鬼滅の刃~幸せのために~   作:響雪

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入隊理由~炭治郎~

 傷もとっくに癒えて、しばしの休息とばかりに穏やかな日常を過ごしている。

 

 炭治郎は日がな一日中、全集中・常中の習得に向けて修行を重ねているようだった。

 

 俺の助言や、きよちゃんたちの助けもあって、順調と言えるだろう。

 

 反射訓練や全身訓練でも、少しずつだけどカナヲに追いついてきている。

 

 炭治郎については問題ない。

 

 問題なのは善逸と伊之助なんだけど、もはや姿すらあまり見ない。どこに行っているのやら。

 

 他二人が遊び惚けている間にも炭治郎は強くなっている。一人強くなった炭治郎を見て、焦るのは自分たちだというのがわかっていないのか。

 

「おーい、炭治郎」

 

「お、陽吉津。どうしたんだ?」

 

 修行の途中に声を掛けるのも迷惑かと思ったが、炭治郎はそんな素振りを見せることなく迎えてくれる。

 

「いや、他の二人……善逸と伊之助はどうしたんだろうと思ってな。何しているかとか知らないか?」

 

「あー、すまない。俺も善逸たちが何しているかは知らないんだ」

 

「まぁ、そうなるよな。わかった。邪魔して悪かった」

 

 炭治郎も二人についてはあまり知らないと言う。

 

 ここにはいない二人に呆れながら、修行の邪魔をしたことを謝れば、「構わない」と言ってくれた。炭治郎は本当に優しい奴だ。

 

「あ、そうだ陽吉津」

 

 その場を立ち去ろうとした俺に、炭治郎から声が掛かった。

 

「どうした、何か相談か?」

 

「いや、きよちゃんたちから聞いたんだけど、本当に瓢箪を割るのか?」

 

 炭治郎が訊いてきた内容は、カナヲと俺がやっている息を吐いて瓢箪を割る修行のことだった。

 

 確かに、息を吐くだけで瓢箪を割るなんて想像つかないことだろう。

 

 もし俺が炭治郎の立場ならそう思っている。

 

「ああ、割るぞ?」

 

 だけど現実に、瓢箪を割っている。あり得ないかもしれないけど、事実だ。

 

 俺とカナヲはまだまだだけど、しのぶさんはとんでもない大きさの瓢箪を軽々と割ってみせる。その時の衝撃といったら、唖然とするしかなかった。

 

 炭治郎は俺の言葉に顔を引きつらせていた。

 

「安心しろ。最初は俺も、『そんなばかな』って思ってたけど、常中ができれば簡単に割れるから」

 

「そ、そういうものなのか」

 

「そういうものなんだよ。何なら一度割って見せようか?」

 

 実際に割っているところを見せたほうが、炭治郎も何かを掴むかもしれない。

 

 そう思っての提案だったが、炭治郎も「お願いします」と言ってきたので、実演して見せることになった。

 

「わかった。それじゃ瓢箪持ってくるから、少し待っててくれ」

 

 さすがに今挑戦している大きさの瓢箪じゃなくていいだろう。

 

 俺は一度屋敷に戻って、ごくごく一般的な大きさの瓢箪を二つ持ってきた。

 

「これは最初に割る大きさの瓢箪な。炭治郎もこの瓢箪を割れるようになれば、常中ができたっていう目安になるから」

 

「最初……なら陽吉津も、こーんな大きさの瓢箪を割っているのか?」

 

 そう言って炭治郎は、腕を大きく広げて瓢箪の大きさを表現した。

 

「よく知ってるな。俺もカナヲも大体その大きさだ」

 

 あっさり肯定すれば、炭治郎はピシッと一瞬石のように固まり、次いで乾いた笑いを漏らした。

 

 今はそんな反応をしているが、炭治郎ならいずれ同じことができるようになるはずだ。その時は、他の二人が、今の炭治郎みたいな反応をするのだろうか。

 

 それはそれで面白そうだけど、今は炭治郎に瓢箪を割るところを見せないといけない。

 

「それじゃ、今から割って見せるけど、いいか?」

 

「はいっ、お願いします」

 

 急にそんな改められてもむず痒いだけだ。

 

 早速俺は、瓢箪の口の部分を咥えて、普段と同じように吸い込んだ息を吐いた。

 

 ──バキッ

 

 俺が息を吹き込むのと同時に、瓢箪は音を立てて割れる。

 

「……何かわかったか?」

 

「……え、それだけ?」

 

 なぜかそんなことを訊いてくる。

 

 ずっと炭治郎は瓢箪に注目していたから、これで終わりというのがわかっているはずだろうに。

 

「……? これだけだけど」

 

「今何かしたか? 息を大きく吸い込んだり、事前に何か準備したりとか……」

 

「何を言っているんだ」

 

 何かしたかなんて、常中で呼吸したに決まっている。

 

 まさか修行のしすぎでおかしくなったのか? 

