やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。   作:ハーマィア

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平塚家

平塚市を根城とする錬金術師の家系。
彼らの扱う錬金術の根幹は物質の「変換」であり、奇術が多い六道の中でも物質の性質が悉く変化してしまう平塚の錬金術による攻撃を防ぐことは、非常に困難とされる。


錬金術は、明らかに結婚には必要ないモノだと彼は考える。

何が魔法だ。どこがファンタジーだ。

 

期待に胸を膨らませて入学した生徒(おれ)の夢と希望を返せ――第一高校1-Bの教室に入った比企谷八幡は、浅く吸い込んだ教室の空気と共に、そんな事思いを飲み込んだ。

 

囲碁盤のようにキッチリと等間隔に並べられた机は、昼休みに机の配置を変えて島を作る事も、ゾンビの侵攻を防ぐ為に組み合わせて縄で括る事も出来ない。それぞれに個人用端末が搭載されていて、床から直接電力を供給している為、動かす事など出来そうにもない。

 

(葉山達はどうするつもりなのか。どうでもいいが)

 

指定された席に座り、頬杖をついて彼に一番身近な他人、同級生のグループを思い浮かべて八幡は苦笑した。

 

どうせ彼らは机なんか(・・・)動かせなくたって気にしないに決まっている。

 

それ以前にこの学園には食堂というものがあるのだし、用事がなくても彼らはすぐに簡単に集まるのだから、馬鹿らしいと考えたのだ。「思考の無駄だ」と。

 

無駄。そういえば、この学園のシステムにも彼は不満があった。即ち、自販機のラインナップと監視領域の多面積さにである。

 

監視カメラの死角のなさは校内全域を網羅していると言っても過言ではないくらいで、誰かに見られている中でのぼっち飯など拷問にも等しい。

 

つまり、彼が探し求める人のいない場所「ベストプレイス」も何もあったものではない。

 

どうせ学園の監視下にあるのならば、生徒会長(特殊)も監視カメラを好きに覗けるのだろうし、そうでなくても彼女はどこでも好きに見届ける事ができる目を保有している。

 

だから、最終的には何処に居ようとも文字通りの魔眼を持つ彼女に捕まってしまうのがオチだ。

 

故に八幡は、意識をされにくく、それでいて監視の目を誤魔化す結界を張れる場所を探していた。

 

結界の発動はこの国における魔法を用いた犯罪に当たる『自衛目的以外の魔法による対人攻撃』ではないが、自分の存在を隠す事はつまるところ他の犯罪にも利用出来てしまうので、善良な心を持つ魔法使いであれば、他人と関わる事を嫌っていたとしても、まず隠匿や隠密魔法を行使する事自体を躊躇う。

 

そうやって心を雁字搦めにされた生徒は最終的には監視の目という存在を意識の中から追い出すか受け入れてしまうのだ。

 

(受け入れちゃうのかよ)

 

それだけは、と頭を振って否定する八幡。

 

(何としてでも安住の地を手に入れる。まぁ、耳にイヤホン詰めて伏していれば済む話なんだろうけど)

 

だが、それでは彼がこの学園に入学した目的が達成されない。

 

〝十文字〟と〝七草〟と〝司波〟。正確には十師族として数えられない司波は例外としても、十師族の警護という大任を背負っている八幡は彼らが常に見える所に居なければならい。

 

が、それはあくまで十師族の護衛役である六道の努めであって、六道に就任してまだあまり信用を得られていない八幡は兎に角〝成果〟というものを残さなければならなかった。

 

(……でもなぁ、嫌なんだよなぁ。目立つの)

 

但し、それはあくまで六道家比企谷としての八幡の目的だ。

 

比企谷八幡としては、十師族の護衛目的など二の次。他の六道が居ればそれで良い。

 

彼の目的は、キャビネットのように誰にも邪魔されない自分だけの空間を確保する事だ。

 

一応は任務中である彼だが、最初から真面目に任務を遂行する気などさらさら無かった。

 

