太陽と月のハイタッチ   作:黒樹

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捧げる罪

 

 

 

異変に気付いたのは全てが始まった後だった。

毎日のように喧嘩していた友達と、その日は珍しく取っ組み合うほどの大喧嘩。

次第に熱くなっていった口論から、僕達は止まらなくなっていたのだ。

そうして起こった悲劇を今でもよく覚えている。

子供ながらに力任せに突き飛ばした友達が、思ったよりも吹き飛んで机にぶつかって怪我をした。いや、怪我なんて生易しいものじゃない。その子の腕は反対に曲がっていた。死に掛けた。

腕から突き出た骨、流れ出す鮮血、痛みで泣くこともできないその子は微かに呻いた。

見ていた他の子供達が大人を呼び、何があったのかを説明する。他の子供達が指差し、大人が僕を見た時、それが恐ろしくて僕はその場から逃げ出した。

 

走って。走って。走って。

その日は雨が降っていて、転んで水溜りに頭から突っ込んだ。

泥濘んだ道を立ち上がり、ただひたすらに走る。

誰もいない場所へ、森の奥へ駆け込んで。

それから木を殴りつけた。

拳を痛めつけるつもりだったのに、僕の拳は木の幹を砕いた。

僕の手は無傷だ。異常な力に瞠目する。

 

–––おかしい。

 

子供であろうとその異常性は理解できた。自分の身体に何かが起こっている。それが何かはわからないが、その友達を傷つけたショックは大きかった。

 

それから数年して、更におかしいことに気付いた。

僕の周りは異常気象が起こる。

夏は熱中症患者が増えて、冬は雪が瞬く間に溶けた。

スプーン曲げ程度ならまだ普通だ。

鉛筆が簡単に折れる。ボールが潰れる。包丁が曲がる。プールが沸騰する。フライパンが溶ける。

全部、全部おかしい。

 

もっとも最悪だったのは、キレて喧嘩になると相手が傷つくこと。悪循環が僕を壊して、ただひたすらに喧嘩をしては周りを傷つけ始めた。どうせ存在そのものが誰かを傷つけるなら一人も二人も変わらないと思った。全部、全部全部壊して僕は一人になった。そして、最後に残ったのは虚しさだけ。

 

山奥に逃げ込み、ただ一人叫ぶ。

獣のような、咆哮をあげた。

 

 

そうして始まった隠遁生活。

誰もいない人里離れた山奥で僕は生活した。

湖の辺り、山小屋があった。

幸いにも何年も誰も使っていない、痕跡のない建物。

まるで僕のために建てられたみたいだと、思ったのを覚えている。

森に迷い込んだ幼子を帰したこともあった。

他に訪れる者などいなかった。

 

そんなある日、また誰かが迷い込んだ。

血の匂いがした。それに引き寄せられた僕は見た。

湖の辺りに銀髪の女性が倒れているのを。

それを追って現れる悪魔達を。

 

女性は助けを乞わなかった。

それもそうだ、こんな山奥に人などいるはずもない。

だから、彼女は悲鳴をあげないのかと思った。

迫りくる魔法の光を前に、悔しそうに唇を噛んで。

ただ、一筋の涙を流した。

 

–––死にたくない。

 

唇は微かにそう紡いだ。

僕だってこの力を誰かを助けるために使ったことさえあった。だけど、助けた相手は怯えながらこっちに来るなと叫ぶ。僕を“化物”と呼んでは物を投げつけた。

繰り返すのか?–––忌まわしい記憶を。

それでも僕はもう一度、誰かを助けるために。

 

 

 

それがグレイフィアと出逢った運命の日。

僕が生きる意味を初めて知った日だった。

 

 

 

 

 

 

「グレイフィア・ルキフグスは大罪人よ」

 

繰り返しグレモリー先輩が告白する。再度確かめるように言われた言葉を僕は正しく理解した。反論しようとしないグレイフィアを一瞥して事実だと悟る。

 

