ロクでなし魔術講師ととある新人職員   作:嫉妬憤怒強欲

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血文字で『出番欲しい』とダイイングメッセージを残して倒れた法医師。

注)死んではいない


第3話 魔術の価値観/放課後の帰り道

 授業がある時間帯、いつも通り医務室で一応上司に当たる法医師の看護と薬品の調合をしていると、珍しい生徒が気分が悪いから休ませてくれと医務室に来た。

 

 生徒の名はシスティーナ=フィーベル、三日前に非常勤講師グレン=レーダスを決闘で打ち負かした女生徒だ。

人一倍生真面目で、魔術に対して掛け値なしの情熱を注いでいる彼女は、いくらあのダメ講師が授業をやらないとはいえ、何の理由もなく教室を離れたりしない。

 

 だが詳しく訊ねるのは憚れる。ちらりとしか見ていないが、彼女の瞼が赤く腫れていた。

 

(……あのダメ講師、またなにかやらかしたな)

 

 しばらくして寝台から起きたシスティーナが早退すると言い出したため、彼女の親友であり、家族も同然の間柄の女生徒にそのことを伝えに、クリストファーは魔術学院東館校舎二階の最奥にある二年次生二組の教室に向かった。

 

(……またあの男と顔を合わせなきゃならないのか)

 

 

……ああ、胃が痛い。

 

 

 

 

 

 例の決闘騒動でグレンがシスティーナに散々に負かされた末、彼女との約束を反故にしたという話があっという間に学院中に知れ渡り、瞬く間にグレンの評判は地に落ちた。三日経った今では、彼が廊下を歩けば、周りにいた生徒や講師達は、ヒソヒソと『ロクでなし』、『ダメ講師』、『最低な男』などと陰口を叩くようになっている。だが、グレンは周りの雰囲気を意にも介さず、自分のペースを貫き通していた。

 

……その図太い精神には特にシビれないし憧れない。

 

授業態度も改めず、今日も今日とて怠惰に惰眠を貪っており、生徒達に至っては諦めて各々で教科書を開いて勉強に打ち込んでいた。

 

 そんな中、それでもめげずに一人の女子生徒がグレンへ質問を持ち掛けるも、辞書と引き方を教えるだけという怠慢。もう愛想も尽きていたシスティーナも熱意ある学友がおざなりにあしらわれるのを許せず、前に出たのだがそこで再び問題が発生した。

 

”魔術って、そんなに崇高なものなのかね?”

 

 いつもなら罵倒されようが文句を言われようが、飄々とした態度を変えず無視を決め込むのがグレンという男なのだが、一体、何がその男の心の琴線に触れたのか、何故か今日はシスティーナの言葉に反応したのだ。

 

 その後、システィーナが当然のように魔術の偉大さを自分なりに弁論する。

『魔術とは世界の起源、構造、支配する法則。魔術はそれらを解き明かし、自身と世界の存在意義に対する疑問に答えを導き出し、人が高次元の存在へ進化するための手段。神に近づく行為であり、偉大で崇高な物である』

それは、言わば神に近づく行為。だからこそ、魔術は偉大で崇高な物である、と。

 

 だが、それに対しグレンは、今度はそんな魔術がなんの役に立つんだと来た。

『魔術は人にどんな恩恵を齎すのか。医術は人を病から救い、冶金技術は人に鉄を与えた。農耕技術、建築技術と、『術』の名を付けられた物の多くは人の役に立つが、魔術のみは人に何の恩恵も齎さない』

何の役にも立たないなら実際、それはただの趣味。苦にならない徒労、他者に還元できない自己満足。魔術は要するに単なる娯楽の一種である、と魔術を無価値と貶める。

 

 彼の指摘にシスティーナは何も言い返せないでいると、突然グレンは自らの主張を改め、その口より新たな言葉を発した。

 

 

“あぁ、魔術は凄ぇ役に立つさ――人殺しにな”

 

 それからグレンは次々と魔術の闇について説明しだした。学院の生徒たちが習う魔術、魔術関連における戦争の数々など、何かを憎むような表情をしながら語っていった。

 

 

 魔術を神聖視しているシスティーナは、最後まで食い下がったが結局何一つとして反論できず、涙を流しながらグレンを引っ叩いて教室から出て行った。

 

 

 

 

 

「……それで、更にグレン先生も自習と言い残して教室を去ったと?」

「は、はい……」

 

 

