ロクでなし魔術講師ととある新人職員   作:嫉妬憤怒強欲

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第1話 とある新人職員/セシリアから見て彼は…

【聖暦1853年・アルザーノ帝国・学研都市フェジテ】

 

 アルザーノ帝国の南部、ヨクシャー地方にある学研都市フェジテ。

 

 立ち並ぶ建物の造りは鋭角の屋根が特徴的な古式建築様式でまとめられ、重厚で趣深い町並みを演出している。その一方で、他所との交易関連においては魔術的な素材や物品などが主で、人の出入りも活発であるため、必定、常に国内流行の最先端を行く——新古の息吹に満ちた町だ。

 

 そのフェジテの北地区には、敷地を鉄柵で囲まれた壮麗な威容がある立派な建物、アルザーノ帝国魔術学院がある。

 

 アルザーノ帝国魔術学院は今からおよそ四百年前、アルザーノ帝国が時の女王アリシア三世の提唱により、巨額の国費を投じて設立した国営の魔術師育成専門学校だ。今日、大陸でアルザーノ帝国が魔導大国としてその名を轟かせる基盤を作った学校であり、常に最先端の魔術を学べる最高峰の学び舎として名高く、魔術を学ぶ者にとっては憧れの聖地とも呼ばれている名門校である。

 

 

 

 

 

 

 白い寝台と薬品棚が並ぶ学院の医務室にて。

 一人の女性が、体調を崩してしまったのか、寝台に横たわって診察を受けていた。

 その女性は十代後半から二十代前半の間で、腰まである柔らかなプラチナブロンドの髪を三つ編みにした、線の細い、いかにも儚げな印象の美女である。

 

 室内の椅子に腰掛け、女性を診察している方は、二十代前半あたりの若い男性で、柔らかな鳶色の髪をカールにし、眼鏡をかけている。その長めの前髪と野暮ったい黒縁の眼鏡が青年の素顔を衆目から隠しているが、目鼻、顔立ちが整っているのが分かる。黒のスラックスと白のシャツに黒のベスト、黒の手袋……紳士が着るような服をきっちり着こなし、その上に簡素な白衣を羽織っている。

 

「……」

 

 青年は服越しに聴診器のチェストピースを当てる場所を変えて、息を潜める。

 なんとも言えない沈黙を挟みつつ、心臓の音が正常に動いていることを確認して、イヤーピースを耳から離した。

 

「ふう……血圧、脈拍、心音に異常は見当たりません。とりあえず今のところは落ち着いたようです」

「有難うございますクリストファー先生、おかげで大分楽になりました」

 

 診察が終わり、女性は青年に感謝の言葉を述べる。

 

 青年の名はクリストファー=セラード。

二ヶ月前からアルザーノ帝国魔術学院に赴任している新人教員だ。とは言っても、担当するクラスはなく、基本は医務室に在中するのが彼の仕事だ。

 

 この学院にはセシリア=ヘステイアという若くして第四階梯に至った法医師がいる。例外的に公的な立場で法医治療を一般人に施すことを許されている、法医術研究の大家であるヘステイア家の出身で、法医呪文や魔術薬学に関する造詣や腕前は学院随一である。

 

 

 そんなエリート兼天才がいるのになんで補佐とはいえ追加する必要があるのだろうか?

 

 そう思っていた時期がクリストファーにはあった。

 

「ですが内臓機能が安定するまではしばらく横になっていてください」

「い、いえ私には今日の仕事が……」

「駄目です。先程吐血していたばかりの貴方を仕事に復帰させるのは無茶だというのは貴方にもわかるはずですよ。セシリア先生?」

 

 

 実はクリストファーが診ていた女性、彼女こそこの医務室に勤める法医師セシリア=ヘステイアだった。彼女は確かに法医師として高い技量を持つが、生まれつきほぼすべての内臓が弱い虚弱・病弱体質だった。それも頻繁に吐血する程の。

 

 クリストファーが着任した時も、セシリアが突然血を吐いて倒れ、初日早々に彼が治療をすることになった。その後もそれが毎回デジャブのように繰り返され、今となってはそれが日課となっている。

 

 というか初日から診察の相手、殆ど彼女じゃね?

