太陽と月のハイタッチ 作:黒樹
ご了承ください。
「……あぁ、やっぱり普通にいるんですね」
翌日のお昼休み、いつものベンチに来た小猫がそう言って僕の隣に腰掛ける。何処か安心したような様子でお弁当を広げながら、チラチラと此方の様子を窺い見ては、サンドイッチを口に運ぶ。
いつも通りの光景に僕も愛妻弁当を広げ、冷めても美味しい弁当の味に舌鼓を打った。
「いるよ。学校あるんだし」
「私は先輩が逃げたのではないかと、そう思ってました」
「なんで?」
「積極的に未知の存在を避けているようでしたので」
積極的に避ける、とはまた面白い表現だ。
「僕としては堕天使や悪魔に興味はあるんだけどね。彼女がどうにも忌避しているから僕も従っているわけで、嫌いというわけじゃないんだけど。まぁ面倒ごとは御免かな」
あくまで小猫とは良好な関係でいたい、と伝えると要領を得ないようで小首を傾げられた。
「先輩は私が何であってもいいと?」
「悪魔だろうが堕天使だろうが種族が違うだけでしょ」
「では、それ以外の何かだったら……?」
「それ言うと小猫ちゃんって純粋な悪魔でもないよね。あの姫島先輩もだけど」
僕が感じたままを言うと、小猫の瞳が驚きに見開かれた。
「わかるんですか?」
「なんとなく、違和感みたいな感じかな」
最初は『有名人のちょっとしたオーラ』みたいな感じだと思っていた。その感覚を肯定するかのように学校の有名人達からは特殊な気配を感じていた。生徒会のメンバーも、やはり生徒会に選ばれるだけあって独特な雰囲気があるというか、やっぱり僕なんかと違って特別なんだろうと思っていたのだが……。
「生徒会の人達もひょっとして悪魔だったりする?」
「……先輩にはいつも驚かされますね」
どうやら僕の感じていた煌めきとやらは、人ならざるものの気配だったらしい。
「で、話を戻すけど。小猫ちゃんと姫島先輩から感じるのは悪魔だけの気配じゃないっていうか……あまり比較対象がないから自分でもよくわからないんだけど、違和感があるってだけで、完璧に理解できているわけじゃないんだ」
「そういう特異体質の人間は多いですから。でも、やっぱり先輩は例に漏れて特異体質なんですね」
「あはは……知らない方が幸せってこともあるかもね。だけど僕は、僕って存在を割と気に入ってるんだよ」
ベンチから後ろを振り返れば校舎が目に入る。教室では何も知らない一般人達が学生生活を謳歌している姿が目に映った。友達と談笑し、絆を深め合う、そんな光景が。裏では悪魔や堕天使などの超常の存在が蔓延っているとも知らず平和な世界を生きている。僕はその合間でゆらゆらと揺れる陽炎のように過ごしていた。
きっとあの光の中では手に入れられなかった幸せがある。グレイフィアとレイナーレ、二人と知り合うこともなかっただろう。そんな未来僕は要らない。はっきりと断言する。
「僕自身深く関わるつもりもないけれど、でも知っているのと知らないのとでは違うからね。僕は知れて良かったと思ってる。まぁ実際僕の体質を考慮すれば、知らないわけにはいかないんだけど」
「そんな先輩に部長から伝言です。放課後、オカルト研究部に来るようにと」
「……それって拒否権ある?」
「まぁ、先輩がどうしようが先輩の勝手ではありますけど、私の立場を考えるなら拒否はしないでほしいです」
そんなセンチメンタルに浸っていると小猫は容赦なく自分の要件を伝える。此処に来たのもリアスグレモリーから伝言を預かってきたようで簡単に伝えると、自分の昼食を美味しそうに食べ出した。本能に忠実な後輩だ。
更にはあの時、味方をしてもらった手前、断れないときた。実に策士である。そういう事情も踏まえて、あの赤髪の美人先輩は小猫に伝言を託したのだろう。
「これは一本取られたね」
「オカルト研究部の部室に叶多先輩を招くのは初めてです。楽しみです」
