やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。 作:ハーマィア
言うまでもなく、司波兄妹の朝は早い。といっても前世紀のように新聞配達のアルバイトをしているわけではなく、深雪が達也の日課に合わせているだけなのだから、ではあるが。
この日も、達也と深雪は彼等の家からほどほどの距離にある九重寺までの道を駆け抜けていた。
九重寺はただの寺では無い。
僧兵――彼等は自分達を修行僧だと言い張る――を抱える、武装寺のようなものだと達也は思っている。仏像目当てのテロリストがこの寺に侵入しようとも、返り討ちに遭う以外に選択肢が見つからないほどだ。しかも、そこの住職である九重八雲は古式魔法の使い手。
古式魔法は、CADを補助導具として魔法を発動させる「現代魔法」とは違う、CADの技術が発達する前から既に有ったモノ。
現代魔法と違い多種多様かつ素早い起動ができ難い代わりに、現代魔法よりも遥かに歴史は深い。
分析が得意な達也でも、八雲の扱う古式魔法の全容は解明できていなかった。
達也はほぼ毎朝、九重寺で行われるとある修行に参加している。
修行――というよりは道場破りに近いかもしれないが、寺の住職が言うにはやはり修行で合っているのだという。
曰く、
『達也くんは
彼。まさか、八雲の弟子に、達也に対抗しうる秘蔵っ子でもいるのだろうか。
一瞬だけ考えを巡らせた達也だったが、結局は会ってみれば良いという結論に落ち着いた。
彼等門下生を倒していけば、いずれは出てくるだろう――と踏んでの事だ。
だが、流石の司波達也にも予想できないものは存在する。
「…………、そういう事かよ」
達也を見下ろすその目は、悉くに興味が無さげ。達也と深雪の判別が付いていないようにも、悪魔が聖者を憎んでいる瞳のようにも思えた。
数秒目を合わせると、相手が視線を外す。
「……お前が」
プレッシャーや好悪の念などものともしない達也は、ただ絶景を見て零した感想のように、つぶやいた。
比企谷八幡――その腐った瞳を見て。
しかし、八幡は心外だとでも言わんばかりにその目をさらに腐らせた。
「いや、
言って、八幡は達也から見て右に退いた。
「――? ……ッ!」
達也も深雪も、既に階段を登りきっている。だから、同じ目線になった二人に八幡が道を譲るのは当然である事のように
八幡が退いた場所から、衣を着た坊主頭が飛び出して来なければ。
彼――顔つきと体つきから判断するに男にしか見えなかった――は「ふっ」と短く呼吸をした後、右の正拳突きを繰り出してくる。
達也はそれを受け止め、身を翻して背負い投げの要領で地面に落とそうと――して、今更ながら深雪と自分の背後に多数の坊主頭が襲いかかってきている事に気付いた。
総勢二十名程だろうか。達也の抱える坊主頭と同じ髪型(髪は無い)、同じ服装の、おそらくはこの寺の門人たちが――一斉に、達也めがけて襲いかかっていた。
「深雪、先に行っててくれ」
「……いえ、でも……」
「大丈夫だ。お前に手出しはさせない」
「誰がするか」
達也に対する八幡のツッコミも、門人たちの怒号にかき消された。
床に叩き落とそうとする勢いのまま、達也は自分に突っ込んできたこの門人を坊主頭の集団に投げつける。
「……じゃ、俺は先に行って待ってるわ。今日のメニューは『〜ドキッ! 背後から奇襲された時の愛しい彼女のまもりかた編〜』だから。精々楽しんでくれ」
振り返る達也の視界の端に映る、深雪を連れて本殿に向かう気だるげな背中。
(……そういうことか)
そんな状況の中で、達也は一人納得していた。
実はここ数日、彼と相対する門人達の動きが妙に精錬されていた。ただ極端に動きが良くなっているだけではなく、全体としての統率が取れている。
(最近感じていた「やりにくさ」はそのせいか――)
アイツが、仕組んでいたのだ。
ならば、
万敵を排してこその、四葉の――深雪のガーディアンなのだから。
自分を襲う門人達へ先に仕掛けようとして、達也は異変に気付いた。
ずくむっ。
フィクションなどに良くある、石壁の一部を押し込んだ時のような石の擦れる音が達也の耳には聞こえた。
そして、ふと達也は気づく。
それに気付いた途端、達也は自分が石で出来たエスカレーターに乗せられているかのような錯覚に陥った。
