鬼滅の刃~幸せのために~   作:響雪

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今更になりますが、自分は単行本派ですので、投稿する話は単行本の進み具合に依存します。

また、基本は毎日の投稿を心掛けるようにしていますが、何かしらの事情がある場合で投稿できない、もしくはしない場合、活動報告の更新をしていますのでよろしくお願いします。


栗花落カナヲ(話し合い ~ おにぎり)

 私は今、物陰に隠れていた。

 

 いつも通りの一日だなとぼんやり考えながら過ごしていた。

 

 すると廊下の真ん中で、陽吉津とみとが向かい合って話をしていた。

 

 それだけなら私が隠れる必要なんてない。だけど私は隠れるという選択をしていた。

 

 なぜかというと、みとが陽吉津におにぎりを渡していたから。そしてそれを陽吉津は嬉しそうに食べていたからだ。

 

 その空間が、なんだか割って入りづらくて、だから隠れてしまった。

 

 物陰からこっそり二人を盗み見る。

 

 みとの握ったおにぎりをおいしそうに頬張る陽吉津。それを心底嬉しそうに眺めているみと。

 

 ……私は陽吉津のあんな顔を向けられたことがあっただろうか? 

 

 それは自然と浮かんできた疑問。それに対する答えはすぐに出た。

 

 ない。見たことはあっても、私だけに向けられたことはない。

 

 陽吉津が私といる時に浮かべる表情の中に、今みとに向けられているような表情はなかった。

 

 羨ましい。

 

 みとに対してそんなことを思ってしまった。

 

 でも思い返すと、私は陽吉津に何か物を贈ったことはあっただろうか。思い当たることは何もない。

 

 いつも私は陽吉津からもらうばかりだった。誰かに贈り物をするという発想にすら至らなかった。

 

 もしかして陽吉津はそういうところを気にしているかもしれない。

 

 陽吉津の中で私がどう思われているのかを想像すると怖くなった。

 

 何かしないと。だけど今までそんなことを考えもしなかったせいで、まったく思いつかない。

 

 何か贈らないと。何か、何か……。

 

 必死に考えた結果、先程の光景が脳裏をよぎる。

 

 ……そうだ、おにぎりだ。

 

 おにぎりなら食べることができるから、陽吉津も喜んでくれるはず。それにおにぎりくらいなら、初めての私でも大丈夫そう。

 

 陽吉津におにぎりを渡すことを決めた私は、さっそく明日の朝におにぎりを握って持っていくことにした。

 

 みとに向けてた表情を、私にも向けてくれたら嬉しいな。

 

 

──────────────

 

 

 迎えた翌朝。

 

 私は初めて炊事場に立っていた。

 

 予めきよたちには話をしていたから、自由に使える。

 

 目の前には湯気を立てている、炊き立てのお米。これもきよたちが準備してくれたものだ。

 

「……」

 

 どうすればいいんだろう? 

 

 手を洗ったところまでで、私は固まってしまっていた。

 

 おにぎりとは、お米を握ったもの。それは理解している。

 

 だけどどうするのが正しい手順なのだろうか? 

 

 せっかく陽吉津にあげるのだから、失敗したくない。そう思うけど、きよたちはこの場にいないため、助言をもらうことができなかった。

 

 それにもたもたしていたら朝餉の時間がきて、すぐに修行が始まってしまう。おにぎりを握れるのはこの時間しかない。

 

「握らなきゃ……」

 

 仕方なく、思うままにやってしまおうと、湯気の立ち昇るお米の中へ手を突っ込んだ。

 

「あちっ」

 

 握るために取り分けようとしたかったけど、当然熱かった。

 

 少し涙目になりながら、手を突っ込んだ後で、少し冷ませばいいと気づいた。

 

 しゃもじで握りたい分だけ、別の器に移す。

 

 これで冷ませば、手で握っても熱くなくなるはず。だけど悠長に冷めるのを待つ時間はない。

 

 どうしようと思って辺りをきょろきょろ見回す。冷ますのに使える道具を探したけど、それらしいものが見つからない。

 

 ないものはしょうがない。仕方なく手で軽く扇いだり、そーっと息を吹いたりして冷ますことにした。

 

 少しすれば湯気の勢いも少なくなり、これなら多少の熱さを我慢すれば握れそう。

 

 早速手の平に握りたい分だけお米を掴んだ。

 

 これから三角形の形に整えればいいはずだ。

 

 ……。

 

「……できた」

 

 完成した初めてのおにぎり。

 

 みとのおにぎりのよう──とはいかず、不格好で歪な形になってしまった。

 

 私としては三角形になるよう握ったつもりなのに、どうしてこうなるのだろう? 