 肝心の講師が不在の静まりきった二年次生二組の教室で、クリストファーは綿毛のように柔らかなミディアムの金髪と、大きな青玉色の瞳が特徴的な少女、システィーナの親友であるルミア=ティンジェルにシスティーナの早退を伝えた後、先程までに起こった出来事を聞いていた。

 

 席について教科書を開いている生徒達は、グレンとシスティーナのやり取りに思うところあったのか、暗い表情で俯いている。

 

「あ、あの…クリストファー先生」

「……ティンジェルさん、何でしょうか?」

「先生は、どう思いますか?」

「グレン先生の言っていたことですか?」

「はい」

 

 お通夜にも匹敵する沈黙の中、ルミアは前々から気になっていたことをクリストファーに訊く。

 

 クリストファー=セラード、二か月前から学院に赴任している新人教員。担当するクラスを持っておらず、現在医務室に在中している彼は一般的な医術にも精通している。その実力は本物で、治療系の魔術を使う機会はとても少ない。そのことからグレンとは違うベクトルで魔術に対する熱意がないと言っていい。

 

 魔術学院において異端の存在である人物がいったい魔術をどういう風に捉えているのか。グレンとシスティーナが魔術における価値観についてぶつかり合った今を逃して訊く機会はないだろう。

 

 しばしの間を置いてクリストファーは己の見解を語り始めた。

 

「確かにグレン先生の仰ってた通り、魔術による戦争、犯罪。魔術で多くの人が死んでいることぐらいは知っています。ですが、そういった面があるというだけで人殺し以外に役に立たないというのは流石に極論すぎますね」

「じゃあ、先生はシスティーナの方が正しいと――――」

「残念ながら、逆に彼女の真理を追究する学問だという意見も極論過ぎると思いますがね。自分から言わせれば魔術そのものに善悪をつけるなんてナンセンスですね。摩訶不思議な力とはいえ、所詮は利用するだけの道具だというのに」

 

 クリストファーの発言に、教室がどよめく。魔術は道具であると断言した先の魔術は人殺しに役立つ宣言にも劣らない、魔術学院に勤める教員としては異端な持論だ。

 驚く生徒達に構わずクリストファーは続ける。

 

「薬は難病を治せる特効薬にも簡単に命を奪う毒薬にもなる。どちらになるかは作る人間の目的次第。それは魔術も同じ理屈です。魔術をどう扱うかは使い手の判断によって大きく変わります。真理を追究するのも、人殺しに使うのにも。方向性は違えどどちらも魔術を道具として使っています」

 

 確かにクリストファーの見方はある意味間違っていない。魔術を何らかの目的を達成するための手段と見なせば、あらゆる場面において魔術は道具として使われていると言ってもいいだろう。

 

 だからルミアや生徒達は言い返すことができない。システィーナのように盲目的に魔術を崇拝しているわけでも、ましてグレンのように暗黒面だけに焦点を当てているわけでもない。両側面を見た上で割り切っているのがクリストファーだ。

 

「要するに魔術は世界の真理を探究する学問ではありますが、同時に強大な力を併せ持っています。それを使えるだけで自分がなにかの特別な存在だと過信し、それ以外の一般人を家畜や泥人形のように見下す人でなし共が自身の欲望を満たすために魔術を悪用して大勢の人々が日々犠牲になっているのもまた事実です。それだというのに、グレン先生はそういった魔術の暗黒面や危険性しか見ようとせず、フィーベルはそれについて見て見ぬ振りをし、魔術の華々しい側面だけを宗教国家の狂信者のように神聖視して、世界真理などと言う耳に心地良いことだけを追い求める……どちらも子供だ」

 

 

――――特に魔術を教わって一年しか経っていない素人が全てを悟った賢者を気取っているのなら、甚だ考え違いも良いトコロです。

 

 

「「……」」

 

 ぐうの音も出ない、とはこの事だろう。クリストファーの意見を聞いた全員が発言しようとしない。いや、発言できない。それが事実であるが故に。

 システィーナのように魔術を神聖視している自分たちにも向けられているかのような辛辣な発言に歯噛みするクラス中の生徒たちを無視して、クリストファーは告げる。

 

「納得しろとまでは言いませんよ。ただ、理解はしてください。魔術とは無色の力であり、道具です。あなた方が学ぶその力は、自身の意思次第で誰かを傷つける危険だってあります。貴方がたが真に立派な魔術師を目指しているのなら、それを努々忘れずに己を戒め続けてください。それが、力を使う上で背負うべき責務だと自分は思います」

 

 クリストファーは最後にそう締めくくって、教室を出て行った。

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 数羽の烏が鳴き声を上げながら空を飛んでいく。

 