――そ――れ――か――ら――
急速に、達也と深雪の距離が離れていく。
「くっ……!」
達也は、門人が襲い来る中で自分にかけられた魔法を解除、破壊しようとした。――だが、術を破壊したりする手応えはあったものの、それによって更に深雪との距離が離れていく。
最終的に階段の中腹辺りまで引きずり降ろされて、達也の錯覚は漸く止まった。
(――いや、これは……)
そこは、先程登ってきた筈の長い階段の途中にある休憩スペースのようなもの。
山の形に合わせたのだろう、階段が途切れた場所に六畳程の平らな空間がある。
そこで、達也は門人たちと戦っていた。
(まさか、あいつはあの時魔法を解除していた……のか)
つまり、既に魔法は発動していたということ。
幻影か幻覚か、少なくとも達也には察知できなかった、その存在を知る事ができなかった魔法だ。
「……おっ、お兄様!? これは一体……」
達也から数歩先に深雪がいた。それを視覚以外の感覚で知覚しながら、変わらない様子で攻撃を仕掛けてくる坊主頭をいなし、叩き伏せていく。
ところで、達也と門人たちの間には命のやり取りをするという心配はない。達也を睨む坊主頭の中には薙刀のようなエモノを持っているのも居たが、それも刃引きされたただの木刀だ。
(何の安心にもならないな……)
そう思って、達也は最後の敵を倒しにかかっていた。
☆
門人を全て倒し階段を駆け上って本殿前の庭へと到達した達也は、流石の無表情を崩し、愕然とした表情を浮かべていた。
「…………なんだ、これは」
死屍累々。それが、この場所を示すのに丁度良い言葉だった。
頭が無い者。
腕が無い者。
足が無い者。
片腕が、片足が、頭の半分がえぐられた者だっていた。
足元には赤く綺麗な液体が広がっていて、彼らが足を踏めば忌々しい水音を立てた。
思わず、達也も深雪も顔をしかめる。
達也も深雪も、今更人の死体程度で気分を害する事はない。が、これだけ沢山の死体が転がっていて何も思わないのであれば、そいつは人外か人でない別の生き物だろう。
ただ単純に体の一部を無くしただけではなく、体が破裂したり押し潰されたりなどで原型をとどめていない者も多数いた。
形がまだ留まっているものと、そうでないもの。肉の総合量から考えても、五十人はいるだろうか。
「……っ!?」
ぴく、と深雪の足元の肉塊が動いた。
驚いて深雪がその場から飛び退くと、ころころころ――……とその肉が、本殿に向かって転がり始めた。
そして顔を上げ、動いているのがそれだけではないとわかる。
うにうに、ぐちゅぐちゃ、ぐぼっ、べっちゅ。
まるで生き物のようにうねる死体の集合体は、達也たちの見つめる先、ある一点に集合していく。
最初はゆったりもったりと移動していたそれは、段々、掃除機に吸い込まれでもしているかのように移動速度を速めていく。
「…………」
吸い込まれる血や肉が渦を作り、鮮やかな赤を持って芸術的な花を作り上げているその光景は、とても普通の精神では見続ける事ができそうにはない。
そして、吸い込まれていくうちにその中心に何があるのかが、ゆっくりと見えてきた。
寺の敷地内に散らばっていたおよそ全ての赤は、とある人物が持つフタ部分を開けた正方形の匣の中に吸収されていく。
そして、全てが吸収されつくすと、彼らが昨日も見たいつもの九重寺の光景がそこには広がっていた。
いや、まだ〝いつも〟とは言い難い場所がある。
「……なんだ、いつもより早かったな」
その匣のフタを閉じ、掌の上でお手玉のように弄ぶ八幡少年が、そこには居た。
「……幻覚魔法か」
「いいや、砂と水で偽造したダミーだ。本物じゃないからこうしてしまう事ができる」
匣を宙に投げ、それを八幡が掴み、掌を開くと、匣はいつの間にか消えていた。
「…………」
「……何はともあれ、お疲れさん。そこで九重八雲が待ってるぞ」
八幡は視線を達也の背後に向け、またしても、達也は背後に気配を感じた。
振り返り、今度は手加減なしの本気の速度で手刀を抜き放つ達也。……が、軽々と受け止められてしまう。
「っ!? ……師匠」
達也の手刀を受け止めたのは、九重寺の和尚にして『忍び』の九重八雲だった。
「やあ達也くん。まさかあの陣形で抜けられてしまうとは、彼もまだまだなようだ」
「いや、丁度です。和尚に放った手刀で最後ですね」