 

「お仕事が大切だと思う気持ちは分かりますが、無理は禁物です。ちゃんと寝て安静にしていただかないとぶり返しますよ」

「で、でも。医務室を預かる身として、休んでばかりでは……ゴホッゴホッ」

「ほら、言ってる矢先に」

 

 棚から清潔な白布を取り出し、再び吐血したセシリアの口元をそれで丁寧に拭く。真っ赤な血で染まった布をゴミ箱に捨てると、今度は白い清潔な掛け布団を彼女に掛ける。

 

「とにかくセシリア先生は寝ててください。仕事もせずに眠るのは気が引けるでしょうが、貴女の場合は仕方がない。仕事のことは自分にお任せを」

「いえそんな、悪いですよ」

「自分は貴方の補佐をするためにここにいます。無理して仕事をさせてまた倒れてしまえば、それは自分の責任になってしまいます」

「うっ……」

「それに、自分の手に負えない患者が来た時、頼りになる貴方が動けなかったらいったい誰が治療するんですか?」

「た、頼りになるって……」

 

 真剣な表情で言うクリストファーにセシリアは反応に困り、思わず顔を赤らめた。

 

(うぅっ……そんな言い方ズルいですよ)

 

 慇懃無礼な態度を取るクリストファーに押し切られ、セシリアは「あー」とか「うー」とかしばらく唸っていたが、やがて「はぁ…」とため息を吐き、眉を寄せて、少し困った様子で笑う。

 

「……分かりました。それではお言葉に甘えて少し休ませてもらいます。私が起きるまではここをお願いしますね」

「承りました」

 

 そう言ってクリストファーはお辞儀した後、セシリアから離れて、仕事机の上にある診察記録などの書類を整理し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(クリストファー先生…少し変わった人なんですよね…)

 

 セシリアは布団を深くかぶりながら、その隙間から覗くようにクリストファーの後姿を眺める。

 

 二ヶ月ほど前から自分の補佐についた彼のことが、セシリアには今ひとつ分かりかねていた。

 アルザーノ帝国魔術学院に通う生徒や講師には程度に差はあれ、魔術に情熱を注いでいる者達だ。嫌々この学院にいるものは見かけない。

 

 その中で、この男が魔術を見る目はどこか冷めているように感じた。

 治療するときもそれ以外のときも魔術を必要最低限しか使わない。その殆どは魔術に頼らない普通の治療法をとって治している。先程診察に使っていた聴診器も、なんの魔術的な加工も施されていない一般の町医者が使っている代物だ。

 本人曰く『法医師じゃない自分が些細な怪我に一々法医呪文を使ってしまえばいずれ患者は治癒限界を迎えてしまう。そんなことで未来ある生徒たちに後遺症を残してしまうのは愚の骨頂。なら非常時以外は一般の医術で充分だ』とのこと。

 そこには生徒や他の講師たちにはある熱がない。

 

 どこか効率を重視していながらも生徒のことを考えている彼の言葉には、セシリアは随分と驚いたものだ。

 

 日々魔術の研鑽に励んでいる学院の者たちの中に、反感を抱いているのがいるが、それでもそれで的確に仕事をこなしているため誰も文句が言えない。

 

 実際彼が赴任してからはセシリアが一日に吐血する回数が日に日に減りだしており、その上彼から自分に対して下心のようなものが感じない。セシリアとしては彼が補佐についてとても助かっている。

 

 魔術学院の教員にしては異色の魔術師であるが仕事ができ、頼れる異性。それが偽りないセシリアの評だ。

 

(……まあ、無愛想なところがあるのが玉に瑕なんですけど)

 

 思わずクスリと笑っていると……

 

「……ん? どうかしましたか?」

「ッ!??」

 

 向けられる視線に気づいたクリストファーがセシリアの方を振り向く。

 

 まさか気づかれるとは思ってもみなかった。

 

 彼と視線が合った瞬間、セシリアの心臓が一気に跳ね上がり……

 

「ブゴバハァアアアッ!?」

 

布団の中で盛大に吐血した。

 

 

「……なんでさ?」

 

 

 

 

――――――新人教員は今日も朝から忙しい。

 

 




 セシリアの治療を終えた後、胃を痛めたクリストファーは大量の胃薬を口に運ぶのであった。

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