疑問に思わないわけがなかった。

昔、出逢った彼女は悪魔達に追われていた。傷ついていたし魔力も殆どなく、抵抗さえ出来ない状態だった。その理由を追求するより彼女の側に優先した僕は、ただずっと彼女が自分から話してくれるのを待った。

その結果、明かすことを選んだらしい。

過去の精算とは、こういうことかと推察する。

 

「罪状は?」

「旧魔王派が引き起こした内乱においてグレイフィア・ルキフグスは現魔王のセラフォルー様と対峙し、互角の激闘を繰り広げ、更には多くの上級悪魔を殺害した危険人物よ。特級のはぐれ悪魔認定されているわ」

「勝てば官軍負ければ賊軍か」

 

勝者が正義、敗者は犯罪者扱い。何処の世も同じらしいと僕は悲嘆する。

まさかこんなことを今まで隠していたなんて、夢にも思わなかった。

 

「そんなことで今まで悩んでたの?」

「叶多、私は……」

 

目を伏せて言い淀むグレイフィアの前に立つ。

 

「まさか僕の前からいなくなるとか言わないよね?そんなこと考えてるんだったら怒るよ」

 

未だ顔は伏せられたままだ。

考えていたらしい。

 

「叶多はそれがどういうことかわからないんです」

「わかってるさそれくらい。君といたら悪魔を敵に回す可能性がある。でも、もう無理だよ。グレイフィアを追って来た悪魔を何十人も殺した後だし。同罪ってやつ。僕の罪状は内乱における犯罪者を匿ったってところかな」

 

ねぇ、そうだよねグレモリー先輩と顔を向けると微妙な顔をされた。僕の考えが正しければ僕という存在の突飛な行動を警戒しているように見える。実際、僕はもう既に幾つもの策を練っていた。そしてこれはまだ推測の域を出ないが、グレモリー先輩も現状を利用しようとしている可能性は十分に否定できない。

 

「あのさ、僕にグレイフィアを捨てるなんて選択肢は最初からないんだよ」

 

諭すように言ってから、僕は彼女の肩を抱いた。

 

「君と出逢ったその日から、僕の気持ちは変わらない」

 

グレモリー先輩に向き直る。

僕は今この瞬間、彼女を脅す。

 

「グレモリー先輩、僕には選択肢が三つあります」

「はぁ。そうよね。続けなさい」

 

指を三つ立ててから、またゼロにして人差し指を立てる。

 

「まず一つ目、教会に所属して祓魔師になる」

 

悪魔を狩る神側の使徒だ。戦争をしている三大勢力で人間が多く所属しており、始めに言っておくが悪魔と蜜月をするような僕では既に異端の使徒とされるだろう。

 

「二つ目、堕天使側の勢力“神の子を見張る者”に所属する」

 

はぐれ者の集まりと言われている集団だ。レイナーレの話ではトップのアザゼルという堕天使が神器の研究をしているらしく、高待遇を受けられる可能性がある。何より一番可能性があるだろう。悪魔と一緒にいたとしても。

 

「三つ目、グレモリー先輩の婚約破棄に協力する代償に便宜を図ってもらう」

 

お互いにWIN-WINな関係となるわけだ。

中指、薬指と立てて三つ立った。

小指を立てる。

 

「四つ目、グレモリー先輩達を消す」

「一つ増えてます先輩」

 

目撃者を消す。これに関してはただ言ってみただけだ。現実的ではないし、今の状況が改善されないのでは意味がない。何より無意味に彼らを殺すのは気が引ける。小猫とは仲が良いし。その後輩といえば、僕が四番目の可能性を示唆しても微動だにしなかった。あのグレモリー先輩ですら表情を変えたというのに。

可愛い後輩のことだから、僕にその気がないのを見抜いていたのだろうが。

 

「さぁ、どれがいいですかグレモリー先輩。もし僕を謀れば、旧校舎にいる子がどんな酷い目に遭うか……」

「あなたどうしてそれを–––っていうか、それ脅しよ。わかってる?」

 

腹芸ができなくて、どうやって悪魔と渡り合うか。

僕もそれがわからないほど馬鹿じゃない。

 