「……なるほど」
「? なにを、――っ?」
首を傾げる達也。頷いたように顔を頷かせる八雲。直後、達也は突如気が抜けたように崩れ落ちた。
「お兄様!?」
駆け寄る深雪は、自分の膝に土が付くことすら厭わずに膝を枕にして達也を抱き起こし、その額にタオルを当てる。
「……何を、したのですか」
一切の敵意を隠さずに八幡を見上げる深雪だが、その八幡は涼しげに深雪を見下ろしていて、逆に深雪が慄いた。
「……人間の体っていうのは、元々23時間だか25時間だかのサイクルで生きるようになってるらしい。それに加えて人間の脳は機械みたいに取り替えが効かない。不具合や不自然は日常茶飯事だ。脳が肉体の疲労を読み取らずにそのまま無茶な命令を出し続けることもあるんだよ」
「それを……意図的に引き起こした、と?」
「幻覚に多対一の模擬戦闘に精神的に疲労してしまう映像。それに加えて、弟子達には想子を発散させる材質を練りこんだ木刀を持たせたからな。受けたり取ったりする途中でお前の兄貴から想子を奪って、さらにそれを戻したりする事で、体の感覚を狂わせる。どうだ? 見えなかっただろ?」
相変わらずの無表情で深雪を見下ろす八幡だが、その深雪の下で、声が上がった。
「……力を吸われたり、微妙にみなぎったりとおかしいとは思ったが、そういう事か……」
深雪からタオルを受け取り、荒い息を吐きながらも上半身を起こす達也。その瞳は、しっかりと八幡を見据えていた。
「因みに、拳に巻いてある包帯にも細工はした。何なら想子が枯渇するまで気付かせない事も出来たが、……まぁ一度体験した事は二度はお前に通じなさそうだし。次があったら別の手を考えることにする」
「……まて……!」
足を震わせながら、達也は立ち上がった。震わせる、とは言っても簡単に運動する事も可能なレベルには回復しているが。
ただ、若干呂律は回っていなかった。
「……なんだよ? 言っとくがお前にケアなんて必要ないからな。怪我もさせてないし、ただ普通に疲れさせただけだ。多少の疲労なんて修行には付き物だろうが」
「お前は、一体何者だ……!」
「何者? 比企谷八幡だ、それ以上でもそれ以下でもない。逆にお前こそ何なんだよ」
「…………っ」
『お前こそ何なんだ』――そう聞き返されて、達也は言葉に詰まった。
まさか聞き返されるとは思わなかったし、自分が何なのか、達也自身がハッキリとした答えが出せずにいるのだから。
「……じゃ、俺は帰るわ」
「帰るのかい?」
「呼び出されてから飛んで来たし、朝メシも食ってないんで」
八雲の悪戯めいた笑みにも、無表情を返す八幡。だが、八雲は何か面白いことを思いついたかのように笑みを深め、深雪の方を向いた。
「深雪くん。君が手にしているバスケット……中身を聞いても良いかな?」
「え……はい。先生もご一緒に、と思いまして、サンドイッチを作ってきたのですが」
「一人分……いや、一個でも良い。僕の分を彼に分けてあげて欲しいんだ。ほら、彼は朝食も食べずにここに来ているからね」
「え――はい。少し多めに作ってきてあるので、問題ありませんよ、比企谷くん」
「……いや、悪いが俺は帰らせてもら――うっ?」
八雲の意図を読み取り、即座に了承した深雪に、顔色を悪くした八幡は即座に逃げ出そうとするが、
「安心してください。味には自信がありますから」
にこり――――。と、微笑みと共に片手で八幡を拘束し、縁側に座らせた。
そうして、自分と八雲との間に八幡を座らせ、その反対側に達也が座った。
左手にはサンドイッチ、右手には八雲から受け取った唐辛子粉末とマスタード。それから――きゅぴーん、と眼を光らせる深雪。
この、イタズラでも思いついたかのような悪い笑みは、今まで一度も見たことがないな――と思いつつ、八幡の口にマスタードと唐辛子の粉末たっぷりのサンドイッチをねじ込む妹の姿を眺める達也であった。
他の方々の作品を見ていると、二、三話で既に放課後のいざこざに突入しているのに10話かけてもまだその日の朝止まりの私ですよ。
書き直してその辺りが一層遅くなったような。
あと遅れましたが、感想ありがとうございます。すげー嬉しいです。
……話の組み立てが上手くないことに定評のある私がお気に入り100件も頂けているのは皆様のおかげです。ありがとうございます!