 

 だけどどうやら炭治郎が言いたいことは、そういうことではないらしい。

 

「そ、そんな力むこともなく……」

 

 その一言で合点がいった。

 

 炭治郎は、俺が普通に呼吸しただけで瓢箪が割れたことに驚いていたのだ。

 

 たぶん炭治郎は、大きく息を吸いこむなりして、それを勢いよく吐いて瓢箪を割るみたいなことを想像していたのだろう。

 

 それが実際に見たら、俺が普通に、何の変化もなく瓢箪を割ってしまった。

 

 それで何やらいろいろ言っていたのだろう。

 

「言っておくけど、俺はもう慣れているから何食わぬ顔で割ったけど、初めはそれこそ大袈裟なくらいに息を吸い込んだりしてやってたからな」

 

 慣れてくれば炭治郎も顔色一つ変えずにこのくらいの瓢箪を割るなんて、造作もないことになるはずだ。ただ、今は無理だろうけど。

 

「そ、そうか。よかった」

 

 胸を撫で下ろしている炭治郎。

 

 そして俺は炭治郎に、持ってきておいたもう一つの瓢箪を渡した。

 

 それを炭治郎はギョッとした顔で見る。何もそんな顔しなくたっていいじゃないか。

 

「今の炭治郎がどれくらい修行の成果が出ているか見たいと思ってたんだ。試しにやってみ?」

 

 十中八九割れないだろう。だけどそれでいい。あくまでどれくらい常中をものにできているのかを見るだけだから。

 

 瓢箪を渡された炭治郎は、初めこそ戸惑っていたが、覚悟を決めると勢いよく立ち上がった。

 

 瓢箪をしっかりと構え、「よ、よーし」と言いながらも、構えている。

 

 深呼吸を二つして、三回目、大きく息を吸い込んでから、瓢箪の中へと息を吹き込んだ。

 

 ──……。

 

 まぁ、想定内というか、予想通りだ。

 

 しばらく息を吹き続ける炭治郎だけど、顔が赤くなるばかりで、瓢箪は割れる気配すら見せない。

 

「──っぷは」

 

 やがて苦しくなった炭治郎は瓢箪から口を離す。

 

 酸欠になりかけて、勢いよく息を吸っている。

 

「スゥ……ハァ……、や、やっぱり無理だぁ」

 

「しょうがないさ。俺も割れるなんて思ってなかったから」

 

 炭治郎からは苦笑いが漏れた。

 

「でも、そうだな。……まだまだ肺が弱いと思う」

 

「うっ……」

 

 俺の指摘に、炭治郎は苦虫を噛み潰したような顔を見せた。そんな顔しても、事実だ。

 

「がむしゃらに修行してもだめだ。短期間で何かを学ぼうとするなら、効率よくやる必要がある。がむしゃらと全力は違うからな」

 

 正直、全集中・常中は基礎だ。だけど、基礎だからといって簡単かと訊かれれば、そうじゃないと答える。

 

 俺は継子としてしのぶさんの教えもあったし、修行できる時間もあったからできるけど、今の炭治郎の置かれた環境だと、常中を習得するのは相当な努力がいるだろう。

 

 炭治郎が頑張っているのは知っているが、効率の悪いことをやっていては時間がいくらあっても足りない。

 

 やるべきことは、効率のいい修行を全力でやること。それと併せて、一日中常中の呼吸をするようにすれば、早い段階で習得するのも可能なはずだ。

 

「うーん、難しいなぁ」

 

 眉間にしわを寄せて炭治郎は悩んでいる。

 

「とにかく、肺だ。一日中やるにしても時間は限られているから、短時間で肺をいじめ抜くような修行がいい。その修行を重点的にこなせば、常中に耐えれる肺ができるだろうから」

 