「部長、此処は彼の提案に乗るべきでは……?」

「そんなのわかってるわよもう!」

 

姫島先輩に後押しされて、半ばヤケクソ気味に協力関係が結ばれた。

 

 

 

帰路を歩くグレイフィアの足取りは軽い。普段は外で腕を組みたがらないのに、今日は無言で腕を取って絡めてきた。少し早歩きになるところが彼女らしくなくて、思わず僕は笑ってしまう。

 

「……何を笑ってるんですか」

 

不機嫌そうに唇を尖らせる珍しく見せた可愛らしい顔は夕焼けに染まって、頬が赤く染まって見える。自分が浮かれて足取り早くしていたことには気付いていたらしく、何処となく不満げだ。

 

「いや、なにも」

「嘘です。私を見て笑ったでしょう」

「……嬉しくてさ」

「はい?」

「嬉しいんだ。グレイフィアが今まで隠していたことを知れたことが」

 

それでもって、もう一つ。

 

「だって今日、君は初めて笑顔を見せてくれた」

 

僕がグレイフィアと出逢ってから今まで、笑顔を見たことなんて一度もない。いくら時を共に過ごそうと何処か壁があったし、彼女が笑ってくれないのは僕のことが好きではないのではないかと思ったほどだ。

 

「私が叶多を好きじゃないなんて、そんなはずはないでしょう」

 

そう伝えると、返ってきたのは何処か優しく柔和な声。

 

「–––愛してます。惚れ直しました」

 

一言一言大切に紡いで、更に身を寄せて頭を寄せる。

僕の肩に触れた彼女の頭が、擦り付けられる。

 

「でも、良かったんですか。あんなこと言って。もう戻れませんよ」

「やらずに後悔するよりかはいいでしょ」

 

もしグレイフィアを見捨てる結果になっていたら、それを僕は後悔しただろう。

この先に進んで後悔するかもしれないのなら、そっちの方が断然いい。

僕はそう言い切る。前者を選んだ場合、僕は後悔を抱えて生きることになる。そんなのは嫌だった。

 

「でも、あんなこといつから考えていたんですか?」

「あんなことって?」

「悪魔祓いになるとか、堕天使の勢力に与するとか」

「あー、あれ?即興だよ。まさかグレイフィアが魔王に喧嘩売るほどだとは思ってなかったし」

「そんな行き当たりばったりな……」

「でも、何が起きてもグレイフィアと一緒にいるって決めたのは、君と出逢った最初の日から」

 

それだけは違えないようにと願い決めたのだ。

彼女があの日のことを覚えてなくても、構わない。

 

「いきなりそんな不意打ちは卑怯です」

 

珍しい。今日はまた顔が赤くなった。

そっぽを向いて、照れ隠しに腕を強く抱き締める。

私も離さないと。

そう言っている気がした。

 

「あー、ずるい私だけ除け者にして」

 

グレイフィアとは反対側の腕をレイナーレが取って、腕を組む。二人同時に抱きつかれたか物凄く歩き辛くなった。その上、周りからのなんだあいつ?みたいな視線が降り掛かってくる。

 

「う、嬉しいけど少し歩き辛いよ」

 

黒猫が何処かで鳴いた。見れば、十字路を駆けていく。

ポストの上に飛び乗って、此方を見た。

それを見たグレイフィアの足がピタリと止まる。

つられて僕も止まって、レイナーレも止まった。

さっきまでデレデレとしていたグレイフィアの雰囲気が消え去り、黒猫を睨みつけた。

 

「何者ですか?」

『そんなに警戒しないでよー。私はただ挨拶しに来ただけなんだから』

 

赤いポストの上に腰を下ろした黒猫は、のんびりと欠伸をして黄色い瞳を向けてくる。その宝石のような瞳の中心に映るのは僕。

 

「猫が喋った」

『驚いた?』

 

悪魔や堕天使がいる。魔力や神器なんて特殊な力もある。なら、猫が喋るのもあり得ないことではない。そう結びつけると驚きはすぐに薄れ興味が目の前の黒猫に移る。その黒猫はくすくすと笑うように尻尾を揺らして、悪戯が成功した子供のように喜んでいた。随分と上機嫌みたいだ。

