ロクでなし魔術講師ととある新人職員   作:嫉妬憤怒強欲

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幕間 二つの顔(トゥーフェイス)

――七年前。

 

 そこは阿鼻叫喚の地獄絵図であった。

 

「ぎゃああああああああああ――ッ!?」

「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい――ッ!?」

「嫌だ嫌だ!助けッ…助けてくれぇええええ!」

 

 有史以来から存在する魔術結社《天の智慧研究会》が保有するとあるアジト。

 今そこは、組織の構成員である外道魔術師たちの悲鳴と断末魔の叫びが木霊していた。

 

「糞が糞が糞がッ!! なんで死なねぇんだ!!」

 

 そんな中、外道魔術師の1人が悪態をつきながら『地面から生えた巨大な植物』に向かって魔術を放っていた。

 

 闇を照らす灼熱の光が『植物』を瞬く間に呑み込み、その一切を灼き尽くさんと燃え盛る。

 だが巨大な蕾を生やした『植物』は傷一つ付かない。

 灼熱の檻を無数の蔦が突破し、外道魔術師たちの元へ迫る。

 

 足元から獲物を絡めとり、棘からその体液を吸い取る。

 蔓の先端からハエトリグサの形をした口が生え、生きたまま捕食する。

 また毒性の花粉をまき散らして、吸い込んだ者のマナ・バイオリズムをカオス状態へと陥らせ、魔術が行使できなくなったところを捕食する。

 

 体液を吸われていく構成員は、みるみるうちに痩せ細り、手足は枯れ木のようになり、肌はしわくちゃになり、髪は抜け落ち……乾いたミイラと成り果て、倒れていく。

 その一方で植物は吸収した体液を養分にしているのだろう。植物の蕾は徐々に大きくなっていき、開花しようとしていた。

 

 肉体に内包する生命力を糧に成長していくその植物にとって、外道魔術師たちはただの養分に過ぎないようだった。

 

 

―――なんなんだよ………なんなんだよいったい!?

 

 帝国軍が襲撃してくるという密告があって迎え撃つ準備をしていたとき、突如地面から飛び出してきた植物相手に魔術がまったく歯が立たない。

 魔術至上主義と歪んだ選民思想にどっぷりつかった魔術師は目の前の惨状を現実だと受け入れるのに時間がかかった。

 

――俺は、逃げるぞ! こんなところで死んでいい人間じゃない!

 

 恐怖と絶望へと塗り潰され、虚飾と傲慢さを形にしたような顔つきは見る影もない。

 真理への探究心や大導師への忠誠心よりも生きたいという生存本能に突き動かされ、逃げ出す術を考える。

 

 すると視界の隅に、佇む黒影を見つけた。

 黒影の正体は、黒い外套に身を包んだ年齢不詳、性別不明の人間だ。

 フードを目深に被り、顔には白い仮面をつけている。

 そして、その手には十字の意匠が施された一振りの鉈が握られていた。

 

「おい! そこの掃除屋!」

 

 魔術師は仮面の人物に向けて、引きつるような耳障りな声を上げる。

 

「おまえは時間を稼げ! 俺が逃げる時間を稼ぐんだ!」

 

 掃除屋という暗殺部隊は、攫ってきた子供達を無理矢理禁呪法を修得させ、廃人にした寄せ集めの部隊だ。

 外道魔術師にとって彼らはただの使い捨ての駒に過ぎない。数が減ればまた補充すればいいだけの話だ。どんなに強くても、廃人はただ自分の命令通り囮になってくれればいい、というカスの考えしかもっていない。

 

 だが、組織の命令を忠実に実行するだけの廃人であるはずの仮面の人物は、今回だけいう事を聞かず、微動だにしない。

 

「おい!聞いてんの――」

 

 ザシュ

 

「は?」

 

 魔術師は苛立たし気に胸倉を掴もうと手を伸ばしたその時、腹部から熱のようなものを感じた。

 ゆっくりと見下ろす眼下、魔術師は呆けたような表情で七割ほど裂けた自らの胴体を眺め、遅れて絶叫を上げた。

 

「ぁぁああ! は、腹が、腹がぁあああ!!」

 

 腹部からはとめどなく血が溢れ出し、腹圧に耐えかねて中身がこぼれ落ちそうになっている。震える腕でその中身を腹に戻そうとするが、こみ上げてくる血塊に遮られ叶わない。

 

「……いつも偉ぶってる癖に情けなく喚くんだな」

「っ!?」

 

――なんだ?今コイツ、喋った?