 

 今日の仕事を終えたクリストファーは、鞄を持って樹木と鉄柵で囲まれる魔術学院敷地の正門を出る。

 フェジテの表通りにさしかかると、いつものように空に浮かぶ幻の城――フェジテの象徴たるメルガリウスの天空城が視界に飛び込んで来た。

 延々と緩やかな下り坂の先へと続く大通りは空に視界が開けており、彼方に浮かぶ天空の城の全容を仰望できる。夕暮れ時、緋色に美しく染まる天蓋が、その荘厳なる城を黄金色に燃え上がらせ、その偉容をより一層映えさせているようだった。

 

―――それがクリストファーには鬱陶しくて仕方ない。

 

 今は夕方なので、昼間ほどではないが、前方の表通りにはそれなりに人が行き交いしている。その中に、学院で一番よく顔を合わせる人物を見かけた。

 

「おーおーねーちゃん。なかなか可愛いじゃん」

「これから俺達と遊びに行こうよ」

「そーそー、退屈はさせないよ?俺等女の子を悦ばすのは自信あるからさ♪」

「これから俺たちと飲みに行かねえ?」

「あの、すみません…結構です…」

 

 表通りの隅で、明らかにヤンチャしているような五人の若い男がセシリアを囲んでナンパしていた。通りかかる人は巻き込まれたくないのか、視線を下に向けて避けることに専念している。

 

……せめて詰め所にぐらいは通報してやれよ。

 

 上司の危機を見過ごせなかったクリストファーは歩を進める。

 

「まぁまぁそんな嫌そうにしないでさ。俺等と一緒に行こうぜ?」

「まだ後何人か友達いるからさ。君みたいな美人が来るって知ったら喜ぶだろうし♪」

「遠慮すんなよ」

「いや、本当にそういうのいいんで…」

 

 セシリアは何度も丁重に断るのだが男達の方はしつこい。しびれを切らした一人の男がセシリアへと手を伸ばす。

 

「あんまり聞き分け悪いとさぁ、いくら紳士な俺等でも怒るよ?……黙ってついて来い」

「い、痛ッ!? だからもうホントにやめブゴバハァアアアッ!?」

「「「ええええええ!?」」」

 

 男の手がセシリアの腕をギュッと力強く掴んだ瞬間、いつも通り彼女は盛大に血を吐いて倒れるのであった。そして吐き出された血の塊が掴んだ男の顔と石畳に飛び散っていて殺害現場のようになっている。それに通行人たちは立ち止まってギョッとなっていた。

 

「目が!! 目がぁぁぁ~~~!!」

「何これ!? 何なのこれ!? 腕掴んだだけで血を吐いたんだけど!?」

「ハァ、ハァ、ハァ…あっ、お婆ちゃん…久しぶり……」

「おい、なんか三途の川渡ってるぞ!」

「やべえよ、これ俺たちが殺したみたいになってね!?」

「ふざけんな!俺ブタ箱は勘弁だ!」

「そもそも声かけようって言ったのおめえだろ!」

 

 彼女の虚弱体質を知らないチンピラたちは、傍から見れば自分達が誤って人を殺してしまったかのような状況に大慌てである。その騒ぎように周りの通行人たちが集まりだし、人だかりができた。

 

(……そろそろ治療しないとマズいぞ)

 

 見苦しい責任の擦り付け合いを始めたチンピラたちに呆れ返ったクリストファーは溜息を吐きながらも『失礼、通してください』と言って掻き分けるように無理矢理体を押し込んでいき、人だかりの間をすり抜ける。

 

 

 と、その前に………

 

「おーい、警備官さーんこっちで人が倒れてまーす(裏声)」

「マズイ!もう来やがった!」

「人殺し―(裏声)」

「違う!俺は悪くねえ!」

「おい、とにかく逃げるぞ!」

「目がぁぁぁ~~~!!」

「うるせえ!いつまでも喚いてんじゃねえよ!」

 

 倒れた上司を治療するため、取り敢えず邪魔な連中を追い払うことにしたクリストファーが物陰から上げた芝居に、チンピラたちはまんまと騙され、盛大な勘違いをしたままその場から一目散に逃げ出す。

 

 完全にチンピラたちの姿が見えなくなったのと入れ替わりに、転がったセシリアに駆け寄ったクリストファーは手持ちの鞄から薬瓶を取り出した。蓋を開け、ゆっくりと中身をセシリアの口へ注ぐ。それから十秒も満たない内に彼女の悪かった顔色に赤みがかった色が戻った。