「んー。でも、今日は予定があるんだけど」
「何の予定ですか?」
「レイナーレの日用品とか色々買い物に行かなきゃいけなくて」
いくら可愛い後輩の頼みといえど、先にした約束を破るなど僕には到底できない。先約があるのだ。昨日の件もあってかグレイフィアも楽しみにしているしドタキャンしてみろ死ぬぞ。
「では、今日じゃないならいいんですね」
「こっちの都合に合わせてもらうことになるけど」
「いえ、先輩にも都合が合わないのは仕方ありません。此方から無理を言っているわけですし」
「そう言ってくれると助かるよ。じゃあ、多分明日には日程が決まるはずだから」
「はい。先輩、お気をつけて」
いつもの昼食会はこうして何事もなく終わった。
◇
それから数日後の放課後、僕は小猫の先導で旧校舎を訪れていた。なんでも木造の旧校舎にオカルト研究部の部室があるらしく、連行されるままに僕はついてきた。床は軋み悲鳴を上げる中、やけに大きな両開きに扉の前で小猫は立ち止まると軽く叩いて中に声を掛ける。すると柔和な女性の声が返事を返した。
「どうぞ」
多分、そんなニュアンスだったと思う。
小猫が扉を開けて中に入る。その後ろからついて行った僕の耳に入ったのはまず、大量の水音。大量に流れながら何かに弾かれる音はまるでシャワーでも浴びているかのようで、あまりにも突飛な発想に僕は鼻で笑った。そんなわけないじゃないかと。
しかし、そんな僕の耳の感覚を肯定するかのように視界に入ってきた光景は衝撃的だった。
促されて入ったオカルト研究部の部室には一枚の仕切の白いカーテンが引かれ、その向こうでは女性のシルエットが浮かび上がっており、シャワーを浴びていたのだ。因みにだがこの学校にはシャワー室もあり、部活動後に使う生徒も多いのだが部室内にはまずない。なんなら旧校舎には絶対にない。そう言い切れる。
その不可能を可能にしたのが、無理に持ってきたようなバスタブだった。そんなものが有ればシャワー室など作れよう。というかむしろ無理に使ったのかも知れない。
「朱乃、タオル」
「はい、部長」
カーテンの向こうから伸びた手に姫島先輩からタオルが手渡される。影はカーテン越しに揺らめき、やがて服を着るような衣擦れの音が僅かに響いて、終わったのかシャっと音を立ててカーテンが暴かれた。
「待たせたわね」
因みにだが、この間、部室にいた兵藤一誠がカーテン向こうの音に聞き耳を立てて影すら透かさんばかりに目を見開いていたことを追記しておく。
「あら、どうしたの?座って頂戴」
立ち尽くしている僕を不思議そうに見て、グレモリー先輩が着席を促す。なんというかあの時と違った雰囲気に面食らいながら、僕はソファーの上にちょこんと座った。隣にはさりげなく小猫が座る。
「……そうね、まずは何から話すべきかしら」
いざ対面したところでグレモリー先輩はそう言って思い悩む。横から差し出された紅茶を啜ってはほっと一息、まるで実家のように寛ぐ姿に僕の毒気も抜かれる。
–––思ったよりも普通だな。
グレイフィアからはあまりグレモリーに関わりすぎるなと散々口を酸っぱくして言われた。それを踏まえて話し合いの場に顔を出したのだ。曰く、これは必要なことなのだと。衝突や厄介ごとを避ける上で、必要な犠牲とはよく言ったものだ。若干、前日のグレイフィアは少し不機嫌であまり賛同的ではなかったのだから。
「そうね、あの堕天使は元気かしら?」
僕もグレイフィアに倣って警戒しているとグレモリー先輩から思わぬ言葉が出た。
「悪魔が堕天使の心配ですか?」
「あなたが思っているようなことではないわよ」
廃墟でのグレモリー先輩の言動とは違う一節の言葉が出てきて、思わず面食らうとそうではないと彼女は否定する。あぁ、どうも警戒しているのはあちらも同じらしい。
「別に普通ですよ。家では料理の勉強をしてます」