 

 自我を失ったはずの人形が喋り出したことに呆ける。だが、脳内麻薬すら誤魔化し切れない激痛に視界がかすみ、いつしか魔術師の体は床に横倒しになっていた。

 

「俺以外の連中は苦しむことも泣き叫ぶこともできずに呆気なく死んだぞ」

「そんな馬鹿な…ッ!?…ごほっ…お前今まで自我を保って――」

「これはお前のせいで死んでったあいつらの分だ」

 

 魔術師の言葉には耳を貸さず、抑揚のない無機質な口調で仮面の人物はその凶刃を振った。

 そして、それが魔術師が見た最後の光景だ。

 

 斬撃が鮮やかに走り、魔術師の顔を掠めるように横断する。その結果は、

 

「――――――――――――――っががあああぁ!?」

 

 両の瞼を切り裂かれて、永遠に光を失うというものだった。

 

 地に倒れ伏したまま、魔術師は深々と切られた双眸に手で触れる。

 血と涙が混ざり合い、絶叫を上げる口からはとめどなく吐血を繰り返し、腹の中身はそれこそ血と臓物とが全てこぼれ落ちたような欠落感に襲われている。

 

 生きているのが不思議な状態。生きているのが地獄の状態。

 そんな己の姿を、見ることすらできない、いつ死ぬのかわからない瀕死の状態。

 

――恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!死にたくない!

 

 とめどなく押し寄せてくる、絶対的な死への本能からの拒絶。

 それがもはや終わりに手をかけた魔術師の脳を埋め尽くし、鎖された視界が真っ白に染まり、

 

グシャッ

 

 最後に容赦なく頭蓋を踏みつぶされ、外道魔術師の命はあっけなく潰えた。

 

 

 

 哀れな外道魔術師たちの悲痛な断末魔と、悍ましい咀嚼音が木霊したアジトには、仮面の人物一人と動きを止めた赤黒い巨大な薔薇が一輪。

 そこに宮廷魔導士団の礼服を羽織った者達が複数がぞろぞろと入ってくる。

 だが仮面の人物は武器を構えず、殺した魔術師の前で佇むだけ。この場を生き延びようとする気迫がないようだった。

 

「驚いたな。まさか組織に忠実な飼い犬かと思っていた最優の始末屋に、飼い主に牙を立てる意思が残っていたとは………」

 

 その一団の中で、一人だけ身なりのいい紳士服に身を包む男性が仮面の人物の前に立った。

 やせ細った外見から年齢はちょうど四十五歳ぐらい、七三分けのオールバックに整えた白髪混じりの薄い金髪、僅かに尖った耳、白い肌――健康的というのではない白蝋じみた白さ、色素の薄いライトブルーの瞳は知的さと冷酷さを兼ね合わせている。

 その佇まいに隙はない。見る者が見れば、男が雲の上の実力者であることが瞬時にわかる。

 その証拠に、男がさっと手を振れば、巨大な薔薇が地面の中へと潜っていく。姿が見えなくなった直後、後ろにいた魔導士たちは仮面の人物や消えた薔薇にも目もくれず、隊列を組んでアジトの内部を調査し始める。

 

「彼らのことはただの空気だと思ってくれ。我々は別に君を殺しに来たわけではない。本来なら半殺しにしてから連れていく予定だったが、対話ができるとわかった以上、君とは話し合いで事を進めようと思ってね、フランク=イエーガー君………いや、こう呼んだほうがいいかな?■■■」

 

 紳士服の男にフランク=イエーガーと呼ばれた仮面の人物は、無貌の仮面の下で眉を顰めた。

 

――コイツ何者だ?なぜ、俺の名前を知ってる?