 

 その後も二つほど握るけど、どれも形は崩れていた。

 

 残るは味付けだ。

 

 私が食べたことのあるおにぎりはお塩がふってあって美味しかったのを覚えている。だからお塩は必要だろう。

 

「……どれくらいかな?」

 

 お塩を準備したところでふと思った。

 

 どれくらいお塩をふればいいのだろうと。

 

 そういえば暑いときは汗をかくからお塩を舐めるようにって師範が言っていた気がする。

 

 修行の後は陽吉津もたくさん汗をかいてるから、多い方がいいはずだ。

 

 そう思って、お塩を一つまみ、二つまみ……十三、これでいい感じ。

 

 そうして次のおにぎりにも同じだけお塩をふっていった。

 

 初めて握ったおにぎりを訓練場に持っていけるよう包む。これで一応完成だ。

 

「……」

 

 陽吉津は美味しいって言ってくれるだろうか。

 

 それだけが不安だけど、作ったからには陽吉津に渡さないと。

 

 陽吉津の食べているところを想像すると、心臓がおかしい。頬が熱を持ってるみたい。

 

 そうやって一人でいると、そろそろ朝餉の時間ということに気づいて、炊事場を後にした。

 

 

──────────────

 

 

 いよいよだ。

 

 お昼前で、今日の修行は終わり。陽吉津は体力的に本調子じゃないから、かなり疲れているみたい。

 

 私は、早速包んで持ってきたおにぎりを陽吉津の目の前に差し出した。

 

 早く食べてほしいだけで、他意はない。

 

「えっと……俺に?」

 

 だけど陽吉津からすればいきなり目の前におにぎりが出てきたわけで、戸惑うのも仕方ないかもしれない。

 

 でもこれは陽吉津に握ってきたものだから、ぜひ食べてほしかった。

 

 それも含めて頷く。

 

 すると最初こそ戸惑っていた陽吉津も、おにぎりを受け取ってくれた。

 

「ありがとう、カナヲ」

 

 受け取ったおにぎりを陽吉津はじっと見ている。

 

 そのことがとても恥ずかしかった。だって私のおにぎりは綺麗な形にならなかったから。

 

「あの、あんまり見ないで……」

 

 恥ずかしさに耐えきれずにそう言った。

 

「ごめんごめん。カナヲがこんな風に何かくれることってなかったから、珍しくてつい」

 

 やっぱりそう思われていたんだ。

 

 こうしておにぎりを握ってきてよかったと、心底思った。

 

 でも、そう思われる私に非はあるけど、それをわざわざ言わなくたっていいと思う。

 

 私が不満そうにしているのを敏感に感じ取った陽吉津は、気づいてないかのような素振りを決め込んでいた。

 

「それじゃ、いただきます」

 

 そう言っておにぎりを口にする陽吉津。

 

「!?」

 

 何かに驚いているみたいだけど、どうしたのだろう? 

 

 それに味の感想も気になる。

 

「……どう?」

 

 陽吉津の顔色が少しおかしい。

 

「あ、いや……塩味がとっても効いてるね」

 

 よかった。私なりの工夫はちゃんとわかってくれたみたい。

 

「修行の後に食べるならと思って、お塩多めにしてみたから」

 

「そ、そっか」

 

 だけど依然として陽吉津の顔色は優れない。

 

 も、もしかして口に合わなかった? 

 

 そんな不安が胸を過ったけど、次の瞬間には陽吉津が残りのおにぎりをすごい勢いで食べ始めたことで、杞憂だったのかなと思えた。

 

 それにしてもすごい食べっぷりだった。

 

「そんなにお腹減ってたの?」

 

「あー、うん。おいしかったよ」

 

 そうなんだ。だったらよかったな。

 

 陽吉津に喜んでもらえたようで嬉しい。

 

「それじゃ……ううん、よかった」

 

 言葉を取り繕って、私は陽吉津を置いたまま訓練場から出た。

 

 私は今何を言おうとした? 