 俺と炭治郎では置かれた環境が違う。もっと詳しく面倒を見たりしてあげたいけど、俺自身は他人に教えれるような強さじゃない。

 

 だから俺にできる助言と言えば、このくらいが限界だった。

 

 それでも炭治郎は、「ありがとう」と言ってくれる。

 

「……炭治郎、もののついでなんだけど、もう少しだけ時間いいか?」

 

「それは構わないけど……?」

 

 この際、炭治郎と話しておきたかった。

 

 こうして同じ屋敷にいるのに、じっくり話をする機会もなかったから。

 

「悪い。炭治郎に訊いておきたいことがあってな。……炭治郎は、どうして鬼殺隊に入ったんだ?」

 

 誰しも、何かしらの理由があるから鬼殺隊へと入る。

 

 俺でいえば、この胸に掲げる『悲しみを減らすため』という目標が理由だ。

 

 鬼になった妹を連れて鬼殺隊へと入った炭治郎。

 

 何を思ってここまできたのか、それが気になっていたのだ。

 

 俺の投げ掛けた質問に、炭治郎は嫌悪感を出すわけでもなく、静かに話してくれた。

 

「……俺の家族は、鬼に殺された」

 

「……そうだったのか。でも禰豆子ちゃんは妹なんだろ?」

 

「ああ、禰豆子は俺の妹だ。家族が殺された現場にいて、鬼にされた」

 

 鬼が斬っても斬っても減らない理由。それは簡単だ。

 

 鬼は意図的に増やされている。それも、普通の人間から。

 

 鬼にされたということは、禰豆子ちゃんもそういうことだ。

 

 そして、鬼を増やせる人物はおよそ一人しかいないと言われている。

 

 鬼舞辻無慘だ。

 

「……その復讐のために?」

 

 確信を持って理由を言ったつもりだった。しかし炭治郎は緩やかに首を振った。

 

「それもある。だけど俺は、何よりも禰豆子を人間に戻してやりたいんだ」

 

 鬼を人間に戻す。その事例は未だ聞いたことがない。

 

 だけどそうか。確かに鬼に関することなら、鬼殺隊にいた方が何かと知ることができる。

 

「禰豆子ちゃんを人間に戻す。それから鬼舞辻無慘への復讐。それが炭治郎の鬼殺隊に入った理由なんだな」

 

 炭治郎はしっかりと頷いた。

 

「……陽吉津は、許せないか?」

 

 鬼殺隊に鬼がいる現状。それから鬼を匿う己の存在。

 

 きっと炭治郎はそのことを訊いてきたのだろう。そしてそれは、今までも、これからも炭治郎自身の自責の念として存在するものだろう。

 

 だから俺は、包み隠さず本心から答えた。

 

「俺が鬼殺隊に入った理由はな、鬼に奪われる悲しみを少しでも減らすためなんだ。そのためには鬼を滅ぼすつもりでいた」

 

 悲しそうな顔をする炭治郎だが、まだ俺の言葉を聞いてほしい。

 

「だけどある人の言葉があってな。その人の想いを、俺は尊重したいと思った。鬼と仲良くなんて、できるはずもないことを信じたいと少しでも思った」

 

 炭治郎は驚いたように俺の顔を見ている。

 

「でも鬼なんてどれも理性を失った化け物だ。正直、諦めかけていたところに……炭治郎と禰豆子ちゃんの存在を知った」

 

 人を襲わない鬼。夢物語のような存在だ。

 

「二人の存在は……俺にとっても、あの人にとっても希望みたいなものに見えた。何かが変わる……そんな直感も感じたな。俺の直感は結構当たるぞ?」

 

 だから……。

 

「だから俺は炭治郎と禰豆子ちゃんの味方でありたい。……二人が希望を見せてくれる限り、俺は炭治郎たちの味方だ。誓ってもいい」

 

「陽吉津……」

 

 炭治郎の目は潤んでいた。

 

 確かに炭治郎たちは理解されにくい存在かもしれないけど、何も泣くことないだろう。

 

 その後はなぜか完全に泣きだした炭治郎にしがみつかれ、通りかかったアオイさんに変なものを見る目を向けられた。

 

 俺の本心からの言葉を、包み隠さず正直に伝えた。

 

 だからきっと、しのぶさんも思うところがあるはずだ。それは炭治郎に任せよう。

 

 きっとどうにかしてくれる。そんなことを思った。


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