 

「心配ない。秘密は守るとも」

「………知った風な物言いだな」

「君の事ならなんでも知ってる。東側の王国で生まれ育ったことや、王国が君達家族にしたこと、関係者達は君の死を望んでいることもだ。その様子だと信じていたものに裏切られて自暴自棄になっているようだな」

「………」

「私は情報には困らない。そしてそれを活かしたいんだ。そこで君を選んだ。我々は助け合える。君に必要なのは聖句や自決用の毒薬なんかじゃない」

「ならなんだ?」

「生きる目的だよ。具体的に言えば”復讐”さ」

 

 

♢♦♢

 

 

 

 

「あれからもう七年か」 

 

 そこはどこかの談話室だった。

 煌びやかな絵画や古めかしい本棚、爛々と中で炎を揺らめかす暖炉、大きな振り子時計、両端が尖った細長い円筒形をしている船の模型、飾られた様々な魔獣の剝製、ソファにブランデーグラスなどといった品の良い調度品の数々が揃えられている部屋で、紳士服の男とは向かい合うようにソファに腰かけていた。

 

「たった七年で、かつては抜け殻だった君が今では強く、賢くなり、誰にも負けない真の強者までに成長した。今でも初めて対面したあの時を昨日のように思い出すよ」

 

 紳士服の男の方は昔のことを懐かしみながら、片手に持つブランデーグラスに室温のブランデーを少量入れ、香りとともに味わっている。

 

「…そんな昔話を聞かせるためだけにわざわざここに呼びだしたのか?」

「相変わらず無愛想な男だな君は」

 

 クリストファーの突き離すような物言いを気にせず、紳士服の男はブランデーを飲み干し、空になったグラスにおかわりを注ぎながら話を続ける。

 

「学院でのことは報告書で目を通した。奴らも同じく教員が殆ど出払っている絶好の日に動いたようだな。狙いはやはりエルミアナ元第二王女……今はルミア=ティンジェルと名乗っていたかな」

「ああ」

 

 数週間前にアルザーノ帝国魔術学院でおこった自爆テロ未遂事件の当事者であるルミア=ティンジェル。

 彼女の正体は現女王アリシア七世の娘の第二王女エルミアナ=イェル=ケル=アルザーノであり、また“異能者”でもあった。

“異能者”とは、生まれながらにして魔術とは別の力を持った人間のこと。それは魔術と違い原因が解明されておらず、帝国で何百年も悪魔の生まれ変わりと差別・迫害されてきた。

 そんな悪魔の生まれ変わりが王室に生まれてしまい、彼女は様々な政治的事情で三年前に流行り病で死んだことされて放逐され、フィーベル家に預けられ、ルミア=ティンジェルとして生きることになった。

 そういった複雑な経緯を持つ彼女の能力を狙って、天の智慧研究会は魔術学院2年次生2組の元担当講師であり、要人暗殺用の人間爆弾であるヒューイ=ルイセンを使って今回学院を襲撃したのだ。

 なお、彼女の転送に失敗したヒューイはそのまま宮廷魔導士団に捕縛され、現在は国軍省の本部で組織に関する情報を引き出すために事情聴取を受けているのは別の話である。

 

「あの娘はいまだ自分の力の重要性に気付いていない。あの調子なら奴の目的成就まであと数年先は手は出さないと思っていたが…………クズ共は相変わらず堪え性がないようだ」

 

 淡々と今回の事件での天の智慧研究会の動きを説明したところで、クリストファーはかつて自分がいた組織の凶行に眉をひそめる。

 自分を廃人にし、捨て駒同然に扱ってきた組織に対して誰だって良い印象は持たない。寧ろ『組織の連中全員地獄に落ちろ』と毒を吐くぐらい憎んでいる。

 

「……成程。君が任務を放棄せざるを得なかった状況だったのは納得だ。今回の計画延期はダーニック含むほかの幹部連中も君を責めまい。確かに例の物の入手は叶わなかったが、彼女が連中の手に渡るのは我々”機関”にとっては喜ばしくない。早めに”鍵”を抜き取られでもすれば我々に勝ち目はないからな。その代わり、あの『竜帝』のレイクを始末し、敵の幹部クラスの連中に関する情報を手に入れることができたのは嬉しい誤算だ。ただ………」