 

 無意識のうちに言いかけた言葉。

 

 きっと言いたかったのは、「それじゃ、みとと私どっちがおいしい?」のはず。

 

 そんな比べるものでもないのに、私はどうしたんだろう。

 

 別にみとに対抗心があるからやったわけじゃない。ただ陽吉津のためにおにぎりを握ってきたのに。

 

 廊下を歩きながら悶々としていた。

 

 しばらくして、陽吉津に何も言わず出ていったという失敗に気付く。

 

 黙ったまま出てきたのは、陽吉津に申し訳ない。

 

 一言謝ろうと、今来た道を戻る。

 

 誰かの話し声が聞こえた。

 

 この声は……陽吉津とみとだ。

 

 そして曲がり角を曲がったところで、二人の姿が見えた。

 

「っ!」

 

 飛び込んできたのは、昨日と同じ光景。

 

 みとがおにぎりを陽吉津に渡している。

 

 それだけならなんてことない普通の光景だ。

 

 だけど……。

 

「……なんで?」

 

 陽吉津は、私がおにぎりをあげたときには見せなかった表情を、みとに見せていた。

 

 その事実に目を背けたくなる。どうして私にはその表情を見せてくれないのだろうか。

 

 立ち尽くしていると、みとと陽吉津がそれぞれ動き出している。

 

 私は反射的にその場から立ち去っていた。

 

 そのまま陽吉津たちが来ないだろうところまで走った。

 

「陽吉津……本当は嬉しくなかったのかな」

 

 だから私にはみとに見せるような表情を見せてくれないんじゃないか。そんな風にも思ってしまう。

 

 どうしよう、こんな気持ち初めてだ。

 

「あ、カナヲ。ここにいたのね」

 

 私がそんな風に一人で落ち込んでいると、アオイが声を掛けてきた。

 

「って、そんなに落ち込んでどうしたの?」

 

 今の私は端から見ても落ち込んでいるように見えるらしい。

 

 アオイから理由を訊かれたけど、なぜだか素直に言うのは憚られた。

 

 答える気配がないことを感じ取ったのか、それ以上アオイは理由を訊いてくるようなことはしなかった。

 

「そういえば、カナヲ。あなた陽吉津さんにおにぎりを握ってたわね」

 

「っ……」

 

 何で知っているの? 

 

 知っているのはきよたちだけのはず。あの子たちが言いふらすとは思えない。だったらどうしてアオイが知っているのだろうか? 

 

「たまたま今朝見かけたのよ。珍しかったから声も掛けれなかったけど」

 

 まさか見られていたとは思わなかった。

 

「今まで料理をしてこなかったのは知ってるけど、それでも限度があるわ。おにぎりに塩をふり過ぎよ」

 

「……あ、汗かくと思って」

 

「そ・れ・で・も! あの量はおかしいってことくらいわかりなさい。多くても二つまみまで。あんなに塩をふったら、しょっぱさで味なんてわからないわ」

 

 そ、そうだったんだ。

 

 でもそれなら陽吉津はどうして? 

 

「陽吉津さんが全部食べた理由がわからないって顔ね。そんなのカナヲがせっかく握ってきてくれたからに決まっているでしょ」

 

 私が握ったから? 

 

 だから陽吉津は全部食べてくれた? 

 

「陽吉津さんならよっぽどじゃない限り食べると思うけど、カナヲはもう少し勉強しなさい。少なくともおにぎりに関しては普通に握れるようになりなさい。いい?」

 

 アオイの言葉にコクコクと頷いた。するとアオイは満足したのか立ち去ってしまった。

 

「……」

 

 その場に一人残った私は、先程のアオイの言葉を思い返していた。

 

 おにぎりに関しては失敗してしまった。なのに陽吉津は残さず食べてくれた。

 

 なぜなら私が握ったから。

 

 ……どうしよう、嬉しくて頬が緩んでしまう。

 

 でも喜んでばかりいられない。

 

 陽吉津が無理して食べてくれたことに変わりはない。

 

 食べてくれたのは嬉しいが、陽吉津にはおいしいものを食べてもらいたい。そのためにはさっきのアオイの助言に注意しないと。

 

 よし、また明日。

 

 また明日おにぎりを握ろう。今度は今日みたいな失敗はしない。

 

 それで今度こそ陽吉津に本当においしいって思ってもらうんだ。そしたらあの表情を私にも向けてくれるはずだから。

 

「……頑張る」

 

 私は気持ちを切り替えて、明日こそと決意を新たにした。


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