 

「う……うう」

「お加減はいかがですか?」

「あ、あれ? なんでクリストファー先生がここに?」

「その様子だと意識の方に問題ありませんね。跡がついていますね...少し触ります」

 

 セシリアを現世へ引き戻したのを見て周囲の人間はホッと安堵し、蜘蛛の子を散らすように解散する。クリストファーは野次馬たちに見向きもせず、ただ彼女の治療に専念するのであった。

 

 

――――――――。

 

―――――。

 

―――。

 

 

 

 無事に(?)吐血騒動が収束した後、クリストファーは治療したセシリアを背負い、夕暮れ時の道を歩いていた。

 

「あ、あのすみません…危ないところを助けていただいた上に送っていただいて……」

「これも仕事ですからお気になさらず。それよりしっかり捕まらないと危ないですよ」

「い、いえッ、お気になさらず! ちょ、ちょうど夕日が見たいと思ったので…!」

 

 背負われているセシリアは、肘を張って空けた隙間に通した足の膝裏の部分を大きくがっしりした手で支えてもらい、両手を肩においてあまり密着しない姿勢をとっている。……まさか学院では自分の助手を務める男にここまでしてもらうとは思ってもみなかった。

 医務室で診察してもらう時とは接触する部分が違うこの状況に、彼女は頬を若干赤く染めながら顔を伏せている。心臓もいつもより鼓動が早くなっており、気づかれまいと誤魔化すのに必死だ。

 

 

 周りを見ると、遠巻きに婦人たちが『あらあら』と微笑ましく二人を見ている。一見すると『リア充爆発しろ』状態なのだが、クリストファーはというと…

 

「此方であっていますか?」

「え?」

「ですから、帰り道は此方であってますか?」

「あッは、はい…」

 

真後ろの位置にいるため表情は窺えないが、いつもの淡々とした口調で喋っている。

 

 新聞部の学内ランキングでは『守ってあげたい儚げな美人ランキング』で常に首位を独走している美人な上司を背負っているというのに特に変化はなかった。……コノヤロウ、実はそっち系なんじゃないのかと疑いたくなる。

 

 自分に対して下心がないのはいいが、なんか自分だけ恥ずかしがってるのがバカみたいじゃないかとセシリアは『むぅ…』と頬を膨らませる。

 

 それも束の間、クリストファーは振り向きもせずに歩きながら口を開いた。

 

「ところでセシリア先生……実は先生にお尋ねしたいことがあるのですが……」

「は、はい…なんでしょうか?」

「セシリア先生は何のために魔術の研鑽を勤しむのですか?」

「えっ?」

 

 唐突なことにセシリアは戸惑う。何故自分にそんなことを聞くのか尋ねると、クリストファーは数時間前に二年次生二組の教室で起こったことを説明した。

 

「はあ、そんな事が……」

「それで先生はどういう目的で魔術師としての位階を高めようとしているのかと…」

「それは………」

「勿論単に気になっただけなので無理に話す必要はありませんが……」

「………」

 

 クリストファーの問いを真摯に受け止めたセシリアは、しばしの時を考え込む。

 彼が二組の生徒たちに言ったことは冷たい言い方だが正しい。医術も、そして魔術も、結局ソレそのものが悪であるということはない。ただ、使う者によって善にも悪にもなり得てしまう……要するに、何物も使い様ってことだ。そして、それを使うからにはそれ相応の責任が伴う。

 彼は上司である自分にそれを伝えた上で、魔術をどう使うつもりなのか聞いているのだろう。

 

「そうですね……他の人達が何を思って魔術の研鑽に励んでいるかはわかりませんけど……私には果たしたい目的、というよりも叶えたい夢があるのです」

「夢…ですか?」

「クリストファー先生は法医呪文(ヒーラー・スペル)が元々が軍用魔術の一種だったということは知っていますか?」

「はい………」

 

 クリストファーは黙ってセシリアの言葉に耳を傾ける。

 

――――――法医呪文は様々な法的関係上、世の中の『施療院』には出回らず、一般の人が治療を受ける場合は個別に大金で雇った魔術師に頼る必要がある。

 数少ない例外はヘステイア家のように研究を進める過程で施術対象の患者を必要とする法医術研究の大家だけだが、それでも患者にいちいち守秘義務を守らせるための各種書類手続きや一般医の紹介文が必要で、それなりに高額の治療費がかかるなどハードルが高い。