本鈴が鳴る。それで、彼の周りにいた生徒は殆どが席に着き、この教室の担当教師が入ってきた。

 

流石は魔法師の才子才女が集う、全国に九つしかない魔法科高校の上澄み部分(・・・・・)。同じ新入生でも、二科生の教室には教師が配属されない。そういう所は変わっていないのか、と八幡は落胆の声を零した。

 

そして、目の前の教壇に立つその教師に目を向ける。彼女もまた、何も変わってなどいなかった。

 

そのスーツの上に羽織る白衣も。自然と浮かべる不敵な笑みに、顔を赤くする生徒がちらほらと見られた。

 

「1-B担当の平塚静だ。まずは入学おめでとう、諸君。この学園に入ることが出来た時点で君達は立派なエリートして認められている。本来なら私も君達の入学を祝して騒ぎたい所だ……だが」

 

暖かく、柔らかい声。包み込むような優しい声に安堵のため息をつきかけた生徒達だが、そんな彼らを、暖かなまま鋭さを増した風が吹き抜けた。

 

「……だが、この学園に入学した以上、君達は一般の学生とは異なる道を歩むことにもなる。魔法は人々の生活を飛躍的に豊かにしたが、容易く、人を殺せる技術に転化できることを忘れるな。覚悟と矜持を持って勉学に臨み給え」

 

ピリ――と、空気が張り詰める音がする。実際にその幻聴を聞いたのは数人だろうが、そのクラスにいるほぼ全員が覚悟を浮かべた瞳で静を見ていた。

 

(……ああ、覚悟を貼り付けた顔、ね)

 

誰も、本当の意味で覚悟なんて持ってはいない。気を引き締めた「きもち」に浸っているだけだ。未来が見えていない。

 

人事を尽くして、十全の対策をして、絶対完璧な安心を手に入れて尚細かなチェックを怠らない。

 

それさえ行なっていれば、事の顛末を運に任せる必要もない。覚悟を決めるだなんて、一か八かの博打に出るようなもの。

 

兎に角、彼ら彼女らは、八幡から見て、とても人を殺す(・・・・)技術を持つ責任を感じているとは思えなかった。

 

仕方ないか。彼らは今を生きる若者で、未来が見えないものだから。

 

そんな風に、八幡が静の話を聞くクラスメイトを捻くれた角度から蔑視していると、教壇でカリキュラムの組み方やこの日のスケジュールなどを説明していた筈の静の姿が、いつのまにか消えていた。

 

(――?)

 

腕を組み、机に伏していた八幡は、周囲を見回してその女教師の姿を探す。だが、幸か不幸か、その居場所はすぐに判明した。

 

「――こうやって、聞くべき時の話を聞かなかった者から道を外れていくんだ。皆はよく覚えておくように」

 

言って、こつんと脳天に拳を落とされる八幡。周囲から見れば朝から寝ぼけている問題児を軽く小突いただけに見えているだろうが、平塚が拳を退けた後でも机に伏したままピクリとも動こうとしない八幡に、心配をした(というよりはほぼ興味本位だった)隣席の女子生徒が、八幡の肩を譲った。

 

「……キミ、どれだけ肝が座っているんだ、……っ!?」

 

だが、直後に顔を伏せながらもチラチラと前を見ていた彼の意識が今は無いことに気づいて、女子生徒は思わず顔を引いた。

 

そして、教壇に戻った静を見る。

 

女子生徒の異変から広がった動揺の波は直ぐに教室中へと広がり、その正しい事実は無言のまま周知され始めていた。

 

「ああ、其処の彼は疲れていた様だ。そんなに今日の初授業が楽しみだったのかな。……諸君は、居眠りなどしないように」

 

登壇した時と同じ笑みを浮かべる静だが、今その笑みに見惚れる者は皆無だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静の吐き出すセブンスターの煙が、応接室内に充満する。対面に座る八幡は静がタバコの葉を詰め、火をつけて実際に吸うまでを見ていたが、興味がないため、そもそも彼は未成年であるため、薬物を吸うのも面倒なんだな――と、応接室に呼び出された彼が考えていると。