 

『私の名前は黒歌』

「はぐれ悪魔ですね」

『私もあなたのことは知っているわよ。グレイフィア・ルキフグス』

 

両者が睨み合う、一触即発の状況にグレイフィアの肩を抱いた。

 

「はいストップ。喧嘩しないの」

「ですが叶多、相手は主人殺しのSS級はぐれ悪魔。危険です」

「それ言うとグレイフィアはそれ以上でしょ」

「……今日の叶多は意地悪が過ぎます」

 

本気で言ってないことがわかっているのか、グレイフィアは拗ねてそっぽを向いた。

 

「グレイフィアが僕の心配をしてくれていることは理解しているつもりだよ。だけど、だからこそ罪人ってだけで黒歌の話も聞かずに遠ざけるのは違うと思うんだ。罪を犯すのだってそれなりに理由はあるわけなんだし」

 

グレイフィアにも理由があったはずなんだ。それならこの黒猫にだって理由がないはずない。

 

『にゃるほどにゃー。道理で白音があなたのことを気に入るわけね』

「白音って?」

 

誰かの名前を呼んだ黒歌はぱちくりと瞬きをする。

 

『あら、やっぱりあの子話してないのね。実の姉が罪人だなんて言いたくないわよね』

 

何処か悲嘆に包まれた物言いが寂しそうであった。

 

『まぁいいわ。それにしてもあなた凄い陽気ね。ゾクゾクしちゃう。流石は太陽の魔力の持ち主と言ったところかしら』

 

黒猫がぽろっと呟いた瞬間、俊敏な動作でグレイフィアが庇うように前に出た。

 

「叶多の何が目的ですか?」

『あえて言うなら、子種かしら』

 

更に庇うようにレイナーレが前に出る。

 

「へぇ、ぱっと出の女が何を言ってるのかしら?」

『だってぇ〜、疼いちゃうんだもん』

「やっぱり危険です。叶多、後ろへ」

 

何やら恐ろしい戦いが始まろうとしていた。だが、女の子に庇われていては男の名が廃るというもの。黒猫に敵意はないことは確かだが、引き下がるわけにはいかなかった。

 

「この変態猫。カナタ君は渡さないんだから」

「ええ、そうです。この淫魔にはお仕置きが必要ですね」

『淫魔って、どっぷり嵌ってるあなた達に言われたくないんだけど』

 

レイナーレとグレイフィアは顔を赤くして、無言で魔力を展開した。

 

「ちょっと待った二人とも。何する気!?」

 

慌てて止める。今にも黒歌に向かって魔力の全力攻撃を行いそうであった。

 

『あははっ、無理にゃん。敵意のないその子の前で殺す気もないくせに』

 

散々、揶揄うせいで僕の疲労はピークに達しそうだ。二人を宥めたら魔力と光の槍を仕舞ってくれる。もし、誰かに見られたら事だが不思議と周りに人の気配はない。この黒猫の仕業か。

 

「何時から叶多を狙っていたのですか」

『別にそういう意図はなかったんだけど。妹を観察してたら、よく話す人間がいて、あまつさえ膝の上に乗ってるじゃない?関係も気になるし、その男が太陽の魔力を持っているなんて知ったら、話してみたくなるじゃない』

「膝?」

 

心当たりが一つしかない。

膝の上に乗るのなんて、小猫くらいだ。

 

「もしかして、小猫のお姉さん?」

『今はそう名乗っているようね』

 

まるでクイズだ。当たったことが嬉しいのか黒歌の尻尾がゆらりと揺れる。

その直後にポストの上から飛び降りて、彼女は数歩進んだ先で振り返った。

 

『大空叶多、あなたには期待してる。今度はベッドの上で蜜月を楽しみましょう』

 

黒猫は軽快な足取りで駆けて行った。




酷いこと。
カナタ♀「さぁ、今日はどんな服を着せてあげようかしら?」
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