「堕天使が、料理のお勉強……」
それほど衝撃的なことであったらしい。
グレモリー先輩は戦慄している。
「また何か企んでいるというわけではないのよね?」
「企んでいる、といえば企んでますね」
滋養強壮の料理を作って夜の生活に精を出したりとか。
最初は遠慮していたものの、最近は身の危険を感じる。
「……もういいわ。なんとなく、あの堕天使の家での様子が目に浮かぶようだから」
よほど衝撃的な事実であったのだろう、それ以上は堕天使について詮索しなくなった。人間といちゃいちゃする堕天使の姿をあまり見たくはないらしい。
「危険性がないのは理解したわ。あなたの言った通り、アーシアは無事だった。何よりもアーシアの言い分もあることだしね」
そう言ってグレモリー先輩が側に目を向けると、いつぞやの金髪のシスターがにっこりと笑う。どうも、と僕は意味もわからず会釈を返す。
「はぁ、それで僕を呼び出したのってレイナーレの様子を聞くだけじゃないんですよね?」
きっとグレモリー先輩の目的はそれだけではないはずだ。真剣な話し合いのはずなのに隣で呑気に菓子食ってる小猫を見下げて、僕は嘆息して話を促す。
すると待ってました、と言わんばかりにドヤ顔でグレモリー先輩は言った。
「ええ、その通りよ。大空叶多君、貴方私の眷属にならない?」
実にいい笑顔だ。僕も笑顔を返す。
「全力でお断りします」
「人を辞めることにも色々とメリットはあるのよ。寿命だって延びるし、今よりもっと強くなれる。なんなら眷属としての仕事全面免除でもいいわ!」
何故か、グレモリー先輩は引き下がらなかった。
悪魔の甘言とはまさにこのこと。
「それにあなたと大切な人というのは種族的に寿命が違うでしょう?それほど悪い話ではないと思うのだけど」
何処まで調べたのか、グレモリー先輩はそう宣った。
人間の寿命というのは儚い。
悪魔や堕天使と比べて、とても短い。
きっと人間のままでは、生涯を共にするなんて無理だ。
そんなのわかり切っている。
「悪魔になるなって大切な人から言われてるので。それに僕、もう殆ど人間じゃないんですよね」
僕は首にあるチョーカーの月のアクセサリーを指先で弄った。
「あの力を受け入れた代償か、僕の寿命は人間のそれじゃないんです。はっきりとしたことはわからないですけどね」
寿命が延びたというよりは、成長が止まってしまったような感覚だ。だからきっと、この先老いることはない。けれど、不老不死ではないだろう。なんとなくそういう気がするだけだけど。
「意志は固そうね。わかったわ。でも、一つだけお願いがあるの」
諦めがついたのか、グレモリー先輩は勧誘を止める。それほど固執していたわけでもないようだ。
「オカルト研究部に入りなさい」
そして、また別の勧誘だ。
「オカルト研究部って悪魔だけが所属しているんじゃないですか?」
「通例ではね。でも、今回は特例よ。貴方みたいな行動の読めない人を放っておくとこの地域を管理する私の立場が危ういのよ」
「管理、とは随分なものいいですね。此処は日本の領土だと記憶していますが」
「表では一応、駒王学園の理事長の所有物よ」
「……?あぁ、なるほど。この学校も悪魔のものなんですね」
驚愕の真実、駒王学園は悪魔が運営していたらしい。
「話が早くて助かるわ」
「でもやっぱり広い目で見ると日本の領土では?」
「それが裏社会というものよ」
実に難しい話だ。だけど、その裏に関わるなってのがグレイフィアの願い。それを無碍にすることなど僕にはできない。その日常を守るための犠牲も必要上のものであるのなら、彼女もとやかく言わないのであろうが。
「所属だけ、なら」
こうして僕は客人としてオカルト研究部に入部することになったのだ。僕の細やかな幸福を守るために。
多分、ライザー編が終わるまではやるかもしれない。