 

「比企谷。常に姿勢を正して気持ちのいい笑みを浮かべていろなんて言わないが、せめてガイダンス中は体を起こしているようにしていなさい。人前でダラける癖がつくと人前に出た時、面倒になる」

 

「はぁ。……いえ、ですが平塚先生。確かに印象は悪くなるでしょうけど、俺はその分のリスクもキチンと計算式に入れて計算してるわけです。雑草を踏んだところで……あ、いや、つまり、連中に嫌われたところで俺に降りかかるデメリットなどたかが知れてるということです」

 

ごき、と眼前、指の先から鳴り響く音に、八幡は声を震わせ慌てて論法を変えた。

 

顔前に腕を掲げ、身を守るように体全体を竦める八幡。だが、いつまでたっても衝撃と痛みが飛んでくる事はなく、恐る恐る瞼を開ける。……と、拳を構えていた静は二本目のタバコに火をつけていた。

 

「……君が、いいや、比企谷(・・・)が六道を脱退したいという話は一ヶ月も前に君から聞いた。その為に何を考えているのかも、材木座から聞いた。先ほどのそれはサボタージュに見せかけたカモフラージュだろう? これは私の考えだが、本当にしたい事を隠す為のやつだ」

 

ち、と舌打ちをしかけて、知り合いにそんな行動が印象的な嫌な奴が居たな――と思い直し、八幡は顔を上げた。材木座め余計な事を、と思った事は揉み消したりしない。

 

「……今さら六道を抜けるな、残ることで何か出来ることがあるかもしれない、なんて言わないでしょうね」

 

「手引きをしたのは私の家だが、そもそも加入したいと申請してきたのはそちら――ああいや、あの男だったか。まぁいい、私は君の思惑を否定するつもりも阻止するつもりもないよ。来るもの拒まず、去る者追わずだ。だが、その他がどう考えるかは私の知るところではないがな」

 

「その他を黙らせる為に、先生に相談したんですよ。なんとかしてください」

 

「……君な、もう少し自分で考えるという事をしたらどうかね」

 

「やってみました。やってみましたけど、結果十師族を含めて十家以上から婚約を申し込まれた所で落ち着いてます」

 

ぽろ、と静の手からタバコが落ちる。会話していてまだ殆ど燃えていなかったそれは、灰皿の中に落ちると途端に一気にフィルターの所まで燃えた。

 

すると、それまでただ膝の上に置いていただけの握り拳を開いて、八幡は静に掌の中身を差し出す。彼女が受け取った左手には、静が火をつける前のタバコが握られていた。

 

再びとんとん、とフィルターを下にして葉を詰めながら、静は問う。

 

「何をしたんだ……?」

 

勿論、燃え尽きたはずのタバコが何故手に戻っているのか、ではない。(達也が解明できなかった魔法と同じその手品のカラクリを、静は知っていたが)

 

「何をって、……っ」

 

「何故照れる!? 一体何をしたんだ、なぁ!?」

 

顔を赤くした八幡の肩を掴み静は揺さぶる。

 

そして、八幡は顔を反らしながらぽしょりと零した。

 

「……ごく普通の青春ラブコメといいますか、甘酸っぱい味と言いますか、……とにかく先生が適年齢期に体験しなかった、二度と訪れないような、今となっては思い出すのも恥ずかしい――げぶらばっ!」

 

言葉の途中で、八幡の体がくの字に折れ曲がる。そして静の繰り出した拳が八幡の腹に深々と突き刺さっていた。

 

顔ではなく腹部に拳打をねじ込んだのは、傷が出来ないよう配慮した結果か。

 

殴らないという選択肢は無かったのかと、恨めしげに見上げる八幡だったが、彼女の顔に目が行く前に、その手元に視線が引き寄せられていた。

 

静の手元からはタバコが消えていた。そして、彼女の拳にはナックルダスターのような武器が握られていた。これも、先程とは違う点だ。

 