「ただ………なんだ?」

「組織にとってはほんの小さなことでも、君にとっては非常に大きな誤算が一つ生じてしまった。もちろん賢い君なら気づいてるはずだ」

「……俺自身への危険についてか?」

「そうだ」

 

 紳士服の男が言う誤算。

 それは、クリストファーが演じていた連続殺人鬼『シャドウ』が生きていたことを知られてしまったこと。

 一部の民衆から英雄視されていた彼を殺してしまったと思っていた帝国軍上層部は再び捕えに来るだろう。

 さらに、一番の問題が天の智慧研究会だ。帝国軍の情報規制で生存の事実は一部しか知られていないが、帝国政府側には天の智慧研究会の息のかかった連中が大勢いるため意味がない。

 今回は仲間のドリューの擬態で何とか誤魔化せたが、どこかでぼろを出して正体がバレればルミア誘拐を妨害と今までの分の報復として殺しにかかるのは確実だ。

 

 これこそが、今回のスネーク・ハントにおける最大の誤算。

 敵の目的を一時阻止した代償に、政府と外道魔術師たちを相手に再び追われる身となったのは、クリストファーも自覚していた。

 

「それに学院には”魔女”や”愚者”だけでなく、元王女の護衛に”吊るされた男”がいる。奴は君を怪しんで、身元を調べていた。それも鼠を使ってコソコソと」

 

 そう言って紳士服の男は懐から数枚の写真を取り出して、クリストファーに見せる。その写真にはチョビ髭の中年男が街中を歩き回っている様子が様々なアングルで写っていた。

 

「幸い、念の為用意しておいた偽情報で一時は退けたが、もう同じ手が通じるとは思えない。今後新たに人材を送りこんだとしても、学院教員にスパイが紛れ込んでいたと分かった以上、今後徹底的に調べられるだろう」

「………確かに、非常に頭の痛い問題だな。ということは、俺はアンタらにとって替えのきかない存在になったわけだ」

「そうなるな。だから再びチャンスが巡ってくるまで、君たちには引き続き学院に潜入してもらう。これまで以上に慎重に動いてもらうことになるが、こちらでも裏で色々とサポートしよう」

「………わかった。ようやく役に慣れてきたところだ。そのチャンスがくるまで上手くやっておくよ」

「健闘を祈っているよ」

 

 ここでの用が済んだクリストファーは白衣を手に取り、談話室の重厚な扉に手をかけようとする。

 その時。

 

「ああ、そうだ。君に一つ忠告しておくことがある」

「……なんだ?」

「潜入任務で気づかれない以外に最も気を付けるべきは、自分を見失わないことだ。あまり演技にのめり込み過ぎれば、いつか相手を騙してることに罪悪感を覚える。そしていつかどこからが演技で、そこまでが本気か分からなくなり、激しいジレンマに悩まされ………最後は身を滅ぼす」

「………肝に銘じておくよ」

 

 最後にそう言い残し、クリストファーは談話室を出るのであった。

 

 

♢♦♢

 

――アルザーノ帝国魔術学院自爆テロ未遂事件から一月後。

 

 どうも”事件解決の功労者”となったグレン=レーダスは、正式にこの学院の講師として就職することが決まったそうだ。

 それまでは真面目な授業を行うようになったとはいえ、魔術嫌いは変わらぬままだった彼が、何故そのような形に至ったのかは分からない。

 いや、分からないというのは間違いだ。

 現にクリストファーは、何故にグレンが正式に講師となったのかの理由について、その大体を察している。

 

 だが、そこまでだ。

 彼は別段、グレンに強い興味があるわけではなく、彼が学院から去ろうが残ろうがどうなろうと知ったことではない。

 いつの日だったか、彼に助言らしいものを授けたことはあったが、あれは単なる気まぐれも同じだ。2度目があるかどうか、それこそ分からぬものだ。

 

 けれども、あの男はクセはあるがギリギリまで追い込めばそれなりに使い道がある。

 クリストファーほどではないにしろ、魔術に依らない近接戦闘能力の他に、セリカ=アルフォネアが得意とする究極の攻性呪文【イクスティクション・レイ】、魔術のみに傾倒する魔術師たちへの切り札である固有魔術【愚者の世界】、そしてもう一つ切り札を持ち合わせている。 