 ほんの一部の特権階級だけしか法医治療を受けられない現状を憂いているセシリアは、将来的には平等に治療を受けられる『法医院』を設立することが夢である。

 そして、その夢を叶えるため、彼女は法医術の研鑽をしつつ、魔術に関する法律などを学び、講演会を通してその考えを広め、魔術師としての位階を高めて魔術学会での影響力を得ようとしているとのことだ――――――

 

「誰でも平等に魔術による治療を受けることができる医療施設………ですか」

「勿論、徒労に終わるかもしれないというのは分かってます。けれど、それでも、私はその道を進み続けます………」

 

 きっぱりとセシリアは言う。

 

 魔術を真の意味で人の力にしたい、それは分かる。だが現実はそんなに甘くない。

 そもそも、魔術は秘匿されるべきものだという思想が、大多数の魔術師達の共通認識であり、魔術の研究成果が一般人に還元されることを頑として妨げている。先ずその認識を改めさせないかぎり、セシリアの考えを快く思わない者が大勢いるだろう。

 

 夢を叶えるにしてもその道のりはあまりにも険しすぎる。だが彼女はそれを承知の上で、敢えて困難な道を突き進もうとしている。

 

「やはり……セシリア先生は魔術師の中ではかなりの変わり者ですね」

「むう、馬鹿にしています?」

「いえ、寧ろ逆です」

「えっ?」

「魔術師としてはどうかは分かりませんが、貴方は医者として、人としてとても立派ですよ」

「り、立派だなんて………そんな大袈裟な………」

「その道がどんな茨道であろうと、先生は誰かのためにその力を使おうとしているのです。そんな貴方に魔術師のプライドや神秘の秘匿云々で何か言うつもりもないし、言わせるつもりもありません。自分はそんな貴方のような人、嫌いじゃありません」

「……………」

「? どうかしましたか? 急に黙りこんで」

「いえ………クリストファー先生って、たまに意地悪ですけど優しいところがあるんですね」

「…それは褒めていますか?」

「ご想像にお任せします」

 

 さも当たり前と云わんばかりのクリストファーの真摯な言葉に、セシリアは褒めているのかけなしているのか分からないことを言うが、その表情には向日葵のような微笑みを浮かべ、僅かに頬を赤く染めていた。

 

 

 それきり特に会話はなく、やがて大きな屋敷が見えだす。

 

「あ、先生。私、家があそこですので後はもう大丈夫です」

「そうですか。ですが、念の為もう少し前のところで下ろします」

「大丈夫ですよ? もう近いですから」

「万が一のこともあります。一応、気をつけてください」

「ふふ、クリストファー先生って意外と心配性なんですね?」

「普段からあんなに吐血してれば心配もしますよ」

「むう……やっぱりクリストファー先生は意地悪です」

「なんでさ………」

 

 門の前まで辿り着くと背負っていたセシリアを下ろし、顔を合わせる。唐突な(本人主観で)謂れのない非難を浴びせていたが、彼女はなぜか機嫌よく微笑んでいた。

 

「それでは、お気をつけて」

「ふふ……はい、気を付けます」

 

セシリアはそう言うと、パタパタと小走りする。

そして門を開けたところで、くるり。三つ編みを尾のように翻して、彼へと振り返った。

 

「今度は私に聞かせてくださいね。クリストファー先生が何の為に魔術を学んでいるのかを」

「……いつかは話します」

 

 クリストファーの短く、低い、淡々とした返事。

それを嬉しそうに受け止めて、セシリアは機嫌よく『それじゃクリストファー先生、また明日』と言って家の中へと姿を消した。

 

 

 

 

「………『何の為に魔術を学んでいるのか』、か」

 

 クリストファーは先ほど、セシリアが言っていたことを胸中で反芻した。その表情はどこか陰りを感じられる。

 

 

「残念ながら……俺には貴方みたいな殊勝な心掛けは持ち合わせていませんよ」

 

 クリストファーはそう呟いて右手に嵌めている黒い手袋を外す。

 

 その下の細長い手には火傷の跡があった。

 皮膚がひどく焼け爛れており、血色が殆どない。とても生者の腕とは思えないほど不気味だ。

 

 火傷を負った腕の調子を確かめるようにクリストファーは手を閉じたり開いたりする。

 

 

「俺と貴方とでは住んでいる世界が違いすぎる」

 

 

 クリストファーのその呟きを聞いたものは誰もいない。

 静寂と虚しさが漂う中、彼の傍にある街灯にとまっていた烏が鳴き声をあげながら飛んでいった。

 

 




とあるロクでなし講師「……あれ? 俺の出番は?」

次回には登場します。


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