゃない。そんなもので勝てると思ってるの?」

 

瞬く間にレイナーレが光の槍を出現させ、投擲すると兵藤の足を貫く。その一撃だけで兵藤は膝をつき、四つん這いになって荒い呼吸を繰り返す。

 

「イッセーさん!」

「アーシア、あなたが大人しくついてくるというのならその男は生かしておいてあげる」

「……ダメだ、アーシア、行くな」

 

アーシアという少女が膝をついた兵藤の隣に膝をついて、見たこともない淡く優しい光を手に宿して傷口に翳すとその傷が塞がっていく。治療が終わった後で少女はゆっくりとレイナーレの元へ歩み寄った。

 

「そう。いい子ね。というわけだからカナタ君、デートはおしまい。少し名残惜しいけれど、今日のところは帰らせてもらうわ。今度会うのを楽しみにしてる」

「待て……!アーシアァァァァァ!!!!」

 

昼下がりの公園に兵藤の絶叫が響いた。煩い。

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