 今回の襲撃の主犯である魔術結社『天の智慧研究会』は、グレンの教え子であるルミアの誘拐に失敗した。シンボルにしている蛇のように狡猾で卑怯で姑息であるクズ共の集団は九分九厘再び彼女を狙うだろう。

 そうとなれば、あのグレンが黙って見ている筈がない。自ら事件に巻き込まれ注意を引いてくれる。

 

(………まあ、思い通りに動かないのならその時は――)

 

「――ん。クリストファー君」

「ん……? ――あっ、失礼。何でしょうか、学院長?」

 

 考えごとを1度止め、呼び掛けてくる一人の初老の男性――リック=ウォーケン学院長の声に遅れながら応じる。

 

 煌びやかな絵画や古めかしい本棚、磨き抜かれた飾り鎧、ソファーにシェードランプなどといった品の良い調度品の数々が揃えられている、学院長室の奥の机に、腰掛けているリック学院長は、学会から戻って来て早々、今回の襲撃事件の事後処理や、学院理事会への学院講師にテロリストのスパイが紛れ込んでいたことに関する説明などで苦労したようで、普段好々爺然とした表情に疲労感が混じっている。

 

「大分遅くなってしまってすまないね。先月の一件、本当に申し訳なかった」

「学院長が謝罪する必要はありません。グレン先生が戦っているとき、自分は生徒達と教室に籠っているだけでしたから………」

「そのことは気に病む必要はない。学院の守衛もまるで歯が立たない程の凄腕クラスの外道魔術師の迎撃を任せるなど、それこそ大きな間違いじゃ」

(その外道魔術師の殆どを迎撃したのは俺だが………)

 

 あの事件の際、クリストファーが殺人鬼『シャドウ』として外道魔術師達を皆殺しにしている間、予め用意していた影武者ドリューには『クリストファー=セラードはシャドウではない』というアリバイ作りのため、生徒達のいる教室でクリストファーを演じてもらった。一度教室に戻ってきたグレン(とシスティーナ)が『クリストファーが学院にテロリストを招き入れた裏切り者ではないのか?』と疑うという誤算が生じたが、ルミアの護衛として潜り込んでいた宮廷魔導士に掴ませた『クリストファー=セラードは東の国境の激戦で重傷を負い、魔導戦ができなくなり不名誉除隊となった退役軍人』という偽情報と、本当の裏切り者であるヒューイの逮捕によってなんとか解決したのだった。

 

 その結果、グレンとは少々気まずい雰囲気がしばらく続いているが

 

「ところで、君は偶然『シャドウ』に間一髪のところを助けられたと聞いたんじゃが………」

「……自分は連続殺人鬼の姿を見たことがないためはっきりとは断言できませんが恐らくそうでしょう」 

「彼を直接見てどうじゃった?」

「そうですね………しいて言うなら噂通りの怖ろしい怪物だった、でしょうか。それがなにか?まさか学院長も私を疑うというのですか?もうこんなのはウンザリなんですけどね」

 

 クリストファーの目付きが伊達眼鏡越しに若干鋭さを帯び、気付かれない程度に学院長を睨むつけると学院長は首を横に振り、「違う」と否定した。

 

「君を疑うつもりなどないよ。ただ、少し君の意見が聞きたくての」

「自分の?」

「うむ。……クリストファー君、君は件の殺人鬼が過去にどういう輩を殺めてきたのか、知っているかな?」

「どういう輩って……やはり魔術師でしょう?少なくとも一年前までの新聞や近所の方々から聞く噂話では、一般人を襲ったという情報は聞きませんからね」

「そうじゃ、魔術師なのじゃよ。彼が殺害対象として定めているのは。……まあ、正確には人の道を違えた『外道魔術師』なんだがね」

「………」

 