「……タバコを金属に錬成するなんて」

 

「こうなってはもう吸えないがな」

 

ゆっくりと立ち上がる八幡に、カチン、と自身の指から抜き取った二つのナックルダスターを合わせて八幡に向かって放る静。

 

しかし投げられた二つの金属は八幡にぶつかる事はなく、静が瞬きをすると跡形もなく消えていた。

 

そして、彼らの足元には拳大の穴と焦げ跡が残されていたが、静がもう一度瞬きする頃には、そんな不埒なものは消え失せていた。

 

立ち上がり、真っ直ぐと静を見つめる八幡。

 

その視線を受けて、静はため息をついた。

 

「天下の学年次席がそんな事でどうする。もっと堂々としていたまえ」

 

「天下って……天下つったら司波達也とか司波深雪とかでしょ。兄弟で二位以下を大きく引き離して筆記と実技の学年一位取るような奴らですよ。俺が天下ならあいつらは天上ですか」

 

「わざと周りに合わせて引き離された奴が何を言うか」

 

一旦会話が区切れ、そこで静は、ふむ、と顎に手を当てた。

 

「次席も十分価値があると思うし……例えば、オリンピックなどはメダルを獲れば、十分戦果を残せばそれで御の字であって、色の違いなど大した問題でもないという意見があるが」

 

「……努力という値を省いた客観的な意見はそうでしょう。誰もが本気で一位を目指してるんですから、当然二位なんかで満足出来るはずもない。妥協なんて――」

 

「話が逸れたな」

 

逸らしたのはアンタでしょうに……という八幡の意見は、口にした本人によってすり潰された。

 

「こういうのはどうだ?」

 

「はい?」

 

ぴん、と指を立てる静に八幡は身を乗り出す。漸く本題に入れる、と彼は思ったのだが――

 

「いっそのこと、全員と結ばれるというのは。選り取り見取りだし、場合によっては刺される可能性も無きにしも非ずといったところだが、そういうのはまぁ、甲斐性がモノを言う。財力なら申し分ないし、その他も……あっ、ちょっと待てひきが」

 

ばたん。

 

八幡は、何も言わずに応接室を後にした。

 

否、後にしようとした。

 

が。

 

「……ふぇ? ひゃっ!?」

 

どたっ、がたばたどったん!

 

(――あ?)

 

扉の前にいた何者かにぶつかり、その誰かを巻き込んで八幡は床に転がってしまう。

 

普通に歩く程度のスピードで身体同士をぶつけただけでは、床に転がるほどの衝撃になるはずも無い。扉を出たばかりの八幡は右に行こうか左に行こうかと立ち止まっていたくらいなので、少なくとも八幡からぶつかっていたというのは無い。

 

つまりは目の前の人物が、物凄く強い(・・)スピードでぶつかってきたということ。

 

未だ晴れぬ暗闇の中、じゃあ俺は全く悪く無いな、と堂々と胸を張れるという自己判断を下していた。

 

「いたっ……いたぁ。……わ……!? ……ご、ごめんなさい……!」

 

頭上から声がする。それと同時に、急に八幡の視界が明るくなる。

 

「いえ、ご馳走さま……なんでもないです」

 

自力で起き上がりながら、八幡は声をかけてきたその存在に視線を向ける。

 

「えっと……大丈夫ですか」

 

「……あ、……えと、……だ、大丈夫、です。……ぅう……」

 

八幡が視線を向ける先、そこには、自分の股を恥ずかしげに押さえる見知らぬ女子生徒の姿があった。

 

(……つまり、俺はさっきまであの場所にいた、ということか)

 

そう感慨深く思う八幡だが、絵面的には女子生徒の下腹部をじっと見つめている、新入生次席(笑)の絵面である。

 

「……え……あ……うぅ」

 

女子生徒が赤面してその場にうずくまり、

 

 

「い――やああああああっ!!」

 

悲鳴を上げるのに一秒とかからなかった。




オリキャラ登場っ!

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