 ここまで話を聞いて、クリストファーはリック学院長の言いたいことに大体察しがついて来た。

 『外道魔術師』と改めたのは、単に件の殺人鬼が見境なく魔術師たちを殺しているわけではないことの証明。

 彼を庇うつもりではないのだろうが、学院長的にはその輩が、単なる殺戮狂ではないと考えているらしい。

 

「魔術の探究のためならば、他の一切を犠牲にすることも厭わない外道魔術師を狙う彼の存在を知る民衆は、当然のごとく彼を恐れ、だがそれ故に外道魔術師を狩り続ける件の殺人鬼に対し、ある種の好感を抱いている者もいたそうだ」

「それはまた……怪物に好感を抱く民衆とは、世も末ですね」

「じゃが彼が生きていたことが世間に知れ渡れば、そういった国民が今後増え続けるだろう。そしてその後どうなるのか……それを想像するのは、そう難しいことではない」

 

 事実、シャドウの出現してから外道魔術師達が魔術を使って起こす凶悪犯罪の年間件数が減少していた。そして、去年シャドウの訃報が公表されて以降犯罪件数がぶり返しかつ急激に増えだし、その結果、この国の民衆にシャドウを殺した政府側に反感を抱く者達が急激に増えている。一時期暴動が起こり、精神系の魔術で強制的に鎮圧されたこともある。

 

 次はどうなるか?

 

 想像するは容易く、だからこそそうなった時にどれ程の被害が出るのかを、学院長は考えていた。

 

「クリストファー君、常日頃から過度な魔術の使用を忌避する君に問いたい。君から見て我々魔術師は――魔術は、忌むべきモノだと思うかね?」

 

 糸目と表わせる細目を開き、普段の好々爺然とした空気は消え、学院の長としてリックは彼に問い掛ける。

 

(何を今さらお前ら魔術師は――――)

 

 クリストファーは出かかっていた本音を隠し、代わりに至極真面目な口調で彼の問いに対する別の答えを、その口より吐き出した。

 

「……そうですね。一般人の中には、そう思う者もいるのでしょう。実際に魔術で家族を失った者たちもいますし……危うく生徒達に危害が及ぶところでした」

「……やはりか」

「ええ。ですが学院長、憎むべきは人を殺した個人であって魔術師という存在ではありません。人間は多種多様、この世に善人や悪人やクズが存在するように魔術師や魔術を簡単に悪と一括りにすることはできるものではありませんよ。それにですね――」

「?」

「力の有り様なんて人間の捉え方次第で変わるものですよ。他者を思いやる心をもって病に苦しむ人々を癒すのに利用すればそれは善なるものとして、逆に道徳心の欠片も持ち合わせない人でなしが自らの探求心や欲望を満たすためだけに他者の命を弄べば得体の知れない悪魔の妖術で、人殺しの道具で、法も道もない忌むべき外法として捉えられます。結局のところ、忌むべきか否かなんてそれを扱う者の行動と周囲の評価で変わるものなんですよ」

「………つまり君はこう言いたいのかの? 儂ら魔術師全員が魔術を真の意味で人の力に役立てればいずれ人々は善なるものとして認めてくれると?」

「まあ、大体そういうことになりますね。もっとも、全員にそう働きかけるというのは口で言うほど簡単ではないのはわかっていますが………」

「………ふむ」

 

 その答えを聞き終えて、張り詰めていた空気を解き、いつもの姿勢へと戻る学院長。

 グレンの次に学園に教員になって日が浅く、周囲からの評価も微妙だが、彼には他の者たちにはない『ナニカ』があった。

 

「それでは、自分はこの後授業の補佐がありますので」

「ん?ああ、もうこんな時間か。時間を取らせてスマンのぅ」

「お気になさらず。では失礼します」

 

 バタン――と重々しい扉を閉めて、白衣の教員が学院長室を出る。

 

 

 

 その数分後、糸が切れた人形の様に動かないクリストファーが医務室に運ばれた。

 二年次生二組の魔術戦術論の授業の際、とんだアクシデントでガラスケージの中にいた毒蛇が脱走。更に恐怖で動けなくなった生徒に嚙みつこうとしているところをクリストファーが庇い、代わりに嚙まれてしまうことになった。

 

(ヤバい。これバレる前に死ぬかも)

 

 

 


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